12月に入り、クリスマス休暇が近づくにつれ────私は、たびたびシリウスの警告を思い出すようになっていた。

「誰とでも仲良くして空気を乱さないようにする心構えはご立派だけどな、自分の中でラインは決めておかないと自分自身を滅ぼすことになるぞ、イリス」

「ラインを決める」────誰の味方をして、誰の敵になるか────自分にとって許せる行動と許せない行動をきちんと決めておけ、という意味だ。

正直、誰かの敵になるなんて想像すらしたくないことだった。

いつもあいまいに笑って、誰にも肩入れしないで、状況をただ外側から見てる────それだけじゃだめなの?
だって、一番それが"安全"だった。エレメンタリースクールではダイアンによくいじめられてたけど、私はそれでも黙って耐えて、ダイアンが飽きるのを待つだけだった。だってそこでやり返したりなんかしたら、却って争いは激しくなって、お母さまに怒られてしまうから。

うまく生きていくためには、ただ目の前で起きていることを遠くから見て、全部後から受け入れて処理してしまうのが一番効果的な方法だったんだ。
だから本当なら、ここでもそうやって生きていくつもりだった。
誰の敵にもならない。でも、誰の味方にもならない。

────でも、そう言いながら私はこの1年ちょっとの間に、完全な"敵意"を持って2回も誰かに杖を向けてしまったことも忘れていなかった。

あれはどっちも、シリウスたちのうちの誰かに呪いをかけようとしたスリザリン生に対するもの。
まあ…無理に自分を正当化するなら、あの人たちは私と何のしがらみもない、そして私のキャリアには(おそらく)何の影響もない人たちだった。対して攻撃されようとしてたのは私の友達。どっちを守るべきかは、一目瞭然だったと思う。

でも、"どちらかを守る"っていう選択をした時点で、私はもう間違えていた。
誰の味方もしないスタンスが、ここで崩れてしまったのだ。

そしてそこで改めて────私の周りの人を思い浮かべると、余計にその"ライン引き"が難しくなっていくのを感じる。

リリーのことは大好きだ。だからそのリリーが大事にしてるスネイプのことはあまり嫌いたくない。でもそのスネイプを嫌っているシリウスたちも、私の親しい友達だ。だからうまく付き合っていきたい。
そしてシリウスの弟、レギュラスだって、まあこれは無視すれば良いのかもしれないけど…それでも"シリウスの弟"であるなら、対立してしまう未来は避けたいな、と思ってる。

ああ、どうしてこんなにこんがらがってるんだろう。
そもそも誰かと友達になってしまったことが間違いだったのかな。リリーと仲良くなるまでは良かったとして、その後シリウスたちとつるんだりなんてしなきゃ良かったのかな。

「優等生がどう思ったかは知らないが、僕たちはあいつとは絶対に相容れない。それが認められないなら、早いうちに僕たちと縁を切った方が良いぞ。エバンズみたいにな」

シリウスの言葉は正しいと思う。
スネイプと対立したくないと思う限り、シリウスたちとはうまくやっていけない。

そんなこと、入学した時にわかっていたはずなのに────。

どうしても、憧れてしまった。
"自分の意見を通せる"人たちに。"自分の考えをハッキリ言える"人たちに。

小さい頃は、自分の考えを持って意見を言う人を、…うん、正直、バカにしていたところはあったと思う。私の後ろにはいつもお母さまの目があったから、私はリヴィア家としての言葉しか吐くことを許されていなかった。イリスとしての思想なんて、持つだけ損だと思い知らされていた。

でもここに来て、お母さまと離れてみて────私は、途端に"本人の言葉"を持つ人たちのことが羨ましくなってしまった。バカだったのは自分だった。家にとらわれて、人の言いなりになって、空気の薄い人形になってしまった私たちに、シリウスたちの存在はあまりに眩しすぎた。太陽のように明るかった。私はつい、羽虫みたいにその光にゆらゆらと引き寄せられて────気づいた時には、もう「縁なんて切りたくない」と思ってしまうくらい、心を開いてしまっていた。

だって、誰が想像した? 去年のクリスマス、私がシリウスと他ならない"家のこと"で大ゲンカをするなんて。誰が想像した? 年度末、彼らが私を"信頼できる友人"として壮大な秘密を打ち明けてくれるなんて。

シリウスは簡単に縁を切った方が良い、なんて言ったけど、私はもうそんなこと、とっくにできなくなっていた。
敵────を作りたいとは、思わない。
でも、私は知らない間に"味方"を作ってしまった。

誰かの味方になるってことは、誰かの敵になるってことだ。

だったら私は、勇気をもって、"私"を持たなきゃいけない。
今まで誰の味方もしないことで"私"という存在を薄めてきた。それが唯一生き残る術だった。
でも────去年から思っていた、"私"という存在を確立させたいという願いを本気で叶えるなら、私はこのまま"誰かの味方"をして────"誰かの敵"になることも、受け入れなきゃいけない、のかもしれない。

ああ…世界がもう少し簡単にできていたら良かったのにな。誰かと仲良くしても誰とも敵にならないで済むような、そんな世界があったら良かったのにな。

ちょっと、思想対決が激しすぎるよ。純血だからとかそうじゃないとか、関係ある? 魔法が使えるとか使えないとか、関係ある? グリフィンドールとかスリザリンとか…そんなの、どっちでも良くない?

何に不満を言ってるのかもわからず(しいて言えば魔法界の歴史かなあ…)、私はモヤモヤと答えの出ないままトボトボと4階の廊下を歩いていた。

すると────向こう側から、よく知った顔の生徒が現れるのが見えた。
スネイプだ。今日もまるで牢獄から出てきたばかりの囚人みたいに、げっそり痩せこけた顔をして歩いてる。この間リーマスの顔を見た時にもギョッとしたけど、なかなかこれは甲乙つけがたい不健康さだ…。

そういえば、1年前にも同じようにこんな誰もいない廊下でスネイプに会ったんだっけ。あの時はあいさつすら無視されて、さっさと立ち去られてしまったんだっけな…。

「スネイプ」

私の頭を悩ませる人間関係の中の1人。リリーとシリウスたちとの付き合いを考える上で、"私とスネイプ"がどんな関係を構築するかはとっても大事な課題になる。

だから今日は、絶対に話しかけてやろうと思って────勇気を出してみた。

案の定、スネイプはこちらをチラとだけ見て、また無視しようとしてきた。
ええと…どうしよう、話しかけるのは良いけど、内容が…このままじゃ、また行かれちゃう…。

「えっと、その、リリーが…」

咄嗟に口をついて出たのは、スネイプの最愛の人の名前だった。リリーのことなら、反応してくれるかもと思ったから。

スネイプは足を止めた。私の目の前を通り過ぎたところで、振り返る。その目はギラギラと────ああ、あんまり好かれてないなあって一目でわかるような────嫌な光に満ちている。

「リ、リリーが、心配してた、よ」

笑えてしまうくらい、私の声は震えていた。

「だから?」

スネイプの声は冷たい。この間、クィディッチの試合後にジェームズと決闘みたいになったことを、まだよく覚えてるんだろう。その場にいて止めようともしなかった、私のことも。

「その…だから、あんまりジェームズたちと…その、リリーの前ではああいうこと…しないでもらえたら嬉しいな、って…」

よくよく考えたら、スネイプとちゃんと喋るのはこれが初めてだった。それなのにその内容が「リリーのために大嫌いなジェームズたちとケンカしないで」なんて、私はなんという話題をチョイスしてしまったんだろう。しかも私はグリフィンドール側。こんな話がスネイプにとって面白いものであるはずがない。

やっぱり、スネイプは唇をあからさまに歪めた。眉間の皺が一層深くなる。

「見ていただけのやつが偉そうによく言う。しかもポッターの方から仕掛けてきたことは都合よく見ないフリか? お前もポッターたちと同じだ、僕に指図するな」
「ちが、私は…リリーが心配で…。スネイプとジェームズがケンカした後、いつも泣きそうになってるから…」
だったら、お前からポッターに言っておけ。僕にところ構わず呪いをかけるなと」
「えっと、でも…その、スネイプも…会うなりジェームズに杖を出すじゃん…?」

どんどん私の声は尻すぼみになっていってしまう。シリウスとかにだったらあんなに勢いよく言い返せるのに、まだ慣れていないスネイプには全く反論できない。ああもう、私の意気地なし。

「ああしないとポッターが先に僕の杖を奪うからに決まってるだろう」
「でも、リリーが…」
お前にリリーの何がわかる!

大きな声で吠えられた。リリーのことになると熱くなるっていう私の予想は、嫌な方向に当たってしまった。

「前からお前のことも気に入らなかったんだ、リヴィア。リリーと親しげにしていながら、リリーが嫌ってるポッターどもとつるんでる。お前は一体何がしたいんだ! リリーを苦しめてるのはお前の方じゃないのか、リヴィア!」

────これには、何も言い返せなかった。
私の中途半端な立場のせいでリリーが困っているのはよくわかっている。

でも────だから、こうして一歩ずつ、何かを変えていこうと思ってるのに。

「そ、そうかもしれないけど…。でも、私は…誰が良い人で誰が悪い人なのかまだわかってないから…こうして、スネイプとも話して…」
「それで、僕が悪い人だと決めつけてリリーにあれこれ吹き込もうっていう算段か? ポッターどもとズルズル付き合って、そこにリリーを巻き込もうっていうのか?」
「そんな、つもりは…」
「だいたい"良い人"と"悪い人"で括ろうっていうその考えが幼稚なんだ、リヴィア。良い人か悪い人かで言ったらポッターたちはどう考えても悪人でしかない。グリフィンドールなんて正義を振りかざした小悪党の集団だ。僕はリリーがそんなところに属されたことがまず間違いだと思ってる────」
「リリーは正当なグリフィンドール生だよ!」
「フン、お前も大概だな。グリフィンドールこそ最も正しい、グリフィンドールこそ真なるる魔法使いである────そんな戯言は聞き飽きてる。腰を低くしてるつもりか知らないが、リヴィア、僕から見ればお前も十分傲慢だ。あのポッターやブラックのようにな」

吐き捨てるように言われた言葉に、私はショックを受けていた。
「お前も十分傲慢だ」────そうなの? 他の寮の人から見たら、私も傲慢だったの?
いつも公平で、中立でいようって思ってたのに。だからこうして、スネイプとも話して、彼の考えてることを聞いて────自分の"味方"を選ぼうって思ってたのに。

────そう思った瞬間、スネイプの言ってることが正しいことに、唐突に気づいてしまった。

今、私、なんて?

自分の味方を選ぶ? そのために、明らかに私を嫌ってる人に無理やり話しかけて…ケンカをやめろって言ったり、リリーのことを知ったかぶったようなことを言ってたの?

「とにかく、それ以上の用がないなら話しかけるな。用があっても話しかけてほしくない。お前を見るとポッターたちの顔がチラついて腹が立つ。お前はそうやって偽善者ぶって、いつまでもリリーとポッターたちの間でまごまごしていれば良いんだ」

スネイプは最後にそう言うと、今度こそ私を無視してどこかへ行ってしまった。
私はその場に突っ立ったまま────倒れなかったのが不思議なくらいだ────呆然として、スネイプの言葉を頭の中で繰り返していた。

「お前も十分傲慢だ────」

ああ、その通りだ。
知らない間に、私もあれだけ辟易していたはずの傲慢ぶりを──── 一番慎重に歩み寄らなきゃいけない人に対して、見せつけてしまった。

私が味方を選ぶとか、私が人の価値観を判断するとか、どうしてそんなことを考えてしまったんだろう。
"ライン引き"はあくまで、私が私として生きていけるための────"私"を探すための手段だったはずだ。

そんなところにまで"客観的な正当性"を持ち込もうとした、そのこと自体が間違ってたんだ。周りのみんなは、"誰が正しいか"なんて考えてない。自分の人生の中で掴んだ"自分の正しさ"を信じて生きてる。

私もそうしたかっただけなのに。
そうしたかっただけなのに────私には最初から"自分の正しさ"がなかったから、そこで人に頼ることで答えを得ようとしてしまった。

私はいつの間にか、"ライン引き"を"誰の価値観が一番正しいか判断する"こととすりかえてしまっていた。スネイプの言う通りだ。なんて傲慢だったんだろう。全員の意見を聞いて、そこで"最も賛成すべき正しい意見"をジャッジするつもりになってしまっていた。

その結果が、これだ。
もうスネイプとは絶対に話し合えないだろう。そうしたくなかったから動いたはずだったのに、今明確に、スネイプは"敵"になってしまった。

でも────じゃあ、どうしたら良かったの?
"私"のない私が、"私"を創り上げるために────私は、一体何をしたら良かったの?
人の価値観を聞くことってそんなに悪いことだった? 人がどう思ってるのか話し合おうよって歩み寄ることって、そんなに嫌なことだった?

わからない。もう、何もわからない。

寮の寝室に戻ると、読書をしていたリリーが顔を上げた。私の泣きそうな顔を見て、ビックリしている。

「イリス!? どうしたの、何かあったの?」

リリーの顔を見た瞬間、我慢していたダムが決壊してしまった。ぼろぼろと、涙があふれて止まらない。

「リリー、ごめん…」

リリーの大事な人、すごく嫌な目に遭わせちゃった…。



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