ホグワーツの大広間は、去年と全く変わらない温かな魔法で出迎えてくれた。今回は私たちが主賓じゃないので、先に通されて、それぞれの寮のテーブルに着席して新入生の登場を待つ。宙に浮かぶろうそく、磨き上げられた銀食器、前に並んでいるのは厳しい顔をしていたり、仲の良い生徒に笑いかけている様子の先生たち。空はとても澄んでいて、きれいな星空が広がっていた。

私とリリーが着席した直後、シリウスたちが少し離れた席につくのが見えた。リリーがいるから気を遣ってくれたんだろう、軽く手だけ振って、会話はせずに彼らは私から目を逸らす。声を掛けられる距離ではなかったのだが────私は、彼らがなぜか既に髪をボサボサに振り乱して、顔のところどころに擦り傷を作っていることがどうにも気になって仕方なかった。駅で会った時にはきちんと小綺麗にしていたはずなのに、一体ホグワーツ特急のあの狭い空間かつ短い時間で何をすればあんな風に汚れるのだろう。まさかとは思うが、車両を爆破なんて…してない、よね?

15分くらい待った頃だろうか、大広間の扉から、マクゴナガル先生を筆頭にたくさんの新入生が現れた。オドオドしている生徒、ふんぞり返っている生徒、もう既にできたらしい新しい友達とワイワイ喋っている生徒────その顔は、1歳しか違わないはずなのに、どこか幼く見える。

「可愛いわね」

リリーも横でそう囁いていた。
1年なんてたいして変わらないと思ってたけど、何も魔法を習ってない子を見て「初々しいな」と思えるくらいには、去年の時間はちゃんと自分の肥料になってくれていたみたいだ(…そう思うと、去年の最後に5年生にケンカを売ったのはやっぱりマズかったなあ、と今更ながら胃が痛くなる)。

新入生の列の中に、さっき同じコンパートメントに座っていた男の子を発見した。あの時は何も言葉を交わさず、互いにいないものとして自由な時間を過ごしていたんだけど────やっぱり新入生だったんだ。

「ねえ、あの子、さっき一緒にいた子じゃない?」
「うん。…たぶん、シリウスの弟だと思う!」
「えっ!」

小声でささやき合っていると、リリーが驚いたような声を上げた。新入生の男の子とシリウスの顔をこっそり交互に見て、「確かに似てるわ…。ところでなんでブラックはあんなにボロボロなのかしら」とつぶやく。その辺については私も同様に疑問に思ったまま答えが出ていないので、「ね」とだけ返す。

新入生が全員前に揃ったところで、中央に鎮座している帽子が歌い始めた。いつも通り、どこの寮がどんな寮か説明している。それから、キビキビとマクゴナガル先生が生徒の名前を読み上げた────組み分け儀式の始まりだ。

Aから始まり、速い時にはイスに座った瞬間に、遅い時には1分以上以上かけて────新入生の寮が決まっていく。グリフィンドールに向かってよたよたと歩いてくる1年生を、私たちは全員賑やかな拍手で迎え入れた。

そして────

「ブラック・レギュラス!」

比較的早い段階で(イニシャルが"B"だからね)、私はここまでずっと抱いていた予想が当たったことを確信した。
呼ばれたのは、同じコンパートメントにいた男の子。シリウスによく似ているけど、ちょっと虚ろな感じのする新入生。

思わずシリウスの方をちらりと見てしまった。シリウスは気のない風に手元のカトラリーを弄り回していて…そのせいで、私の視線に気づかれてしまう。

『弟?』
『そう』
『興味ないの?』
『絶対スリザリンだよ』

表情と小さな手の動きだけでそんな会話を交わす。そうこうしている間に、帽子が「スリザリン!」と叫ぶのが聞こえた。
慌てて前方に視線を戻すと、たいした驚きも戸惑いもないようにレギュラスはスリザリンのテーブルへと向かった。上級生の何人かとは既に面識があるみたいだ。握手をしたり、背中を叩かれたりしながら初めてはにかんで(シリウスとよく似てる)、テーブルの空席に座った。

もう一度シリウスに目を戻すと、今度はカトラリーではなく…スリザリンのテーブルの方を見ていた。気にしていないように見せているけど、内心は無視できなかったのかもしれない。でもそれも、再び私の視線に気づかれてしまったせいですぐに終わった。いつものニヤッとした顔を一瞬見せて、それきり帽子の方に無理やり視線を向けるシリウス。

────あんまり、人の家族のことに茶々を入れなきゃ良かったな。

宴会が終わった後、私達はぞろぞろと寮へ戻る道をたどった。新入生は監督生に連れられて道案内をされている。私はどうしてもスリザリンの方が気になってしまって────無意識に、レギュラスの姿を探していた。

シリウスの弟。
冷たいお母さまの愛を、シリウスの代わりに受けてきた子。

ブラック家がどういう教育をしているのかは知らない。でも、家の教えに反発して家族扱いを受けられなくなったシリウスに対して、家の教えを受け入れることで愛されたレギュラスというあの子は────もしかしたら、シリウスよりも私に似ている部分があるんじゃないかって、そう思った。
家に従うことで愛を知った子。もちろん心から賛同しているからこそ従ってるのかもしれないけど────シリウスと私がよく似ているというなら、あの子と私も似てるんじゃないだろうか。

"茶々は入れない"と決めたばかりだったので、こっそり視線を向けていたつもりだったんだけど────。

「なんだ、我が愛する弟に一目惚れでもしたか?」

────シリウスが、私の背中をばんと叩いて笑った。

シリウスはまさに獅子のような少年だった。いつも堂々としていて、からからと笑っていて、時々(というかだいたい)怠惰だけど、絶対に狩りという名の悪戯ができる機は逃さない。

対して弟の方は────確かに、蛇という表現がよく似合う少年だった。何を考えているのかよくわからない無表情、音もなく滑らかに歩く様はたちどころに空気の中に薄まっていってしまいそうなのに、なぜかそこには存在感がある。薄暗がりの中で育ってきたような不健康さがありながらも、その能力はきっととても高いんだろうなと思わせる知的な雰囲気もあった。

────あれが、スリザリンの名家として求められる"本来の姿"なのか────。

「あー、ううん、違うんだ。私さっきあの子と同じ車両に乗ってたから、その時からシリウスの弟かなって気になってて。それだけ。…っていうかシリウス、なんでそんなに汚れてるの?」
「あー…これはちょっと特急でやらかしただけ」
「ちょっと待って、やらかしたって何」
「いや、たいしたことじゃないんだ。ただ、車内販売をしてる魔女、あいつには気をつけろよ」
「は? え、何、あのおばさんともめたの!?」

いつも優しくお菓子や飲み物を勧めてくれる車内販売のおばさん。あの魔女と一体何をどうしたらもめられるのか、そして何がどうなったらそこまでボロボロになれるのか、聞けば聞くほどに疑問は募るばかりだった(もしかしてあのおばさん、実はめちゃくちゃ強い魔女とかそういう説、ある?)。しかし私がそのことについて深く訊くより先に、シリウスが再びレギュラスの方に意識を向ける。

「そんなことはどうでも良いんだ…それよりきみ、本当にあいつと同じ車両にいたのか? 会話はしたか?」
「え? いや、なーんにも」
「だろうな。我が家はある程度の"仲間"とは入学前から面識を持ってる。同世代なのに全く見たことない女子が2人いるのを見たところで、関心なんて持たなかったろうさ」
「仲間?」
「純血主義者だよ。スリザリンが大好きな」

ああ…。
純血の家系こそ真の魔法使い、っていうアレね。
純血の生まれでも、"純血主義"を掲げない家はたくさんある(ポッター家が良い例だ)。だから意外と魔法界でも"純血主義者"は減ってきており、そうなるにつれ、逆に狭いコミュニティーにおける仲間意識はどんどん濃厚になっていったんだそうだ。
聞いた話では、純血の家系は元をたどればほぼ親戚筋とのこと。本人たちにその気さえあれば顔を合わせるのも決して難しくはなく、マイノリティ側に立たされた"純血主義者"は結束して"純血を軽んじる者"を蔑視しているらしい(ブラック家とマルフォイ家に親交があったという話も、うなずけた)。

そして、その純血主義の人たちがこぞって崇めるカリスマが、えーと…未だに名前をよく覚えられない…"例のあの人"とやらなんだそうだ。強力な魔法を研究し、純血こそ正義とうたうその人に付き従う魔法使いは、結構多いらしい。
でもそのやり方は結構ひどくて、マグルいじめや時には"研究"と称した殺人もいとわなかったということから、大半以上の人は"例のあの人"を恐れていた。そのせいで私は、"例のあの人"の名前がいつまで経っても覚えられなかった。

たいていの子どもたちは幼い頃から、それこそ"例のあの人"は恐れるべきものと教わってきているらしい。闇の魔術を好み、"恐れるべき例のあの人"を尊敬する純血主義者たちが"たまたま"スリザリンに固まっているっていう事実は、私の予想以上に両者の間に深い溝を生んでいた。

「下手に話題振らなくて良かった。私もリリーもマグル出身だなんて言ったら…」
「さあ…呪いのひとつも知らない愚弟ができることなんて、せいぜい軽蔑した目で見ることくらいだろうな」
「ブラック家って、みんなそういう感じなんでしょ? よく同じ思想にならなかったね。私なんてここに来るまでリヴィア家が何よりも正しいって信じ込まされてきたのに」
「それは君の視野が狭かっただけ。血で全てが決まるなんて、面白くないだろ。大事なのは敷かれたレールをどうひっくり返すか、だ。それにブラック家の全員が純血主義に傾倒してたわけじゃないよ。この間卒業しちまった従姉のアンドロメダや、叔父のアルファードは僕の考えに賛成してくれてた。僕だって、決してひとりで無謀にお家様に逆らってきたわけじゃないんだ」

シリウスがたったひとりで戦っていたわけじゃないことを知り、安心してしまった。
…とはいっても…私の視野が狭かったことは認めるけど、「敷かれたレールをひっくり返すことが一番面白い」なんて、なかなか自分では思いつけないと思うよ…。
厳格な家の中でどうしてそんな思想が育ってしまったのか、いつか聞いてみたいと思った。何かテレビとか…は魔法界にもあるのかな? そういう外部からの影響を受けたのかもしれないし、シリウスは生まれつきとにかく"手あたり次第に反抗したい"性格の持ち主だったのかもしれない。

夏休みが明けても何も変わらない"強い"シリウスを眩しく思いながら、夏休みを経てまた少しリヴィア家の刷り込みに影響されてしまっていた私は寮へと戻って行った。
────そういえば、私とシリウスがつい小声で話し込んでしまったから(家のことを話す時は2人の秘密で、という暗黙の了解が成り立っていた)、周りの子に気を配る余裕を失ってたけど…。

「どうしてそんなに怒るんだ? スリザリンの奴らのひどさなら去年君も散々思い知ったろう?」
「ええ、確かに去年あっちの監督生がイリスに杖を向けたことには怒ってるわ! でもみんながみんなそういう人じゃないでしょう! 肩書きだけで悪と断じて呪いをかけようとするなんて、やってることはその一部の嫌な奴らとおんなじよ!」
「同じだって!? 僕は決して自分から手を上げたりなんかしないさ! ただ向こうが────」
「あなたの挑発的な目とあいさつを受けて攻撃してくるんだ、でしょ!? 幼稚さは同じだわ!」

あー…あー…後ろにリリーとジェームズを残したのは完全に間違いだった…。

「ここでも思想対決が勃発だな。まったく飽きないよ」

シリウスはそんなことでさえ簡単に笑い、「ほら、行くぞジェームズ。こんなところで頑固頭とケンカしても無駄なカロリーを消費するだけだ。それからエバンズ、君はもう少しスリザリンという寮についてお勉強した方が良いな」と言ってさっさとジェームズを引きはがしてくれた。

「どうしてああいう言い方しかできないのかしら」
「ジェームズもきっと小さい頃いろいろ言われてきたんだろうね…」

こればっかりはもう仕方ない。"思想"とはその人の"人生"そのものだ。
思想を形成する過程において刷り込まれた意識は何を言われたって変わらない。リリーのように何もかもに対してニュートラルに考えられる人の方が貴重なんだ。

「ならブラックはもう少しこっち寄りの意見を持っていてくれても良くない? あの人、元々はスリザリンの名家の出でしょう? 小さい頃はスリザリンの素晴らしさ…一概に素晴らしいって言って良いかはわからないけど…その、スリザリンが悪いばかりじゃないっていうこともちゃんと教わってきたんじゃないの?」
「そうだねえ…」

私はいつも通り、あいまいな返事でリリーをなだめる。
スリザリンの素晴らしさを教え込まれてきたからこそスリザリンを嫌ってる、なんて、言えるわけがないからね。どんなに良い薬だって過剰投与すれば毒になる。シリウスは、スリザリンという薬を投与され続けた末に拒絶反応を起こしてしまった被害者なのだということを、いつか彼の了承を得られたらリリーにもきちんと説明しよう。



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