さぁ踊りましょう。




「お疲れ様でしたー」

部員たちはぞろぞろと帰っていく。

自分たちのクラスの状況報告をしながら楽しそうに体育館を出る彼らを見送り、私はゴール下にいる笠松先輩へ視線を戻した。

「せ、先輩はまだ帰らないんですか?」

「とりあえずシュート練してから」

「物足りないんですね」

「まぁな。いいぞ帰っても」

「いえ、付き合います」

「…おう」



笠松先輩は少しの間、ボールをゴールにくぐらせるのを繰り返した後、片づけを始めた。

「ダンス…どうですか?」

「…あぁ、まあまあ」

「特訓させられたそうですね」

「き、聞いたのか?」

「はい、森山先輩から」

「あの野郎」

笠松先輩は恥ずかしそうに首にかけたタオルで口元を覆った。

「どんなのやるんですか?」

私の質問にさらに照れて顔をゆがめると、笠松先輩は舞台に置いてあったカバンから携帯を取り出して、動画を再生した。

可愛い女性アイドルたちが楽しそうに踊る映像が音楽とともに流れ始める。

「…こ、これは」

笠松先輩のイメージとかけ離れたそのダンスに、私は笑いをこらえることが出来ない。

先輩はじろりと私を睨むと、ここが踊れないんだと動画を止めた。

私は携帯を手に取り、再生ボタンを押す。

手と足の動きが少し細かくなり、さらにターンまで続く動作。確かにややこしい。

もう一度直前まで戻して、再生した。

何度か戻しては再生するのを繰り返し、頭の中でその動作をイメージする。アイドルたちがテレビで踊っていたのを何度か見ているので、私がその動きを真似るのはそう難しくなかった。


「多分、こうです」

かなりスローモーションで手と足を動かし、さらにくるっとターン。

笠松先輩は大きな目をさらに広げて、口をぽかんと開けていた。

「お、お前…そんなことできたのか?」

「いや、大したことじゃないです」

「海常一の運動音痴なのに…」

「…」

失礼極まりないことをさらりと笠松先輩が言っているが、運動神経がそれほど必要な動作ではない。

これはリズム感が大事な動作だし、ボールをくるくると操るほうがよっぽどか難しいのだ。

しかし音楽に合わせて身体を動かすという経験が少ないだろう先輩からしたら、私の動きは不思議だったのかもしれない。

もう一度やってみせてくれと頼まれ、同じようにスローでやってみせる。

おぉ、と呟くと、笠松先輩は同じように身体を動かした。




「ここで左足をあげる。右腕は伸ばす」

「くっ…」

「そうです。そこから1・2で左足を下して回るっ」

「1・2で…」

いつのまにか体育館では、ダンスレッスンが行われていた。

笠松先輩は覚束ない動きながらもやはり身体を動かすことに慣れているからか飲み込みが早い。

分からないところは何度か私がやってみせると、きちんと先輩も吸収していく。

30分ほど経ったころには、先輩はできないと言っていた動作が完璧になっていた。




「悪い、こんな遅くまで付き合わせて」

「いえいえ楽しかったので」

手早く帰り支度を済ませると、私たちは一緒に校門を出た。

送るという笠松先輩の言葉に甘えることにして私の家への路を並んで歩く。


「なんつーか、お前に教わるのとクラスの女子に教わるの、違うな」

「え、そうですか?」

「慣れてるからか、集中して聞ける」

「え、あ、あぁ」

「動画はまともに見られないし…」

なるほど。女子の苦手な笠松先輩にとって、彼女たちから教わることは恐怖以外の何物でもなくて、ダンスに集中できなかったのだろう。

先輩の携帯で見た動画だって、女の子たちが集団で踊っているんだから先輩には凶器になる。

本当に不憫になる弱点だ。

でも。

私のことはちゃんと見ることが出来るらしい。

それって…つまりは…。

「私のこと、女として見ていないってことですか?」


「は?」「え」

あれ?今、私の声が耳から聴こえた。

脳内に響く自分の思考とは別に、外からも…。

も、もしかして。

「今の、聴こえました?」

「あぁ」



うわあああああ!?!?

なに口走ってるの私!?

いや、ちょ、逃げたい!逃げなきゃ!



心臓がバクバクと活動を始めて、今にも噴火しそうだ。

先輩に私の気持ちが伝わってしまったのでは。

パニックに陥りながら、とりあえず逃亡することを第一に考えた。

「そ、それではこの辺で!」

すちゃっと手を上げて、いざ走ろうと地面を蹴った。

しかし、私の身体は前に進まなかった。

笠松先輩に腕を掴まれていたからだ。


「なに慌ててんだよ」

「いや、なんとなく…」

「自分で質問しておいて帰るな」


ひぃ。これは引導を引き渡すつもりですなこの人。

聞こえなかったことにしてくれればいいのに。真面目か。ばか。

振られることを覚悟してきゅっと目を閉じる。

笠松先輩の顔を見たくない。

本当は耳だって塞いでしまいたい。

けど、逃げられない私は情けないことに首をもたげて目を閉じたまま両手に力を込めることしかできなかった。


「もちろんお前は女子だ。けど、なんでかお前だったら大丈夫なんだよ。多分お前ならどんなだめなオレでも受け入れてくれるって安心して…ってなんかすげぇ自惚れてるなオレ」

………。

えっと…。


「何か言えよ。1人で語ってるみたいで恥ずかしいだろ」

「あ、あ…」

「カオナシかお前は!」

言葉が出てこない。

頭も働かない。

と、とりあえず…笠松先輩は私のこと、振ってはいないんだよね?

うん。その心配は一先ずクリアということで…。

えっと、次に、次に。

「おーい、大丈夫か?」

「…てます」

「ん?なんだって?」

「私、どんな笠松先輩でも受け入れてますので!し、心配しないでください!!」

「っ…お、おおおう」

力の入った拳を振りながら先輩に訴える。

自惚れなんかじゃないです。

私は、笠松先輩のことが大好きだし、それ以前に尊敬していて。

バスケに真摯な先輩も、男前な先輩も、もちろん大好きだけど。

そんな先輩だから、ダンスが出来なかろうが、女の子が苦手であろうが、全部まるごと尊敬してるし大好きなのだ。

「海常バスケ部マネージャー、名字 名前は一生笠松主将について行きますので!安心してくださいね!!」

「…あぁ」

笠松先輩はきゅっと目を細めて笑った。

今まで見た中で一番穏やかで優しい笑顔だった。









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140320


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