「平等」であることと「正義」であること。
人間はそれらの解釈と使い分けを誤ってしまう。
俺にとっての正義は力であった。
力こそが世を支配し、強者のみが富と権威を持ちうる。時折腹の奥から込み上げる吐き気に苛まれようと、俺はそれを信じるしかなかった。
鈍器を振るい、銃を乱射することも力。思いのたけを詩や歌に込めて発信するのもまた力と言えよう。
力とは誰しもが持つオリジナルの武器であり、認識であり――無情なまでに理不尽極まりない。
だからこそ権力を持つ者による気まぐれな采配によって、翻弄される。

「北ダスカ封鎖線での警備を任せる。行け」

俺に視線を送ることなく命令した男。
大した業績を上げるわけでもなく将軍の地位を得た男。彼は異国の人間――ニフルハイム帝国の監視下に置かれるまでは親ルシス側であったテネブラエの出身ではないか。
おまけに、光燿の指輪を持って逃走している「神凪の兄」だという。
この状況で私情を持ち込まないわけがない。一体いくらの金で、あるいは紫と銀に光る「凶器」でもって脅したのだろう。
いずれにしろ。
何故、異国の人間がニフルハイム軍を指揮するのか。
何故――俺ではないのか。
俺は胸に渦巻く憎悪を抑えながら男を睨みつける。不自然な沈黙の中で非の打ち所がない敬礼を返し、大股で司令部を後にした。









ノクティス達はモビール・キャビンで一泊した後、モニカから貰った地図を頼りに基地の近辺まで向かう。モニカとコルは夜明けと共に集落を出発し、状況確認をしているようだ。別段緊急の連絡が入ってこないため、予定通り実行するのだろう。
アーテルは障害物の無い周囲を見渡した。
王都周辺とは異なり、晴れ渡った青空に飛行艇の姿は見えない。ノクティス達が潜伏している事を知らないのか、あるいは封鎖線にて迎え撃つ気でいるのだろうか。

「モニカって強いの?」
「俺やグラディオと同じ王都警護隊だ」

プロンプトが漏らした疑問にイグニスが答える。
モニカだけでなく、イリスを連れてレスタルムへ避難しているダスティンもグラディオラスの父・クレイラスの部下である。王都にいた人物の無事が確認出来ること、そして再会出来ることは奇跡にも近い。
アーテルの胸の内を読んだかのように、「王都にいたヤツに会うってのはなんか心強えーな」とノクティスは呟いた。
やがて一同は基地の防壁代わりとなっている巨岩の隙間を縫い、合流地点に到着する。

「ここから二手に分かれていただきます。ノクティス様とアーテル様はこの先で将軍と合流を。グラディオラス様たちと私は敵の陽動をはかります」
「了解!モニカ、無理しないでね。疲れたらグラディオに任せておいてね」
「おい、俺の心配はしないのかよ」

冗談交じりのアーテルの激励にモニカは思わずくすりと笑う。いつも穏やかで優しい彼女の微笑みを見たのは久しぶりだった。
細い抜け道を通り抜け、アーテルとノクティスは朽ち果てた城壁を進んでいく。丁度偵察を終えたのか、見知った人物が刀を携えてこちらにやってきた。

「コル、私達これからどうするの?」
「俺達は内側から奇襲をかけるぞ。挟み撃ちにして敵の数を大幅に減らすんだ」

錆びた扉を慎重に開け、身を屈めながら辺りを見渡すと帝国兵が警備にあたっていた。起立したまま微動だにしない魔導兵も数体確認できる。

「余裕だな」
「だね」

青目の双子達はにやりと笑って顔を見合わせ、その場に青い残像を残して宣戦布告した。
彼らの身のこなしは以前よりも軽く、それでいて無駄がない。塀の上から狙撃してくる兵士達へも瞬時に距離を縮めて攻撃していく。アーテルは魔導兵を破壊しつつ、近接戦に持ち込んで敵を切り倒していくコルに声を掛けた。

「コル、随分温存してるね。こっち側はそんなに敵が多いの?」
「大した人数じゃない。だが…この力がいつ使えなくなるかわからないからな」

アーテルははっと目を見開いた。

『王女、お前は俺よりも強くなってもらわねば困る』

警護隊の並外れた身体能力はクリスタルと王の恩恵あってこそだ。王亡き今は持続できるとも言い切れず、いつ失われるともわからない。アーテル達は気を引き締めて戦いに臨み、あっという間に奇襲は完了した。
封鎖線の正面扉周辺に辿り着くと、イグニス達も任務を終えて合流することが出来た。彼らが担当したエリアでは、死屍累々とまではいかないが作戦が成功した光景が広がっている。モニカの姿が見えなかったが、所用の為一度野営地に戻ったらしい。

「いい働きだったといえるだろう」
「じゃあこれでダスカ地方に――」
『動くな、侵入者』

コルの声掛けとアーテルの笑みに皆ほっと一息ついたのも束の間だ。若くも高圧的な声が辺りに響き渡る。上空からくすんだ灰色の飛行艇がアーテル達を見下ろしていた。

『ルシスのコルか。へえ、よくあの城を抜け出したな』
「…コル、知り合い?」
「知らん」

アーテルの問いかけを無情に一刀両断する。こちらの反応を知ってか知らずか、若造は挑発的に吠えた。

『不死将軍って呼ばれんのも飽きたろ。ここで死んで、終わりにしちまえよ』

飛行艇は無遠慮に大口を開け、身を潜めていた重魔導アーマー・キュイラスを吐き出した。キカトリーク塹壕跡近辺にて対峙した魔導アーマーよりも華奢であるが、機動性と威力に優れているようだ。
接近戦ではアーム部分を振り降ろし、遠方からの攻撃を試みれば銃弾と小型のミサイルでの反撃が襲う。痺れを切らしたノクティスが口を開いた。

「イグニス、指示!」
「ああ!――将軍、脚部を!」

コルの刀が脚部の関節を破壊し、支えを失った重魔導アーマーが傾きながら鼻につくオイルをどろりと流出する。
帝国軍の若造がマイク越しに悲鳴混じりの呪いの言葉を吐き出していた。だがイグニスは我関せずといわんばかりにアーテル以外のメンバーを重魔導アーマーから距離を取るようジェスチャーする。

「アーテル、頼むぞ!」
「任せて!」

イグニスは空高く跳躍したアーテルに向けてマジックボトルを放った。受け取ったアーテルは稲妻の力を帯びた球体を振りかぶり、じたばたと足掻く機体に向けて魔力を放つ。
一瞬にして雷電が走った重魔導アーマーは轟音を立てて爆発し、ノクティス一行の完全勝利を飾ることとなった。

「よくやった。なかなかの動きだ。戦い方も手馴れてきたな、安心したぞ」

戦闘のプロであるコルに賛美の言葉をもらえるとは思いもしなかった。アーテルは勿論の事、グラディオラスは嬉しそうに顔をほころばせていたし、プロンプトに至ってはその場で倒れこみそうなほど気持ちが舞い上がっていたようだ。

「俺はまた帝国への監視を続ける。では、いずれまた会おう」
「将軍も御武運を」
「またね、コル。…あ、モニカ!」

先程まで野営地に戻っていたモニカが丁度姿を現し、敬礼する。彼女は手に持っていた鍵をイグニスに渡した。勝利を確信しての事だったのだろう、時間短縮のためレガリアを封鎖線周辺に運んできてくれたらしい。
モニカは今後も王都警護隊としてコルと行動を共にするようだ。帝国の動向を調査しつつ、運よく王都を抜け出した他の警護隊や王の剣達を捜すらしい。互いの無事を願い、再会を誓いながら別れることとなった。

「外の厳しさにも慣れちゃあきたが」
「世界は広いね」
「やることもたくさんある」
「ほんと」
「まだまだ、これからだな」

各々が意気込みを語りながら、静まり返った基地の中をゆっくりと歩いていく。朝早く出発したはずだが、既に太陽は真上に上っていたようだ。青い空を優雅に舞う鷹を見上げてアーテルは目を細める。
目指す先は――レスタルムだ。


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