翌朝、私は6時に起きて支度を済ませ、7時には談話室で3人を待っていた。昨晩ずっと考え事をしていたせいでほとんど寝た記憶がないものの、今日ばかりは早起きが苦手だなんてことも言っていられない。
ジェームズとピーター、そして満月が明けたばかりでまだ体調の悪そうなリーマスが現れ、私達は静かな談話室で「おはよう」と声を交わす。

「聞いたよ、昨日シリウスが…」

リーマスが悔しそうに言った。必要の部屋からの帰り道に起きた事件だったせいで、少しばかり責任を感じているのかもしれない。

「イリスは大丈夫だった? 風みたいにすっ飛んで行っちゃって…ごめん、僕、何もできなくて…」

ピーターはまた泣きそうな顔をしていた。

「大丈夫だったよ。ジェームズも応援に来てくれたし。マダム・ポンフリーを呼びに行ってくれてありがとう」
「よし、じゃあ医務室に行くか」

ジェームズを先頭に、私達は談話室を出て医務室へと向かった。早起きして朝食に向かっている生徒がチラホラ見かけられたが、朝の校舎はとても静かだった。

道中、私は冷静になった頭で昨晩考えていたことを口にした。

「オーブリーにはジェームズが忘却呪文をかけてくれたけど、シリウスの件は多分それなりにおおごとになると思う」
「まあ、夜の襲撃だからなあ…。オーブリーだって無傷じゃないからバレるのは時間の問題だし…それに、セクタムセンプラなんて呪文、聞いたことあるか?

全員が首を振った。

「そう。そこが問題なんだよね。夜に、シリウスがオーブリーから"謎の呪文"で襲われた。しかもそれは相当殺傷能力の高い呪いだった。だから当然、近いうちにその場に居合わせた私達が先生から呼び出しを食らうと思うんだ。それで、必要の部屋のこととか色々バレるとまずいから────」
「なるほど、口裏合わせをしておこうってことだね」

ジェームズが私の提案を引き継いでくれる。

「うん。じゃあまず、あの時間に私達があの場所にいた理由は、図書館からの帰り道だったってことで────」
「イリス、僕らが唯一ホグワーツ内で立ち寄らない場所があるとすれば、それこそが図書館だ」
「あ、じゃあ僕がレポートがどうしても終わらなくて、3人に手伝ってもらってたことにするのは?」

ピーターが機転を利かせてそう言った。申し訳ないけど、その理由にしておくことが一番妥当なように思えたので、採用する。

「それで、シリウスが襲われた部分はそのままで良い────帰ろうとした瞬間、どこかから呪いが飛ばされた。それで、私がまず走って追いかけて────…あ、待って。どうしよう、私、オーブリーのことめちゃくちゃに脅しちゃってる…。これ、なんて言ったら良いんだろう…」

あの行動が間違っていたとは思わない。ただ、確かに一晩明けてみるとあまりに怒りに任せすぎた行動だったと思わざるを得なかった。
私の興奮ぶりを直で見ていたジェームズがクックッと笑う。

「まあ良いよ、その辺は僕がやったってことにしておこう。君と僕がオーブリーを追いかけて、あの教室で追い詰めて、僕が呪文をかけたってことにするんだ」
「そんなのダメだよ」

あれはいくら荒れて自制心を失っていたからって────いやだからこそ、私が私のやったこととして受け止めるべきだと思った。

「あ、あのさ、2人が行った時にはもうオーブリーは倒れてたってことにするのはどうかな────?」
「どっちにしろ、誰がやったんだって話になるだろ」

今度はピーターの意見もあまり冴えていない。

「…わかった。じゃあちょっとズルいけど、一部改竄しても良いかな?」

少し考えた末、私はこんな"シナリオ"を用意した。

「シリウスが切り刻まれて、私が追いかけた。オーブリーと教室で合って、呪いをかけられそうになったから石化呪文だけ唱えたことにするの。で、後から来たジェームズが、オーブリーが今度は私に復讐しないように、忘却呪文を唱えたってことでどう?」
「なんだか僕、善人みたいで痒いな」

ジェームズに罪を着せることには反対しておいて、オーブリーに罪を上乗せすることには躊躇わない自分の姑息さが少しだけ気になってしまう。でも、私の心はまだオーブリーを許していなかった。本当だったら、どんなことをしたって許せないとさえ思っていた。

「でもイリスはオーブリーを脅したんだろ? ジェームズから聞いたけど、"友達を傷つける奴はもう人と思わない"…とかなんとか…。その時点でイリスにも悪意があったって思われないかな?」

幸い、彼らが私の改竄シナリオの道徳性についてどうこう言うことはなかった。ただ、"私を案じて"出てきたリーマスの言葉に、つい顔が熱くなるのを感じる。昨日は随分と、勢いに任せてものすごく素直なことを言ってしまった。

「そんなもん、オーブリーの被害妄想ですって言って通せば良い。さて、ここでひとつ我が友に問おう。イリスの証言とオーブリーの証言、そこにちょこーっとの違いがあったとしたら、単純で素直な先生方はどちらの言うことを信じるかな?」
「イリス」
「イリス」
「…ということだから、君は単に防御のための石化呪文を唱えて、"もう二度とこんなことしないで"って言いました、って言えば良い」

なるほど。ジェームズの意見に納得した私は頷いて、そのシナリオを採用することにした。

「まあ、先生にすぐ報告に行かなかったって件でこっちもダメージを食らう可能性はあるだろうけど…どう考えてもあの人達の関心は未知の呪文の方に向くだろうからな。これについては僕らも全く知識がない以上、痛くもない腹を探られるだけだ。堂々と行こう」

なんとか話がまとまったところで、医務室の前に着いた。
ドアは空いている。

「シリウスのお見舞いに来ました」

私がそう言うと、マダム・ポンフリーが「ああ…あの子ならもう起きてますよ」とひとつのベッドに案内してくれた。
カーテンを開けると、まだ切り傷の痕が残っているシリウスがこちらの方を向いた。

「状態は?」
「傷は全部塞がった。出血がひどかったらしいけど、まあそれも問題なし。今日中には帰れるってさ」
「うわあ…傷痕、痛そうだね…」
「突然のことだったから痛みを感じる暇すらなかったさ」

強がっている様子はなさそうだ。彼は私達が来るとすぐに身を起こし、元気そうに笑ってみせた────3人に向かって。

心配していた気持ちだけがそのままに、胸の内に新たな悲しみが広がったのを感じた。
そうだ。昨日は本当に突然だったから何も考えずに動いていたけど────私、シリウスと口を利けない状態なんだった…。

こんなことなら来ない方が良かったかな、と胃がシクシク泣き出す。

「シリウス、その件について、僕は重大な報告をしなければならない」

すると、ジェームズがシリウスに向かって厳かな声を上げた。

「なんだ?」
「我々は突然の敵襲に誰も反応できなかった。────そして、未知の呪いが不幸にも君に当たってしまい、君は今にも失血死するところまで追い込まれてしまった」
「ああ、セクタムセンプラなんて聞いたことがない。治癒魔法で応急手当をしてくれた話なら聞いたぞ、ジェームズ。ありがとう」
「いや、いや、問題はその後なのだよ、我が友」

サッと、再び顔が熱くなる。
ジェームズは私のことを話そうとしてくれているんだ。

シリウスが不思議そうに「その後? 誰か犯人を捕まえてくれたのか?」と言っている。

「君が床に倒れ、夥しい血が流れていくのを見た瞬間、僕は犯人を追おうとした。────しかし、その時にはもう稲妻のように駆ける"プリンセス"が遥か先を行っていたんだ」
「────は?」

シリウスの視線が、初めて私に移る。さっきまで感じていた寂しさはどこへやら、私は急に照れくさくなってシリウスから目を逸らしてしまった。

「敵に攻撃された王子様の仇を取りに行くお姫様って格好良いね、童話にならないかな?」
「新時代の幕開けだね」

ピーターとリーマスもクスクス笑いながら乗っている。ジェームズの演説は続いた。

「僕は慌てて姫を追った。何せ相手は未知なる呪文を使う強敵。いくら王子のためとはいえ、一人で向かわせるのはあまりに危険だと判断したんだ────」
「ジェームズは何役?」
「馬とか?」

約2名の茶々を受けながら、まだジェームズの話は続く。

「走っているうち、ひとつの教室から大きな物音が聞こえた。人がひとり倒れるほどの音だ。もしや、姫までもが────!? そう思った僕は姫を助けようと教室に乗り込んだ────。しかし、目の前には驚くべき光景が広がっていたんだ」
「あ、その辺僕もまだ詳しく聞いてないから知りたいな」
「ふふふ…なんと、姫は敵を石へと変え、無様に床に転がした後、その眼前に覆い被さるようにして喉元に杖を突き付けていたんだ!

リーマスが好奇心に満ちた顔から一気に口をポカンと開けた。
ピーターは「ヒッ」といつもの恐怖の声を上げる。

「いや、マジであれは怖かった。"逃げ切れるとでも思った?"とか、"今ここであなたを殺しても良いけど、それじゃあシリウス達が復讐する機会を失っちゃうから、今回はあまり酷い目に遭わせないでおいてあげるね"とか言って…そのまま何か適当な呪いをかけてやった方があいつにとっちゃまだ幸せだったろうに…。イリスは散々脅すだけ脅しておいて、立ち上がるや否や浮遊呪文で教室中の備品を浮かせたんだ

興奮した様子で、演劇口調などすっかり忘れたジェームズが両手をバタバタを振り回す。

「教室中の!?」
「もうほんと、宇宙空間に迷い込んだのかと思ったよ」
「それで?」
「寝かせたままじゃ床が衝撃吸収するからって無理やり立たせて────」
「も、もう良いよジェームズ…」

ピーターが泣き出しそうだ。リーマスでさえ、少し怯えたようにこちらを見ている。

「"私達に手を出したら必ず5倍の報復が待ってる"とか"私の大事な友達を傷つける人は、もう人だと思わないから"とか、もう更にメチャクチャに脅して、その備品をぜーんぶオーブリーにぶつけっちまった。すごかったぜ、致命傷にならない程度にちゃーんとコントロールしてるんだ。あれは身体的にっていうより精神的にダメージを食らわせてたって感じだったな」

シリウスは黙って話を聞いていた。

「そんなわけで、最後に僕がイリスのキャリアを潰さないように、"誰がやったか"ってところだけオーブリーに忘却呪文をかけて一丁上がり。多分1限の授業で発見されるだろうな。あ、そういうわけだから、犯人はスリザリンのバートラム・オーブリーだ」

ジェームズの話が終わり、ピーターがガタガタ震えている間も、リーマスが「壮絶だな…」とほっと胸を撫でおろしている間も、彼は黙っていた。

────黙って、私のことを見ていた。

「────私は"選択"したよ。必要だったから、杖も上げたよ」

あまりにも沈黙が痛かったので、私は遂に自分から口を開いた。

「私は、人を傷つけて喜ぶ人とは絶対に手を取り合わない。無闇に人のことを否定したいとは思わないけど、だからって何でもかんでも受け入れるわけじゃない」

年明け、厨房で喧嘩した時のことを思い出す。私の優しさがいつか仇になる日が来るのではないかと、いつか闇と光を選択する日が必ず来ると────彼はそう言っていた。

正直、まだ迷いはある。他人の思想を、"思想である限りは安全"とみなして受容してしまっても良いのか────根本的な解は出ていないままだ。

それでも、私は昨日の選択を誤ったとは思わない。シリウス風に言うなら「ちょっとはしゃぎすぎた」とは思うものの、物理的に相手を潰すのではなく、立ち上がらせる気力を失わせたあのやり方は、我ながら十分に"自分らしい"報復だったと思う。

「────あの日は、悪かった」

すると、シリウスはばつが悪そうに謝罪の言葉を口にした。

「…怖かったんだ。君とレギュラスが一緒にいるのを見た瞬間────」
「嫉妬した?」

ジェームズが茶々を入れたがって仕方ない様子だったので、「ジェームズ、一旦2人にしてあげよう。また昼に来るよ」とリーマスが彼とピーターを連れて出て行った。

「怖かった?」

ジェームズの余計な一言はなかったことにして、言葉を変えながら話の続きを促す。シリウスは困ったように私の顔を見て、肯定とも否定ともつかない唸り声を漏らした。

「レギュラスが────僕からすれば愚かとしか言えないが────それでもあいつなりに確たる信念を持って闇の帝王を追いかけてるのは知ってた。そんなあいつと君が一緒にいたら、君がまた"染められる"んじゃないかと思ったんだ」
「…元々、私には"私"がなかったもんね。ここに入学してから今の"私"が形成されたのは、あなた達の影響を受けてのことだし」

シリウスはこっくりと頷く。

「こう言うとまた君の気持ちを害すかもしれないが、君は────入学してきた時、あまりにも自分を持っていなさすぎた。そんな君が僕達と関わっていくことで"君"を確立させたのなら、きっとその過程に僕達の影響があるだろうと、思ったんだ」
「つまり、今の私はあなた達がいたから形成された"グリフィンドール染め"の私だってこと? それで、今度はレギュラスと関わりを持ったら"スリザリン染め"の私に生まれ変わるんじゃないかって思った、とか?」

また、こっくり。

「誰の意見にも賛成できる部分を見つけられるのは君の美点だと思う。…でもそれは同時に、君をまた壊してしまいかねないとも思ったんだ」

ああ、やっぱりそうだったのか。

「リヴィア家の教えは、君から"君"を奪うものだった。どんな考えも、どんな思想も吸収できる、といえば聞こえは良いが、そんな君に闇の魔術が付け入る可能性もゼロじゃないと、本能的に思った」

昨日考えていた予想は的中していた。
シリウスはやっぱり、心配してくれていたんだ。

私がまた、誰かの思想に侵されてしまうことを。
そしてその"誰か"が、今度は闇の陣営だった時のことを。

「…弱いくせに強がってばっかりで、心配かけて…ごめんね」

だから私は、用意していた言葉を伝えた。
もしシリウスが"私のことを理解した上で"あんなことを言ったのなら、勘違いしていたのは私の方なのだから。

レギュラスの考えていることは悪いことだ、と言われているわけじゃなかった(もっとも、シリウス個人の意見としては"悪いことだ"と思っているんだろうけど)。
自分の考えていることこそ正しいのだからこちらについてこい、と命令されているわけでもなかった。

ただただシリウスは、"私"が失われることを恐れていたのだ。

「私もね、考えたんだ。それが"思想"である限り、それが誰かを傷つけない限り、どんな意見にも必ず正当性があるって認めてしまうことは本当に正しいんだろうかって────実は、今もちょっと迷ってるんだけど」

何を認めれば良いのか、何を認めてはいけないのか、まだ私にはわからない。
それでも、私はひとつだけ守れるラインがまだそこにあると、昨日実感したばかりだった。

「でも、考えて、考えて…いくつかよくわかったことがある。やっぱりステータスで人を蔑んだり、遊びで呪いを使ったり、誰かを一方的に傷つけるような"行動"だけは許せない。ましてそれが大事な人だったら尚更ね。だから────レギュラスの意見に理解を示すことはあっても、共感することは絶対にない。あなた達と一緒に過ごすことで生まれた"私"は、まだグラついてるところもあるけど…でも、ちゃんと最低限弁えるべきラインだけはしっかり引かれたままだから」

闇の魔術を好む人とは、付き合えない。きっとどれだけ良い顔をして近づいて来られても、いやむしろ良い顔をされればされるほど、私は疑ってかかるのだろう。この人は本当は何を考えているのだろう? と。

だって、それは私が正しいと判断した数少ないリヴィア家での教えなんだから。
────"相手をよく見極めなさい"と。

「だから大丈夫。誰と関わるかは"私"が決められる。何を選択するかは、"私"が判断できる」

その上で、もう一度あの日と同じ言葉を紡いだ。
どれだけ"私"が発展途上だったとしても、最初に作ったラインだけは今も強く残っている。だから大丈夫、シリウスに心配をかけるようなことには、ならない。

「……僕のためにオーブリーをやっつけた君の姿、僕も見たかったな」

シリウスはようやく笑ってくれた。

「やだ、だって私、ジェームズが珍しくすごく優しくしてくれるくらい荒れてたんだよ」
「それは真面目にヤバいやつだ」

2人揃って笑っていたら、マダム・ポンフリーに「もう休ませないといけません!」と医務室を追い出されてしまった。追い出されたけど、私の心は久々に晴れ渡っていた。

良かった、シリウスが笑ってくれた。
また、今まで通りに話せた。

空白の2ヶ月がようやく埋まって安心したのも束の間、

「────ミス・リヴィア。ダンブルドア校長先生がお呼びです。同行しますから、すぐ校長室へ」

────そう言ったマクゴナガル先生の言葉に、私は膨らんでいた高揚感が急速に萎えていくのを感じた。



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