「バナマンとキングトン?」
「バナマンっていったら、スリザリンのクィディッチ・チームのキャプテンじゃないか! また僕の神聖なクィディッチがくだらない闇の魔法に穢された!」
「キングトンはハッフルパフの監督生のアンナ・キングトンと同じ姓だね。まあ別に珍しい名字じゃないから、偶然ってこともあるかもしれないけど」

校長室から談話室に戻った後、早速私のデジャブに対してジェームズとリーマスが答えを出してくれた。ちなみにシリウスは明日一歩も寮から出ないと言い張り、既に寝室に引きこもっている。ピーターは早速いそいそと情報収集に繰り出しているのだそうだ。

バナマン、どこかで聞いたことがある、そして見たことのある生徒。
成程、彼は11月のクィディッチ戦でその姿を見ていたから、どこかで覚えがあると思ったんだ。廊下ですれ違ったこともあったにはあったかもしれないが、どこかその名前と顔が一致するような気がしていたのは、以前からジェームズがクィディッチに関連づけて彼の名前を持ち出していたから。

「メルボーンとシモンズか…。どっちもスネイプに従うようなタマじゃないよな?」
「ああ。あいつらが従う相手なんてキャプテンのバナマンか……あー…そのくらいだろ。だから首謀者がスネイプ1人で、あとの2人は何も知らずに加担したって説はまずないな」


クリスマス前にスネイプ達の企みを阻止した後。その実行犯が従うのは「バナマンくらいだ」と、ジェームズは言っていた。

「どう思う? これまで死喰い人側の動きに加担してきたのは、スネイプ、メルボーン、シモンズ、バナマン、それから…名前は忘れたけど、うちの選抜試験の時にグリフィンドールを嗅ぎ回ろうとしていたスリザリンの下級生3人…。スネイプはともかく、この人達が唯一従うと思われるのは、今挙げた中だとバナマン1人だけってことになるよね…」
「今回の計画のリーダーになってるのがバナマンってことを言いたいのか? まあ、ありえるかもしれないけど…飛ぶこと以外に脳のないあいつがそこまで手を回せるかは怪しいな」

ジェームズが難しい顔をして唸っている。

「あ、グリフィンドール生に呪いをかけた奴らの名前ならわかるよ。クーパー、バロン、ローウェン、全員スリザリンの5年生だ」
「ああ…そういえばそんな名前もどこかで聞いたような…。って、5年生? 他はみんな7年生なのに?」
「愛すべきスニベルスをお忘れだよ、フォクシー。あいつはあれでも一応僕らと同じ6年生だ」

…なんだか、考えれば考えるほどわからなくなっていくようだった。
彼らのどこに接点を見つければ良いんだろう。今のところ共通しているのは全員スリザリンという部分だけだ。ヴォルデモートが本当に生徒を"ただの駒"として、計画が失敗するところまで組み込んで今回の死喰い人リスト作成をやらせているのだとしたら、これだけの人数にそれぞれ丁寧に指示を出しているとは考えにくい。
そうするとどうしても、生徒の中に彼らを束ねるリーダーがいると考えた方が自然なのだが────。

「まあ、ダンブルドアが何もしてないわけじゃないってわかっただけでも良いさ。情報収集ならワームテールがチョロチョロと這いまわって頑張ってるだろうからな、あいつの成果次第ではこっちも自力でホグワーツのドンに辿り着けるかもしれない」
「ピーター、大丈夫かな…。途中で嫌がらせとか受けてないと良いんだけど…」
「大丈夫だよ。あいつだって6年悪戯仕掛人をやってきてるんだ。何かを"仕掛ける"ことは苦手でも、仕掛けられたものから"逃げ出す"ことにかけてはあいつが一番天才だから」










翌日、バレンタインデー。

私はまた例のごとく昼前にようやく起きて、すっかり朝食も食べ終え月曜日の予習をしていたリリーに半分眠ったままフォンダンショコラを渡した。

「ハッピーバレンタイン、リリー」
「ふふ、ありがとう。こっちはあなたの分よ。一緒に味見したから、出来は保証するわ」
「ありがと…」
「ほーら、起きたならさっさと顔を洗って、着替えなきゃ。せっかくブラックがあなた以外のチョコはお断りってばかりに引きこもってるのに、そんなボサボサの頭で会いに行ったら可哀想よ」
「ん…そだね…」

リリーに促されながら身支度をする。彼女曰く、シリウスは本当に今日寝室から一歩も出ないつもりらしい。そうは言ってもあの聞かん坊が一日じっとしていられるとは思えないので、どこかで透明マントでも借りて散歩くらいはしてるかもしれないが。

ちなみに、シリウスのファンの1人であるシルヴィアの姿はそこになかった。シリウスにチョコを渡せたのか、はたまた本当にすげなく断られてどこかへ泣きに行ってしまったのか────どちらにしろ、少なくとも私とは同じ空間にはいたくないだろうなあ、と寂しい気持ちで考える。

それから私はリリーの言う通りに支度を済ませ(ちょっとくらいお洒落した方が良いわ、と夏にリリーから買ってもらった青いワンピースを着てしまった)、ドキドキしながら男子用の寝室へと上がって行く。

────そこには既に、両腕では抱えきれないであろう量のチョコレートらしき包みが積み上がっていた。その量を喩えるなら…そうだな、例えばこの包みだけで、軽く3人分の成人男性の大きさくらいまでは重ねられそうだ。
中にはひとり────シリウスのベッドだけ、こんもりと人ひとり分の山ができている。他のベッドは空いていた。

「シリウス?」

おずおずと声を掛けると、布団がガバッと剥がされ、中から頭をボサボサにしたシリウスの姿が丸見えになった。

「────来てくれないかと思った!」

そして開口一番にこの叫び声である。

「…私が朝苦手なのは知ってるよね?」
「知ってるさ! でもこっちは────朝から一歩もここを動いてないのに、寮の前に僕宛の好意なのか悪意なのかわからない包みが積み上げられてるって言って、プロングズ達が定期的にこれを持ってくるんだ!」

うーん、これは相当ストレスが溜まっていそうだ…。

「ジェームズは外を歩いて平気なの?」
「平気だから困ってるんだよ。あいつにだって膨大な量の愛と呪いが届くぞって散々言い含めたのに、あいつ、喜んで外をほっつき歩いてどっちも笑顔で受け取って、僕の分と一緒にそこに積み上げていくんだぞ! お陰でもうどれが誰のやら、開けても良いのか良くないのやら、さっぱりだ!」

ジェームズがにっこりと紳士的に笑って(もちろん腹の中ではニヤニヤして)女の子からのチョコレート(あるいは悪意の詰まった呪い)を受け取っている姿は容易に想像できた。きっと身を隠すなんてことは一切せず、ホグワーツ内の廊下という廊下を肩で風を切って歩いているのだろう。まったく、この間まではリリーからもらえればそれで良い、なんて必死な態度を見せていたと思ったら…本当に調子が良いんだから。

「午前中だけでこれか…放置してたら夜には寝室に誰も入れなくなりそうだね」
「自業自得だ。あいつらなんかもう戻って来られなくなれば良い」
「まあまあ…。仕分けなら私がやっておくから、ひとまずはい、フォンダンショコラ作ったの。これでも食べながらまずは落ち着いて」

私はシリウスに丁寧にラッピングした四角い掌サイズの箱を渡した。彼はようやく不機嫌そうな顔を改めて、笑顔らしい笑顔を浮かべてくれた。

「もう君のもの以外いらないよ。適当に慈善団体にでも寄付しておいてくれ」
「せめてメッセージカードくらい読んであげなよ。呪いは先にこっちで処理して、本気っぽいのだけ選り分けるから」
「随分と余裕だな、イリス。他の女の告白を助けるなんて」
「他の女に簡単に目移りする人だったらそもそも付き合いません」

私がどれだけシリウスからの好意を受け入れるのに時間がかかったと思っているのか。きっと彼の「ステータスだけで人を好きになったり嫌いになったりする奴はろくでもない」という言葉が一番身に染みているのは私なのだ。

もちろん、他の女子生徒がシリウスに言い寄っている場面を想像することが面白いとは思わない。それこそ彼が嫌がっているスリザリン生からの告白だとしても(スリザリンの監督生のドイルとかね)、私はきっとそれを不満に感じるのだろう。

でも、もし逆の立場だったら。
彼女がいるとわかっていても、それでも伝えずにはいられなかった想い。
もし私がシリウスじゃなくて、誰かもっと別の…それこそジェームズだって良い、リリー一筋のジェームズのことを好きになってしまっていたとして、罪悪感を抱きながらも恋心の強さに勝てず告白をしたとして────その気持ちすら伝わらず、ふってもらうことすらできないとなったら────そんなことを考えると、どうしても悲しくなってしまうのだ。

どうせ叶わない恋なら、自分の存在だけ認知してもらった上で綺麗に諦めさせてほしい。

それでも諦めないというなら、私とその空想上の女の子はその時点からライバルだ。
だからまずは、私も彼女という立場に胡坐をかかず、どこのどんな女の子がシリウスを狙っているのか、知っておきたかった。

「これは私の戦いでもあるの。だから邪魔しないで、大人しく食べてて。リリーと一緒に作ったから味はばっちり」
「ふん、ふまい。…んぐ、あとそのワンピース、君にとっても似合ってるな」
「ありがとう。リリーがくれたの」
「流石の見立てだ」

彼は既に私のチョコに手を付けていたようだった。にんまりと笑いながら、昨日作ったフォンダンショコラをお行儀悪く手掴みで食べている。中のチョコレートがどろりと溶けて外に漏れだそうとしているところを下から受け止めているさまなんて、まるで犬みたいだった。

そんな間抜け丸出しな顔をしていても"ワイルドで男らしく"見えるのだから、シリウス・ブラックという男は本当に罪だと思う。

少し苦めに作ったフォンダンショコラを満足げに食べているシリウスをよそに、私は改めてプレゼントの山と向き合った。

まずは────シリウス宛。ハッフルパフの4年生からだ。魔力探知の魔法をかけてみて反応がないので、"本命"と書かれた箱を魔法で出して、そこに移す。
次のものも、シリウス宛。おっと、匿名のようだ。魔法をかけると────ああ、これは駄目だ。包みを開けた瞬間に何か変な薬品でもぶっかけられる仕様になっている。シリウスの綺麗な顔をおできまみれにでもするつもりなんだろうか。そんなことさせてなるものか。これは"呪い"箱行きだ。
今度は…あ、ジェームズ宛のが本当に混ざってる。差出人はグリフィンドールの1年生で、魔法への反応はなし。"ジェームズ"箱を新たに作り、その中に入れておいた。

そんな要領で、私は淡々と贈り物を捌いていた。シリウスの言う通り、シリウスとジェームズ宛のものには本命の純粋なチョコレート以外にも、呪いがたくさん入っていた。中にはリーマス宛、ピーター宛のものまで混ざっていたのだが、不思議なことにこの2人宛のものはどれも包装が控えめで、そしてその全てが本命だった。

なるほどね、あの2人ほど人気があるわけじゃない…というか、あの2人ほど目立ってないから、リーマスとピーターには数こそ少ないもののこうして質の高い厳選された本命チョコレートが贈られてくるんだ。特にリーマスには同学年や1学年差の生徒からのものが多く、ピーターには1、2年生からのものが多かった。同世代の中では大人びた紳士に見えるリーマスと、そして下級生からとても親しみやすく思われているピーター。彼らのファン層がはっきりとわかるので、彼らへのプレゼントを選り分けるのは思っていたより楽しかった。

ジェームズ達がドタドタと寝室へ上がってくる音が聞こえたのは、プレゼントの1/3を捌いた頃だった。

「おーい、また寮の前に君宛のが────って、フォクシー、いたの?」
「…何してるの?」
「ねえ、僕の名前が書いてある箱があるよ。これってもしかして、弱虫の僕を揶揄うための呪いが入ってるとか?」

揃って不思議そうな顔をする3人(うち1名は恐怖さえ滲ませていた)。私はプレゼント選別の手を止めないまま、「仕分け中です」とだけ答える。

「"呪い"箱には触らないで。それぞれの名前がついてるやつは検閲済だから、大事に開けてあげて、どうぞ」

ジェームズが「やっほい!」と歓声を上げ、リーマスが「僕のもあるの? 嬉しいなあ」とはにかみ、ピーターが「ほ、本当に僕なんかがもらえるの…?」とまだ疑っている。それでも三者三様に自分の名が書かれた箱に近づいて、ひとつひとつ包みを開け始めた。

「プロングズ、エバンズを放置したまま他のチョコレートに夢中になって良いのかよ」
「良くない」

返事だけは威勢が良かったが、ジェームズはちょうど5つ目のチョコレートに添えられたメッセージカードを読んでいるところだった。

「リリーは"ついで"がないと渡さないって言ってたよ」

しかし私がそう言うと、メッセージカードを放り出して彼はこちらに身を乗り出す。

「エバンズ、僕にもくれるって言ったの!?」

そういえば彼に「案がある」とだけ言っておいて、その結果報告をすることはすっかり忘れていた。なるほど、それでジェームズは今日私の顔を見ても「エバンズのチョコが欲しい」と言わなかったのか。案外、冷静に"自分が嫌われている"ことを受け止めているのかもしれない。すっかり彼の中では"リリーからはもらえない"ことになっていたようだ。

「あー…うん。そう。昨日リリーと一緒にお互いにあげるお菓子を作ったんだけど、その余った材料でいくつか小さいチョコレートも用意しておいたの。ジェームズにあげたら、って言ったら、日頃私がお世話になってるし、クリスマスプレゼントももらいっぱなしになってるから、そのお礼の意味であげても良いかもって言ってた」
「マジか! これはどうにかしてエバンズの"ついで"を作らなきゃ! どうしよう、でも女子の寝室にこっちからは行けないしなあ…」

私としても、せっかくその気になってくれたリリーのチョコレートがそのまま置き去りになってしまうのはもったいない。無理にジェームズを推す気はないとは言ったものの、リリーを厨房に呼んだ本当の狙いはバレてることだし、あと一押しくらいならしても良いだろう。

「じゃあリリーをこっちに呼ぼうか? チョコレートの選り分けを手伝ってほしいって言って…。だってせっかく1/3は捌いたのに、あなた達ってば倍以上の量を持って来るんだから…」

今戻ってきたジェームズ達が抱えてきたチョコレートの山。これを私1人が延々と捌いていくのかと思うと(このペースじゃ、夜になる頃には捌き終えた数より新たに持ち込まれるチョコレートの数の方が多くなることだろう)、言い訳云々を置いても助っ人が欲しいところだった。

「フォクシー…僕は君に一体どれだけの恩返しをしたら良いのかわからない…」
「それじゃジェームズは呪いのかけられた箱でも処理してて。あとシリウスも」
「なんで僕まで」
「本命チョコをチェックするつもりがないなら、そのくらい働いてよ」

ジェームズの恍惚とした顔がそのまま愕然とした表情に変わっていくさまを見て笑いながら(シリウスは再び最初の不機嫌な顔に戻っていた)、私は一旦女子の寝室へと戻った。リリーはベッドにもたれながら本を読んでいて、「どうだった?」と私に尋ねてくる。

「うん。私のチョコレート以外には興味ないって感じ」
「謙虚なあなたにそこまで言わせるって、まったく…簡単に想像できるわ」
「ところでリリー、今って暇?」
「ええ、見ての通り暇よ。何か用?」
「シリウス達のところに届いたチョコレートがあまりにも膨大過ぎて、選り分けきれないんだ。全部が本命ならひとつずつ開けろ、って言えば済むんだけど、宛先もバラバラで、呪いも含まれてたりするから…今何人かで手分けして作業してるところで」
「…それを手伝えば良いってこと?」

リリーは「面倒くさい」と顔に大きく文句を掲げながらも、本を閉じてベッドから降りてきてくれた。

「もちろん本人達が主体になってやってるんでしょうね?」
「うん。リーマスとピーターは自分宛の本命チョコレートに誠意を込めてお返事を書いてるところだし、シリウスとジェームズは呪い処理担当だから」

ジェームズが呪いを処理している、ということに些か気を良くしたらしい。「普段自分の行いがどれだけ人を不快にさせているか、この機会に思い知ると良いわ」なんて憎まれ口を叩きつつ、彼女は私と男子の寝室へ上がってくれた。────言葉の上ではそんなことを言っているのに、ちゃっかり昨日作ったチョコレートを4つ持って来ているところが、この子の可愛いところだと思う。

「助っ人連れて来たよ」

リリーが顔を見せた瞬間、やはり一番喜んでいたのはジェームズだった。

「エバンズ!」
「…なるほどね。確かにこれをイリスが1人で分けるのは無理があるわ」

ジェームズのキラキラとした眼差しを軽やかにかわして、リリーはチョコレートの山の前にどすんと腰掛けた。私もその横に胡坐をかいて座り、再び贈り物の善悪を選定していく。

「ホグワーツにはあんなに生徒がいるのに、どうしてここにばっかり集まるのかしら」
「顔の良さならハッフルパフの3年生の…あの…誰だっけ、なんかあの男の子も人気らしいよ」
「せめて名前くらいは覚えてあげなさいな」

リリーと他愛ない話をしながら、箱の検閲を進める。すっかり私達より背の高くなったプレゼントの山を前にしているが、2人で作業ができるというだけでかなり気持ちは楽になった。リリーは手際よく、3、4つまとめて魔力探知の魔法をかけ、ちゃきちゃきとプレゼントをそれぞれの箱に入れていく。私は時折その箱を拡張しながら、1人でやっていた時の5倍の速度で作業が進んでいることを実感する。さすがリリー、一家に一台ほしい有能な魔女。

たまに寮の外まで出て、また山ができていないか確認しつつ、私達はそれぞれの仕事をこなしていく。最初は呪いの処理を嫌がっていたシリウスとジェームズも、だんだん慣れてきたからか、あえて開封して呪いを解放しだしていた。

「うわー…愛の妙薬一瓶分ごっそり入れてあるぜ、これ」
「こっちは…アイタッ…開けた瞬間箱が噛みついてきやがった…このっ…エバネスコ! お前みたいな怪獣は跡形もなく消えちまえ…」

傍目に見ていると危険極まりないのだが、本人達は至って楽しそうなので放っておくことにする。

「リーマス、見てこれ! 転んだ時にハンカチを貸してくれてありがとう、だって! 多分これ、去年のことだよ。僕、治癒魔法に自信がなくてハンカチを差し出すことしかできなかったのに…こんなことにまでお礼を言ってくれる子がいるんだなあ」
「へえ…ハッフルパフの2年生か。もしマグル生まれだったら去年はまだ治癒魔法に頼るって発想がそもそもなかったかもしれないし、とにかくそれだけ嬉しかったんだろうさ。そういうエピソードが入ってると返事を出すこっちも気合いが入るね」

リーマスとピーターは和気あいあいと、メッセージカードへの返事を書いていた。残念ながら"付き合ってください"と書いてあるものには明確な"ノー"を返してるみたいだったが、今のピーターみたいにお礼の気持ちのこめられたメッセージには"ありがとう"と優しさに溢れたお返事を出していた。

そんなこんなで、時間を忘れてプレゼントと向き合うこと丸一日────。すっかり夜になった頃、ようやく私とリリーは最後のプレゼントを"呪い"箱に収めて、作業を終えた。

「最後が"呪い"ってなんか嫌ね。ルーピンかペティグリューへの誠意ある本命チョコだったら良かったのに」
「まあ…そんな最低な呪いでもあの2人なら盛大に笑わせてくれるだろうから…」

そう言って、"呪い"箱を2人の元へ追いやろうとした時だった。

私は、シリウスとジェームズが1つの包みを前に、すっかり硬直しているのを見た。
その顔にいつもの冗談を楽しむ色はない。厳しい表情で、軽率に杖で突くことすらせずに、ただただ立ってそれを見下ろしているだけ。────自分の作業に集中していたので今まで気づかなかったものの、ハッキリ言ってその光景は異常だった。

「どうしたの?」
「────ヤバいのが出てきた」

シリウスが硬い声で言う。

一見それは、なんということのないただのお菓子の包みに見えた。薄茶色の光沢紙に包まれた、立方体の箱。深紅に金色の縁取りがなされたリボンがかけられていて、その結び目には『愛を込めて』とだけ書いてある。

ところどころ隙間の空いている包装紙や、少し曲がったリボンの結び方から見て、これも手作りのものなのだろうか。でも、ヤバいって、何が? 愛の妙薬? それとも毒薬?

「イリス、絶対触るなよ」

もちろん、シリウスが冗談抜きでそんな風に言うような物に触れようと思うほど馬鹿ではない。ただ彼らが何を警戒しているのかはわからず、私はいくつもの疑問符を頭の上に乗せるばかりだった。

「何が入ってるの?」

そう尋ねるリリーに、シリウスとジェームズが顔を見合わせる。
え、なに、ヤバいって…そんなにヤバいの?

「…見てろ」

そう言うと、シリウスは無言で杖を振ってみせた。ジェームズ曰くその呪文は彼ら自身が考案した、"隠れたものを透視する魔法"とのこと。シリウスの杖先から暗い緑色の光がか細く吹き出し、謎の箱に直撃した。

すると────薄茶色の包装紙がだんだんと透け、まるで箱を開けた後のようにその中身を映し出した。

「……えーと…これは…指輪?」

そこにあったのは、真っ黒な石のはめこまれた、太めのリングだった。例えば────そうだな、ちょうどジェームズくらいの体格の人が、中指にはめるくらいにちょうど良い大きさと言えばいいだろうか。

でも、それ以外には取り立てて特徴のないただの指輪だった。婚姻届が一緒に入っているわけでもなし、何をそんなに警戒することがあるのだろうかと再び私は首を傾げる。

するとその様子を見て、私とリリーが全く状況を呑み込めていないことを2人も理解してくれたらしかった。その時にはこちらの異変に気付いたリーマスとピーターもすぐ後ろに立っていた。改めて全員がその指輪に注目したところで、ジェームズが重々しく呟く。

「これ、死の呪いがかけられた指輪だ。ボージンアンドバークス、って店、知ってるか?」

知らない。
周りを見ると、リリーだけが同じように目をぱちぱちと瞬きさせていた。しかし悪戯仕掛人の4人にはそれだけで十分だったらしい。リーマスとピーターは同時にハッと息を呑み、一歩後ずさる。

「ダイアゴン横丁から少し外れたところにある、夜の闇横丁ってところにある店なんだ。なんて言えば良いのかな…あー…ダイアゴン横丁みたいな明るいところで堂々と取引できないものを売ってる場所なんだけど。僕これ、そこに置いてあるのを一度見たことがある」

どうしてジェームズがそんなところに行ってるの、とこの時ばかりは訊けなかった。
表立って売れない品物を置いている店に陳列されている、"死の呪い"がかかった指輪。

「死の呪いって…?」
「そりゃそのままだよ。死ぬんだ」

シリウスの答えは簡潔で、予想通りで、そして全くもって私の知りたい情報には足りていなかった。

「触れたら即死は間違いないな。箱を開けて見ただけでも、視力を永遠に失う可能性がある」
「…ジェームズ、さっきこれを店で見たって言ってなかった?」
「見たよ。ショーケースの中に一つだけ、どんな光も通さない真っ黒な布で包まれた商品があったんだ。その手前に、これと全く同じ形をしたリングの写真が置いてあった」

なるほど、それで"これ"が"それ"だとわかったというわけか。

「ま、待って! じゃあ今これを透視してる僕達の目も見えなくなってるってこと!?」

金切り声で叫んだピーターに「落ち着いて」と言ったのはリーマス。

「もしそれで視力を奪われるなら、もうとっくに君は何も見えなくなってるはずだよ。これはあくまで"中に入っているものを空間に投影してるだけ"。効果としては写真と同じ────つまり、触れない限りは安全ってことさ」

その呪文の開発に関わったのであろうリーマスが、ピーターを安心させる。私も(そしておそらくリリーも)それを聞いて、ようやくほっと息をつき────改めて、その箱の中身の恐ろしさを肌身に感じた。

「これ、贈ってきた奴、誰だ?」
「さあ、書いてない。宛先も不明だ。おそらく僕ら宛のプレゼントに紛れさせて、流れ作業で開けることを期待した誰かが投げ込んだんだろう」
「でも、生徒の悪戯にしちゃやりすぎだぜ。だいたいこいつはどうやってこの指輪をここまで運んできたんだ?」
「さあ…店から買うまでは良いとして、ホグワーツにこれを持ち込むのには流石に無理があるだろ」
「レプリカとかか?」
「そう考えた方が妥当だろうな…けど、本物だった場合のリスクが高すぎる以上、確かめようもない」

シリウスとジェームズが深刻な顔をして会話を進めていくのを、ただ聞いている私達。

死の指輪。
触れたら即死、見るだけでも視力喪失────そんな恐ろしい力が、こんなに小さなアイテムに込められているというのか。

普通の生徒なら存在すら知らない店。そんなところでわざわざ買ったもの、あるいはその模造品をご丁寧な包装つきで、愛に紛れさせて贈ってくる行為。

ジェームズの言う通り、これは明らかにやりすぎだった。ただの恨みや憎しみなんかじゃない、これには────品物の真偽を別にしても、明確な殺意が込められている。

「どうする、これ」
「とりあえず校庭にでも埋めておこうぜ」
「誰かが掘り返したらマズい。マクゴナガル先生にでも渡しておこう。本当なら直接校長室に持って行ったって良い話だ」

そんな会話を最後に、呪いの箱は先生に預けることとなった。

「残りはもう明日にしよう。こんなマジモノの凶器を贈りつけられた後じゃ、お遊び気分で処理する気になれない」

シリウスはそう言って、"呪い"の箱に残っているチョコレート(?)をベッド脇の奥へと追いやった。

「1日拘束してごめんよ、ありがとう」

私達を労ってくれたのはリーマスだけだった。そこに付け加えるようにジェームズが「ありがとう!」と無理にトーンを上げた声を出す。

「良いよ、どうせ今日は────私は暇だったから。でもリリーには私からもごめん。引きずり出すような真似して、結局半日ずっと手伝わせちゃった」
「私も暇だったから良いの。それよりほら、縁起の悪いことが起きた後だし、"ついで"にあげるわ。イリスと一緒に作ったから変な薬も魔法効果もない普通のチョコレートよ」

────そして、リリーから悪戯仕掛人の全員に小さなチョコレートを詰め合わせた小袋が手渡された。
当然、それにいの一番に反応したのはジェームズだった。これまで見てきたどんな顔より嬉しそうに輝かせて、さっきまでの深刻な顔などどこへやら、「あ────ありがとう。一生大事に飾るよ」なんてとんちんかんなことを言っている。リリーの手前大人びた上品な男性として振る舞いたいんだろうけど、彼女にはあえなく「腐るわよ」と一刀両断されていた。

シリウスとリーマス、それからピーターでさえ「それぞれ今日の労働にご褒美がついた」とでも言いたげに笑いながら受け取っていたが────正直、ジェームズの喜びように比べたらそんな小さな笑みなどたちまち霞んでしまっている。頑張って気のない風を装いたがっているのはわかる、でもそのせいでジェームズの表情は却っておかしなものになっていた。

そんな彼を前にしてリリーは、実に面白そうに笑っていた。
そしてそれを見た私は、ホグワーツ内に蔓延る闇の魔術のことも、今しがた見たばかりの死の指輪のことさえも忘れて──── 一瞬、心から幸せな気持ちになってしまったのだった。





ちなみに後日、死の指輪はよくできたレプリカだということが先生方の調べによってわかった。差出人や入手ルートがわからないため警戒のしようがないのだが、マクゴナガル先生はシリウス達に「気を付けるように」と言った上で、全校生徒に向けて『今後、悪意のあるプレゼントを贈ったことが発覚した生徒は厳重な罰則を科す』というお触れを出した。



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