ハロウィンが終わり(今年も素晴らしかった)、ついにクィディッチ・シーズンがやってきた。
去年は初観戦後に半泣きでベッドに戻ってきた私が、今年はるんるんとスケジュールを確認しているのを見て、リリーは相当驚いていたようだった。

「クィディッチ、好きじゃないって言ってなかった?」
「あ、うん…」

あの時、リリーには本当に心配してもらって、気も遣ってもらってたんだった。それなのに、その恩を忘れて競技場に行こうとしてるなんて…悪いことしちゃったな。
でも、それをどう説明したら良いかわからない。そろそろリリーにも家の事情を詳しく話そうと思いつつ、なかなかタイミングがつかめずにいた私は、この心境の変化をどこからどう伝えるのが正解なのかがわからなくなっていた。

「まあ、ポッターがチェイサーになったんだものね。今まで興味がなかったことに友達が関わった途端気になりだすっていう気持ちはわかるわ」
「リリー…」

本当に…どうしてこんなに優しい人がジェームズに対してだけあんなに頑ななのか、私はたまにわからなくなる。もちろんそれだけスネイプのことを大事にしてるからなんだろうけど…。もうこの問題についてはどっちもどっちとしか言えないので、私はただリリーのありがたい理解力に深く感謝することしかできなかった。

「リリーはいつも試合中、何してるの?」

去年、初戦を観に行った時にリリーをひとりにしたのはもちろんのこと、その後の試合で私が談話室にいる時も、なぜかリリーの姿はそこになかった。クィディッチの試合中、リリーはいつもいなくなってしまうのだ。

「ああ…セブと会ってるの」

なるほど。
学校中が注目するクィディッチの試合。人目を忍んで会うには最適な機会だ。

「なんだか秘密の恋人みたいだね」
「やめてよ、セブはそんなんじゃないわ。ただの良い友人よ」

リリーはからからと笑っているけど…スネイプのあの熱い視線に本当に気づいてないのかなあ…。授業で一緒になる程度の私でもわかるっていうのに…。

「じゃあ、この後も?」
「ええ。だからイリスも気兼ねなく楽しんできてね。ポッターはともかく、私もグリフィンドールの勝利を願ってるわ!」

勢いの良いリリーの言葉に笑いながら、私は待ち合わせていたシリウス、リーマス、ピーターと共に競技場へと向かった。

「ジェームズの初試合って思うとなんか緊張するな…」
「わ、わかる…僕もなんだか震えちゃって…」
「お前たち本当にビビりだなあ。ジェームズなんか今日誰よりも早起きして人の5倍は朝飯食ってたぞ」
「う…想像しただけで吐きそう…」
「だ、大丈夫、イリス? 僕、一応予備の袋を持ってきてるよ?」
「ありがと、ピーター…」

ゆったり構えているシリウスとリーマスは、縮こまっている私とピーターを見て笑っていた。1年前同様、混みあっている席の中から4つ空いているところを探し、なんとか全員並んでおさまる。

20分後、選手が入場してきた。今日はグリフィンドール対スリザリン。暗がりからルビーとエメラルドをまとった宝石のような選手たちが現れた瞬間────ああ、この感覚、よく覚えてる────騒がしいのに、ピリッと空気が引き締まった。不安による震えが、一気に武者震いへと変わる。それでも私がブルリと肩をはねさせたのを見たリーマスは、私が本当に吐くんじゃないかと心配したみたいだった。「袋、ピーターから預かろうか?」と言われ、つい笑ってしまう。

ううん、大丈夫。
私────今、既に楽しくなってきてる。

「ありがとう、今のは────」

興奮してるからだよ。そう言おうとした私の言葉は、リーマスの表情を見た瞬間詰まってしまった。
談話室の仄暗い明かりの中ではわからなかったけど────。

「リーマスこそ、大丈夫?」

────リーマスの方が、余程辛そうな顔をしていた。ご飯は食べた、って聞いてたけど…栄養が十分取れてない人みたいな顔してる。頬がこけてて、目が死んでて、髪もなんだかパサついてる。
シリウスみたいな"パッと見ただけで誰もが振り返る絶世の美男子"ではないものの、リーマスはいつも上品で穏やかな紳士だった。私は知ってるんだ、ハッフルパフの2〜3人の女の子が、リーマスにこっそりお熱だってこと。

でも…今のリーマスは、紳士とは程遠い様子だった。どっちかっていうと、これは野生の獣みたいな────そんな感じの顔。何かに飢えてるって言えば良いのかな、とにかくこう、不健康そうだったのだ。

「大丈夫って、何が?」

リーマスはとぼけた調子で答えた。私が何に対して「大丈夫?」って尋ねたのか、わかってないわけではないらしい。
…だったら、答えたくない"何か"があるんだろう。

「…ううん、体調が悪いのかなってちょっと思っただけ。もし辛かったら医務室まで付き添うから言ってね」

だから私も、深入りすることはやめておくことにした。
────前から思っていた。リーマスは、定期的に体調を崩している。月に一回くらいかな。どういうタイミングなのかはよくわからないけど、授業を休んだり、夜にシリウスたちと一緒にいなくなったり────きっと彼は病弱なんだろうって、思ってた。毎回あちこちに傷もこしらえてくるものだから、何かこう…いわゆる自傷癖が伴うような、悲しい病気なのかもしれない。

病気のことだったら、尚更人には話したくないかもしれないだろう。「よく体調崩してるよね」とまで言うのは絶対にやめておこう。
リーマスは「うん、大丈夫だよ。ありがとう」とだけ言った。

────そうしている間に、試合が始まる。

フーチ先生のホイッスルで一斉に飛び立つ選手たち。
今年ホグワーツに戻ってから、ジェームズの指導のもと私は改めてクィディッチのルールを学んできた。だから今回は、リーマスの副音声がなくても、公式の解説だけで────ううん、自分の目で、試合の様子がよくわかる。

贔屓目なのだろうか────それはわからないが、ピッチの中で一番目立っていたのは、やはりジェームズだった。よくもまあ体力が続くものだと感心してしまうほど、彼のプレーは常に人目を惹く鮮烈な動きだった。

「でもさ、ただ金色の球を追いかけてキャッチして終わりになるより、空中でド派手なパフォーマンスをお披露目してミラクルシュートを決めまくるチェイサーの方がカッコイイと思わないか?」

それは、初めてクィディッチの話をしてくれた時、ジェームズが言っていたこと。
私は実際に競技場を目の前にして、初めてその言葉の意味を本当に知ることになる。

なるほど、シーカーがチームにとって最も守るべき大砲であることはよくわかった。でも────ジェームズの動きは、"最後の瞬間"を待たずとも、誰よりも注目されていた。ジグサグ飛行、空中一回転…それだけなら選抜試験の時にも見ていたが、私が「あっ」と息を呑んだのは────時速何キロ出ているんだろう。高い空から急下降するその危なっかしすぎるプレーを見せられた時だった。

姿がブレてしまうほどの速さで地面へ落ちていくと、地上スレスレのところでぐいんと箒を上向け、再び急上昇する。ぽかんと呆気に取られてしまったスリザリンチームから呆気なくクァッフルを奪うと、目もくらむような速さでそれをゴールに叩き込んだ。

『グリフィンドール、得点です。50-30。今のところ、グリフィンドールが20点差でリードしていますね』

解説は去年私が唯一観に行った試合で解説をしていた人と同じだった。
────なんとそれはよく見ると、この間スラグ・クラブで見た────マチルダだ。どんな派手なプレーにも心を乱されることなく、冷静に目の前の状況を伝えている。

ビーターは、迷わずジェームズに狙いを定めたようだった。容赦なく叩き込まれるブラッジャーは全てジェームズのところへ行くが────彼がかわすと同時に、こちらのチームのビーターが的確にブラッジャーを跳ね返す。

ジェームズをおとりにして、周りの目を全て彼に向けさせるという作戦は大成功だった。
全ての選手がジェームズに注目している。敵も味方もジェームズを見ているから、攻めるのも守るのも────ジェームズの掌の上で起こる些細な出来事だ。

でも、白熱する試合の中で彼らは忘れていたらしい────試合を終わらせる手段は、"シーカーがスニッチを手にすること"だということに。

敵がみんなしてジェームズを追っている間、シーカーは完全にフリーだった。

20秒も経たなかっただろう。ピッチを縦横無尽に駆け回り、無駄と言えてしまうほどのパフォーマンスでジェームズが人の目を惹きつけている間に────去年と同じシーカーのハービーが、スニッチを手に取った。

フーチ先生のホイッスルが高らかに鳴り響く。
200-30。圧倒的な点差で、グリフィンドールは勝利を手にした。

「すっ…ごい…」

ルールを把握しても、結局花形はシーカーなのでは、と思っていた。
チェイサーはシーカーがいつでも試合を終わらせられるように点差を広げる(あるいは縮めておく)脇役だと思っていた。

でも、それが間違っていたと────はっきりと悟った。

今、試合の流れを全てコントロールしていたのはジェームズだ。おそらく本来の性格が大きく作用しているのだろう。

みんな僕を見て、僕に注目して────そして、シーカーのことなんて忘れてしまえ。

目立ちたがりな性格をうまく利用して、彼は観衆の目を全て奪ってしまった。
彼のカリスマ性に、思わず恐れを抱く。
彼は────存在しているだけで、人の目を引く天才だ。どうすれば注目されるか弁えている。それだけじゃなく、それをどう利用すれば人の心理がどう作用するかということまで、完全に把握している。

お天気人間だとばかり思っていたが、彼の底知れない思慮深さに、私は完全に脱帽した。

「すごかったね、ジェームズ」
「こ、怖かった…」
「怖かった?」
「ジェームズはヤバい。間違いなく、天賦のカリスマ性を持ってる。その気になったら────世界を支配することだってできちゃいそう」

私の震える声を聞いたリーマスは、楽しそうに笑っていた。

「それも本人に聞こえるように言ってあげると良いよ、すごく喜ぶだろう。でもジェームズは人を支配することを望んでないからね。ただ目立てればそれで嬉しいんだ」
「うん、誰よりも目立ってた。すごかった」
「さ、じゃあその興奮が冷めないうちに寮に戻ろう。今日は祝杯に参加できそうかい?」
「うん、したい!」

私が元気よく答えたことで、リーマスも安心してくれたらしい。去年後ろめたく逃げてしまった私が今日ばかりは興奮して「すごい」「かっこいい」と連呼しているので、シリウスやピーターもそれをかなり面白がっているようだった。

「ジェームズのファンクラブ、発足させるか?」
「それはなんかやだ」
「え、僕…ちょっと入りたいな…」
「良いぞ、入会金は5ガリオンだ」
「えっ、そんな持ってないよお…!」

競技場の端で、先発試験の時と同じようにジェームズの戻りを待つ私たち。ワイワイとクィディッチの話をしながら待っていると────20分後、彼は現れた。

「どうだい? 僕の名プレー! ちゃんと脳髄に刻み込んだ? 心の奥にまでしみ込んだ?」
「すっごかった! かっこよかったよ! もう…ハービーがスニッチを見つけた瞬間、みんなの意識を逸らすために太陽の真下でダンスを始めた時なんて…私…もう感動して…」
「大爆笑してただろ」

他ならない私がこんなに熱弁するとは思っていなかったらしい。ジェームズはぽかんとした顔をして────それから、皮肉もイタズラも関係ない、心から嬉しそうな顔で笑ってみせた。

「イリスにそう言われると嬉しいなあ! ありがとう、ちゃんと見ててくれて!」

間違いなく今回のMVPだったジェームズが加わったことで、ますます私たちのクィディッチ談義は盛り上がる。大声で興奮冷めやらぬまま試合の話をしつつ、校舎に戻った時だった。

「────君は、あんな奴らとつるむべきじゃない」
「どうして? 私が誰と一緒にいようが、あなたには関係ないわ」

玄関ホールの隅の方から、男女の言い争う声が聞こえてきた。

ケンカ、してるのかな。

────でも私は、その声によく聞き覚えがあった。興奮していた気持ちが、それこそジェームズのさっき見せた急下降プレーの時のようにすっと冷めていく。

────この声、リリーだ。ということは、相手は────。

「おい、スニベルスのヌチャヌチャした声が聞こえるぜ」

空気が一気に冷え込んだのは、私だけじゃなかった。シリウスとジェームズが、憎しみを顔に浮かべて声のする方へと進んで行く。

「え、ちょ、待っ…」

なに、まさかあの2人の中に突っ込んでいくつもりなの!?
止めようと思った私の弱い声なんて、とっくに2人には聞こえていないようだった。

「おい、うちの寮生に何の用だ?」

最初に威嚇したのはジェームズ。慌てて2人の後を追った私たち3人は、予想通り────柱の陰で、涙を流しながら怒った顔をしているリリーと、普段からしかめ面なのに更に眉根に皺を深く刻み込んでいるスネイプの姿が、そこにあった。

「────それはこっちのセリフだ、ポッター。お前には関係のない話をしている。目立ちたがりなのは結構だが、クィディッチの大歓声だけで飽き足らずこんな私的な会話にまで乗り込むなんて────グリフィンドールの勇敢さは本当に尊敬に値するな

よくもまあ、こんなに嫌味の言葉ばかり吐けるものだ。

「セブルス、やめて。この人たちに関わっても良いことないわ。行きましょ」
「いや待て、エバンズ。今こいつは明らかに僕を挑発した。もうその時点で、これは僕とこいつの問題だ」
「あなたが勝手に首を突っ込んできたんでしょう!」
「それでもスネイプが僕らを侮辱したことには代わりない。結局こいつはグリフィンドール生に会うだけで悪態を吐かずにはいられない習性持ちなのさ」

ジェームズの攻撃的な言葉に、シリウスの援護が入る。

────この2人とスネイプが最初から険悪な仲だということは、入学した時から知っていた。授業の度にからかっていたり、廊下で会えば杖を突き合い出したりしているのも…正直、何回か見てきている。

でも、リリーの前でこんな風にあからさまな敵意を剥き出しにしているのを見るのは、初めてだった。
リーマスとピーターの様子を窺い見る。ピーターは怯えたようにことの顛末を見ていた。リーマスは…止めてくれるかと思いきや、「もうこの2人は止められない」と諦めているように、静かにその場面を見ているだけだった。

────かといって、そこに割って入れる私でもない。
去年マルフォイに立ち向かえたのは、あの場にあった色んな条件を総合的に判断して「私が出るしかない」と精一杯の勇気を振り絞ったからだ。対等な立場でいがみあうこの3人を前に────私は、情けなくもなす術がなかった。

「────ペトリフィカス────」
「プロテゴ!」

スネイプが、突然石化呪文の言葉を唱え始めた。しかし長い詠唱の前に、ジェームズの盾の呪文がさく裂する。スネイプの呪いは当たらなかった。

「ステューピ…」
「エクスペリアームス!」

またもや、この流れだ。去年私も同じようなことをしたばかりだが、ジェームズの魔法は私の魔法より遥かに精度が高かった。まるでスネイプがすぐさま次の呪いを放ってくるとわかっているかのように、武器を取り上げる。

丸腰になったスネイプはじりじりとあとずさりした。

「さあ、僕を挑発したことを後悔させてやろう。タラントアレグラ!

ジェームズは、杖を持たないスネイプに呪いをかけた。それは"強制的に踊らせる呪文"。普段暗がりばかりを歩き、運動とは無縁のスネイプがタップダンスをする様は────あまりに無様で、笑う気にすらなれなかった。

これは、さすがにひどい。
杖を取り上げたのなら、もうそれで十分なはず。

「ジェームズ、」

思わず声を出した私の言葉を遮ったのは、リリーの力強い声だった。

フィニート・インカンターテム!

それは魔法を終わらせる呪文。ジェームズの呪いで踊らされている…というより手足をジタバタもがいていたスネイプは、リリーの魔法を受けてぐったりと地面に突っ伏した。

「丸腰の相手に更に呪いをかけるなんて、卑怯にもほどがあるわ!」
「でもそこで杖を返していたら、あいつはそれこそ僕に"許されざる呪文"を使っていただろうね。知ってるだろ、こいつは入学した時から7年生にも負けないほどの闇の呪文を使えるってこと────」
「"使える"のと"使う"のは全く別問題だわ! ああ、あなたって本当に最低! どうして彼をそこまで執拗に虐めるの!?」
「それは、こいつが闇の魔術に心酔してるからさ。僕は闇の魔法が嫌いだ。呪いを防ぐための防御術は一通り心得たいと思っている。でも出自や目に見える才能だけで相手を簡単に軽蔑するような人間は、存在自体が僕の敵なんだ」
「何もわかろうとしていないくせに!」

リリーは泣いていた。スネイプを起こして、無事であることを確認すると、肩を貸しながら────おそらく医務室だろう、どこかへと運んで行く。

クィディッチの興奮は、もうすっかり消えていた。そこにあるのは、どうしても避けられない"グリフィンドール"と"スリザリン"の確執。

「────エバンズのところへ行かなくて良いのか」

長い沈黙の後、シリウスがそう尋ねてきた。

「…うん。多分今は、2人きりにしてあげた方が良い。リリーはともかく、スネイプは私も完全に"敵"だと思ってるから」
「…僕たちのせいでね」
「いや、止めなかった私にも責任はあるから」

そう、私は止められなかった。リリーのように、ジェームズの遊びを止めて、烈火のごとく怒ることなんてできなかった。
────私に、そんな勇気はなかった。

「じゃ、談話室に戻ろう。今頃パーティーでもやってる頃だぜ」

シリウスは、今の騒動なんて"ペット同士のじゃれあい"でも言いたげに軽やかにポンと手を打った。全く気にしてないの、今の一方的な攻撃に…?

眉をひそめている私に気づいたシリウスは、自嘲的な笑みを浮かべた。

「優等生がどう思ったかは知らないが、僕たちはあいつとは絶対に相容れない。それが認められないなら、早いうちに僕たちと縁を切った方が良いぞ。エバンズみたいにな」

冷たい言葉が、容赦なく私に降りかかる。
一瞬だけ突き放されたような気がしてドキリとしてしまったが…きっとそれは────私がリリーとシリウスたちの間で板挟みになってしまうことを心配してくれての言葉だろう、と思い直した。
だってシリウスの言葉はいつも厳しいけど、今回ばかりはどこにも皮肉や軽蔑を感じるような要素がなかったから。

「…うん、そこはもう少し考える。まだ…私自身、この対立にどんな意見を持ったら良いかわかってないから」

素直にそう言うと、4人ともが「そっか」と言った。そのまま私を突き放すこともせず、5人で寮に戻る。

────その道すがらだった。

ポッター!

また、誰かの大声が聞こえてきた。
今度はなんだ、と私たちが揃って振り返ると、そこにはさっき遠くから見ていた────クィディッチ・チームのスリザリンのキャプテンがいる。

非常に怒っているようだった。スポーツとしても、パフォーマンスとしても負けたことが相当頭に来ているらしい。ユニフォームを着たままなところを見るに、試合終了後ジェームズを探し回ってここまで来たんだろう。

でも、ああ────まずい。彼、杖を持ってる。
そう思った瞬間、私はつい反射で自分の杖を取り出してしまった

「フリペン────」
オブスクーロ!

────それは、すべて考えなしにやってしまったことだった。

スネイプへの対応は、正直言って────ジェームズの方から仕掛けたじゃないか、という両成敗的な意味があると思っていた。だから私はどっちの味方をしたら良いのかわからなくて、戸惑ったまま成り行きを見守ってしまっていた。

でも、さっきのいざこざでストレスが溜まっていたのは事実だ。言葉だけでやりあえば良いところを、急に呪いをかけてこようとしたスネイプ。ジェームズの態度だって決して褒められたものじゃないけど、スネイプはスネイプでちょっと暴力に訴えるのが早すぎたと思う。

だから、そのまま見ているだけに留まっていながらも────私は、確実にイライラしていた。どっちもあれは良くない。リリーが魔法を打ち消す呪文で仲裁してくれたから良かったけど、内心私は2人とも呪いをかけあって、どっちも倒れてしまえば良いとすら思っていた(ジェームズはもちろん大事な友達だし、スネイプもリリーの大事な人だから、本当はあんまりどっちにも怪我をしてほしくなかったんだけど)。

そのツケが、ここにきて回ってきた。
今の生徒の挙動は完全に的外れだ。正当なスポーツで勝ったヒーローに後ろから突然────しかもフリペンド────相手を射撃するような呪文を唱えるなんて、我慢の範疇を完全に超えている。

だから私は、本能のままに魔法を唱えた。
私がかけたのは目隠し呪文。相手に危害を加えるものじゃない。ただ目くらましにさえなれば、"ただの生徒"がかけた呪いなんて簡単に的を外れる。
案の定、スリザリン生の射撃呪文はジェームズを大きく逸れ────後ろにあった絵画に激突した。あああ、ごめんなさい、絵の中のご婦人。慌てて隣の額縁に避けたみたいだから怪我はなさそうだけど、友達を守るあまり関係のない人を巻き込んでしまった。

「────何事ですか!」

スリザリン生の魔法はとても強力だった。そのせいで校内に爆音がとどろき────ちょうど競技場から戻って来たマクゴナガル先生に、その場を見つかってしまう。

そこに広がっているのは、「ポッター! どこだ、ポッター!」と喚く目隠しされたスリザリン生と、そのスリザリン生に杖を向けている私。

「…ミス・リヴィア、説明してください」

ずどんと、胃が重くなった。
ああ、つい怒りに任せて上級生を攻撃してしまった。ホグワーツにいる間は自由だ、なんて気持ちが大きくなっていたのがいけなかった。更にさっき、ジェームズとスネイプが争ってる様を見てストレスが溜まっていたのも良くなかった。

どうしよう。減点されるかな。お母さまに…連絡がいっちゃうかな。

「その…そこにいるスリザリンのキャプテンが、突然ジェームズの背後から現れてフリペンドをかけようとしていたので…どうにか攻撃を逸らそうと思って、オブスクーロを唱えました。…すみません」
「ただ、スリザリンのキャプテンは完全に不意打ちでした。見てください、あの壁画の有様を。イリスが目隠ししてくれなかったら、ジェームズは今頃こっぱみじんになっていたでしょう。それにイリスが使ったのはあくまで"目隠し呪文"。相手を攻撃するものではありませんでした」

私の正直な説明に、リーマスが少しでも状況を好転させられるようにと付け加えてくれた。
マクゴナガル先生はキャプテンの目隠しを解くと、「────ということだそうですが、あなたからは?」と厳しく尋ねた。

「っ…その…いや、呪いをかけるつもりなんてありませんでした。ただ脅しのつもりでポッターに杖を向けたら、突然そこの女にわけのわからない呪いをかけられて────」
「脅しのつもりで壁を粉々にしたわけですか」
「そっ…それは…」

シリウス、ジェームズ、ピーターは黙っていた。ピーターはおそらく何も言う勇気がなかったのだろうが、シリウスとジェームズは自分が何か言えばそのまま私が不利になると予想しているのだろう。

「…よろしい。両方の意見を踏まえた上で判断しましょう。まずミス・リヴィア。あなたの振る舞いは確かに正当防衛といえますが、本来学校内での私闘は規則違反となりますから、あまり褒められたことではありません。グリフィンドールから5点減点。そしてミスター・ジャクソン。あなたの行動は理由も含めて卑劣極まりないとしか言いようがありません。スリザリンから50点減点、更に来週末は罰則を科します。この件はスラグホーン先生にもお伝えしておきますので、そのつもりで」

そう言った上で、こつこつと無慈悲に歩き去っていった。

ジャクソンは、私たちのことを恨めしげに見ていた。しかし先程完全に呪いを打ち破られた上、まだマクゴナガル先生の目が光っているのはわかっていたので、黙って私たちが寮へ戻るのを最後まで睨みつけることしかできなかった。

階段を昇って、人気がなくなった頃。

「イリス、ありがとう」

ジェームズが恥ずかしそうにそう言った。

「すごかったな、イリスの反射速度。スネイプと絡んでる時はただオロオロしてただけだったのに」
「きっとマクゴナガル先生も、イリスが攻撃的な呪文をあえて使わなかったことを高く評価してると思うよ。あの場では"喧嘩両成敗"ってことで、先生の立場的には両方から減点しないとフェアじゃないと思ったんだろうけど…でも、あれでイリスの評価が下がることは絶対にないと思う」
「イリス、かっこよかった! あんなに高速で難しい呪文、よく知ってたね!」

3人も、それぞれの言い方で私のことを全面的に擁護してくれた。

「スネイプとの因縁は…ちょっと私の領域を超えてるからわかんないんだけど…でもあれは、完全にあっちの逆恨みじゃん。ちょっとイラッとしちゃって…」
「イリスでもイラッとすることがあるんだね」
「ふふ、確実に我ら側に染まってるな」

…それが良いのか悪いのかわからないから、私は戸惑ってるんですけどね。
シリウスたちは私の行動を褒めてくれたけど…いやだからこそ、先生から見た評価はこれでガタ落ちしてしまったんじゃないだろうか、という不安が頭をチラついた。

授業以外で魔法を使うなんて、絶対に良くないことだよね。
お母さまの耳に入ってしまったらどうしよう…。

「5点の減点なんて、友が爆発することに比べりゃたいしたことないさ。どうせ次の授業ではまた10点稼いでくるんだろ? イリスの"優等生"の肩書きが変わることなんか、絶対ないね」

────すると、"全てを知っている"シリウスが────なんてことないような口調で、意味深にそう言った。

そうか、そうだよね。
5点減点されようが、評価が少しくらい落ちようが、友達に替えられるものなんてないよね。

お母さまがこの話を知ってどう思うかはわからない、けど…でも私は、"自分の大切な人"を守れたことに、少しだけ誇りを持てるような気がした。
一歩、前進かな?










「聞いたわ、あの直後、スリザリンのキャプテンがポッターに不意打ちでフリペンドをかけようとしたこと」

その日の夜、ベッドに入るとリリーがおもむろにそう言った。その声があまり感情のないものだったからついドキリとしてしまう。
リリーからすれば、ジェームズはその直前にスネイプに呪いをかけたばかりだったのだ。いくら逆恨みとはいえ、そのくらいの報いを受けて当然と思ったんじゃないだろうか。

そしたら、それをかばった私って────。

「あなた、ここぞという時って本当に勇敢よね」

────しかし、リリーの言葉は私を否定するものではなかった。むしろ…賞賛に近い響きを持っている。

「ポッターがセブを攻撃したこと、私絶対に許さない。でもそれとこれとは別。クィディッチで負けたからって背後からフリペンドを使おうとするなんて、どこの寮のどれだけ偉い生徒でも絶対に許されないわ」
「…うん、私もそう思う」
「誰も反応できなかった中で、誰も傷つけない魔法で友達を守ったあなたはとっても勇敢よ。その相手がポッターだったってことはこの際置いておくわ。あなたの行動、とっても立派だったと思う。何より高速で目隠し呪文を唱えるその技術に脱帽よ。今度、良かったら教えてね」

リリーは相変わらず、"ジェームズ"と"私"を切り離して考えてくれているみたいだった。理由もなく杖を出していがみ合う姿は無様でしかないけど、突然相手の背後を取る卑怯な真似をするやつを攪乱させる姿は立派だったと言ってくれる。

この間のシリウスの言葉を借りるなら、リリーはちゃんと"ライン引き"が出来ている人だ。自分の思想は絶対に変えない中でも、私のことを尊重し、尊敬してくれている。

「…スネイプは、大丈夫だった?」
「ええ、一応私が魔法は終わらせたし、後遺症もなし。マダム・ポンフリーに診せたあとはすぐに寮へ戻っていったわ」
「そう…良かった」

ちょっともう、人間関係がややこしすぎるよ。
私の"じっくり思考してから行動に移す"やり方じゃ、ホグワーツではあっという間に取り残されてしまう。あんな風に、突然背後を取られたりすることもあるんだ。

"ライン引き"────どんなラインをどこで引くのかということも踏まえて、私もいい加減自分の立場をはっきりさせないといけないかな────なんて、そんなことを思った。



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