静まり返った基地を抜けると、景色は赤茶けた荒野から徐々に瑞々しい緑色に染められていく。心なしか日差しの厳しさは薄れ、空の青さも柔らかく澄んでいる様は王宮の中庭を彷彿させた。 プロンプトが何か有名な場所があるかと問いかけると、イグニスが口を開いた。
「この先はダスカ地方。湿地帯が有名だな」 「へえ、湿地帯」 「んー、じゃあ沼や湖もあるってことだよね」
一呼吸置いた後「「釣り…」」と双子達は口を揃えて呟く。ノクティスとアーテルは思わず顔を見合わせ、自分達の思考回路の単純さに呆れてしまう。 プロンプトとグラディオラスは堪えきれず噴き出した。ハンドルを握るイグニスも心なしか口角が上がっているようだが、小さな咳払いの後再び言葉を続ける。
「それからチョコボが生息する森もある」 「きたチョコボ」 「更に先に行くとクレイン地方だ。『レスタルム』の街がある」 「イリスが避難するって言ってたとこ?」 「ああ。そろそろ着くんじゃねえか?確かメテオで動いてるって街だよな」
メテオ。おとぎ話にも出てくるそれは、遥か昔星に飛来したという巨石のことだ。六神の一人・大地を護るタイタンが受け止め、その際に散らばったメテオの欠片は未だ熱を放散し続けている。 途絶えることのないそれは、ダスカ地方のエネルギー資源として活用され、文明の発展とともにあり続けているのだろう。 他愛のない会話をしているうちに、一行はコルニクス鉱油アルスト支店に辿り着いた。
「カップヌードル食べたいなー」
レガリアから降車し、湿地帯を眺めながらアーテルはぽつりと呟く。
「なんだ唐突に」 「え、グラディオ見なかったの?さっき前を走ってた車、カップヌードルのトラックだったよ」
「は!?」とグラディオラスは驚愕の声を上げて大通りに視線を向けたものの、車の姿は既に消えてしまっていた。王都外でも走っているということはどこかの街で購入も可能なのだろう。 少々肩を落としていたグラディオラスの背を励ますよう叩く。 すると不意にノクティスの通信機が着信を告げた。画面上には非通知としか表示されておらず、ノクティスは訝し気に通話ボタンを押す。
「…はい」 『もしもし?』
不安げに答えた電話の主の声には聞き覚えがあった。ノクティスは思わず目を見開く。
「――イリス?」 『ノクト!無事だったんだね!』
つい先程話に上がったグラディオラスの妹。全員がノクティスの電話に耳を傾けた。 どうやら彼女達も無事目的地に到着したらしい。ニフルハイム軍の動きがない限り、しばらくはレスタルムの宿に滞在するようだ。
「まったく、兄貴にかけねえで」
苦笑いを浮かべながらも、その瞳は安堵の色に染まっている。
「王子の声も聞きたかったんだろう、心配していたはずだ」 「お兄ちゃんって罪作りだねえ」 「は?」
アーテルは釈然としないままの兄を放っておく。 プロンプトからの提案で、基地での激しい戦闘後の休憩も兼ねて各々自由行動をとることにした。新天地を写真に収めたり、カエルを探す研究熱心な女性と話し込んだり、ダスカ地方の名産物を物色したりと皆心を躍らせているようだ。 アーテルは薬類の在庫と所持金を確認を始めたイグニスの手伝いに向かう。レガリアに積まれた備品を数えてアーテルが報告すると、彼は眉間にしわを寄せて腕を組んでしまった。 様子から察するに、レスタルムまでの旅費にも余裕は無さそうだ。
「どうする?イグニス」 「グラディオには申し訳ないが、周辺での依頼を受けよう」 「はぁい。食材になる野獣の討伐だと良いなあ」 「俺は野菜の収穫でも構わないが」
アーテルは苦いものでも食べたかのように舌を出して嫌そうな表情を浮かべる。ひとまず彼らは依頼探しと全員分の昼食購入も兼ねて、クロウズ・ネストに向かった。 アーテルの第一希望であったケニーズ・サーモンはテイクアウトが出来ず、何よりも予算オーバーで却下されてしまう。 代わりに注文した商品を待ちながら、スツールに腰掛けつつラジオに耳を傾けていた時のことだった。
「ベヒーモス?」
ひとりごちたアーテルに、イグニスが振り返る。 ラジオのニュース番組で報道されている内容は、アルスト湿地帯で目撃されている片目を負傷したベヒーモス――通称『スモークアイ』についての被害報告だった。チョコボポスト付近の畑を荒らし、薄霧の森へと逃走したらしい。チョコボ券の発行が更新されないのもその影響なのだろうか。
「イグニス、この情報って…」 「ここの依頼内容には無いな。チョコボポストでならあるかもしれない」
成功すれば報奨金も貰えるだろう。チョコボポストに行けば、プロンプトが熱望するチョコボにも会えるはずだ。マップを確認したところ、双子達の大好きな釣りも出来そうな池も近い。 各々の目的も果たせそうだと、アーテルの頬が自然と緩む。
『――新たにレイヴス・ノックス・フルーレ氏が将軍に就任しました』
瞬時にアーテルの青い瞳が動揺に翳った。傍らに立つイグニスも思わず一歩踏み出し、彼女の肩に触れる。ラジオは彼らの煩悶なぞ知らず『将軍は襲撃事件で負ったケガの治療のため、一時帝国に帰国し治療が終わり次第ルシスに戻り、国内の混乱の回復に努めるとしています――』と、情報を垂れ流すだけだ。
「……レイヴス兄様が、ルシスを」
掠れた声音が桜色の唇から解けていく。俯いたアーテルの黒髪が揺れ、悄然とした彼女の横顔を隠してしまった。
「アーテル…この情報も確かなものであるとは限らない」 「うん…」
小さく頷くアーテルの表情は、イグニスの目線では見えない。ただ彼女の肩に触れる指先から伝わってくる感情の温度は、けしてイグニスの心を安堵させるものではなかった。そして自身が告げた言葉も慰めにはならないことも、彼の胸の内に虚しさばかりが広がっていく。 沈んでいく意識を止めたのは「テイクアウトでお待ちのお客様ー」という明るい声だった。平和で平凡な言葉に彼らはようやく我に返り、イグニスは店員から商品を受け取った。
「イグニス」 「なんだ」 「お兄ちゃんには、内緒ね」 「…ああ」
彼らが店の外へ出ると僅かに青臭くも豊かな自然の香りが漂っている。
(あなたは今でもルシスを、)
アーテルは封鎖線の彼方にある、故郷の方角へと視線を向けた。 けれど高身長とは言い難い彼女の背では。 鳥のような翼のない彼女では。 見慣れない植物や木々で覆われ、思い描いていた故郷の姿は捉えることは出来ない。
【Chapter03. 広がる世界】
(私達を、憎んでいるんだね)
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