ボールは100均。





かくして、突然始まった笠松VS黄瀬。

ぽかんと口を開けていると、背後から現れたマイフレンドが楽しそうに笑っていた。

「なに青春ぽいことしてるのー」

「え、これ青春なの」

「ときめきメモってるじゃん。取り合いだなんて」

「意味が分かりません助けて」

「まぁまぁ大人しく賞品は座ってなよ」



ぐいっとイスに座らされて、私は先攻の笠松先輩を見た。

普段使っているバスケットボールとは違う、ゴムでできた安っぽくて小さなボールを持って、感覚を確かめている。

立っているのはゴールから一番離れた廊下側の壁際。

いくらバスケ部でもそんなところからあんな小さなゴールに届くのか。

一抹の不安が胸をよぎって、私は隣に座る早川を見た。

集中する場面だからと頑張って黙っている。森山先輩と小堀先輩も腕を組んで笠松先輩を見ていた。

なに、このピリピリした空気。

黄瀬くんが入部したての頃みたいだ。


そんなことを考えていると、笠松先輩がゴールを見据えてボールを構える。

その真剣なまなざしに不謹慎にも胸がときめいてしまった。ばかか。

笠松先輩は一瞬腕に力を入れると、ボールを放つ。

天井スレスレをボールが飛び、うまいことゴールをくぐった。


「うおお!さすが主将!!!」

隣で大声を出す早川に、なぜか他のクラスメイト達が拍手をしている。

文化祭でなんでこんな緊張した戦いが始まっているのか疑問に思う者はいないのか?

少し冷静になっている間に、きゃあー!と悲鳴が多数聞こえて私はゴールを見る。

するとボールがきれいにゴールしていて、その先には黄瀬くんが立っていた。

「黄瀬もさすがだな」

小堀先輩の言葉で、黄瀬くんがもう投げてしまっていたことを漸く理解する。早いわ。


得意そうな表情の黄瀬くんに、笠松先輩はむっとしてボールを持つと、さっさとシュートを打ってしまった。

いつも冷静な笠松先輩が少し子どもっぽく見えてなんだか親近感が沸く。

さっきと同じように騒ぐ早川とは対照に、森山先輩はくすくすと静かに笑っていた。

黄瀬くんも同じように笑うと、またボールを構えたかと思えばすぐに放ってゴールに入れてしまう。

これで2−2だ。次が勝負を分けるのか。


壁際に立つ笠松先輩を見る。

落ち着いて投げなくても大丈夫なのだろうか。と、ついつい心配してしまうこのマネージャー魂よ。

すると笠松先輩がこっちを見て、また目が合った。

真剣な眼差しに、頬が熱くなる。

笠松先輩は少し困ったように眉を下げて笑うと、すぐにボールを投げた。

ちょっと、よそ見した後すぐに投げるなんて大丈夫なのこの人は!慌ててゴールの方へ首を動かす。

しかし心配は無用だったのか、ボールは静かにゴールをくぐった。




「っし」

笠松先輩は小さくガッツポーズを決めると、さっさと森山先輩の隣に並んでしまい、黄瀬くんが今度はボールを構える。

「黄瀬くんもゴールしたらどうなるのかな?」

「もう1本だ!!」

熱い。早川が熱い。少し離れよ…


「ハックション!!」

「え?」「お、」「ああー!!」


早川から距離を取り、黄瀬くんの方を向いた瞬間だった。

彼は大きなくしゃみをしてボールを指から滑らす。全員が息を呑んだのが分かった。

ボールはゴールに届かず、教室の床に静かに転がって止まった。

教室が静まり返る。なぜかクラスメイト達まで、黙って床に落ちたボールを見つめていた。



「主将の勝ちだ!!!」

早川が大声を上げるまで、私たちはみんな黙っていた。当事者の笠松先輩も、黄瀬くんも。

早川の言葉を合図に、みんなが拍手をして笠松先輩の勝利を称え始めるが、先輩はまだ困惑しているようだ。

「な、い、今のは事故じゃないのか!?」

「いや、本番の試合であれは許されないぞ笠松」

「確かに。試合でああなったら点が取れない」

冷静な森山先輩が顎に手を当てて言うと、小堀先輩も頷いていた。



「き、黄瀬はそれでいいのか!?」

笠松先輩が黙って下を向いていた黄瀬くんに声をかけると、黄瀬くんはゆっくり顔を上げた。

「く、悔しいっス。けど、仕方ないから譲るっス。確かに試合だったらこんなミス許されない…!」

顔を歪めて辛そうな表情をする黄瀬くんに、少し心が痛む。こんなのって…。

私は立ち上がって2人の元へ駆け寄った。

あれ、森山先輩なんでそんな渋い顔してるの?小堀先輩もなんだか肩が揺れてるけど…。


「名前先輩…負けちゃったっス」

「黄瀬くん、ナイスファイトだったよ」

「…文化祭デートできないっスね」

しゅん、と明らかに落ち込んでいる黄瀬くんの肩に、私は手を置いて軽く叩いた。

「あ、空いてる時間に回ろうよ。私結構暇だし」

「いや、他の女の子と回るんでいいっス」

「え」

「さー誰と遊ぼうかなー」

「は?」

いやいやいや待って。ねぇ待って。

切り替え、早すぎじゃない?

私ってなんだったの?胸を痛めたんだけど。黄瀬くん、酷くない?私は大勢の女の子の1人なのか?いや、そうだけれども。部活で築き上げた信頼関係ってどこいったんだっけ?ねぇ、黄瀬くん?


黄瀬くんは去り際に笠松先輩の肩を叩いてにっこり笑うとさっさと教室を出て行ってしまった。

呆然としている笠松先輩と、さっきから小刻みに震えている森山先輩と小堀先輩。なにこれ。訳分かんない。やだもう。





「と、いうわけで名前は自由時間になったら笠松と文化祭デートだな」

「え!?」

「森山!勝手に決めんな!」

「だってそういう約束だろ。破んなよ。楽しんで来いよ」

オレたちは外で他校の可愛い子探しでもしてくるよ、女性恐怖症に足引っ張られずにな!なんて捨て台詞まで残す始末だ。

笠松先輩は顔を赤くして怒っているが、私はそれどころじゃない。


「自由時間、少し早めてあげるね」

「い、いいってば!!」

「2時間後にまたシフト入ってるから浴衣のまま行っておいでよ」

「えぇ!」


先ほどの森山先輩と同じように渋い顔をしたマイフレンドに肩を叩かれさらに混乱する。

文化祭1日目、まだ始まって1時間ですが…。

波乱の予感しかしないのです。助けて。








☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
140330

*












人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -