nice guy


「別に持ってくれなくていいんだよ?マネの仕事なんだから」
「アホか。それじゃあ何のために俺がついてきたか分かんねーだろ」
「え、岩泉も見たいものがあるって言ってなかった?」
「……」

部活終わりにジャージ姿のまま、名前は岩泉と2人で駅前にある大きな薬局を出た。
入店した時よりも暗くなった空を見上げてから、駅へと歩き出す。

明日の練習試合に持って行くスポドリの粉末が大量に入った袋は、岩泉の肩にぶら下がっている。
かたや名前は自身の荷物しか手にしておらず、なんだか申し訳なさそうに岩泉をちらちらと見上げた。

「もしかして、わざわざついてきてくれた?」
「別にそういうわけじゃねーよ」
「ふぅん。ありがとう」
「おう」

自分も薬局に用事があると言っていた岩泉は、名前の目的であるスポドリ以外の商品には目もくれていなかったことを思い出し、名前は密かに胸を高鳴らせた。
そんな様子には気付かず、帰ろうぜと岩泉が歩いて行くのを小走りで追う。




土曜の夜だからか、駅からは人が続々と出てきて駅前に並ぶ居酒屋などに向かっていく。
隣にいる岩泉を見ていた名前の肩に、向かいからやってきたカップルがぶつかった。
お互いに軽く謝罪して、姿勢を正す。
カップルは仲睦まじそうに腕を組み直して夜の街へ消えていった。

「おい、大丈夫か?」
「なんかさぁ」
「ん?」

カップルの背中を目で追っていた名前に、岩泉が声をかけたが彼女はそれに答えずに口を開く。

「カップル多いね」
「あー、土曜だしな」
「しょーちゃんも今日明日で彼氏とお泊まりだって言ってた…」
「誰だよしょーちゃんって」
「うちのクラスの子」
「…お泊まり、ね」
「2日間ずっと一緒にいられるんだってさぁ。
私なんて2日間部活だよ?ずっと一緒にいるの、バレー部の男共って…」
「文句あんのか」
「いえいえそういうわけでは」

カチンときたのを隠さずに岩泉が睨みつければ、いつものようにへらりと笑って名前は両手を振った。
時折見せるその力の抜けた笑顔が、岩泉はなぜだか分からないが好きだった。





また、駅から出てきたカップルとすれ違う。
大学生くらいだろうか。今時の服装でしっかり決め込んだ彼の方は、同じく流行りの服とメイクの彼女に向かって自身の財布を差し出した。

「悪い、これカバンに入れてくれる?」
「はーい」

革張りの長財布を受け取った彼女が、自分の腕から下げているハンドバッグにそれを入れる姿を名前はまたじっと見ている。
岩泉は再び足を止めた名前に顔を顰めて、首を傾げた。

「おい、今度はどうした」
「ねぇねぇ、なんで男の人ってカバン持たないの?」
「はぁ?」
「女の人はハンドバッグとか常に持ち歩いてるけど、男の人って手ぶらの人多くない?」

岩泉は名前の言葉と視線につられて辺りをぐるりと見回した。
確かに、制服やスーツ以外の男性はカバンを持っていない人が多い。
彼らは財布、スマホといった貴重品をパンツのポケットなどに入れて歩いている。

「まぁ、ポケットに入るからな」と何でもない様子の岩泉に名前は、ふぅん…と言いつつ納得していないようだった。

「さっきの男の人みたいに『財布持ってて〜』って彼女に渡す人、多いよね」
「そうなのか?」
「うん。しょーちゃんの彼氏もそうだって言ってた」

またしょーちゃんか…と岩泉は心の中で軽くため息を吐き、ふと思うところがあって名前を見た。

「… 名字も、持たされたりしてんのか?」
「ん?」

口元に手を当てて何かを考えていた様子の名前は、突然の質問に「何を?」と目を瞬かせた。
岩泉は首の後ろを掻きながら、少し視線を逸らす。

「その、彼氏とかに…財布、待たされるのか?」

先ほどの名前は、財布を持たせる男が多いと言っていた。
もしかしてそれは自分の経験に基づいているのではないかと岩泉は勘繰っている。

「え、あー。まぁ、前に付き合ってた人が、ね」
「前…」
「うん、前」

名前も視線を彷徨わす。高校に入ったばかりの頃に付き合っていたという相手のことを思い出しているのだろうか。
何となく岩泉は面白くない気持ちになって、「へぇ」という反応だけ残すとまた歩き出した。
名前は岩泉の態度を疑問に思いつつその後をついていく。


「岩泉は持たせるタイプ?」
「は?」
「だってカバンとか使わなさそうじゃん」
「まぁ、少し出かけるくらいならな」

まだこの話題を続けるのか、と思いつつきちんと答えるところが律儀な岩泉らしい。
名前は名前で、マイペースに「荷物少なそうだもんねぇ」と頷いている。

駅に到着したところで名前は岩泉に向かって手を差し出した。

「あ?」
「いや袋。スポドリの」
「あぁ、明日俺が持ってくよ」
「そんなわけにいかないでしょ!マネの仕事!」
「マネの仕事はこれでドリンク作ることだろ」
「そ、そうだけど」

頑なに袋を持たせまいとする岩泉に、名前は有難いやら申し訳ないやらで戸惑ってしまう。

「こういうのは男に任せとけ」
「!」

フンと袋を背中の方に回されてしまえば、名前もこれ以上押し問答したところで無意味だと悟った。

そして少し赤らめた頬を俯くことで誤魔化し、ぼそぼそとお礼を言った。

「ありがと、ね」
「おう」

暫くの沈黙があり、岩泉が首を傾げる。

「帰らねーの?」
「あ、帰る…帰るけど」

なかなか改札を通ろうとしない名前を不思議に思いつつも黙って様子を見る。
自身の鞄以外、何も持たない彼女の両手は彷徨うようにそこらを行き来していた。

「岩泉、」
「ん?」

名前は上目遣いに岩泉を見上げて意を決したように口を開いた。
その視線に勝手に鼓動が速まる。



「また、買い出しついてきてくれる?」


名前は恥ずかしさを隠すためか、瞬きを繰り返した。
そんな名前を見下ろしたまま、暫し停止する岩泉。

「だめ、かな?甘えすぎ?」
「いや…」

弛みそうになる口許を抑えた岩泉は一瞬名前から視線を逸らし、また彼女を見つめる。

「ダメなわけねーよ。むしろもっと甘えろ」
「うっ…それは反則!」

名前は岩泉と絡んでしまった目線を遮るかのように、両目を手で勢いよく覆い隠した。
頬が赤くなっているのが分かり、岩泉はそれを微笑ましそうに眺める。

「じゃ、その代わり頼んでもいいか?」
「え?うん、何?」

そろそろと手を下ろし、隠されていた名前の目が現れる。


「今度、買い出し以外で出かけよーぜ」
「へっ…えっと、それはバレー部で…?」
「アホか。2人でに決まってんだろ」
「!!」

人の行き交う駅で、顔を赤くした高校生男女が佇んでいる。
それを気にする者はおらず、足早に移動していく。

2人だけ時間が止まったように感じた名前は、照れた表情で口を尖らせた。

「いいけど、ちゃんと…財布は自分で持ってね」
「当たり前だろ。なんならお前の鞄持ってやるよ」

やっと満面の笑みを見せた名前に、岩泉も嬉しそうに笑った。


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