その日の1限の終わりに、ジェームズから"不思議なことに、オーブリーに呪いをかけた犯人はわからずじまいとなり、スリザリンから70点減点した上でオーブリーには週3回の罰則が1ヶ月下されることになった"という話を聞いた。

ちなみにシリウスが襲われた理由については、一部の生徒がシリウスを"ブラック家の汚点"と呼んで侮辱していたことに端を発していたらしい(ピーターが偶然、魔法薬学の授業で盗み聞きしたと言っていた)。7世紀も続いた純血家系の直系嫡男がグリフィンドールに入り、リベラルな思想を掲げていたことが相当気に入らなかったらしい。スリザリンの中でも熱心な純血主義者達が数人集まって、シリウスに呪いをかける機会を狙っていたんだとか、なんとか。ちなみにその時聞こえた構成員の名前は、オーブリー、エイブリー、マルシベール。どこかで聞いたような名前が出てきたけど、オーブリー以外に同級生がいないので答え合わせのしようがなかった。
一瞬私はレギュラスがその中にいたのではないかとドキリとしてしまったが、シリウス曰く「あいつにそんな勇気はないよ」とのことで。構成員の全容が未だわからない以上、彼の見えない敵は排除しきれなかった。

朝から私の不在をずっと気にしていたリリーには、昼休みになってから事の顛末を全て聞かせた。
彼女は案の定、突然シリウスが襲撃されたことにショックを受けた様子だった。

「ブラックが謎の呪文で切り刻まれた!?」
「うん。セクタムセンプラって…私達も、先生方でさえも知らない呪文だった。それでね、」
「セクタムセンプラ……待って、私、それどこかで聞いたことがある気がするわ────」

まさかリリーからヒントが出てくると思って思っていなかった私は、サラッと流した話題を慌てて引き戻す。

「セクタムセンプラを知ってるの!?」
「ううん、なんかどこか…聞き間違いかしら、似たような言葉を聞いたことがある気がして。でも先生方さえ知らない魔法なら、私が知ってるわけないわよね?」
「いや、リリーの頭脳ならありえる。お願い、もし何か少しでも思い出せることがあったら教えて」
「わかった、今はちょっと思いつけないんだけど…でも、最近読んだ本とかをもう一回見返してみる。何かわかったらすぐ伝えるって約束するわ」

どうかリリーがこの呪文について何か知っていてくれますようにと祈りながら、私は続きを話した(当然、私のオーブリーへの復讐の話は、事実こそ曲げなかったもののかなり和らげて話した)。

「毎年あなたの勇気レベルが上がっていくのが私、恐ろしいわ…」

私の暴走も4年目になる。リリーはすっかり呆れ返った様子で笑うだけだった。

「しかも物理的に苦しめるんじゃなくて、精神的に立ち向かう気力を失わせるなんて────まったく、本当にあなたらしいわ」
「でもちょっとやっぱり興奮しちゃってたみたい。ジェームズが迎えに来てくれて、談話室までずっと付き添ってくれたんだ」
「あら、そうなの」

それから私は、ジェームズがいかに紳士的に接してくれたかを懇切丁寧に聞かせた。

「わかった、わかったわ。あなたが私のポッターへのイメージを変えたがってるのはよくわかったから」

リリーは笑っていた。数年前までなら「ポッターの話はもう聞きたくないわ」と言っていてもおかしくない場面で、彼女は笑っていたのだ。

良い兆候だ、と思った。
もっともそれはただの"兆し"の話なので、まだまだ道のりは遠いんだけど────。

ちなみにその翌日、シリウスはすっかり元気になって戻ってきてくれた。

「おかえり、シリウス!」

談話室のいつものスペースで笑顔で彼を迎え入れる悪戯仕掛人。
迷わずそちらへ行くものだと思ったから、私も一言くらいは声をかけた方が良いだろうかと、リリーの隣で座っていた椅子から立ち上がると────彼の方から、こっちに向かって来ていた。

「ブラック、大変だったみたいね」

さすがにこの件についてはシリウスにつっけんどんな態度を取る気はなかったらしい。心配そうな顔で教科書から顔を上げるリリーに、彼も皮肉のない笑みを浮かべて「ああ、心配かけた」と言っていた。

「イリス」

それから、私の名前を呼ぶシリウス。

「本当に、ありがとう」

そして彼は────私の頭にそっと手を乗せた。側頭部から首筋にかけて、優しい手つきで髪を撫でる。
その顔は、見たことがないほどに優しかった。まるで眩しい春の日差しを見るように目を細め、キラキラ光る初雪でも喜ぶかのように、唇を三日月型に持ち上げている。

「────おかえり」

私には、それを言うだけで精一杯だった。
今きっと私の顔は、リンゴもびっくりするほど赤くなっていることだろう。

思ったよりずっと私を理解してくれていたシリウス。
思ったよりずっと私を心配してくれていたシリウス。
思ったよりずっと大人びていたシリウス。

────そんな彼が、まるで────クリスマスにもらったあのプリザーブドフラワーを扱うような、繊細な手つきで私に触れていた。そのことが、どうしようもなく心を乱す。

シリウスは私の言葉にニコッと笑って返すと、そのまま悪戯仕掛人のところへ行った。

「────…意外とお似合いね、あなた達」

リリーが教科書の上から目だけ出してそう言った。顔を隠しているつもりかもしれないけど、笑っているのがわかる。

「今のはあんな思わせぶりなことする方が悪いよ。…なんか最近、シリウスと接してると心拍数が乱れるんだよね。なんでだかわからないけど」
「向こうが"思わせたい"んだから、仕方ないわよ」

リリーはよくわからないことを言ったきり、またレポートに集中しだしてしまった。










そして、再び夏がやってくる。

今年は学期末が迫っても何の問題も起きなかったので、思う存分試験勉強に集中した。
月に一度、リーマスがいなくなる日だけ必要の部屋に行き、あとは大抵リリーと一緒に勉強をする。

試験最終日、そろそろ"薬"の方が完成するというので、私は全ての科目が終わるや否や、様子を見るために必要の部屋へすっ飛んで行った。

「どう?」
「ちょうど2ヶ月放置で完成だ。新学期を迎えたら早速呪文を唱えて…そうしたら、僕達は遂に動物もどきになるんだ!」

珍しく興奮した様子のシリウスが、大鍋の中の金色の液体を見せてくれた。

「────その"呪文"の方は大丈夫なの?」

そう、私が今日ここに来たのは、それを心配してということもあった。何せ、2年生の時の大爆発以来、私はこの大掛かりな"作戦"の殿を務める"呪文"について、彼らが何かしらの会話を交わしているところを全く見ていないのだから。
案の定、4人は私の言葉を聞くなり全員ギクリと身をすくませた。

「まあ、やってできないことはない、はず」
「先週また校庭を大爆発させたけどね」
「ぼ、僕には絶対無理だよ…」
「いや、やってできないことはない。ジェームズの言う通りだ」

成程、全員自信はない…と。

「…そこで私から提案なんですが」

一斉に弱音(と強がり)を言い出す悪戯仕掛人を前に、私は人差し指をピンと立てた。

「もしジェームズが良ければ、また夏休みにお邪魔させてもらえない? あの呪文、私ならきっと正確に唱えられると思うから、練習のお手伝いができると思うんだ」

動物もどきになる呪文は、変身術に分類される呪文の中でも最高難度といわれるものだった。
私は満月の晩、リーマスの代わりに魔導書を読み上げながら────同時に、最後に必要となる呪文の理論も並行して勉強していた。

それは確かに相当難しい呪文のようだった。まず発音がややこしいし、ハッキリ明確なスペリングをなぞらないと大爆発を起こす(彼らが数ヶ月に一度の頻度で起こしているらしい大事故はほとんどそれのせいだと、その時初めてわかった)。更に杖の動きも複雑で、とても一度や二度見ただけでは覚えきれないような行程を踏む必要があった。

でも────やってできないことはない。

何度も何度も理論を叩きこみ、ただの木の杖で動きや発音を練習していくうち、私は強がりなどなしに、この呪文は学生でも十分習得な魔法だ、と確信するようになっていった。

私の提案に対し、4人の目が一気に輝く。

「本当!?」
「良いのか?」
「わぁ、イリスが助けてくれるなら安心だ!」

今年も喜んで迎え入れてもらえるとわかって、私も嬉しかった。

「じゃあ改めて、今年の夏もお世話になります。みんなが集まるのはいつ?」
「8月1日。それまで僕の両親が家を空けてるから、全員来るならそれ以降って言われたんだ」
「で、僕が満月になる前日に帰るから、全員が揃うのは8月20日まで」
「あ、ちょうど良かった。私も20日からリリーとうちでお泊り会することになってるから────」
「良いなあ」

ジェームズの不満げな声が最後にぼそりと聞こえたものの、これで夏の予定はだいたい立った。

そして1週間後、成績表が返ってくる。
全科目満点。呪文学は190点、変身術は"God child"とある。マクゴナガル先生も"神の子"なんて言葉を使うのか、と笑ってしまった。

リリーの魔法薬学は300点になっていた。卒業する頃には桁数が増えるんじゃないかと冗談を言ったら、冗談じゃない顔で「それはちょっと流石にやりすぎだわ」という正論が返って来た。

トランクに荷物を詰めて、ホグワーツ特急に乗る。
今年はリリーが8月下旬から私の新居に遊びに来てくれることになっていたので、その話で盛り上がる。

「良いわね、ロンドンの中心街のアパートなんて、楽しい夏休みになりそう!」
「早くリリーが来てくれるの、待ってるからね」
「ええ、一緒にダイアゴン横丁に買い物にも行きましょうね!」

こんなにも夏休みが楽しみだと思えた年はなかった。
家に帰らなくて良い。ホグワーツを恋しく思わなくて良い。
そりゃあ、魔法が使えないのは少しだけ残念だけど────。

「じゃあまた、来月にね!」とリリー。その手には、マグルでも作れる魔法薬キットが握られていた。

「母さんには僕から手紙を送っておくよ、すごく喜ぶと思うから!」と朗らかに言うジェームズ。
「いつも協力してくれてありがとう、イリス。帰り道、気をつけてね」と穏やかな顔のリーマス。
「今年は頑張って自分の力で宿題を終わらせられるように頑張る!」と謎の宣言をするピーター。
「────会えるのを楽しみにしてる」と一言、またあの苦しくなるほど優しい顔で笑うシリウス(どうして彼は最近この顔ばかりするんだろう)。

それぞれと別れを告げ、私は"迎えの誰もいない"駅をひとり抜け、マグルの世界へと戻った。

────生まれて初めての、自由な夏休みが始まる。



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