「アンジール、場違いな質問していい?」
「何だ」
「ルカって彼氏いんの?」
「……、本当に場違いだな」

呆れ果てた視線がザックスに刺さる。
それもそのはず。砦から程近い場所でB隊の爆破を今か今かと待ち構えている最中なのだ。アンジールは戦闘前のいつものおまじない――バスターソードを掲げて祈りを捧げ終えたばかりということもあり、緊張感のないザックスへの態度に冷たさが出るのも無理はない。
しかしうら若き青年は少しもへこたれておらず、アンジールの返答を期待に満ちた眼差しで待ち受けていた。

「ルカに直接聞いてみればいいだろう」
「うーん、それもそうだけどさ」
「まあ恋人がいようがいまいが、ルカがお前に惚れるとは考えにくい」
「ず、随分ひでー言い方だな…」

ザックスには、自分がルカが幼馴染だということも伝えていない。ルカの恋人が英雄だと明かした日には、さすがのザックスも卒倒するだろう。
――バノーラ村にいた頃からそうだったがルカは色恋沙汰には疎く、無縁と言える生活を送っていた。母親の失踪も原因の一つであろうが、ルカにとって村人達は家族そのものであるため、人として好意を抱けども異性として見るようなことは一切なかった。
アンジール自身もルカは妹のような存在であったし、恋愛対象や異性として特別意識したことは無い。もう一人の幼馴染・ジェネシスが彼女をどう思っていたのかは――…今とはなっては知る由もない。

(ルカが異性として意識したのはセフィロスが初めてだったのかもな…)

彼らの間に入る余地などありはしないし、ルカに邪な視線を送ろうものなら正宗に一刀両断されるのが目に見えている。
――ルカに惚れるのだけはやめておけ。死ぬぞ。
アンジールは心の内でそう呟きながら、子犬の頭を軽くたたいた。






「くしゅん!」

突然むずがゆくなった鼻を擦る。何故だろう、自分の話をされていたような気がする。
考え事をしているうちに遠くで爆発音が響いてきた。丁度B隊の爆破のタイミングだったらしい。子犬が意気揚々として戦場に駆けていく姿が頭によぎった。
ルカは砦につながる道の途中でアンジール達と別れ、行動していた。途中で合流した神羅兵から状況を聞けば、ウータイ兵との接触も数回程度。負傷者もなく敵増援も無い為、作戦は順調に進んでいるようだ。

(…それにしても…)

ルカは微かに首を動かして後方に意識を向ける。今感じられる気配と言えば、ルカのあとをウサギのように跳ねて追いかけてくる存在くらいだ。
足音の強弱や歩幅からして正体は子どもだろう。ルカが気づいていないと思っているのかもしれない。殺気がなく、好奇心旺盛で純真無垢な眼差しが背中をくすぐるだけなので暫し放っておいたのだが、なかなか諦めてくれそうにない。
憂慮するべき点は他にもある。
ジェネシスの目撃情報は未だ無いが、ルカ達の姿を確認したらすぐさま攻撃を仕掛けてくるかもしれない。見境なく人間を襲うよう命令されていたら厄介だ。ここより先は開けた場所もなく、土地勘がある民族といえども危険だろう。ルカは意図的に速度を落としながら歩みを止めて渋々振り返った。

「誰?」
「!、…ふっふっふ、アタシに気が付くとはなかなかやるね!」

本人は木陰の合間を縫って注意深く走っていたようだが、成人のルカの視点からは丸見えである。声をかけられた少女は得意げに胸を張り、ルカの前に堂々と現れた。

「ウータイ最強の戦士とはアタシのこと!憎い神羅のソルジャーめっ、成敗してくれよう!」
「は、はあ」

無防備かつ軽快に走って来る少女にルカは戸惑うが、どうやら「ごっこ遊び」に付き合えば良いらしい。小さな拳を振り上げて正拳突きのようなポーズをとるので、ルカは隠れて苦笑しつつも腹部を押さえて痛がっているフリをする。

「きゃーご勘弁をー!」
「どうだ!参ったか!」
「参りました!」
「ふふん!これに懲りてウータイから――」

勝利宣言の最中、突如ルカは少女を抱えて身を翻し、持っていた剣を素早く振るう。金属音と肉を引き裂く感触にかすかに眉をしかめ、重さを感じさせない着地と共に「敵達」を睨みつける。
鈍い音を立てて倒れた者が一名、残りの五名は双剣を構えてルカとの間合いを測っている。ルカに抱えられた少女は予期せぬ事態に身を震わせていた。

「な…なに、こいつら…」
「大丈夫。お嬢ちゃん、じっとしててね」

ルカは優しい声音で励ましながら大木の傍で少女を下ろし、影に隠れているように促した。
ウータイ兵とは似ても似つかぬ装い――むしろソルジャーのそれと酷似した彼らに向け、ルカはしなやかに剣を振り上げる。月と同じ色に輝く刃が眩しく、踊り子のように宙を舞う。群青色の髪が揺れるたび舞い散る血飛沫は無情で残酷で、美しい。程なくして襲撃者達は鈍い音を立てて崩れ落ち、地面に伏した。

「…ここは危ないよ。村の傍まで送るね」

危険なのは、息一つ乱さず、残酷な風景な中で凛と佇むルカそのものではないのだろうか。
ルカの言葉に我に返った少女は頭を横に振り、そのまま駆けだしてしまった。ルカは手を伸ばそうとするが、少女を留める権利など自分にないことを悟る。
自分は少女の目に常軌を逸した存在として認識されてしまっただろう。ルカは任務に戻るべく背を向けようとすると、駆けていた少女は半ば自棄になりながら振り返って大声を出した。

「アタシはウータイ最強の戦士、ユフィ・キサラギ!」
「!」
「この借りは、いつか返してやるんだからねーっ!」

感謝と悔しさの混じる表現は口元を綻ばせてしまう。ルカは月夜を駆けるウサギの無事を祈り、平和な世で再会出来ることを願わずにはいられなかった。


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