お母さまは、とにかくわたしの"優等生ぶり"を聞きたがっていた。
授業はどんな風にされるの、先生はどういう教え方をなさるの、ここで魔法が使えないなら教科書を見せてもらえないかしら────訊かれてること自体に特別なことなんて何もないのに、言葉の端々から「あなたはちゃんと先生が求めていらっしゃる水準"以上に"こなしているんでしょうね」という無言の圧を感じる。夏休み初日から、毎日ずっとそんな態度でこられるものだから、私は2週間も経つ頃にはホグワーツが恋しくて恋しくて仕方なくなっていた。

大好きなホグワーツの話ができているというのに、相手がこの人だとなんだかとても嫌な思い出をほじくり返されるような気持ちになってしまっていたのだ。

唯一楽しく"おしゃべり"ができたのは、パトリシアだけ。
お母様が妹の面倒を見ている間、人目のないところでだけ、パトリシアは私に話しかけてきた。

「この間お嬢様にお手紙を宛てていらっしゃった、リリー・エバンズ様…あの方と一番仲がよろしいんですか? ふくろうではなく郵便でお手紙を送ってくるなんて、粋ですね」

パトリシアはリリーのことがとても気になるみたいだった。普通、私たちはふくろう便で手紙のやり取りをする。最初はひどく驚いていたお母さまも、「ふくろうを放つのは夜だけにして、あまり目立たないようにね」と念押しだけして、今は"魔法界の常識"を受け入れてくれている。
そんな中でわざわざマグル方式の"郵便"を使う友達が、奇妙なものに映ったんだろう。

「うん。私達どっちもマグルの出身だから、あえて郵便を使ってみようかって提案したの。リリーはね、本当に賢いんだけど…中でも魔法薬学が天才的なんだ。この間の学期末試験、230点も取ってたんだよ!」
「まあ! そんな方、私が在学していた頃はいませんでしたわ!」

お母さまに言ったら「なぜあなたは240点取らないの?」と言ってきそうなこんな話も、パトリシアなら笑って褒めてくれる。
そう、私は別に、なんでも自分が一番になりたいわけじゃなかった。そりゃ一番になれたら嬉しいけど、それと同じくらい、友達のことを自慢したかったのだ。

「じゃあ…キングズクロス駅であいさつされていた方は、本当に皆さま成績優秀な方や名家の出の方でしたの…?」

まるで私が嘘をついていたと思われていたみたいだ。驚いてるパトリシアに、クスクスと笑いながら「本当だよ」と言う。

「シリウスはブラック家の長男だし」
「ブラック家って、あの7世紀続くスリザリンの…!?」
「うん、でも本人はグリフィンドール。ジェームズ・ポッターと…」
「まあ、ポッター家も存じておりますわ、聖28族ではないながら純血の家系だとか…」
「そうそう。そこの2人で組んで、めちゃくちゃ頭が良いのにめちゃくちゃ悪いことばっかりしてるの」
「ふふ、いつの時代も勉強以外に賢い頭を使うお茶目な方はいらっしゃるものなんですね」
「リーマスは半純血って言ってたけど、いつも落ち着いてる大人な感じの子なの。勉強を教えるのがすごくうまいから、私が苦手な防衛術の自主練習にいつも付き合ってくれるんだ。ピーターは成績はそんなに優秀じゃないし、家柄もそこまで有名じゃないけど、すごく優しくて素直な子でね」

パトリシアは目をうるませながら私を見ていた。ぎょっとしちゃったけど、どうやらパトリシアは"捨てた"魔法界の話をまた聞けたことがとても嬉しかったらしい。魔法界特有の単語が出るたび「ああ!」「知ってますわ!」「あの!」といちいち歓声を上げている。

「お嬢様がホグワーツ生活を楽しまれているみたいで本当に良かった…ダンブルドア先生はお元気でいらっしゃいましたか?」
「うん。あの人ってすごいね、一目で『あ、何か違うな』ってわかっちゃう」
「ええ、ええ、そうなのですよ。ダンブルドア先生は"例のあの人"が敵わない唯一の魔法使い、私達にとっては最後の砦なんですの」

去年は全く話す機会なんてなかったけど、イベントの時に大広間の中央の席から私たちをキラキラと青い瞳で優しく見守っていた姿を思い出すと、温かいスープが体の中に広がっていくような感覚になった。

夏休みも終わりに近づく頃、ホグワーツからのふくろう便が届いた。中に入っていたのは、来年度使う教科書類のリスト。"私が優秀であること"以外に関心のないお母さまは、今年は「パトリシアと2人でダイアゴン横丁へ行ってらっしゃいな」と言った。去年は自分がまだ魔法に対して半信半疑だったからついて行っただけ。自分の知らないものばかりの魔法界に自ら進んで入りたいとは、絶対に言わなかった。

新学期が始まる1週間前、パトリシアと2人でダイアゴン横丁へ行く。お母さまからいただいたイギリスのお金を魔法界のお金に替えて、必要なものを買い、すぐに家に戻る。
あんな素敵なところに長居をしていたら、"遊んでた"と怒られてしまう。せっかくまた魔法にふれられる機会だったのに、と残念に思いながら、私は地下鉄に揺られて自分の家の方面を目指した。

「あと1週間ですよ、お嬢様」
「うん…」
「お嬢様がいなくなってしまうことは寂しゅうございますが…」

パトリシアは言葉を切った。この夏休み中、お母さまから散々成績の話ばかりされていた私のことを思い出してくれたんだろう。魔法に興味なんかないくせに、まるで自分も魔法が大好きだとでも言うように、根掘り葉掘り私の優秀さを聞き出そうとするお母さま。私に興味なんかないくせに、まるで私がちゃんと楽しく過ごせているかとても気がかりだというように、徹底的に私の交友関係を洗い出そうとするお母さま。

その質問の仕方はリヴィア家お得意の"社交術"に相応しい、オブラートどころかぶあついラップで何重にも包まれた優しい訊き方だったけど、その真意を知っている私からすれば、それは拷問に近かった。

せっかく"自分らしさ"を探していこうと思っていたのに、そのはみ出した部分をリヴィア家の枠組みの中に無理やりおさめられていく感覚。成績はトップでいなさい、友達は選びなさい、遊ぶ時間があるなら勉強をし、身を立てる努力をしなさい。

間違ってることばかりではないけど、確実に私の神経をすりへらすお母さまの教え。

ちなみにお父さまは、お母さま以上に私に無関心だった。あらかたお母さまから事情を聞いていたからだろう。「規則は破ってないね?」「はい」と交わしたきり、いつも通りほとんど家を空けている。

早くホグワーツに戻りたくて仕方ない。残りの1週間、私はひたすら新しい教科書を読んで過ごした。

────そして、その日がやって来る。

9月1日。今年はパトリシアも一緒に来てくれたので、お母さまと3人でキングズクロス駅へ向かう。
9番線と10番線の間の柱を潜り抜け、9と3/4のホームへ。

そこは、ホグワーツの生徒でいっぱいだった。大きなカゴにトランクやペットを入れて歩く子ども。その子たちと別れのあいさつをする親。
私はその群衆の中に、よく見知った後ろ姿を見かけた。

「シリウス、ジェームズ!」

黒髪の2人組が、私の声を聞いて振り向く。誰に呼ばれたのかわかると、2人とも嬉しそうに笑ってくれた。

「イリス!」
「久しぶりだな」

ジェームズは両親と一緒みたいだ。二人の男女の顔が、どちらもどことなくジェームズに似ていた。対してシリウスは…周りに誰もいる様子がない。でも、ジェームズのお父さんと思われる男の人とよく喋っていた。2人はジェームズの両親に「ちょっと待ってて」と言うと、会話を切ってこっちに来てくれる。

「背、伸びたね」
「男子三日会わざれば、ってな」
「イリスはあんまり変わってないな」
「女の子は1年に30センチも伸びないよ」

親しげに話す私の後ろで、お母さまが「イリス、お友達?」と言う。

「はい、お母さま。こちらがシリウス・ブラック。そしてこちらがジェームズ・ポッターです」

紹介してから、この2人をお母さまの前で呼んだのは間違いだったかな、と思った。
2人とも成績表だけ見れば文句のつけどころがないし、家系も立派なもの。肩書きだけ見れば十分お母さまを満足させられる"お友達"だったけど、何しろ素行が…あー…素行がアレだから…。

お母さまは品定めするように2人のことを見ていた。子どもだからって甘く見ているんだろう。「本当にリヴィア家の子と付き合うのに相応しいのかしら」という気持ちを隠そうともしていない。
でもお母さま、目の前にいるのはシリウスとジェームズだよ。この2人の賢さを侮る大人はみんな、痛い目を見るんだ。

────紹介しなきゃ良かった、と思ったけど、どうやらそんな心配はいらなかったらしい。

お母さまの無礼な視線と────(これはシリウスに限った話だけど)去年のいざこざがあったお陰で、彼らはお母さまとの付き合い方をすぐさま心得てくれたみたいだった。シリウスはともかくジェームズの方がこの一瞬でどこまで理解したかはわからないけど、"優等生にこだわる私"を育てた親が目の前にいる、という事実は思い出してくれたらしい。

「ミセス・リヴィア。いつもイリスさんにはお世話になっております」

シリウスが少し低い、大人びた声で優雅にそう一礼する。

「僕たち、いつも教え合いながら一緒に勉強してきてたんです。今年も全科目100点目指して頑張ろうね、イリス」

ジェームズも深く落ち着いた…それでいて"学生らしい"純粋な声で私に笑いかけた。

絶対、今2人ともお腹の中で大爆笑してるでしょ。"リヴィア家の奥様"を、動物園のオリに入った珍獣を見るような目で見てるでしょ。知ってるよ、お母さまへの言葉が全部全力の演技だってこと。
────そんな、悪戯と皮肉に全身全霊をかける2人が、私はやっぱり好きだった。

「まあ…立派なご挨拶をありがとう。今年もイリスをよろしくね、ミスター・ポッター、ミスター・ブラック」
「はい」
「もちろんです」
「じゃあ…その、そろそろ行きますね、お母さま」

早くこの茶番を終わらせないと、2人はホグワーツに着くまでずっと電車の中でこの口調を続けてしまいそうだ。そう思った私は、おずおずとお母さまに別れの挨拶を切り出した。

「ええ、しっかりね」

お母さまは、決して別れを惜しんだりはしなかった。シリウスとジェームズの対応を見て、私が"リヴィア家の娘"として相応しいふるまいをしていることがわかった以上、もう全ての関心を失ったんだろう。

「良いことイリス、先生の言うことは全て聞くのよ。課題は当日中に終わらせて、試験は必ず満点を取ること。それから、今年からは後輩が入ってくるんだから、あなたも2年生としてしっかり先輩としての背中を見せなさいね」

ああ、今年は要求が1つ増えた。ためいきをつきたい衝動を抑えて、「はい、お母さま。それでは行ってまいります」と言い、その場を離れることにした。

人混みに紛れて、お母さまに声が届かなくなったところで、シリウスが「良いお母さまじゃないか、なあ?」と笑いながら言ってきた。

「ね、ほんとにそう思うよ。シリウスのお母さまは?」
「ああ、うちの両親なら、今年入学する愛すべき弟君につきっきりでね。今頃きっとどこか…静かなところでさめざめと別れを惜しんでいるところだろうよ。もう1人息子がいることなんて、すっかり忘れてね」
「シリウスは去年グリフィンドールに入った瞬間から家のつまはじき者になっちゃったのさ。可哀想だろう?」

2人ともやけに嬉しそうに悲劇のヒーローを気取り出した。それは良いけど、言葉と表情が全然合ってないよ。

「シリウス、弟がいたんだ」
「ああ。弟は熱心な闇の帝王ファンでね。まあ彼がいる限り────うちは安泰だろう。スリザリンに入ること間違いなしだからな。ああ、愛らしきレギュラス坊ちゃまこそブラック家次期当主に相応しい」
「てことで、こっちが僕の両親」

すごく重い話をしてるのに、まるで本のページを1枚めくっただけのような気軽さでジェームズが両親を紹介してくれた。私の両親よりかなり年をとっているように見えるけど、お父さんもお母さんもとても優しい顔をしていた。顔のパーツはお父さん似だけど、雰囲気はどことなくお母さん似っぽい。このお母さん、なんだかとても楽しそうな人で良いなあ。

「はじめまして、イリス・リヴィアと言います」
「はじめまして、イリス。フリーモントです」
「ユーフェミアよ、よろしくね」

初めて会う私にも、友達や家族に向けるようなキラキラした笑顔を向けてくれるジェームズの両親。なんだかジェームズがここまでお天気な子に育った理由が、わかったような気がした。

「うちの子、相当やんちゃだから手を焼かせてると思うんだけど…迷惑をかけることがあったら遠慮なく知らせてね」
「い、いいえ、そんな…」
「そうさ、イリスは立派な僕らの同志なんだ。罰則を受ける時も退学になる時も一蓮托生だよ」
「ジェームズ!」

実際のところ、ジェームズがうまい具合に退校処分を免れるギリギリのラインをきちんとわきまえていることは、きっと私以上によくわかっているんだろう。大きい声で息子を叱りつけながらも、お父さんの目は笑っていた。

「じゃあ、コンパートメントが埋まる前に僕らももう行くよ。また来年ね」
「あら、クリスマスに帰って来ても良いのよ? お友達もみんなつれていらっしゃいな。賑やかになりそうだわ」
「んー、考えとく」
「シリウス、次の夏休みにはぜひうちに来ると良い。歓迎するよ」
「ありがとうございます」
「イリスも、良かったらいつでもいらしてね。私、久しく女の子の友達とおしゃべりしてないから」
「あっ…おそれいります」

私たち3人に変わらない態度であいさつをしてくれたジェームズの両親は、私たちが電車に乗り込んで姿を消すまでニコニコと手を振ってくれていた。

「良いお父さんとお母さんだね」
「いやー、イリスには負けるけどね。シリウス、見たか?」
「ああ。完全に幻獣を見る目だったな」
「ほんと…申し訳ない…」
「いやいや、良いんだ。ああいう人の前で"良家のご子息ごっこ"をするの、実はそんなに嫌いじゃない」
「大人って単純だよな。ちょっと声を低くして丁寧な言葉を使えばかーんたんに騙されるんだから」

ハイタッチをするシリウスとジェームズ。本当にこの2人は、どんな辛いことでも笑顔に変えられる天才だ。

「ところでイリス、一緒に電車には乗ったけどどうする? エバンズと待ち合わせてるのか?」
「うん、約束してるから、ちょっと空いてるとこ探してくる」
「ならエバンズも一緒に────」
「ジェームズ、お前はもう少し空気を読むことを覚えた方が良い」
「あー…ごめんね。私もリリーと一緒に行けたら良かったんだけど…」
「イリスはジェームズの能天気さを少し分けてもらえ。あと、初対面のことを忘れたわけじゃないけど、エバンズもあの頑固頭をどうにかしろって言っといてくれると嬉しい。じゃあまたホグワーツで」

シリウスはジェームズと一緒に、空いているコンパートメントに入って行った。
リリーは昨日届いた手紙に『9月1日はちょっと乗車がギリギリになっちゃいそうなの。良かったら2人分の席、取っておいてもらえないかしら?』と書いてきていたので、私も空きスペースを探して、後方の誰もいないコンパートメントに座り込んだ。隣に荷物を置いて、人避けもばっちり。
窓際に座って、ぼんやりと外の様子を眺める。慣れた様子で電車に乗ろうとする子ども、親と一緒にアタフタしながらついて行っている子どもは…今年の新入生だろうか。

そんな中、混みあったホームの奥の方からシリウスに似た少年が出てくるのを見た。私のお母さまと良い勝負ができそうなほど厳しそうなお母さん…らしき人と別れのハグをして、電車に乗ろうとする。
シリウスの方が(見慣れてるせいか)顔立ちはきれいに見えたけど、あれがきっとシリウスの弟だ。レギュラス、とか言ってたっけ。兄も兄なら弟も弟、十分きれいだし、どこか何かを諦めたような表情と歩き方までそっくりだ。

ふーん、確かにああしてみるとスリザリンっぽい雰囲気というか…こう、抜け目のない賢さっていうのかな? 自分をどう魅せるかを上手にわかってて、一度にいくつものことを考えられそうな種類の賢さっていうのかな? とにかく、そういう"賢そう"な顔をしていた。
まあ、だからってどの寮に配属されるかなんてわからないんだけどね。ここに1人、どこからどう見ても獅子になんて見えないグリフィンドール生がいるから。

友達の弟に勝手な想像を膨らませていると、唐突にコンパートメントの扉が開いた。

「リリー!」

赤髪のきれいなリリーは、髪と同じようにとってもきれいな緑色の目を輝かせて入ってきた。

「イリス! 会いたかったわ!」
「私も! 元気だった?」
「ええ、姉とは相変わらずなんだけど…でも、そうね。まあまあ楽しめたわ」
「スネイプは大丈夫?」
「うーん…その、"私とセブ"が一緒にいる間は大丈夫なのよ。でもそこにチュニーが入ってくると最悪。せっかく元通りに話せるかなって思った瞬間、セブがチュニーをバカにするから…」
「ああ…」

会って早々に暗い空気になってしまった。私にはジェームズやシリウスみたいに重い話題を笑顔に変える魔法を知らないから、とりあえず持ってた未開封のオレンジジュースを渡した。

「おうちのことはまた戻った時に考えようか…? せっかくホグワーツにまた行けるのに、悲しい気持ちのままじゃもったいないよね」
「そうね、今は再会を喜びましょ!」

お互いに夏休みの話はできないので(するととにかく暗くなる)、ホグワーツで今年はどんな魔法が使えるようになるか、どんな場所を新しく発見できるかという話で盛り上がった。

電車の発車する音に、心臓が高鳴る。

「わ、ほんとにホグワーツに戻れるんだ…」
「楽しみね! 私、もう夜ご飯が待ちきれないわ」

リリーと笑いながら喋っていると、発車した5分後くらいに、静かにコンパートメントの扉が開いた。

「すみません。空いてるところがここしかなかったので、同席しても構いませんか?」

その顔を見て、あっと声を出しそうになってしまう。慌てて口を押さえる私の隣で、リリーが「どうぞ」と快く言った。

この子、さっき見たシリウスの弟っぽい子だ。



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