7月、ホグワーツ特急内にて。

私はまた監督生として、リーマスと2人、最初の汽車内巡回を行っていた。

「…ねえ、リーマス? ずっと訊きたかったことがあるんだけど、良いかな」

相変わらずコンパーメント内で爆発物を派手に散らかして遊んでいる生徒から道具を没収すべきかわからずにスルーしたまま、私はリーマスに思い切って尋ねてみた。

「何?」
「────1月にさ、スネイプが暴れ柳のトンネルを通っちゃったことがあったでしょ」
「うん」
「その原因がシリウスにあったって知って、怒らなかった?」

私はその時のことをよく知らなかった。
遠目に見ていたのは、いつも通り仲良くしている4人組の姿だけ。彼らが普段と変わらない態度を取っているのに、わざわざその場を荒らすような質問は、あの時の私にはできなかった。

リーマスは小さく笑った。

「ああ、そのこと。そりゃ、怒った…っていうか、かなりビビッたよ」

まるでちょっとした悪戯がバレた子供のような顔をしているリーマス。それを見る限り、少なくとも"今は"本当に怒っていないんだ、と悟る。

「まずスネイプに姿を見られた時はすごく混乱したな。ジェームズが慌ててスネイプを引き戻してくれたけど、ひょっとしたら僕はあそこで変なスイッチが入ってスネイプを襲ってたかもしれない。そう思うと、今も怖いよ。実際僕が朝戻って、シリウスも退院して、全てを知った時には思わずシリウスの胸倉を掴んだくらいさ」
「リーマスが?」

あのリーマスが誰かの胸倉を掴むなんて想像ができない。驚いている私を見て、彼はまた笑う。

「そう。なんてことをしてくれたんだ、ってね。…でも、シリウスは全く抵抗しなかった。"悪かった、殴るでも良いし呪うでも良い、好きなようにしてくれ"って言うんだ。何をされても当然だって言いながら、その上でシリウスは僕を守るためにこれからも全力を尽くすって約束した」

そちらはなんとなく想像ができた。何より自分の発言を悔いていたシリウスの顔を、私は事が起こった直後に見ているのだ。そのくらいのことは、彼なら言って当然だろう。

「────そうしたら、気が抜けちゃってね」

それから彼は手を放し、事情を詳しく聞いたんだそうだ。
シリウスは何も"ちょっとからかってやろう"という気持ちで簡単に友達の秘密を明かしたわけではないこと。彼が口を滑らせたのは、その直前にリーマスを侮辱されたことでブレーキが壊れてしまったことが原因だったということ。

「僕はさ、多分君が思ってる以上に、あの3人に感謝してるんだ。友達なんてできない、とても学生生活を楽しんでなんていられない、そう思ってた僕に、希望を与えてくれた人達だから。全てを知ってなお友達でいてくれたどころか、あらゆる危険を冒して、僕の地獄の一晩でさえも幸福なものに変えてくれたから。それを思ったら────それ以上は、怒れなかったよ」

リーマスの表情はどこか疲れているように見えた。それでも目だけはシリウス達と同じように爛々と輝いていることがわかって────この人もれっきとした"悪戯仕掛人"だったことを思い出した。

「ごめんね、イリスにもこの件については相当心配をかけただろ。あの日、どうにも君とシリウスがやたらとスネイプを気にかけてる様子だったのが気になってたんだけど────君達はずっと、僕のことを守ろうとしてくれてたんだね」
「そりゃあ、友達だし」
「その"友達"こそが、僕が一番願って、それでも手に入らなかった一番の宝物なんだ。一緒に変身してくれた3人には感謝してるのはもちろんだけど…イリス、君は君の尺度の中で、誰よりも僕達を助けてくれている。僕のために身を犠牲にする、なんて言われるより、ずっと誠実で、信頼できる友情を君は僕に示してくれてるんだ。あの3人と在り方は違っても、君もシリウスも、僕にとっては同じくらい大切な友達だよ。だからもう、あの件で僕がとやかく言うことはない」
「そう、リーマスがそれで納得してるなら良いんだ」
「気にかけてくれてありがとう、イリス」

そんな会話をしたところで、次のレイブンクローの監督生に巡回をパスした。
その後で私が向かったのは、リリーのいるコンパートメント。私を待ってくれていたらしいリリーは本から目を上げると、とんとんと黙って前の席を指さした。

「まったく、どういうつもりなの」

そして、開口一番このお説教である。私は言われるがままに座り、早速小さく座席で縮こまった。

「どうしてもっと早くブラックと付き合ったっていう最高にハッピーな報告をしてくれなかったの」

そう、リリーが怒っているのは昨日からだった。
荷物をトランクに詰めながら、夏休み早々にうちに遊びに来ることになっていたリリーとのスケジュールを確認する。今年は7月いっぱい、彼女をうちに招く予定になっていた。

「────それで? 毎日訊いてもはぐらかしてばっかりの誰かさんとのあれそれはどうなったのかしら?」

うちを訪ねてくる時間まで確認し終え、会話が一段落ついた時、リリーが突然私にそう言った。

────私は、シリウスと付き合い始めたことをまだリリーに言えていなかった。

もちろん、OWL試験中の事件があった日には決してそれを口にするまいと決めていた。
だから翌日改めて報告しよう、そう思っていたのだが、いざ朝を迎えてみると今度は「昨日の今日でこんなことを言うのも不誠実か」と思ってしまい、そうやってタイミングを計っているうちにどんどん言えなくなっていたのだ。

シリウス達には、「リリーに報告できるまで付き合ってることは黙っていてほしい」と頼んだ。ジェームズはすぐにでも学校中に「ホグワーツ内に初めての王族が誕生!」と吹聴して回りたがっていたけど、シリウスは困ったように笑って「そりゃそうだよな」と言った。

そんなわけで、たいした噂が立つというほどでもなく、静かに学期末の日がやってきて────。
とうとう、リリーの方から話を持ち出させてしまった。

「えーと…」
「要らない気遣いをしているようならやめてって、私、1年生の時に言ったはずだけど? それともまた"友達の尊厳"のために守らなきゃいけない秘密なの?」

ここまで怒っているリリーは久々に見た。ベッドの隙間に追い込まれて詰め寄られ、初めて私はか細い掻き消えそうな声で「シリウスと…付き合うことになりました…」とあまりに情けない報告をする。

リリーはそれを聞くと「フン!」と満足げに笑い、私を解放した。

「言うのが遅いのよ!」

リリーは怒っていた。怒っていたけど、笑っていた。

「ごめん、なんか言い出しづらくて…」
「わかってるわよ。私とセブのことで気を遣ってくれてたんでしょう。タイミングがタイミングだったろうし…」

今でもスネイプの話をする時、彼女は声のトーンがひとつ落ちる。まるで当時のことを思い出すように一瞬言葉を途切れさせたが、「でも、それとこれとは別!」とまた怒って私に向き直る。

「私がポッターとブラックを嫌っているのは、入学式の前に、友人を貶されたから。それにちょっとあの2人の鼻持ちならない態度が個人的に気に入らないだけ。でもそれとあなたは別。あなたが誰と仲良くしていようが、私は私の好きな人を侮辱されない限り、あなたのことを嫌ったりなんてしない。それにあなたは絶対、私の好きな人を理由もなく軽蔑したりなんてしないって、今では心から確信してるの。だから、あなたが誰と付き合おうが、私はあなたがそれで幸せなのだと言えるなら、心から祝福するわ

1年生の時、同じようなこと言わなかった? とリリーは言った。

たまたまあなたの好きになった人が、私の嫌いな人だったってだけ。そして私が今まで庇い続けてきた友人も、もう今はいない。仮にブラックがあなたに不誠実なことをするっていうんなら、私はあなたのために黙ってないけど────」
「シリウスはそんな人じゃないよ」
「それなら、私はただあなたが笑っていられるそのことを喜ぶわ」

急に、今まで言わずにいたことが申し訳なく思えてきた。
リリーはもう、とっくに"スネイプ"と"悪戯仕掛人"を切り離してしまっていたのだ。
スネイプに味方をするリリーは、もういない。

その悲しい結末を受け入れきれていなかったのは、私の方だった。

「リリー、ごめん。…黙ってて」
「良いのよ。時間の問題なことはわかってたし」

また満足そうに笑って、リリーは最後の靴下をトランクに放り投げた。

────そんなわけで、特急内で私とリリーが話す内容も、シリウスのことばかりになっていた。

「それで? いつ踏ん切りがついたの?」
「シリウスと喋ってる間に。リリーの言ってることは正しかったよ…シリウスが考えてることを聞いた時、あなたの言ってたことを思い出して…その意味するところが、ようやくわかったんだ。好きになる時は、どうしたって好きになるって、まさにその通りだった」
「ブラックはどんな風に考えてたの?」
「シリウスはね、スリザリンのことを軽蔑せずにはいられないって言った上で、それでも一方的に攻撃するのはやめるって言ったの。その代わり、"敵"だとわかったら最後まで容赦なく戦うつもりだとも。その時私、やっぱり自分の思想はちょっと"理想論"に偏りすぎてたんだって、自然と思えたんだ。そうしたら────うん、自然とシリウスのことが好きだって、私達はきっとわかりあえるって、なんとなく…直感なんだけど、それがわかった気がしたの」
「ふふ、ほーらね」

ずっと言わずにいたことをまだ根に持たれているらしい。興味津々な様子で色々と質問はしてくるのに、応対はずっとつっけんどんなものだった。

「何が良かったの? ブラックの」
「…笑った顔」
「…あのポッターと一緒に先生をお騒がせしてる時の?」
「あはは、うん、まあそれも嫌いじゃないけど」

私が好きなのは、日差しに柔らかく照らされて輝く瞳だった。
風に揺らめいて流れていく艶やかな黒髪だった。
眩しい世界の中で、少しだけ陰を帯びたあの優しくて切なくなる微笑みだった。

いつからか時折見せてくれるようになったあの眼差し。
あれを見ていると、最初の頃のような全てを見透かされている気分の悪さでもなく、何度か向けられた明確な敵意でもなく、ただただ何もかもを抱擁されているような気持ちになるのだ。

温かい。ずっとこの笑顔を眺めていたい。

たとえその笑顔が、がんじ絡めだった幼少時代でとっくに"諦め"を知り、少年となった時点で世間の"残酷さ"を知り、青年へと変わっていく中でで唯一見つけた…今にも消えゆきそうな儚い光を見つめる、そんな眼差しだったとしても。

まだ視野が狭くて子供な私には、あまりに遠い眼差しだったとしても。

どうしても、"彼"という存在を形成しているその微笑みを、忘れられなかった。

「────きっと、あなたとブラックが一緒に歩んできた5年間があったからこそ、あなたにはブラックのその笑顔が見えるのね」
「えー、わからない? あのこう…ちょっと悲しげなんだけど、すごく優しくて…」
「あー…ごめんね、何度聞いてもわからないわ。ブラックの笑顔なんて、呪いをかける時の牙を剥いたような意地汚い笑顔か、ポッターと悪さをしてる時の赤ちゃんみたいな笑顔しか知らないもの」

リリーの言葉は相変わらず冷たかった。徹底された彼らへの態度に、思わず笑みが浮かぶ。
今更仲良くしてほしいなんて思わない。今更歩み寄ってほしいなんて言えない。

でも、だからといって彼らと一緒にいる私を否定せず────どんな私であっても"私の友達"と言ってくれるリリーが、私は好きだった。

その時、ノックの音がしてからコンパートメントの扉が開く。

「話し中にすまない、イリス。そろそろ交代の時間だ」

巡回交代を教えに来てくれたのはヘンリーだった。もう1人のスリザリンの監督生、ドイルは今頃リーマスのいるコンパーメント(つまりシリウスもそこにいる)に行っているのだろう。彼女がシリウスに熱い視線を送っているところを想像すると、なんだか嫌な気持ちになった。

「ありがとう、ヘンリー」
「いや、気にしないでくれ。一応報告しておくと、今のところ特にほとんど問題はないよ。一車両、コンパートメント内で爆発物を扱っている生徒がいたから没収しておいた程度かな。もう一周する頃にはキングズクロス駅にも着くだろうから、あとは頼む」

あ、やっぱりあれ、没収しなきゃいけなかったのか。

「じゃあ、良いホリデーを」

そう言ってさっさと自分の友人のところへ行ってしまいそうになるヘンリー。
その時私は"あること"を思い出し、咄嗟に彼を呼び止めた。

「待って、ヘンリー」
「なんだい?」

彼は律儀に体をこちらに向け、戻って来てくれる。

「あの…間違ってたらごめんね。ここ最近、シリウスと話したこと、ある?

ヘンリーは少しだけ驚いたような顔をしていた。それから、「あるよ」と短く答えた。
そうか、やはり…シリウスが言っていた"ある人"とは、ヘンリーのことだったのか。

「"ある人"が僕に、教えてくれた。"サラザール・スリザリンとゴドリック・グリフィンドール"は手を取り合えないかもしれないけど、"スリザリン寮に入っただけの普通の人間と、グリフィンドール寮に入っただけの普通の人間"なら、わかりあえる部分もあるかもしれないって」

OWL試験が終わった夜、シリウスと2人で話していた時。
彼は「スリザリンを軽蔑せずにはいられない」と認めた上で、「だかといってそれに関わる全ての人を端から軽蔑していくのは愚かしい」と新たな結論を持ち出した。

シリウスにそんな思想を教えてくれる人。
シリウスが抵抗なく、言葉を受け入れられる人。
シリウスが、「もしかしたら本当にスリザリンの中にもグリフィンドールやマグル生まれを敵視していない人がいるかもしれない」と思える人。

そう思った時────私は、ヘンリーのことを思い出した。
私がヘンリーから告白された時、シリウスはその一部始終を見ていた。
あの時はまだ「スリザリンの奴の言うことなんて」と言わんばかりの顔をしていたけど、私の話を聞いた後、私の話にも真理があると仮定した後、真っ先に彼はヘンリーのことを思い出したんじゃないだろうか。

「いつだったかな…。イースター休暇くらいの頃だったと思う。突然廊下で呼び止められてね。ブラックが僕達のことを丸ごと嫌っていたのは知っていたから、びっくりしたよ」
「どんな話をしたか、覚えてる?」
「ああ、こう訊かれたんだ。"君は本気でイリスのことが好きなのか"って」

思った以上の直球な言葉に、私の耳が熱くなった。しかしそれに気づいたのか気づいていないのか、通路に立ったままヘンリーは言葉に熱を込めて語り出す。どうやら私は彼の変なスイッチを入れてしまったらしい。

「僕は答えた。"もちろんだ、あんなに誰にでも分け隔てなく接し、優秀で、美しい人を僕は知らない!"とね。すると彼はこう言った。"あいつはマグル生まれだぞ"。でも、僕にはその意味が全くわからなかった。だって、生まれが僕の恋心と何の関係がある? それにブラック自身だって、そういった生まれによる差別は嫌っているはずじゃなかったか?」
「あーうん、そうだね…」

ただ発破をかけられているだけということに、彼は気づかなかったのだろうか。

「だからそのまま言ったよ。"生まれで全てを決める人は好きになれない。僕がスリザリンに入ったのは、僕がたまたまスリザリンの要求する気高さ狡猾さに自信を持っていたからだ"ってね。確かにそれは魔法使いが闇に落ちていく時、その大抵の人に備わっている資質でもある。自らを誇りに持つが故に、他者をたいしたことのないものと"愚弄"したり────自らの力を賢く利用した結果、相手を"支配"してしまったり────。でも僕は、そういったものとは一線を引いていたい。僕は僕が持つ気品と賢さを、世のために役立てたいんだ」

たった一度、4つしかない寮の中からその1つを選んだというだけで、その人の将来が決まるわけじゃない。ただその寮に留まるに相応しい"資質"を持っているというだけで、その人の願いが変わるわけじゃない。

闇の手を取ることを"是"とするか、光の道を歩くことを"是"とするか────。
光こそ"是"とする私には、闇の手を取る者の考えなどわからないが────。

こうして、闇に染まりやすい環境の中でも眩しいほどの光を放つ生徒がここにた。

「ブラックはわかってくれたみたいだった。"そうか、君とは良い友人になれそうだ"…って。ブラックの笑顔って、かなり刺激的だね? 僕一瞬、取って食われるかと思ってしまったよ」

あ、多分それは彼の癖です。スリザリンに入っておきながら"人の役に立ちたい"なんて軟弱なことを堂々と言うなんてとんだタマだなって…一応、それでも褒めてるんだと思います。

ああ、そうか。
だからシリウスは「スリザリンというステータスを持つ者が全員"敵"ではない」と認めてくれたのか。

だって今ここにいるのは、確かにスリザリンの素質を備えていつつ、決して闇には屈しない魔法使いだ。気品に溢れ、どこか気取った喋り方をしていて、隙もない────なのに、どこか話していて楽しいと思わせるような、そんな愉快さがある(ここで漠然と"愉快だ"と思ったのはひとえに、私と彼の持っている思想に"共鳴"するところがあったからなのだろう)。

良かった。
シリウスが、まだ人の話を聞けるほどに"柔軟"で。
その上で、また私の手を取りたいと言ってくれて。

────それほどまで真剣に、私のことを好きになってくれて。

「だから、イリスにも気をつけてほしいことが一つある」
「…一つ?」

最初にヘンリーを呼び止めたのは私だったが、彼は今思いついたといった風に私の方にずいと顔を近づけた。

「最近、スリザリンを中心に不穏な動きが出ている。もしかしたら、死喰い人を学生から出そうとしているという噂は、本当なのかもしれない」

その瞬間、ぎくりと背筋が強張った。
まさか、ヴォルデモート卿の手がホグワーツ内に?

私は外の世界のことを、まだほとんど知らない。
だから"避けられない戦い"があることも、"命を懸ける場面が何度も出てくる"ことも、頭ではわかっていながら────心では、まだ理解しきれなかった。

どうしよう。
もしも、ホグワーツが戦場となってしまったら。

どうしよう。
敵も味方も見極める前に、誰かを傷つけなければならないとしたら。

「あくまでまだ噂だし、僕も怪しい会話をしている生徒にはできるだけ注意を呼び掛けるようにしている。ホグワーツ内で許されざる争いを持ち込んだらダンブルドア先生が黙っていないだろう、ってね。ただ…まあ、僕の思想はスリザリンの中ではあまり重要視されていないから」

肩をすくめるヘンリーの仕草は「なんてことないよ」とでも言いたげだったが、あの差別主義者が結束する中で声を上げるとは、一体どれだけの勇気と精神力がいることなのだろう、と慮った。
その上で、思う。やはりこの人は気高くて、自分の思想こそが至高と信じて疑わない、紛れもない"スリザリンの生徒"なのだと。

「────わかった、ありがとう。ヘンリー。来年もよろしくね」
「ああ。じゃあまた、イリス」

ヘンリーを送り出してから、コンパーメントの荷物をまとめる。

「それじゃあ、そろそろリーマスを迎えに行ってくるよ。もう一度巡回しなきゃ」
「…あの人、スリザリンの生徒よね?」

中から話を聞いていたらしいリリーが、いくらか驚いたように私を見ていた。

「そう。スリザリンの監督生、ヘンリー・スペンサーだよ」
「…私も知らない間に、差別主義に呑まれていたのかも。あなたに話しかけてる時、つい身構えちゃった」

リリーは自嘲気味に笑っていた。彼女もきっと、相当疲れ果てていたに違いない。いっそ"スリザリンという悪がスネイプをその道に引き込んだ"と思ってしまった方が、どんなにか楽だっただろうに。

「…私達も、あんまり"グリフィンドール"に固執しないようにしないとね。なんだか最近、怖いことを前にする時"私はグリフィンドール生だろう!"ってつい叱咤しがちで」
「あはは、緊張しいのあなたにはそれくらいでちょうど良いと思うわ」

ちょっとだけ冗談を交えて、リリーの笑顔をもう一度引き出してから、私はリーマスを迎えに行くため、悪戯仕掛人が占拠しているコンパートメントへと向かった。

「お、良いところに来た、フォクシー」

リーマスだけが立ち上がって巡回の準備をしてくれていたけど、他の3人は私の姿を見るなり傍に座らせようと躍起になった。

「もう…何? 私これから見回りをしなきゃいけないんだけど────」

言いながら、彼らの手元に広がる"1枚の地図"に、私は自然と視線を寄せていた。

「────忍びの地図だ。しかもこれ────」

前回見せてもらった時より、ずっと書き込みの範囲が広がっている。それによく見るとそれは、ホグワーツの校舎内の────全てが、網羅されていた。

「ああ、完成だ! 遂に僕らはホグワーツの全てを掌握した! 来年からは怖いものなしだぞ。君の家に行くのは確か8月1日からだったね、それから新学期が始まるまでに、全ての抜け道や隠し部屋を教えておくよ」

ジェームズが興奮しきったようにまくし立てる。
1年生の時から進んでいた計画がようやく成功した、そのことで彼らはかなり喜んでいるようだった。

「────それで、また私の立場を良いように使ってあなた達の"悪戯"に加担させようってわけね」
「とんでもない、僕らが得た神秘を快く友人に分け与えようって寸法さ」

ジェームズはニヤリと笑った。
これじゃあ来年度、一体どれだけ駆り出されるかわかったものじゃない。

でも────これは確かにすごい代物だ。
誰よりも学校のことを知っている。もしかしたら、ヘンリーの警告通りホグワーツ内で争いが起きた時でさえ、これは役に立つかもしれない。そして、彼らが卒業した後も、もしかしたら彼らの意思を継ぐ誰かの手に渡り────この地図は、永遠にその秘密を"知るべき者に与えていく"のかもしれない。

そう思うと、少しだけワクワクしている自分がいた。

「協力するかは別として、また改めてゆっくり見せて。8月、みんなが来てくれるのを待ってるから」
「ああ、僕も楽しみにしてるよ!」
「イリス、気をつけてね!」
「────イリス」

最後に、シリウスが私の名前を呼ぶ。

「会えない間も、ずっと君を想ってるよ」

ボッ! と一気に顔が赤くなった。ジェームズ達が早速シリウスを揶揄っているのがなんとか見えたが、彼はそんなものどこ吹く風と言わんばかりに余裕の笑みを見せていた。
最終的には「お前に足りないのはその余裕だよ、プロングズ。エバンズにはりつき虫のようにくっついて行こうとするからウザがられるんだ」と言われ、完全に撃沈していた。

「じゃ、行こうか」

リーマスに連れられて、私は2度目の巡回に出る。

「夏休み、楽しみだね」
「うん」

こうしてまた、今年もなんとか長い長い1年が終わったのだった。



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