「つ、つよい」

アーテルは簡素な言葉に畏怖の念を込めて呟いた。彼女の視線の先にいるのはたった一太刀で魔導アーマーを切り伏せたコルだ。息一つ乱さず、戦場の中で佇む彼は不死将軍と言われるにふさわしい。現在のアーテル達よりも若い頃にレギスと共に旅をしたというのだから、青年時代の彼の力たるや想像を絶するものであったのだろう。

「さすがルシスで敵に回したくない男ナンバー1!」
「王女、お前は俺よりも強くなってもらわねば困る」
「分かってるよ」

アーテルは苦笑する。彼女自身もコルと何度か手合わせしたことはあるが、あくまでそれは稽古の一環だ。生命を賭けた戦いにおいては彼に打ち勝つことなどできはしない。王家の力を携えたノクティスならば対等に剣を交えることが出来るだろうが――。

「…歴代王の墓所、か」

それはルシス、否世界を守護するための誇り高き力が眠る場所だ。ノクティスとアーテルの父であるレギスもそうであったように、王になるべき者は必ず歴代王の墓所を訪れ、力を得ていた。その威力は強大であるが、保有者の生命を削って振るわれる。恐らく聖石の力と類似したものであるのだろう。
クリスタル奪還の為、帝国との戦いの為にも王家の力は必要だ。コル曰く、ルシス国内を中心に王の墓所はいくつも存在するがどれも危険な場所にあるという。墓所に祀られた武器は13と言われているが場所が明白となっている箇所は随分少ないらしい。
彼らが向かう先は修羅王の墓所――キカトリーク塹壕跡内だ。

「王子、王女。同行はここまでだ」

コルは小さな鍵をノクティスに向けて放り投げる。その鍵を利用すれば他の墓所の扉が開くらしい。鍵が一つだなんて思いもしなかったが、ノクティスの掌にじわりと広がっていく感覚は魔法の一種であるようだ。邪念を持つ者には扱えない代物なのだろう。

「自分たちで動いてみろ。力はいくらあっても困らないからな」
「わかった、将軍は?」
「帝国の動きが気になる。この周辺を探るつもりだ。お前たちは力を備えておけ」
「了解」
「コルも気を付けてね」

将軍は目礼を返し、再び荒野へと引き返していった。5人もまた塹壕内を進んでいく。頑丈な鉄の扉や荷物が積まれている様子、発電機と繋がっているコードが這っていることから、かつて戦火を逃れた人々が住んでいたのだと推測された。
一方で賢王の墓所とは異なる冷気が漂っており、光の届かない場所から独特の空気の流れを感じ取れる。
恐らくここにもあいつらが――陽を拒み、暗闇の中で息を潜める存在がいるのだろう。奴らと対峙するのは幾年ぶりだろうか。親しかった乳母を失い、ノクティスは重傷を負い、アーテルは目の前の惨劇に心を閉ざしてしまったことを思い出す。

(でもあの頃とは違う)

もう脅えるだけの弱い子どもじゃない。戦うこと、そして時には勇気をもって退避出来るだけの技量を得ているではないか。アーテルは手に携えた剣を強く握り締めた。










扉はガチャン、と拒絶された音を立てる。アーテルは拗ねた様にしかめっ面を浮かべて、他の道を探索し始めた。向かいの扉の取っ手を弄っていたグラディオラスも肩をすくめている。

「こっちもダメだな」
「鍵かかってるところ多いね。…ねえグラディオ、」
「ぶっ壊せってか?崩れても知らねえからな」
「えーっ!?俺こんなところで生き埋めになるのヤダー!」

アーテルの提案にプロンプトが駄々をこねる。緊張感の無い会話が交わされているのは、試しに触ってみた発電機が稼働したことによって周囲が明るく照らされているせいだろう。塹壕内を灯す明かりは、小さいながらもハンマーヘッドや街中に設置されていた同系統の照明であったらしい。照明が稼働しているうちはシガイと接触する可能性は格段に低くなる。それでも奥へと進んでいくうちに電灯の数は減っていき、次第に光は弱まっているようだ。

「早く見つけて、ちゃちゃっと終わらそうよー」
「プロンプト、お前本当怖がりだな」
「だってしょーがないじゃん!ノクトだって嫌でしょ」
「お前よりは耐性あるけど?」
「…墓所が入口付近にあるとは考えにくい。嫌なのは分かるが、進むしかないだろう」

イグニスに宥められ、プロンプトは唇を尖らせた。ノクティスが鉄格子の扉を開くと同時に発電機の動力が切れたらしい、プロンプトの間抜けな悲鳴と共に辺りは闇に包まれた。頼りになるのは自分達が身につけている小型のライトだけだ。もっともそれはシガイ避けの効力を持たない。独特の腐臭が流れてきた瞬間グラディオラスが大剣を構えた。

「そら、来たぞ!」

闇の中から甲高い声を上げ、小鬼達が爪を振りかざして襲いかかってくる。アーテルはノクティスと対峙している複数のゴブリンに向けて剣を投げ、首を刎ね飛ばした。縦横無尽に動く事は出来ないが各々が連携を取ってシガイ達を蹴散らしていく。
残り数体と言ったところで、剣を振りかざしたアーテルは怯えて縮こまるゴブリンと目が合う。混濁した闇色の眼には淀んだ光が揺らぎ、光は朧ながらも何かの形状を模そうとしている。
瞬きの中に、アーテルはありもしない幻影を見た。
ゴブリンの姿と重なって浮かんでくるのは、胡桃のように大きな瞳、ふっくらとした頬、紅葉を彷彿させる手には熊のぬいぐるみを抱えている。それはまるで人間の――。

「アーテル!」

後方から大きな影が覆いかぶさり、目の前のゴブリンの脳天に槍が突き刺さった。耳障りな悲鳴を上げてシガイは黒い粒子を撒き散らして消えうせる。アーテルは鈍痛を訴える頭を庇いつつ、後ろに控える男の方へと振り返った。

「イグニス…」
「しっかりしろ。怪我は…」
「だ…、大丈夫」

アーテルの脳裏で先程の幻影が再度フラッシュバックし、声が上ずってしまう。誤魔化すように服に付いた埃を払い、心配そうに見つめるイグニスに下手な笑みを返す。奥へと進むごとに再びシガイと相見えることとなったが、もう幻影はアーテルの前に現れる事は無かった。アーテルとイグニスの間に違和感を残しつつも、一行は賢王の墓所で見かけた扉と酷似するそれに辿りつく。

「ここが修羅王の墓所…」

ノクティスはコルから渡された鍵を使い、扉を開けた。中にはやはり魂の棺が横たわっており、ノクティスがそれに向けて手を翳すと、彼に流れる血と聖石の導きによって青い光が放たれる。「修羅」と言われる所以か、空中に現れたのは無骨な斧であった。
賢王と同じく、斧はノクティスの胸を貫き、彼の身に王の力が注がれることとなる。

「――昔の王様の力なんだよね?」
「ああ、力を借りてようやく陛下のお力に近づけた状態だ」

プロンプトの疑問にイグニスが答える。だがプロンプトにとってはやはり奇妙なものに映るのだろう。
何せおとぎ話程度にしか認識していない、かつての王の力。それが選ばれし王子とはいえ、生身の人間に吸収されていくのは目で見ても甚だ信じがたいものなのだろう。
「借り物王だな」とグラディオラスが茶化すが、ノクティス自身もどこかでそう思う節があるらしい。

「実際さ、使ってみてどう?」
「うん、いろいろやれるようにはなったな」
「見栄張って無理はすんなよ」
「使いこなしていくのはこれからだ」

励ましの言葉を受けつつキカトリーク塹壕跡の出入口まで戻って来たころ、ノクティスの携帯が着信を告げる。相手はコルだった。

『出たか。くたばったのかと心配したぞ』
「力、手に入れたぞ」
『上出来だ。お前たちに頼みがある』

コルから告げられたのは、帝国の動きについてだった。
集落に向かう途中、帝国軍の旗が揺らめく巨大な基地が建設されていたのは確認していた。そこは西のダスカ地方へ繋がる道の途中らしい。ノクティスとアーテルを含め、王家の重要人物の国外脱出を妨害する為だろう。無論、王家の力についてもだ。封鎖線として機能する前に破壊しろ――それが彼の作戦らしい。

「お兄ちゃん、コルから?」
「ん。帝国の基地を潰せってさ。モニカに話を聞く。集落に行くぞ」

墓所に到着したのは昼前だったが、日も暮れつつある。休みなく散策していたこともあり疲れも出ていた。五人は洞窟内で汚れた顔や腕を拭いつつ、塹壕内を後にした。


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