spike
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翌日、授業の合間に入れられていたHRで私たちのクラスはジャージ姿で体育館にいた。
クラスの親睦を深めるということで、男子はバレー、女子はバスケをやっている。
昨日仲良くなった子たちとチームになりバスケをやっていると、春子ちゃんは運動が苦手と言っていただけあってなかなか面白い動きをしていて笑ってしまう。
「小川さん、頑張ってなー」
男子の方から笑い混じりに応援されて、ちょっと不満そうな顔をしている春子ちゃんが可愛くて微笑ましい。
応援した男子の方を見ると、隣で岩泉がこちらを見ていて口を動かした。
『が ん ば れ』
なんだか嬉しくて顔がにやけそうになるのを堪えながら、小さくピースをしてボールを追いかけた。
すると近くにいた春子ちゃんが足を滑らせてふらついたのが目に入って咄嗟に身体を支える。
「わ、ありがとう名前ちゃん」
「すごい、速かったねー!」
「あ、いや、まぐれだよ。何もなくて良かったね」
他の子たちにも褒められて、少し慌てながら否定する。
ゆるふわ系はこんな機敏に動かないか普通…。
「あ、男子のバレー始まったよ」
自分たちの試合が終わって体育館の舞台に背中を預けながらお喋りをしていたところに声がかかり、バレーコートの方を見るとちょうど岩泉がサーブを打つところだった。
体育の授業では聞けないような激しい音とともにボールが相手コートの床を直撃して、一瞬時が止まる。
「っわー!そういやお前バレー部入るんだっけ!?」
「すげー!!かっこいい!」
盛り上がる男子たちの声に、クラス中が岩泉の方に注目した。
「岩泉くんのいた中学、バレー部かなり強かったんだって!」
「北川第一でしょ?すごいね!」
「北川第一って言えばさ、及川くんもそこだよね?」
「えっだれだれ?」
「知らないの!?超イケメンなんだよ〜!」
キャイキャイはしゃぐ女子の声に、目を丸くして岩泉を見つめる。
知らなかった、あの2人ってすごいんだ。
ちょっと誇らしい気持ちになる。
そうしているうちに、岩泉チームのボールがネット側でふわりと浮いた。
するとネットの近くでジャンプをした岩泉の手がボールを打ち、急角度で相手コートに落ちる。
すごい。
ジャンプの高さも、弓なりに反らされた背中も、ボールを強く叩き落とす腕も、全部がキラキラと眩しい。
これがスパイク…。
HRで本気出すなよーと文句を言われながら、味方に肩を組まれて笑っている岩泉は本当に輝いている。自分に正直で、まっすぐで、そういうのはちょっと羨ましかった。
ピンポン、と玄関のチャイムが鳴っておばあちゃんが応対する声を、まだ片付けが中途半端な状態の自室で聞いた。
そんなにたくさんの荷物はないけれど、なんとなく面倒臭くて荷解きすら中途半端だ。
そろそろこの段ボールも開かないとな〜と考えていると、階下からおばあちゃんの呼ぶ声がして急いで階段に向かう。
「よお」
「岩泉!」
玄関にいたのはTシャツにジャージ姿の岩泉で、その腕の中には昨日の猫ちゃんが収まっていた。
「名前ちゃんに用事だって。はじめちゃん、上がっていって」
「あーお邪魔します」
すごいナチュラルに家にいるなこの人は。
「Tシャツ一枚で寒くないの?」
「部活してきたばっかで暑いんだよな」
もうバリバリと部活に勤しんでるのか、すごいなぁ。
「んで、どうしたの?」
暑そうな岩泉のためか、昨日とは違って冷えたお茶をおばあちゃんが出してくれたために私もそれに口つけながら聞くと、岩泉は猫ちゃんをずいとこちらに突きつけてくる。
「えっ、何、飼えないよ?私居候の身だし、おばあちゃんとふたりぐらしなんだからっ…」
「ちげーよ。名前、決めてくれ。こいつの」
猫ちゃんを突き返されるのかと仰け反った私に、んなわけあるかと言いながら、何故か命名権を委ねてきたので更に驚く。
「え!なんで私が!?家族で決めてよ!」
「昨日家族会議したけど揉めて決められなかったんだよ。で、それなら拾った子に考えてもらってこいって言われたから」
「そんな責任重大な…!」
「ちなみに親が今日病院連れてったら、メスだとよ」
「おんなのこかぁ」
岩泉の腕の中で幸せそうにしている猫ちゃんを見つめる。
岩泉、いわいずみ…。
ふと浮かんだのは、体育館で高く高く跳ぶコイツの姿。
「あ、スパイク」
「はっ?」
「岩泉スパイク!」
格好良くない!?と提案するも、メスだっつっただろと切り捨てられた。
「だって、岩泉の今日のスパイク見たらさ〜なんか感動しちゃったんだよね」
「はあー?」
「高さも凄かったけど、なんか迫力あってさ。俺が一番だみたいな自信があって、キラキラしてて」
「照れんだけど」
「せっかくそんなすごい人のお家の子になるなら、スパイクがいいと思ったんだけどなー」
難しい。
猫ちゃんの鼻軽く指で突くとくすぐったそうにクシャミをするから顔が綻ぶ。
「…じゃあ、スーは?」
「へっ?」
黙っていた岩泉が、少し恥ずかしそうな表情で問うてきて、私は目をぱちくりとさせる。
「スパイクの、スー」
「スー…」
スーちゃん。
「いいよ!可愛い!!スーちゃん!」
よかったねぇ、結局岩泉に決めてもらったようなものだけどと顎の下を撫でてやる。
「お前と、俺で決めたんだろ」
ツンと私の額を弾いた岩泉の笑顔は、やっぱり眩しいなと思った。
「じゃあ、またね」
「あ、そういやお前連絡先教えろ」
「え?」
玄関で靴を履く岩泉とスーちゃんを見送ろうとしていると、思い出したとばかりに岩泉がポケットからスマホを取り出した。
「毎回ここ来てお前のばーちゃんに呼んでもらうの悪いから」
「あ、そうか」
「…サンキュ。じゃーな」
「ばいばい」
しばらくして、スマホが震えたのでロックを解除して開くと、スーちゃんの写真が送られてきていた。
赤い首輪には、雑な字で『スー』と岩泉の家の住所らしきものが書かれた札がぶら下がっている。
『友だち』の欄に追加された、岩泉一という名前をそっと指でなぞりながら、なんだかくすぐったいような気持ちになっているとまた写真が送られてきた。
そこには何故か及川くんの自撮り(しかもアップ)と、後ろの方で怒っているのか口を大きく開いた岩泉と、眠そうにあくびをするスーちゃんが映っている。
なにこれ、と見ていたら今度はメッセージが送られてきた。
『岩ちゃんだけ交換するのは不公平なので、及川くんも登録よろしくね☆』
さらに『及川徹』とアイコン付きの連絡先が送られてきたので、私はつい笑いながら名前をタップして友達追加し、連続して2人に同じスタンプを送る。
『岩ちゃんと同じスタンプとか手抜かないで!』
『手抜きすんな』
「あはは、同じじゃん」
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200926
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