「ノクティス様、アーテル様!ご無事でなによりです」
昼前、ノクティス達はコルが滞在してると連絡を受けた「荒野の野営地」に到着することが出来た。一行を出迎えたのは、王都警護隊の一員らしく規律正しい姿勢のまま跪く女性であった。アーテルが彼女の肩に触れ、礼を崩すよう促す。
「あなたも無事でよかった、モニカ」 「身に余る御言葉でございます…!」
顔を上げたモニカの瞳は涙で潤んでいた。まさか自身が王家の者達再び会うことが出来るとは思わなかったのだろう、それほどまでに王都の状況は過酷であったのだと窺える。
「モニカ、他のヤツは?」 「警護隊はほぼ王都で――。イリス様をお守りして逃げるのが精一杯でした。今イリス様にはダスティンが。レスタルムまでは無事お連れ出来るかと」 「そうか、すまねえな」
グラディオラスは申し訳無さと感謝の意を込めて、彼女に礼を言う。そして事情は聞き及んでいるのか「将軍はこの先の王の墓所でお待ちです」とモニカに告げられ、アーテル達は地図に示された箇所に向かって歩いていこうとする。 するとノクティスが設置されていたラジオの前で足を止め、放送に耳を傾けていた。
「お兄ちゃん?どうし…」 『テネブラエから取り寄せられたジールの花が、各地で飾られています』
ラジオが置かれたテーブルの傍らには、懐かしき青の花が手向けられている。まさしくそれこそ思い出のジールの花。先日交わした日記の最初にも押し花として挟んでいた。 アーテルは思わず息を止めてしまう。兄のノクティスの横に立ち、彼女もまた放送内容を一言一句逃さぬよう足を止めた。
『オルティシエには大勢の人が訪れ、ご遺体が見つからない代わりにと――ルナフレーナ様が挙式で着られる予定だったウェディングドレスに祈りを捧げているようです。一部では生存を期待する声も聞かれますが、確かな情報は入っていません――』
無情な言葉を突き刺すラジオからも目をそらすよう、ノクティスは瞳を伏せる。薄く形のいい唇を噛みしめる彼の横で、アーテルは優しく揺れる花に触れた。
「ルーナ姉様は絶対生きてる」 「アーテル…」 「信じよう、お兄ちゃん」 「…ああ」
双子達の青い瞳が互いを映し出す。どちらとなく、彼らは乾いた風の流れる荒野を歩き始めた。
「――これ、お墓かあ」
プロンプトが驚いたように呟くのも無理はない。王族が扱う色合いとしては珍しい、白を基調とした円形の石室。出入口となる扉の上には、剣を抱いた女神の石像が飾られている。重い扉を開けると、外観の重厚感とは裏腹に随分と冷え切っていた。 部屋の中心には剣を携えた銅像が横たわっており、その傍らには刀を携えた男性が待ち構えていた。
「将軍」
イグニスが声を掛ける。元来愛想笑いや柔和な表情を浮かべる性質ではない男だが、彼の面は普段以上に険しく目の下に陰る隈には拭いきれぬ疲労が窺えた。
「ようやく来たな。王子、王女」 「…で、俺達は何すればいいって?」
半ば投げやりに、吐き捨てるように呟くノクティスをコルは一瞥する。だが不躾な態度を咎める時間も惜しいのか、彼は銅像の前へと歩み、呼び出した理由を答えた。 彼は銅像――先代の王の魂が眠る棺を指し示す。
「亡き王の魂に触れることで力が新王へ与えられる。これは魂の棺だ。力を得ることは王の使命でもある」 「国もねーのに『使命』か」 「――お前の自覚を待っている暇などない。王には民を守る責務がある」
全うなコルの言葉に、ノクティスは自嘲と苛立ちが入り混じる表情を浮かべた。
「で、王子と王女だけ逃がしたのか?バカじゃねーの、王が守るのは子ども達じゃねーだろ」 「王子、いつまで守られる側でいる。お前は王の責務を託されたんだ」 「託したって…」
ノクティスは魂の棺に視線を落したまま拳を握りしめる。 凍てつく鎧を纏い、物言わぬ魂。 この王――否、先代の王達が成した功績をノクティスとアーテルは嫌になるくらい教え込まれた。だがいくら英知に長けていようとも、武術に秀でていようとも、国や王家の危機の中で呑気に眠り続けているのならば何の役にも立ちはしない。 もしクリスタルと共に或る彼らが、早くに危機を知らせてくれたのならば状況は変わっていたのではないか。 レギスがノクティスとアーテルに真実を告げていたならば。 共に帝国と戦おうと伝えてくれていたのならば――。
「じゃあなんで言わなかったんだよ!笑って送り出しただろ!?俺は、俺達は――…!」
棺が横たわる台座の縁を叩きつけるように掴み、声にならぬ悲鳴を殺しながらノクティスは身体を震わせた。憤怒と悔恨に噛みしめた唇から血が滲む。
「…騙されたじゃねーか…」
きつく閉じた瞼の裏に浮かぶのは威厳と深い慈愛に満ちたレギスの微笑み。子ども達の幸せを願ってくれた、誰よりも敬愛する父の姿だ。 父が自分達を頼ってくれなかったのは――王子と王女が無力であるからだろうか。未熟が故に、戦場となる王都から離れさせたのだろうか。 あるいは足手まといだから? アーテルは己の非力さを呪う。変えられぬ過去への懺悔ばかりが胸を焼き、爛れさせていく。 傷ついたアーテル達を見つめ、コルは眉間を皺を緩めつつ瞳に憐憫を浮かべた。
「あの日は王としてではなく、父親として子ども達を送り出したかったそうだ」 「…っ、」 「王女、そして王子――新王にならこの国を、民を託せると信じたからだ」
双子達は震える瞼を上げ、青い瞳が揺らめかせる。吐き出した息は哀惜と、堪えきれぬ涙の湿り気を匂わせていた。
「勝手なこと言いやがって…」
ノクティスは唇を噛みしめ、剣を携えた魂の棺へと手を翳す。彼の覚悟を受け取ったのだろう、剣はクリスタルの如き眩く硬質な光を放った。祝福の花吹雪と見紛う光の粒子を煌めかせていく。剣はノクティスの胸元へと突き刺さり、その身に吸収されていった。 王たる存在に必要不可欠な、人智を超越した能力。アーテルは聖石に選ばれし「未来の王」である兄を見据える。
『アーテル、あなたは王家の血を引きながら――』
先程手にした、ジールの花弁が脳裏に浮かぶ。心の奥で響く声は、神の使いとして神凪を支えている優しい女性のそれだ。 ――…悔しいのではない。妬ましいのではない。 ただほんの少し、寂しいだけだ。 王族という立場上負わねばならぬ責務の中で、「世界を守る」ことは最も重圧が大きい。同じ女の腹から生まれ、片割れとして成長したが、これだけは共に歩んでいく事の出来ない道だ。 王は、世界に二人もいらない。 分かち合えないもどかしさに、アーテルは拳を握り締めるしかなかった。
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