監督生になって初めての新入生歓迎会が始まる。
例年通り、マクゴナガル先生の読み上げに応じて新入生が組み分け帽子を被り、それぞれの所属寮を決めていく。
グリフィンドールに入った新入生は、私も特に盛大な拍手で迎え入れた。

「引率って緊張するね」
「ね。途中で何人かいなくなってもわからなくなりそう」
「はは、じゃあ殿は僕が務めるよ」

リーマスと小声で相談しつつ、この後新入生を寮まで送り届けるという、ホグワーツ内で初めての仕事に気合いを入れる。

やがて豪勢な食事が終わり、ダンブルドア先生の短い挨拶も済まされ、歓迎会はお開きとなった。

私とリーマスはやや体を強張らせながら立ち上がる(シリウスとジェームズが面白そうに私達を見ていた)。さあ、ここからまた、監督生としての出番だ。

あんまり人前で大きい声を出すのは得意じゃないんだけど────。

1年生はこっちに! 寮まで案内するのでついて来てください!

ぞろぞろと、不安そうな顔をした生徒や、どこか不遜な態度の生徒が、一応私の声に反応して崩れ気味の列を作る。

「僕が後ろを歩いてるから、迷わないようにね」

列の後ろの方にいる生徒には、リーマスが声を掛けていた。

「結構良い組み合わせだよな、うちの監督生」
「……」

ジェームズが相も変わらず面白そうにシリウスに囁いているのが聞こえた。
シリウスはもう興味を失ったのか、面白くなさそうな顔で新入生をぼーっと眺めていた。

1年生を引き連れて大広間を出ようとした時、折悪くちょうどスリザリンの列とかち合ってしまった。
でも先頭を歩いていたのはヘンリー。────話の通じる方だ、とホッとした。

「やあ、イリス、だよね?」

ホグワーツ特急で向けられた視線と同じ、親しげな調子で話しかけてくるヘンリー。スリザリン生からは嫌悪と侮蔑の視線しか向けられたことがなかったので、緑色のローブの生徒から好意的に話しかけられることには慣れていない。失礼な対応にならないよう最大限気を遣いながら私は「ああ、うん」とにっこり笑う。

「君のことはよく知ってたよ。どの教科でも満点以上、稀代の優等生だって」
「ああ…はは…ありがとう…」

早く分かれ道まで来ないかなあ、と玄関ホールを通りながら思う。
いや、いや。良くない。スリザリンの生徒だからってみんながみんな"私のライン"を越える人じゃないはずだっていつも言い聞かせてたはずなんだから。
知らない間にちょっと偏見の心が育っていたことに気づき、慌ててそんな自分を諫める。

「────ところで、君ってブラックと付き合ってるの?」

改めてきちんと"人"として向き合おう、と落ち着いた矢先、とんでもないことを訊かれて私はまた狼狽えてしまった。

「えーと、シリウスの方、で合ってる?」
「そう、シリウス・ブラック。女子達からの人気者」
「いや、付き合ってないよ。ただの友達」

シリウスとそれっぽい仕草を見せたのなんて、3年生の時のバレンタインデーただ1日だけだったというのに、あの1日がここまで影響を広げるなんて思ってもみなかった。シリウスの傍にいると麻痺するけど、彼は学校中の女の子のヒーローなんだ、と改めて変な気持ちになる。

何が良いんだろう? 確かに顔は綺麗だし頭も良いし、仕草も上品でミステリアスな雰囲気も魅力的だ。でもそんな"絵に描いたような男"、つまんなくない? それともみんな、シリウスの本当の姿を知った上で好きになってるのかな?
私からすれば、むしろただの非行少年で、皮肉屋で、プライドが高くて、傲慢で、でも本当はすごくわかりにくいけど優しくて、意思が強くて、大人びてる"本来の彼"の方がよっぽど人間らしいというか、素敵だと思うんだけどなあ。

────あれ、待って。私、なんでファンの子達と張り合ってるの?

「そっか。良かった」

何が良かったのか知らないけど、ヘンリーはそう言って笑った。

「そういえば、2年前のバレンタインのことなんだけどさ、スリザリンの匿名の生徒から毒薬を贈られなかった?」

えーと…あの年私に贈られた毒薬…そのうちのスリザリンからのものといえば…。
ああ、そういえば、毒薬とは言わないまでも"混乱薬"が届いたことならあったっけ。

「うん、あったよ」
「あれ、うちのスザンヌの仕業なんだ。ごめんよ、君に直接の悪意があるわけじゃないんだけど、ブラックのことがどうしても好きだったみたいで、嫉妬してあんなことをしたらしい。君とブラックが付き合ってないってことは伝えておくけど、あの子も結構なんというか…こう、結構激しいタイプだから。念のため気を付けて」

──── 一瞬にして、ホグワーツ特急でのあの恨みのこもった視線の理由に気づいた。
そうか。ドイルは"私"を通して"シリウス"を見ていたんだ。
私にだけあんな憎しみを向けていたのは、私がシリウスの彼女だと思われてたからなんだ────。

気を付けて、って言われてもなあ…。何をどう気を付ければ良いのかわからないけど、まあ背後は気にしておくことにしよう。

「ありがとう。…でも、なんでそんなに親切にしてくれるの?」

私がマグル生まれのグリフィンドールなのに、とまでは言わなかったけど、スリザリンは客観的に見ても"仲間意識"の強い寮だ。いがみ合うことの多いグリフィンドールの生徒である私より、自分の寮の同じ監督生を守る方が理に適ってるんじゃないだろうか?

すると、ヘンリーは少しだけ鼻の頭を赤くした。

「────実は、君のこと、前から良いなって思ってて」

はあ。

「これを機に仲良くなれたら嬉しいなって思ってたんだ。正直、ブラックと付き合ってないって聞いて安心したりしてるところ。…そもそも僕は、グリフィンドールとかスリザリンとか関係ないと思ってるしね。大事なのは個人の心映えだ、そう思わないかい? だから良かったら、ぜひこれからもよろしく頼むよ」

一方的にそう言って、彼は地下にあるスリザリン寮へと降りて行った。

────はあ?

私はそのままグリフィンドール寮を目指しながら、ヘンリーの言葉を反芻する。
前から良いなって思ってた? シリウスと付き合ってなくて安心した? 仲良くなりたいからよろしく?

それって────その、そういうこと?

いくら恋愛経験に乏しいと言っても、流石にあそこまで言われて気づかない程バカじゃない。
でも、まだ嘘をついて何か企んでいる可能性もある(ここで私はまた頭を振った。スリザリン偏見、良くない!)。

まあいずれにせよ、スリザリンだろうがなんだろうが、あんまりあの言葉を鵜呑みにしない方が良いだろう。
シリウスやジェームズを見ていてよくわかったことが1つあるとするなら、"好意に紛らせた悪意は確かに存在する"ということ。真っ当な告白と見せかけて弱味を握ろうとしていたとか、一見普通のラブレターだったものが実は呪いのかけられた手紙だったとか、実は語られていないだけで彼らを危険に陥れたエピソードは多く存在する。

「合言葉は?」
「サマイパタヌス」
「今年も可愛い子がたくさん入ってきたわね」

太った婦人に新しい合言葉を告げると、婦人は機嫌が良さそうに笑って裏の入口を開けてくれた。

「今のがグリフィンドールに入る合言葉だから、みんな覚えてね。聞こえなかった人は後ろのリーマスに聞いて」

引率を終えて談話室に戻ると、リリーが遠くの方で本を読んでいるのが見えた。よろよろと近づくと、リリーも私に気づいて「お疲れ様」と笑いながら労ってくれた。










「スリザリン生に口説かれたァ!?」

翌日の昼、必要の部屋に集まった時に昨日の夜のヘンリーとの会話を聞かせると、まず最初にシリウスが吠えた。

「おうおう、プリンセスに手を出す不届き者に流石のプリンスもお怒りか?」
「ていうか問題はそこじゃなくて、3年生の時に私に混乱薬なんてしょうもないものを贈ってきたのが、今年スリザリンの監督生になってるってことが嫌だって話なんだけど」

スザンヌ・ドイル。少し赤みがかった黒髪の、吊り目が印象的な女の子だった。あの子がシリウスのことを密かに好きで、そのシリウスと近い私に恨みを抱いてお粗末な薬を寄越してきた…と。まあ、正直"嫉妬が原因で薬を贈られた"という事実だけなら(許す許さないは別として)無視しておけば良い話と言えるかもしれない。でも、その犯人が同じ監督生だって? 監督生同士は何かと連携を取りながら学校全体を一緒に取り締まっていかなければならない立場なのに、そんな人と私、あと3年も同じ役割を背負わなければならないの?

「嫌だよ、私。シリウスのせいで余計な恨みを買うの」
「あー、それに関してはもう遅いと言わざるを得ない」

ジェームズが妙に深刻な声で言った。リーマスとピーターもうんうんと頷いている。

「なんでよ」
「気づいてないのか? 君は確かに僕ら全員と仲が良い。でもその中で殊更にシリウスと仲が良いのは、もうみんな知ってるんだ」

そりゃあまあ、私はシリウスとたまたまお互いの家の事情を知ってるから、よく2人で話す機会はあったけど…それだけで?

「1年生の時…君達は大喧嘩をした。滅多に人に声を荒げない2人がだ。当然周りは何があったんだろうと心配する」

ジェームズは随分昔のことを掘り起こしてきた。

「2年生の時は、なんだっけ? 試験が終わった後、寝不足と過労で倒れたイリスをシリウスがお姫様抱っこして医務室まで運んだって噂になってたよね」

リーマスまでが面白そうに思い出話を引っ張り出してきた。

「そして3年生、君は他ならないバレンタインデーに"シリウスの隣"という、全女子生徒が狙ったポジションに就いていた」

いや、それこそあなた達が必死の形相で頼んできたからやったことなんですが。

「それで去年はまた大喧嘩。今度こそ別れたかってみんなソワソワしてたけど、結果はほら、今の通りだ」

────聞いていて頭が痛くなってきた。
確かに彼らの言うことには事実しかないと認めざるをえなかった。私は"悪戯仕掛人"の全員と平等に接してきたつもりだったけど、客観的に見るとそうなるのか。

確かにシリウスは、他の3人より少しだけ近いところにいる。
それはお互いの理解が他の3人より少しだけ深いから、というだけなんだけど…。

そういう意味では1、4年生に起きたアクシデントは確かに自業自得なところがあるのかもしれない。私とシリウスは、ちょっとばかり互いを特別視しすぎていた。
でも、2、3年の出来事は偶然じゃない? 私、何も悪くなくない?

「たとえ君にその気がなくても、周りにはそれらの出来事が一連につながっているように見えるのさ。残念ながらね」

無慈悲なジェームズの言葉が私を貫く。

「私、この時点で学校の半分くらいの女子を敵に回したってこと…?」
「お? 怖気づいてシリウスと仲良くするのをやめるか?」

恐怖に震える私を、すっかりジェームズは新しいおもちゃのように思っているようだった。畳みかけるような挑発が浴びせられるけど、最後の言葉についてだけは毅然と反論することができた。

「そんなバカみたいなことするわけないでしょ」

これには4人とも驚いたみたいだった。それまで無言に徹していたシリウスでさえ(ここで彼が余計なことを言うと本当に面倒なことになるので助かった)、一旦鍋をかき混ぜる手を止めてこちらを見る。

「シリウスのファンって、シリウスの顔と"ちょっとクールでミステリアスなところ"しか見てない子ばっかりじゃん。私はシリウスのことをまるっと知って、好きで友達やってるのに、どうして人の本質を見て本気で好きになれない人のために、そんな私が身を引かなきゃいけないの?」

ジェームズがひゅうと口笛を鳴らす。

「したたかだねえ、フォクシー」
「したたかっていうか、当然のことじゃん」

知ってる情報で"好き"の気持ちに優劣をつけるのは良くないけど…いや、そこで気持ちに優劣をつけるべきじゃないっていうなら尚更、私は"シリウスと仲良くしたい"っていう気持ちを引っ込めるつもりはない。

「…だ、そうだぞ? プリンス」
「賛成」

シリウスは気の抜けた声でそう言っただけだった。

「それよりジェームズ、そっちの粉末はもう攪拌できたか?」
「ああうん、いつでも入れられるよ」

動物もどきの薬は最終工程に入っていた。学年末に見た金色の液体は、より輝度を増しているように見える。

「ピーター、今のうちに呪文の練習をしておこうか」
「うん、わかった! 爆発させないように頑張る!」

リーマスとピーターは奥の間の方へと入って行った。
その間、いつも通りシリウスの総指揮の下、ジェームズが材料の下準備、私が魔法詠唱担当として作業を進める。

「────それで、スネイプの件はどうする?」

昨日は答えが出ないからと保留にした問題を、シリウスが口にした。ジェームズはずっと、そのことを考えていたようだった。シリウスの問いに、珍しく淀みながら言葉を発する。

「賭けになるんだけど、僕らのうちの半数以上が大型の動物になれれば勝機はあるかもしれない」
「というと?」
「つまり、リーマスは満月の晩────要は夜が一番明るくなる日に、ホグワーツに迷い込んだその"大型動物"の世話をしていたってことにするのさ。偶然仲良くなって懐かれた、とかでも、最初は衰弱していたのを可哀想に思って、とかでも良い」

確かにホグワーツにはまだまだ未知の生物が多く棲みついている。満月の晩にだけ、というところが些かこじつけがましいが、そういう理由であれば人目を忍んで校庭に出ることもあるだろう。
また、それはそれで規律違反だと言ってマクゴナガル先生の所に告げ口にでも言ってくれればなおのこと良い。マクゴナガル先生であればリーマスの正体を知っているはずだし、その秘密の重大性はよくわかっているはず。苦し紛れに出たそんな言い訳を認めるどころか、人のプライバシーを卑劣なやり方で追い回したスネイプの方を糾弾するだろうことは目に見えている。

「────でも、たとえあなた達の誰かが大型動物になったとしても、それって相当リスクが高くない?」

そう、その言い訳を通すためには、"本当にリーマスが大型動物と接触する"場面を見てもらう必要がある。当然、その報告まで先生に上がってしまえば、その動物が生徒に被害を及ぼすものかどうか、先生は調査をせざるを得なくなるだろう。
その時、彼らはどうするつもりなんだろう。まさか動物の姿のまま先生にあちこち調べ回される、なんて言うつもりじゃない…よね…?

「追手が来た時には禁じられた森にでも遊びに行くさ」
「本気なの?」
「知らないのか? 僕らはあそこの常連だぞ」

本当にこの2人には驚かされてばかりだ。校内の抜け道を網羅しているどころか、禁じられた森にまで入っているなんて。ああ、でもそういえば、そんな話を前に聞いたことがあったような気もするなあ…。

「ハグリッドが困ってたよ、2人がしょっちゅう森に入りたがるって」
「少年はいつだってサバイバルが好きなもんなんだ」

ジェームズがのらくらと言った瞬間、奥の間から、バーン! という大きな爆発音が響いた。

「────な? あのピーターでさえ、絶賛大冒険中だぞ」
「いや、あれは不慮の大事故って言うんだよ…」

1週間後、そして次の満月の晩────本当に、万事うまくいくだろうか。



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