チワワちゃんと下校する
〜花巻視点〜
部活がオフの月曜日なのに、運の悪いことに体育委員会があった。
体育祭が近いからと多くの雑用に駆り出されて、終わったのは部活終了時間とそう変わらず損した気分だ。
しかも予報通りに雨が降ってきていて、背中を丸めながら岩泉と昇降口へ向かう。
あー、雨だる。
「岩ちゃーん!マッキー!」
視聴覚室の方から及川が走ってきたので、なぜいるのかを聞くと各部の部長も集められていたらしい。
人気のない昇降口に到着して靴を履き替えていると、外を見た岩泉が雨か?と呟く。
「エッ俺傘持ってないよ!?」
「俺も持ってねーわ」
「ちょっと待ってお前たち、天気予報見てないわけ?」
「「忘れてた」」
なんなのこの幼馴染みコンビ。忘れるって何。
俺がお気に入りのオレンジ色の傘を取り出すと、及川が擦り寄ってくる。
「ね、マッキー。入れて☆」
「やだね」
「なんでさ!!」
「3人いて1本しか傘なかったら、気まずい感じになるだろ!」
お前らは濡れて帰れと冷たくあしらうと、2人とも不満そうな顔をする。なんだよ、忘れる方が悪いだろ。
「…先輩」
「もー!マッキーそんなんだからモテないんだよ!」
「はぁ!?なんだと!?」
「及川、傘くらいでみっともねーぞ」
「岩ちゃんは黙ってて!」
「あぁ!?」
「あの、先輩」
「大体花巻もケチケチすんな」
「天気予報確認しない奴に言われたくねーわ!」
「先輩っ…」
「ダー!さっきからなんだ!」
ヒートアップしてしまった俺たちのやりとりに、1人分多く声が混じっていることに気が付いてパタリと争いをやめる。
昇降口の一段上がったところで、名字が傘を抱えながら困ったように立っていて、俺たち3人は一瞬顔を見合わせて固まってしまった。
「あ、名字?どうした?」
「名字ちゃん、久しぶりだね」
ペコリと及川に頭を下げたことに驚いていると、名字は岩泉にそっと傘を差し出して
「これ、使ってください」
と言うのでさらに驚いてしまう。
「え、お前はどうすんだ?」
「家、近いから…走って…」
「な!ダメダメダメダメ!!女の子がそんなことしちゃダメー!」
最後までまだ言い切らないうちに及川が腕で大きくバツ印を作りながら割って入っていった。
岩泉もさすがにそれはねぇわと同意する。
「名字ちゃんね?岩ちゃんは野生のゴリラみたいなものだから傘は必要ないの。だから及川さんとマッキーで相合傘してくから気にしないでね」
「誰がゴリラだ!」
「ゴ…」
また名字さんがゴリラに反応して固まる。あれ、デジャヴ?
うーん、こういう時、男花巻はどうするのが正解か。いや、答えは既に決まっている。
「悪いけど名字、岩泉のこと傘に入れてやってくれない?」
「「えっ」」
「ワァーマッキーてんさーい」
棒読みの及川を無視しながら話を続ける。
「この中だと岩泉が一番背ェ低いからさ、ちょうどいいと思うんだ」
「…さりげなくディスんな」
「名字の家の近くまででいいから!な?」
困ったように傘を握りしめる名字を見て、岩泉は慌てたように彼女に近づく。
「あー、名字気にすんな。俺は傘いらねーから」
岩泉がこちらをチラッと振り返って睨んでくる。
怖がってるって前に話しだろーが、と言いたげな目なので、気付かなかったように顔を逸らしてやり過ごすことにした。
「あ、あの大丈夫、です」
「はっ…?」
「岩泉先輩なら、いいです」
顔を赤くして傘を抱き締めるように抱えながら名字は俯いてしまうので、最後の方の言葉は何とか聞き取れるボリュームだった。
え、なにこれ…可愛い。
「チワワだ…」
及川…同意。
名字の傘を岩泉が持って、2人は微妙に距離を開きながら、それでも雨に濡れないように校門まで歩いている。
そんな甘酸っぱい光景を、なぜか俺は長身の男と同じ傘に入りながら後ろから眺めてなくてはならない。
「…なんか、俺たち2人ってチョット可哀想じゃない?」
「嫌なら傘から出ろ」
「ごめんなさい!」
及川の声に、少し心配そうにちらりと振り返る名字に、岩泉がいつものことだから気にすんなと声をかけると、その顔を見上げてコクリと頷く。
あれ、なんかお似合い…。
「あ、ごめんコンビニ寄っていいか?」
「え、はい」
通りかかったコンビニに岩泉が足を向けると、及川が俺らも行こうと言うので傘を閉じてコンビニの屋根の下に入り込む。
「名字、お前も来い」
「え?」
「ジュース買ってやる」
「!」
びっくりした顔で名字は両手をぶんぶんと振って遠慮しているが、こういうとき羨ましいことに岩泉は有無を言わさない力を持っている。
「傘入れてもらってんだ、なんか返させてくれ」
「…ハイ」
外で待っているつもりだったらしい名字は、岩泉の後ろについて店内へ入って行った。
「うーん、忠犬チワワちゃん」
「狂犬を飼い慣らしたな」
及川とその様子を眺めていると、コンビニの奥にある大きな冷蔵庫の前で並ぶ2人の後ろ姿がなんだか可愛く見えた。
「マッキー…」
「ん」
「彼女ほしい」
「俺も」
結局名字を家まで送り、そのまま傘を借りて岩泉は及川と帰宅した。
家の前で小さくお礼を言いながらペコリと頭を下げる礼儀正しさに内心ほっこり。
翌日、傘を返そうと部活前の名字を捕まえた岩泉が、練習試合を理由にテニスウェアを着ている名字を見て一瞬固まったのを俺は見逃さなかった。
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200911
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