もちろん監督も水分補給してます。 「それでは、今日から3泊4日。 気を引き締めていくぞ」 監督が全員の前で、この合宿の目的や大まかな流れを説明すると、部員たちは真剣な表情になる。 私もこれから始まる怒涛の4日を想像して、興奮と少しの恐怖を覚えた。あぁ、楽しみ。 「休憩!」 笠松先輩の合図で、それまで響いていた足音・声・ボールの跳ねる音すべてが止み、部員たちは一斉に床に倒れる。 体育館の中は彼らの熱気で曇ってしまうのではないかと思うくらい熱くなっている。 それに対して私は、これからが勝負だ。 ドリンクを作り、タオルと一緒に配る、そしてまたドリンク補充、タオル回収…。 選手が動いているときは、たまに監督のお手伝いをして、休憩になると一気に仕事がやってくる。 今日は初日だからまだいいが、明日以降は洗濯なども熟さなければならないので想像するだけで身震いものだ。 「名前先輩、初日からこんなにきついんスか?」 少し涙目の黄瀬くんはかわいそうな気がするが、正直こんなものじゃないよと言ってあげた。 一方まだまだ元気なのは早川と、やっぱり笠松先輩。 監督と相談したり、予定に目を通したり、主将の仕事も忙しそうだから、私ももっと頑張らねばと思わされる。 きっと部員たちも彼のそういう姿を見て士気が高まっているのだろう。 そして私は集合の合図を耳に、またドリンクを作る作業に戻るのであった。 「いただきまーす!!」 「早川もっとゆっくり食べなさい」 「うまいっスー生き返るー」 「食欲が出ない…」 「大丈夫か?」 「ちゃんと食べないと午後バテるぞ森山」 あっというまにお昼になって、食堂でワイワイしている海常バスケ部。 私は配膳のお手伝いをしてから、レギュラーたちのいる席に着いた。 「午後は試合形式か…」 スコアをつけたり色々とやらなければならないからまた忙しくなりそうだ。 「名字もちゃんと水分補給しとけよ、ぶっ倒れるぞ」 「大丈夫ですよー!体力には自信あるので」 「笠松は心配性だなー」 「まぁ大切なマネージャーが倒れたら困るもんな」 「た、大切だなんて…」 「うるせぇ黙って食え!」 こんなやりとりもなんだかんだ楽しかったりするから、合宿はいいものだと思う。夜もずっと一緒にいられるし。 あ、夜も…って。 「そういえば、私1人部屋なんですよ…」 「は?」 「そりゃそうだろうなー」 「寂しいし、怖いんですけど…」 結構深刻なことなのに、みんな広くていいなとか言って取り合ってくれないので、とりあえず早川の後頭部を殴打しておいた。 「じゃあ笠松、一緒に寝てやれば?」 「「ブッ」」 森山先輩の言葉に、私と笠松先輩は味噌汁を吹き出す。 「な、なに言ってんだ!そんなのだめに決まってるだろ!」 「そうですよいくら笠松先輩と言えど狭いです!」 焦りながら2人で反論するが、森山先輩はいつもの飄々とした表情を崩さないでいる。 「いや、ベッドは2つくらいあるだろう」 「添い寝しろとまでは言ってない」 そして小堀先輩とともに冷静に突っ込まれ、また私は吹き出すことになった。 午後は紅白に分かれて試合をした。 ついつい笠松先輩のいるチームを心の中で応援してしまうのは、マネージャーとしていかがなものでしょうかね。ばれなきゃいいか。 試合に出ていないメンバーは、それぞれ余ったスペースで自主練をしたり走りに行ったりしているので、私もドリンク補充などの手を休めることはできない。 2軍が試合をしている間、小堀先輩と早川は走りに行き、黄瀬くんは森山先輩とシュート練習をしている。 私は一通りの仕事を終え、監督の隣でスコアの整理をすることにした。 するとドサッと音が聞こえると同時に座っていたベンチが揺れる。 隣を見ると笠松先輩がタオルで汗をぬぐいながら試合を眺めていた。 「あ、お疲れ様です。今ドリンク…」 「自分で取ってきたからいい」 「あらそうですか」 先輩はこちらに目線を向けることなく、じっと試合を見ているので、きっと2軍の選手たちのことも色々と考えているのだろう。 「笠松、今の白チームの動きだが」 「はい」 私の右隣にいる監督が、私の左隣にいる先輩に話しかけ、2人は試合の流れについて何やら議論を始めた。 はさまれている私もふんふんと聞いてはいるが、なんだか落ち着かないというか…邪魔だよね? 話をするために笠松先輩がこちらに寄ってくるのもなんだか胸がソワソワしてしまうし、ちょっと手が震える。 「ちょ、すいません」 満員電車で下車しようとするおじさんのようなポーズをとりながら、ベンチから立ち上がるが、その場にいるのもなんなので自主練をしているメンバーの体調チェックに行くこととする。 「身体に異変ある人はいませんかねー?」 そう言いながらうろつくが、部員はみな「大丈夫」「問題なし」と答えるのでひとまずは安心だ。 一応、無理したら私がシバくとあらかじめ伝えてあるのでやせ我慢している人もいなさそうだ。 「うっ」 「森山先輩!?」 突如聞こえたうめき声に慌てて駆け寄るが 「女の子が足りない…」 「はーいそれじゃあ外走ってきてくださいねー」 「無慈悲だね名前は」 ふざけている森山先輩を引き起こし、無理やり外に連れ出し、背中を叩いて走らせておいた。 あわただしい夕食が終わり、入浴となる。 学年ごとに入る時間が決まっているため、男子はバタバタと大浴場へ向かうが、私は好きな時間に入っていいことになっている。もちろんぼっちですけどね。 荷物の整理など仕事をある程度片づけてから入浴し、のんびり身体を休めてから浴場を出た。 「あ」 「名字」 同時に隣からは3年生が出てきており、笠松先輩と小堀先輩に遭遇した。 「お疲れ様です」 「名字もな。ちゃんと温まったか?」 お父さんみたいなことを言う小堀先輩に、ついくすくすと笑いながら返事をする。 笠松先輩のつんつんした髪の毛が少し寝ていて可愛い、なんてことを思って見ていると、小堀先輩が自分のタオルを持って近寄ってきた。 「名字、ちゃんと髪の毛拭かないと。夏でも風邪ひくぞ」 またしてもお父さんのように言いながら、私の頭を軽くタオルで拭いてくれた。 「ありがとうございますー」 なんだか心が温かくなり、ついにやけてしまうが、ふと笠松先輩を見るとぶすっとした顔をしていた。 「どうした笠松?」 小堀先輩も気が付いたようで、声をかけると笠松先輩はハッといつもの表情に戻る。あ、大して変わってなかったかも。眉間のしわは相変わらずだ。 「別に。名字お前、ちゃんと髪乾かす癖つけとけよな。この前もそうだっただろ」 「この前?」 「え」 「ちょ」 笠松先輩、何言ってくれちゃってんの!? この前というのは、私の家のお湯が沸かない状況となり、先輩のお家にお邪魔した時のことであろう。 あの日お風呂を借りた私は、髪を乾かさずに出てきて笠松先輩に怒られ、拭いてもらったのだ。 その出来事は部員の誰にも話していないというのに、何暴露しそうになってるんですか笠松さん! 「いやなんでもない!!」 「小堀先輩ありがとうございます!渇きました多分」 「そうか?」 笠松先輩と私2人がかりの必死のフォロー(と呼べるのかはわからないが)によって、なんとか小堀先輩の意識を逸らすことに成功した。 そのまま3人で部屋の方へ戻ると、森山先輩が現れる。 「あ、いたいた小堀と名前ー」 「なんだ?」 なぜか私まで手招きされる。 笠松先輩には「お前はだーめ☆」とウインクをし、森山先輩は私たちを連れて早川のいる部屋へと向かった。 「なんですか?」 部屋に入ると、早川と中村、黄瀬くんがいた。 「なぁ、すごく面白いことを考えたんだ」 私と小堀先輩以外の彼らは、森山先輩の言う面白いこととやらを知っているようで、心なしかにやにやしている。 な、なんだか楽しそうじゃないか… 「どんなことですか…?」 うきうきしてしまう心を落ち着かせながら、私は身を乗り出して森山先輩に問うた。 「笠松に…」 ごくっ。 「寝起きドッキリを仕掛けようと思う」 ★★★★★★★★★★★★★★★★★★ 140123 ←*→ |