encounter
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「ねぇ、岩ちゃん?」
「あ?」
「なんで俺…新学期早々に壁ドンなんてされてんの…?」
「…知るか」
岩ちゃん、と呼ばれた目つきの悪い男子高校生は腕の中に子猫を抱き、もう1人の方を見て突っ立っている。
そしてもう1人の方は、私の目の前でダラダラと汗を流しながら小さく両手を上げて降参ポーズをし、その背中をブロック塀に預けている。
そしてそして、肝心の私はと言うと、目の前の男子のネクタイを鷲掴みにして、ブロック塀に押しつけるとそのやたらと綺麗な顔を睨み上げていた。
「うふっ」
「「!?」」
私の突然のスマイルに2人の肩が震えた。
「あの、すみませんけど、さっき見たことの記憶、全部消してくれません?」
最大級の笑顔を作りながら一言一言、念を押すように区切って紡いだ言葉に、目の前の怯えている男子高校生はぱちくりと目蓋を瞬かせた。
「えっと…どういう…」
「記憶、消えました?消えないなら、私が消してあげますけど?」
「エ!物理!?」
拳を作って頭上に掲げると慌てたように消します消します!と騒ぎ立てる男の子に、少し申し訳ないような気持ちになってそのネクタイを解放した。
びゅんっと音がするほどの速さでもう1人の背に隠れて
「いっいわちゃん!なんで助けてくれないのさ!」
「や…なんかスゲーなと思って」
「呑気!そして猫ちゃん寝ちゃってる!」
こちらも呑気!と喚いている彼につられて、もう1人の腕の中を覗くとピスピスと小さな鼻を動かしながら眠る子猫につい、顔が綻んだ。
「コイツ、どーすんの?」
子猫を抱いたまま見下ろされて、私はちらりと自分が出てきた家の方を見る。
「あの…飼いたいけど…家はちょっと…」
「じゃあ、家で引き取るわ」
「「え!?」」
「この感じ、どうせ野良だろ?母親が猫飼いたがってたし」
そう言うと彼はズカズカと歩いて行って近くにあった家の玄関を開け、中に向かって何か喋りながら入っていった。
「…岩ちゃん、男前…」
「…同意、デス」
「あっ…えと、及川徹っていいます。彼は岩泉一」
「…」
「え!名前教えてくれないの!?」
「… 名字名前、です」
「名字ちゃん、よろしくね」
「あ、うん。よろしく」
取り残された男の子ー及川くんーと、成り行きで自己紹介してしまう。
さっさとこの場を立ち去れば良かったな。まぁ、今後仲良くなるつもりもないし、名前くらいならいいか。
なんとなく、逃げられなかった。
この人の笑顔と、それとは対照的なもう1人の鋭い眼差しから。
「よし、学校行くぞ」
「あれ、岩ちゃん?何その消毒薬」
「ん」
「え?」
玄関から出てきた男の子ー岩泉くんーが私に差し出したのは消毒液と絆創膏で、首を捻っていると彼が膝、と呟いたので自分の足下に目をやる。
「ありゃ」
スライディングの際に擦りむいただろう膝に、わりと大きな擦り傷が出来ていたことに今更気付いた。
そして気付いたことでじくじくと膝が痛んできたので、お礼を言って消毒液と絆創膏を受け取って手当てをして立ち上がると、2人は待っていたかのように歩き始めた。
あれ、一緒に行くパターンですか?
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200918
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