「もしかして子犬のザックス?」

聞き覚えのある問いかけにザックスは一瞬肩を強張らせる。
だが自分に語りかけてきた女…タークスの制服に身を包み、赤い円形手裏剣を持った人物に深い意図はなさそうだった。
――ザックスはエントランスにてセフィロスと合流し、八番街に溢れたモンスターとコピーの討伐に向かうよう指示を受けた。逃げ遅れた親子達や男性を救出し、辺りに市民がいないか確認していたところツォン率いるタークスと合流したのだ。

「そうだけど…あんたもタークス?」

ぎこちなく肯定したザックスに、彼女は表情を柔く緩めた。

「シスネよ。ルカから話は聞いていたわ」
「!、ルカの知り合いなのか!よろしくな」
「――ザックス、任務中ではないのか?」

シスネと握手をかわそうとしたザックスへツォンが釘を差す。神羅の影として動く彼らにとって、ザックスの言動は随分と軽々しいものに映るのかもしれない。

「目的は同じだ。ここ、手伝おうか?」
「ありがたい申し出だが――」
「あら、心強い!じゃあツォン、ザックス。あとでね」

ツォンの丁重な断りを遮り、シスネは優雅に髪を靡かせて八番街の裏道へ颯爽と駆けていく。若く個性豊かな、悪く言えば扱いづらい人物が多い集団を束ねるのは、ツォンにとって荷が重いのかもしれない。深い溜息を吐く彼にザックスは少しばかり同情した。










There is always light behind the clouds.11










――ルカ!


遠くから名を呼ぶ声が聞こえた。切羽詰まった声音と身体を揺さぶる感覚は、ルカを緩やかな睡魔から引き剥がしていく。不満そうに震えた瞼がゆっくりと開かれていけば、魔晄色の瞳に映り込むのは愛しい恋人の姿だった。
随分と強張った表情を浮かべているものだと、ルカは呑気に彼の顔を見つめ返す。だが先程起こった出来事が脳内で再生され、ルカは勢いよく起き上がって状況を説明しようと慌てて口を開いた。

「アンジール!アンジールがいたわ、それと彼のコピーも…ああ、それからモンスターが見張りを…」
「焦らなくても大丈夫だ。それに言いたいことは大体分かった」
「あ…、うん…ごめんなさい…」

ルカは気恥ずかしさに頬を染め、乱れた前髪を手櫛で直した。一方セフィロスは非常に動揺している彼女を物珍しく眺める。同時にルカの様子から心身ともに無事であることに安堵していた。

「アンジールと接触したのか」
「う、ん…」

ルカの胸に、幼馴染から告げられた不可解な言葉がよぎる。伝えるべきか迷い口籠ったが、見守るように佇むセフィロスに向けて決意を固めた。

「アンジールは、あたしの母が神羅の関係者であることを知っているみたい」
「!」
「それだけじゃないわ。多分あたしよりも…母について詳しいと思う」

そもそもルカがソルジャー契約に至った経緯には、ホランダーから打ち明けられた「母と思しき人物」の情報を与えられたことから始まる。実際にホランダーの部下あるいは同僚の科学者として在籍していたかまでは不明だが、何らかの関係はあったと考えていいだろう。


『…お前は"すべて"を知っていて――母親を探しに来たんじゃないのか?』


"すべて"とは何だろう。何もかも理解していたら、じれったいやり方で神羅と関わるわけがない。第一こんな苦労はしていないはずだ。不安を煽るだけ煽って、何一つ真意を明かさずに去ってしまう幼馴染達へ向けて、ルカは心の内で苦々しく毒を吐く。だが刺々しい毒もやがて得も言われぬ寂寥感へと変化し、ルカの胸を悲しくさせるのだ。
ふとルカが視線を落とすと手首から肘にかけてコートに切れ目が入っていた。アンジールに切られた時の物だろう。しかし流れていたはずの血は止まり、傷跡も見えない。腕には微弱だが魔法の気配も漂っている。

(アンジールが回復魔法をかけたのかしら…?)

幸い自分を殺すつもりはないようだ。不可解な行動に合点がいかないが、ルカは迷いを振り切るよう足元に落ちていた剣を拾って立ち上がる。

「ルカ、行くぞ」
「ええ」

探索を再開すべく二人は頷き、セフィロスが携帯を取り出して歩み始める。通話口から漏れだした声から相手を特定するのは容易かった。

「八番街が片付いたら伍番魔晄炉へ来い」
『何か分かったのか?』
「アンジールの目撃情報だ」
『見つけて抹殺か?』

普段のザックスらしからぬ嫌味にセフィロスの言葉が途切れる。ソルジャー司令室での会話が相当根に持たれているらしい。無理もないことではあるが、ルカは己の事のように表情を暗くさせた。

「…軍が本格的に動くまで、わずかだが時間がある。それまでに俺達でやつらを見つけだし――」
『どうするんだよっ!』

毛を逆立てて怒鳴り散らす犬の声に、セフィロスは眉をしかめて携帯を離す。だがそれもほんの数秒だ。諭すような静かな声音で、銀髪の彼は思いがけぬ言葉を紡いだ。


「――抹殺に失敗するのさ」


ルカの瞳が驚愕に丸くなり、無防備に口が開く。

『まじ!?』
「ああ。まじ、だ」
『最高!かもしんない!』

電話の向こう側でザックスも興奮を抑えきれないようだった。通話を終え、携帯を仕舞ったセフィロスがルカの方へと振り返り悪戯っぽく笑う。彼女の脳裏には先日彼と交わした約束が甦ってきた。「世界も神羅も関係なく自分達の為にジェネシス達を止めよう」と互いに決意した事…。
愛しい笑顔に泣き出してしまいそうになるのをこらえながら、ルカは恋人の腕に抱きついた。


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