国際魔法協力部での毎日は、目が回るように忙しかった。
朝、まだ日が昇りきる前に家の近所にある魔法使い御用達のバーの暖炉を借り(ここのバーテンがとても良い人で、私のように暖炉のない小さな家に住む魔法使いが自由に移動できるよう、24時間暖炉を解放してくれていた)、魔法省のアトリウムから地下5階まで上がる。ホグワーツでの成績を大いに評価してもらったお陰で、部署については自由に希望を出して良いと言われていたので、私は「そこそこ人との交流が持てるがそこまで忙しくなさそう」という理由で、国際魔法法務局の平部員になることを希望した。

それが、どうだ。
魔法省はもう少し紹介パンフレットに真実を載せた方が良い、と私は今日も書類の山に埋もれながら心の中で悪態をついた。

確かに法務局は外国の魔法使いとの関わりが持てるところがかなりのメリットとなった。他の騎士団メンバーより私が何か役に立てることがあるとすれば、それは"国外"に目を向けられるところ。もっともヴォルデモートは専らイギリスにおり、仲間のほとんどもイギリス在住者で構成されているとは聞く。しかしダンブルドア先生は外国、特にダームストラングという別の魔法学校がある北欧諸国において、時折ヴォルデモートが不穏な動きを見せていることを憂慮していた。なんでも、ダームストラングは闇の魔術に秀でた者を育て上げることに長けているそうで、ダンブルドア先生曰く「そこの卒業生をヴォルデモートがスカウトする可能性がある」とのこと。
だから私は上官の鞄持ちとして日帰り国外旅行をしたり、こうして今日のように溜まりに溜まった書類を片付けたりと、平日は一日たりとも仕事以外のことに手をつけられずにいた。

今週は金曜日までずっと、次にドイツと結ぶ予定の条約の原案書類の校正に追われていた。法律を専門的に学んでいたわけではない私にとっては「および」だろうが「ならびに」だろうがどちらでも良いだろう、と言いたくなるのだが、専門家としてはそうは問屋が卸さないらしい。両国の辞書と法律書を脇に置きながら、細かすぎて母国語で読むのでさえ頭が痛くなるような文言の一字一句を夜までドイツ語で確認していた。

ようやく仕事の時間が終わり、ちらほらと帰る人が出る。私もキリの良いところまでなんとか進め、進捗を上官に確認し(この疲労と引き換えに、なんとか予定通りに進められていた)、私も家に帰る。

今日も帰りは外来用の出口から出て、あえてバスを使い、あえて家から少し遠い停留所で降りた。もう一つの任務のため治安が悪い地区を通ってみたのだが、ガラの悪い若者がたむろしているだけで、レギュラスの姿を見つけられなかった。

「────勤労感謝デーだ、イリス。今日は出来の良いファイアウィスキーがあるぞ」

────そんな私の唯一の癒しが、こうして時折私の家を訪ねてくれる友人達の存在だった。流石にシリウス以外の男の子が1人でここを訪ねて来ることはないが、この2ヶ月ほど、リリーや悪戯仕掛人は、こうして週末の忙しくない時に手土産を持って来ては私の晩酌に付き合ってくれていた。

「シリウス!」

今日はシリウスが待っていてくれた。8月末に別れた時、私が全員分の合鍵を作って渡したことで余程私が寂しがっていると思っているのか、彼はほぼ毎週金曜日の私が一番疲れている時に、学生の頃から変わらない笑顔を届けてくれている。

「見る度やつれていってるな、イリス。また優等生面して人の3倍の仕事でも請け負ってるんじゃないか?」

表向きの法務局の仕事、騎士団の仕事その1その2、これらをまとめると確かにシリウスの言う通りなんだけどね。日中は書類作業と周りの魔法使いの素行調査に追われ、帰りは疲れた体に鞭を打ってレギュラス探し。私の心身は疲弊していくばかりだった。

「今ちょっと忙しい時期だからね…。この案件が落ち着いたら平日でもスキップして帰れるようになると思う…」
「プロングズ達の結婚式までにみずみずしさが戻ってくると良いな」

リリー達の結婚式は、約9月後────来年の7月に予定されていた。
そんなに遠いの、と私達は揃って抗議したのだが、リリーの務めた製薬会社が約半年の研修期間のようなものを設けており、リリーは今、ほぼ缶詰め状態になっているそうなのだ(日曜日の昼などにうちへ来ては、よく愚痴をこぼしている)。そこから準備期間を経て挙式となると、最短でも9ヶ月はかかるとのこと。それなら夏休みの取りやすい7月にして、せめて私達6人だけでもまた全員集まれる日にしよう、と約束をしたのだった。

「いざとなったら若返り薬をリリーからもらうことになってるから、それは大丈夫」

シリウスがお土産にくれたウィスキーをちびちびと飲みながら、これもまた彼が買ってきてくれたチキンのソテーに私はストレスをぶつけるようにフォークを勢い良く刺した。

「シリウスは最近どう? ヤックスリーの情報、何か掴めた?」
「まだ何も。2ヶ月経って進捗ゼロだぜ。努力しても報われないってこういうことを言うんだろうな」
「でも聞いたよ、この間情報収集中にマグルを怖がらせる魔法をかけようとしてる魔法使いを見つけて捕まえたって」
「通報しただけだよ。結局そんな死喰い人モドキを何人しょっぴいたところで、僕は"善良な一般市民"だと警察から褒められるだけさ。自分の手でとっちめることもできなけりゃ、学生時代あれだけ逃げてた警察から褒められるなんて背筋のサムくなるような仕打ちを受けるときた。酷いもんさ」

シリウスは私とはまた違った形でかなり疲れているようだった。
確かに、こと騎士団の任務においては私もまだ全く功績を上げられていない。私の場合は幸い他にもしなければならないことがある分そのストレスを中和できているが(できているのか? 上乗せされて麻痺しているだけのような気もする)、騎士団の任務一本に絞って生きているシリウスからすれば、手柄が立てられない間はそれこそ生きている意味がわからなくなるようなものなのだろう。特に彼の学生時代を思えば、邪悪な魔法を不当に行使しようとしている人間を見ても、警察に届け出ることしかできないなんて────ご馳走を取り上げられた子供のような顔をしているシリウスを見て、私は彼のあまりに"彼らしい"ストレスに同情した。

「そっちはどうだ? 魔法省の内部とか腐敗しきってそうだからなあ…叩けば出てきそうなもんだと思ってたんだけど」
「私も。でもやっぱり表立って悪名をのさばらせてる人は流石にいないからね。噂話とかで"怪しいな"ってアタリをつけていくしかないんだけど、女性の噂話って予想以上にどうでも良い情報が多すぎて、もうだんだんビンズ先生の講義を受けてる時みたいな気分になるよ」
「驚いた。君は魔法史の授業を正気で受けられる1000年に1人の逸材だと思ってたのに」
「それはそういう"フリ"がうまいだけって、知ってるでしょ」

そうは言っても、誰と誰が付き合ってるだとか、どこの誰が鼻持ちならない態度で腹立つとか、そんな話に比べれば魔法史の授業の方が余程有意義であることに変わりはないと思うけど。
ただ、そんな"どうでも良い"話の中に、時折耳がどうしても反応してしまう単語を拾い上げてくるので、私はなかなか噂話に聞き耳を立てることをやめられずにいた。

「────この間行方不明になっちゃったオーウェルさん、いるでしょ。ニーナの話じゃ、あれってレストレンジが関わってるらしいわよ」

ちなみに今日のトピックはこれだった。魔法省とは関係ないとわかっていても、死喰い人の名前が出てくると反射的に耳が傾聴モードに入ってしまうから困る。

「それって本当なの? レストレンジって言ったら、あの聖28族の────確かに例のあの人の手下って噂はよくけど、ニーナがそんなこと知ったらあの子もレストレンジに今頃殺されてるんじゃない?」
「知らないわよ。でもニーナが言い張るの。"私、ベラトリックス・レストレンジを見た"って」
「え、なに、女の方? あのブラック家の────」
「そうそう。ブラック家も例のあの人の崇拝者が多い家系じゃない。もう聖28族はダメね。クラウチ家を除いて全員腐ってると思った方が良いわ」

────しかも、そういう"どうでも良くなさそう"な話の最中には、ブラックの姓が出てくることも少なくなかった。今日は特にそんなストレートな引きを当ててしまっていたので、午後の私の機嫌は悪くなっていく一方だった。

なんかもう少しダイレクトに怪しい話をしてくれないかな、と腹を立てつつ、とはいえ政府機関の中でそんな怪しい"噂話"をわざわざ聞こえるようにするような愚か者がいるわけないということもわかっている(そういう人はピーターの担当だ)。だから私はできるだけ良い耳栓を買って、あとは自分の足で省内を探索するしかないとその度に言い聞かせてていた。

「ほら、眉間に皺が寄ってるぞ」

お昼のことを思い出してまたムカムカするような心地にいると、私の目の前にいるブラック家の長男は笑って私の眉間を撫でた。────彼はきっと、自分の名字がこんなところでさえ悪い意味で取り上げられていることを知らないんだろうな。もちろん、世間から自分の家系がどう見られているかは、痛いほどわかっていることだろう。でも、自分の彼女がちょうど今日、自分の家の悪口を言われている環境の真っただ中にいたことを知ったら、彼は一体どんな顔をするんだろう。

それを想像すると余計に腹立たしくなってしまいそうだったことと、目の前の笑顔があまりにも眩しいのとで、私は体からスッと毒を抜いた。やめよう、このことを考えるのは。今私が一緒にいるのは、誰のことも信仰しない、誰にも傅かない無鉄砲なシリウスだ。ブラック家も、死喰い人も、彼とは何の関係もないんだから。

「何か嫌なことでも言われたのか? 君が上官に怒られてるところとか想像できないけど、もしそんなことがあるんなら見てみたいな」
「犬の姿にでもなって迷い込んでみれば? 私が"模範的な職員"って持ち上げられて褒めそやされてるところが見られるから」
「そんなものはもう7年前に見飽きた」

今度は私も自然と笑顔になれた。やっぱりこの人は、どんな時でも笑いをもたらしてくれる天才だ。世間がどう言おうが、私の隣にいてくれるのがこの人で良かったと心から思った。

「────あ、そうだ」

ようやく意識の全てをシリウスに集中させたところで、私は忘れかけていた大事なことを思い出した。

「誕生日おめでとう、シリウス」

今日は11月3日────シリウスの、誕生日だった。
デスクの引き出しから小包を取り出し、ポカンとしているシリウスに手渡す。

「まさか、自分の誕生日忘れてたの?」
「あ────いや、忘れてたわけじゃないんだが…。まさか成人してからこんな風に祝ってもらえると思ってなくて」
「いつだって誕生日は誕生日だよ。それに、ホグワーツにいた頃はこうして2人でお祝いしたことなかったし」

学生時代、シリウスの誕生日は、いつも悪戯仕掛人の皆と一緒に祝っていた。あの時はそれが何より楽しかったし、今でもあんな風に騒ぎながらもみくちゃにしてお祝いしたい気持ちはある。でもたまには、こうやって2人きりでお祝いの言葉を伝える機会があったって良いだろう。

「ありがとう、嬉しいよ」

シリウスは徐々に実感が湧いてきたようで、私から本当に嬉しそうな顔をしてプレゼントを受け取った。1年に数回、シリウスが見せる11歳の頃から変わらないあどけない笑顔を微笑ましく見つめていると、彼は中身を取り出して「わあ!」と歓声を上げた。

「バイク用のグローブだ! いつか欲しいと思ってたんだ────」
「そうだと思った。防寒対策バッチリ、それでいてかなり薄手だから、夏でも冬でも変わらず快適に飛ばせると思うよ」

店で黒いシンプルなグローブを見た時、去年のクリスマスにあげたゴーグルと合わせて着けてもらったらシリウスにとても似合いそうだ、と真っ先に彼のことを思い出した。別に法定速度で走る分にはなくたって問題ないものだけど(そもそも空に法定速度はあるんだろうか)、彼のように箒並みの速度を出す乗り手にとって、これからの季節、グローブはあって損はないだろう。雨が降ったら滑って危ないし、これからも安全に冒険を楽しんでほしい私からの贈り物としてはピッタリだと思った。

「君って本当にいつも不思議なくらい僕の欲しいものを当ててみせるよなあ」
「シリウスも、2年生のクリスマス以来格段にセンスが向上してるよ」
「なるほど、僕の気持ちを理解してくれるのはそんな些細なことをいつまでも根に持ち続けるところに秘訣があるんだな。見習うよ」

そんな冗談を飛ばし合いながら、私は今日の鬱憤をシャワーで排水溝に全部流した。
ベッドでシリウスの温かい腕の中に包まれると、心地良い眠気が体に這い上がってくるのを感じる。

「クリスマスは休めそうか?」
「うん。ちゃんとスケジュールそこに合わせてやってるから、多分大丈夫」
「じゃあ久々にうちに来ないか? もてなせるわけじゃないが、とりあえず庭は広いし学生時代に作ったジョークグッズも残ってるから、爆破なりみじん切りなり、好きにストレス発散ができるぞ」
「あはは、せっかくのクリスマスなのに、やることがほんと物騒」
「せっかくのクリスマスだからこそ、だろ」

彼はそう言って、だんだんと朧げになっていく記憶の中で最後まで笑っていた。

────土曜日の夕方にシリウスを送り出し、日曜日の昼には私の方からリリーを訪ねてみることにした。今年から住み始めたという彼女の新たな部屋に行ってみると、リリーはシリウスが私を笑ったことを笑い返したくなるほど疲れた顔をしていた。魔法薬学の天才をもここまで疲れさせるとは、一体何をしている企業なんだろう。人体錬成でもする気だろうか。

「…死ぬ前には辞めるんだよ」
「ふふ…大丈夫よ。一応、結婚したら退職するつもりなの」

ところどころにジェームズの痕跡が残っている部屋で、一人暮らし始めたてのリリーは半分眠りながらそう言った。

「そうしたら私も騎士団の活動に専念できるし────…ちょっと、これじゃ私の"やりたいこと"と"やらなきゃいけないこと"がひっくり返っちゃうって思って」
「それが良いよ」

新生活のストレスも溜まっていることだろう。リリーの性格を考えると、働かずに夫の両親のお金で生きていく話が出たところでひと揉めくらいはしたかもしれないが、私達の本懐は別に和平条約を結ぶことでも新魔法薬を生み出すことでもない。あくまで私達の命は、悪を根絶するために使うと誓ったはずだ。そのためだったら、援助を惜しまないポッター夫妻の手をどうしたって最後には取った方が良いと、彼女も判断することだろう。

「魔法省の方はどう? 何か良い話、ある?」
「ないない。どこに行っても根も葉もない噂話や悪口ばっかり」
「またブラック家を悪く言われたのね?」

シリウスにできないそんな話は、リリーがいつも持って行ってくれていた。金曜の時点で洗い流したつもりだったが、あの日の話はまだ私のどこかに残留していたらしい。リリーは素早く私の口調に気づき、あえて優しい声で私にそう言った。

「気持ちはわかるけど、気にしたら負けよ。あなたが付き合ってるのは死喰い人じゃなくて、シリウスなんだから。それにそこまで悪く言われるような家じゃなかったら、彼だって家族と縁を切ってたりしないと思うわ」
「まあね、シリウスからすれば真っ先に反抗した家の名前なんて悪く言われてるくらいが心地良いのかも、って思ったこともあるよ。でもやっぱり、私が気分良くないし…それに、シリウスもまだブラック家の名前に本能的に反応しちゃってるのがわかるからさ…」
「まあ…彼も彼でそういう意味では生き辛いでしょうからね」

一通り私の文句を聞いてくれたリリーは、夕方近くなって私を見送る時、大晦日にジェームズの家で会わないかと提案してきた。

「ピーターは残念だけど来られないそうなの。リーマスも返事待ちなんだけど…シリウスには今日ジェームズが声をかけてるはずだから、きっと来ると思うわ」
「ほんと? 行くよ、絶対」

また楽しみがひとつ増えたことを自分へのお土産にして、私はまた遠回りをしながら家へと帰った。



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