ルカは襲撃してきた者達を凍えた魔晄色の瞳に映し、彼らの面と頭部を覆うヘルメットを取り外した。

「…最低だわ」

露わになった敵の顔にルカの表情は、嫌悪感に歪む。彼らの面は皆同じ、先月行方不明になった幼馴染そのものであった。

「コピーとはよく言ったものだ」

藪から響く声にルカは思わず剣を構えたが、風に靡く銀糸に緊張が緩む。そして、ジェネシス・コピーと遭遇した場所がセフィロスとの合流地点近辺であったことを思い出した。現れた恋人が無事であったことに安堵しつつも、ルカの心は晴れそうにない。

「ジェネシス・コピー…セフィロスは見かけた?」
「いや、こうして見るのは初めてだな」
「…元に戻せないのかな」

無駄とは理解していながらもルカは言わずにはいられなかった。
ジェネシスの細胞を埋め込まれて容姿が変貌し、その精神までも破壊された「元ソルジャー達」。
彼らを元の姿に戻してやりたいのは山々だが、技術が進歩するには相当の年月を要するだろう。何より彼らにはもう自分達の言葉に耳を貸すことはないのだ。主犯格である人物の命令に従順な、殺戮人形と化している。

「心も肉体も元には戻れない。殺してやるのがせめてもの情けだ」
「…そう、ね」
「行くぞ」

言葉とは裏腹に物悲しげな表情を浮かべた英雄。彼の背を追い、ルカは血路を歩み始める。










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一段と大きな爆破音がタンブリン山に響き渡る。轟音と共に火柱と煙が舞いあがり、夜空を錆色に染め上げた。砦中心部の爆破が成功したのだろう。
ルカが携帯を開いて時刻を確認すると、1ST達・ザックス・ラザード統括の5名の集合時間間近であった。

「セフィロス、そろそろ向かいましょうか」
「ああ」

彼らは剣に滴る鮮血を払い、進んでいく。ルカ達が山道を駆けてきた最中で対峙したのはウータイ兵23名、ジェネシス・コピー7名、対ソルジャー用モンスター6匹であった。自ら負けを認め、意気消沈した数名のウータイ兵以外は物言わぬ屍と成り果て、血溜まりの中で倒れていることだろう。
その中でルカが倒したのはモンスター3匹のみだ。セフィロス一人で戦った方が効率が良いのかもしれない。だがそれ以上に、セフィロスはルカに人間を殺してほしくないという希望があったのだろう。契約ソルジャーとしての仕事に対して理解を示したものの、戦場に身を投じるルカを見て思うところがあるのだ。
ルカもまた、恋人の儚く危うい優しさを無碍にはしたくなかった。彼の優しさが通用するうちは甘えたフリをするのも悪くない、と。
そう思うのは、逃れられない戦いが来ることを予感しているからだ。その相手がジェネシスなのか他の人物なのかは未だわからないけれど。

「待て」

セフィロスがルカの前に腕を出したのと、魔法の気配に気が付いたのは同時であった。空中に浮いた緋色のマテリアからは古代文字が連なる魔法陣が浮かび上がっている。そしてその傍に倒れているのは、ウータイ兵ではない敵勢力達だ。

「召喚獣のマテリア…」
「誰かがマテリアの中に吸い込まれたんだろう。俺が行く」
「気をつけてね」

セフィロスが魔法陣に手を翳すと浮遊する文字が光を放ち、彼の姿がマテリアに吸い込まれていった。ウータイ兵は魔法や召喚獣を扱わないため、マテリアの罠はジェネシスによる攻撃のひとつと考えられるだろう。ただ事ではない状況にルカは身を固くして辺りを見渡す。冷えた風に揺らされる木々の音が妙に煩かった。
空中に対して意識を集中させていた為だろう、不意にルカは左足首を掴まれてとっさの判断が遅れる。

「なっ!?」

視線の先には敵、ジェネシス・コピーと思しき男が息も絶え絶えにルカを見上げていた。離せと抗うべく剣を振り上げるとあろうことか彼はひび割れた唇を開いて、か細い息を吐きだした。

「――…オ前モ…、…同ジ…」
「っ!?」

ひとつ咳き込むと彼は痙攣したまま吐血し、ルカの足首を掴む力は失せる。絶命したようだ。手を振り払うように後ずさりし、ルカは狼狽しながら男を見つめる。

("お前も同じ"…?)

剣を握りしめていた指に力が入った。人語を話すことにも驚愕したが、彼が発した言葉の意図に心を掻き乱される。すると強張ったルカの頬を黄金色の光が照らし出し、魔法陣が硝子のように砕け散った。
光の粒子に包まれて姿を現したのは魔法陣に突入したセフィロスと、巻き込まれたであろうソルジャー2ND・ザックスである。ルカは子犬の登場に目を丸くしつつも二人の元へと駆け寄った。

「二人とも大丈夫?」
「あっ、ルカ!」
「マテリアに封じ込まれたのはザックスだったのね。怪我してない?」
「大丈夫!ありがとな!」

安堵した表情を浮かべるルカにザックスは無邪気に笑いかける。一方でセフィロスはルカの傍で倒れていた男達のヘルメットを剥いだ。物言わぬ彼らを見つめる視線は、毅然としていながらも焦燥が滲んでいる。

「!、脱走したソルジャー・クラス1ST!…こっちも同じ顔!?」
「あたし達はジェネシス・コピーと呼んでいるわ」
「コピー!?人間のコピー?」

ルカはザックスに向けて頷き返す。彼の反応は無理もない。マテリアに吸い込まれる前にもジェネシス・コピーに遭遇していたのかもしれない。

「アンジールはどこだ」
「ここで戦っていたはずなんだけど――」
「ふん、アイツも行ったか」
「!、セフィロス!」
「今のどういう意味だよ!」

ルカが諫めるもののザックスの耳には届いてしまっていたらしい、乱暴な物言いに当然ザックスが咎めた。セフィロスは彼らに背を向けるが、唇の端を歪めて酷く苛立っているのが伝わってくる。

「アンジールも裏切り者になった。そういう意味だ」
「ありえない!俺、アンジールのことはよく知ってるんだ!そんなことする男じゃない!」

見咎めるような、鋭利な一瞥がザックスを凍りつかせる。ルカもザックスの言葉に賛同したかった。だが胸の内に滲んだ疑念はそう簡単に洗い流すことは出来ない。
温度を失っていく沈黙に耐えきれず頭を振り、後ずさりしながらザックスは己に言い聞かせるように叫んだ。

「アンジールは俺を裏切ったりはしない!」

戦の夜を漂うのは硝煙と血の匂い。俯いたルカの足元には事切れた蛍が一匹いた。蛍はもう飛ばない。清い水を求める彼らは、血で汚れた森の中で生きていくことが出来ないのだ。
――戦士達の心の中には言い知れぬ困惑と葛藤が巣食い始めていた。






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