正反対のタイプ
「おーい、帰るぞー」
キャプテン、大地の声でバレー部員たちはぞろぞろと学校を後にする。誰の提案だったかは彼らの記憶から消えてしまったが、ほとんどのメンバーはコンビニへ寄り道するため列を作って歩いていた。
「田中!私今日チョコ味の気分」
「あ、そう。で?」
「おごって?」
「ふざけんな!なんでだよ!」
「ケチ!ハゲ!」
「あぁ!?」
2年生のマネージャーである名前は、同じクラスでもある田中に可愛くおねだりするも、あっさりと断られてしまう。しかし怒鳴ってくる田中に怯えることなくいいじゃんと口を尖らせた。
そんな彼女を見て、新しくマネージャーになったばかりの仁花は目を輝かせた。
「名前さんって、すごい」
「どしたの突然」
「あんな風に堂々と話せるなんてすごいなーって」
自分は田中に対してあんなに強気な態度を取ることは不可能だと仁花は苦笑いした。
隣にいた菅原はあぁ、と微笑ましそうな笑みを浮かべる。
「あの2人はもう夫婦みたいなものだよね」
「え!もしかして付き合ってるんですか!?」
「いや、どうかな…」
菅原がうーんと口元に手をやって何かを思案した後、少し声を張って田中と名前に呼びかけた。
言い争いをやめてくるりと同時に振り返った彼らを見て、仁花はやっぱり付き合っているんじゃと少し頬を染める。
「夫婦げんかもいい加減にしとけよー」
「夫婦じゃ!」「ないです!」
「…まぁ両想いだね。付き合うのも時間の問題だべ」
菅原の言葉にかぶせるようにして否定してきた田中と名前を指差して菅原はあっさりと笑った。
「奢ってくれてありがと田中」
「田中様と呼びなさい」
「ありがとハゲ様」
「ふざけんな!」
コンビニの側で各々好きなものを食べながら会話をしている中でも、名前と田中は小競り合いをしていた。
しかし部員たちは慣れた様子で、言い争っている声が聞こえてきても気にしていないので、仁花も彼らに倣うことにした。
「あれ、仁花ちゃんそのヘアゴム可愛いね!」
「えっあああありがとうございます!」
日向たちと話していた仁花は、突然後ろから現れた名前に肩を跳ねさせて振り返った。
「本当だ、にあってる!」
「そうだな」
仁花がストレートに褒めてくる日向と菅原に照れていると、名前も大きく頷いた。
「仁花ちゃんはこういう可愛いものがよく似合うよね!」
「可愛いものが似合う女の子っていいよなー」
「スガさんはそういう子が好みなんですか?」
「まぁな。でも俺は好きになった子がタイプだから」
「やだすてきー!!」
きゃあーと頬に手を当てる名前の声に、外野にいた部員たちもなんだなんだと集まってきた。そしていつしか好きな女子のタイプを語り合う会が始まる。高校生ともなると、この手の話には男女ともに興味津々であった。
「ちなみにさ、田中はどうなの?」
少し意地悪な笑みを湛えた菅原の言葉に、名前は身体を揺らした。
しかし当の田中はあっけらかんとした表情で。
「潔子さんっす!」
「タイプじゃなくないか…?」
東峰の呆れたような言葉を気にすることなく、田中が潔子の素晴らしさを演説し始めると、隣で西谷が力強く頷いていた。
その様子をがっかりした顔で眺める名前。
「じゃあ、清水って選択肢をなしにしたら!どう?」
「えー…」
「性格とか、話し方とかさ!」
「うー…ん」
深く掘り下げられ、田中は首を捻った。部員たちは彼と
名前の姿を交互に見ては、なにかを期待するような顔をしている。
そんな事態に気付いていない名前は、少し緊張した面持ちで田中を眺めていた。
「まぁ、明るくて、よく笑って、優しい子…とかっすかね?」
散々考えた挙句、ありがちな答えが出てきたことに一部の部員は肩を落とした。田中らしい単純な答えだ、と。名前も同様である。
「名前さん、みたい」
「え!?」「は!?」
しかし、仁花の呟いた一言で空気は一変した。田中と名前は顔を真っ赤にして裏返った声を上げるし、3年生組はにやりと微笑む。
仁花は大げさとも取れる2人の反応を見て、自分の発言がまずかったのかと言い訳を始めた。
「いや!あの、なんとなく名前さんのイメージがそんな感じだったから!す、すみません!!」
「仁花ちゃ!な、何言って!」
「そっそうだぜ突然なんだよ!」
軽くパニックを起こす3人をよそに、相変わらずにやにやと笑っている菅原と大地。
「そういえばそうかもなー」
「たしかに」
「スガさん!?大地さん!?」
「名字は明るいしよく笑うし優しいもんな」
「そうそう、ぴったり当たってんな」
「やめてくださいよ2人とも!」
田中は真っ赤になって慌てると、名前の方をちらりと見た。すると名前の顔も同じように真っ赤になっていることに気付き、さらに焦り始める。
「な!なんでお前まで照れてんだよ!」
「てっ照れてない!田中が変な言い方するから誤解されるんでしょ!」
「俺のせいかよ!」
「いっつも考えなしなんだから!」
「はあ!?いっつもってなんだよ!」
これまでよりヒートアップした言い争いに、また夫婦喧嘩が始まったぞと部員たちは苦笑いをする。近所迷惑になる前に止めようと大地と菅原が決めたとき、田中のよく通る声が響いた。
「お、俺が好きなのはお前と正反対のタイプだ!!」
一瞬の静寂が辺りを包んだ。ぽかんと口を開ける部員たちに、田中はハッとして自分の口を押える。
名前は大きく目を見開いた後、俯いた。そしてくるりと田中に背中を向ける。
「や、あの、今のは…」
「あっそ。ごめんね1人で舞い上がって」
田中が弁明するより先に、名前はお先に失礼します、といつもよりワントーン低い声の挨拶を残して歩き出していた。
引き留めようと誰かが声をかけた途端、彼女は走り出してあっという間に姿が見えなくなってしまった。
「…すみません、私が余計なこと言ったから」
「イヤ…」
責任を感じる仁花を菅原と東峰で慰めると、残された部員らは気まずい空気の中解散した。
翌日の放課後、体育館に現れた田中と西谷だが、田中の表情は暗かった。西谷の話によれば、一日名前に避けられまくって落ち込んでいるらしい。
菅原はいつものような笑顔で田中の肩を叩く。
「ま、ちゃんと本音を言うことだな!」
「ほ…本音…」
「だって昨日の、嘘なんだろ?」
「…!!」
かあっと頬を染める田中の背中を西谷が応援の気持ちを込めて力強く叩いた。
「ちゃんと謝れよ、龍!」
「謝るったって…」
「男らしくねーな!ビシッと頭下げるんだよ!」
そうしているとマネージャー陣が体育館へ入ってくる。
先程の田中同様に暗い表情をしている名前を見て、数人の部員は息を呑んだ。
「ほら龍、来たぞ!」
「エェ!?ここで!?」
「中途半端な感じで部活やりたくねーだろ!」
「そ、そりゃそうだけど…!!」
「もー早くしろ!!」
初めこそ小声で謝罪を促していた西谷も、グズグズしている田中にしびれを切らしたようだ。
力いっぱい背中を押すと、田中は奇妙な声を上げて名前たちの前へ飛び出した。
「…」
「あ」
名前は冷たい表情で田中を見た後、ぷいと目を逸らした。隣ではあたふたする仁花と、事情を察して黙ったままの潔子が立っている。
田中は名前を数秒見つめると、ぐっと歯を食いしばってから勢いをつけて頭を下げた。
名前は少し驚いたように目を瞬かせる。
「す、すまん名字!」
「…」
「昨日のアレ、その、勢いっつーか、その…」
「…」
「おっお、俺は名字がタイプです!!!」
「は!?」
ギュッと目をつぶって叫んだ言葉は、静かな体育館に木霊した。
名前の驚きの声を最後に沈黙となる。部員は全員口を半開きにして固まってしまった。
「た、田中…」
「あーもう、この際だから言うよ!名字は明るいしいつも笑ってくれるし優しい!だから俺のタイプど真ん中だっつーの!」
捲し立てる田中に、名前は顔を赤くして口をパクパクとさせる。そんな彼女に気付いていないのか田中は続けた。
「いつも喧嘩ばっかりするけどそれでも一緒にいてくれるし、お前といると楽しいし、俺は名字のことが…もが!?」
「ちょっと!こんなところで言わないでよ!」
ついに告白…というところで名前は慌てて田中の口を塞いだ。
「なっ」
「バカ!みんないるのに恥ずかしいでしょ!」
「い、今更恥ずかしくなんかねーよ!!」
「私が恥ずかしいの!分かってないんだから!」
「なんだと!?」
「もー!こっち来て!」
いつものように言い争いをすると、名前は田中の腕を引き、逃げるようにして体育館を出て行く。
彼らの後姿を見送った部員たちは、その後静かに部活を始めた。
「なんだよこんなところに連れてきて」
「昨日から田中には驚かされっぱなしだ…」
「あ?」
体育館裏に連れてこられた田中。名前は頭を抱えて大きなため息をつくと、彼を見上げた。
「さっきの続き、言ってよ」
「え、さ、さっきのって…」
「私が止める前に言おうとした言葉!」
「あ…あれは…」
名前は自身のジャージの裾をきゅっと握ると顔を俯けて口を開いた。
「わ、私だって同じこと言いたいんだから…」
「え!?」
「だから…その…田中のこと…」
「ワー!待て!俺、俺が言うから!言わせてください!!」
「う、うん」
名前の言わんとしてることが分かり、田中は慌てて彼女が話すのを遮った。そして深呼吸をすると、名前の両肩を正面から掴む。
「す、好きです」
「…ぷっ」
「なぜ笑う!!!」
「なんか…変なの」
くすくすと笑う名前の肩から田中の手がダランと落ち、項垂れた。
「一世一代の告白なのに…」
「ごめん、でも」
「…?」
「私も好きです」
「!!」
不意打ちで返ってきた告白に、田中は軽く飛び上がった。そんな姿を見てまた名前は笑う。
頬を赤くして笑い続ける名前に、はじめは戸惑っていた田中もつい口角が上がった。
そして2人仲良く、体育館へ戻るのであった。
部員たちは、笑顔で戻ってきた2人を見て、いつものままかと安心すると、また部活を再開するのであった。
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「正反対のタイプだ!」を言わせたかった
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