特別をひとつ

突然ですが、ただいま私たち烏野高校バレー部…

海に来ています!




「うおおおお!海!」

「泳ぐぞおおおおお!」

騒ぐ私と同い年のバカ2人組。

大地さんがここでもてきぱきと主将魂を発揮してくれて、なんとか更衣室へ向かうことができた。




「名前、着替え終わった?」

「あ、潔子さん、終わりまし…」

サッとカーテンを開けて凍りつく私。


「どうしたの?」

「き、潔子さ…美し…」


潔子さんの水着姿は最高でした。

なにその抜群スタイル。反則。

これはバカ2人が騒ぐ。絶対だ。面倒だ。




そんなことを思いつつ、私は自分の情けない体型をカバーするためにパーカーを羽織って、外に出た。

砂浜に行くと、騒がしい集団に気付く。

もちろん、うちの部員たちである。




「き!!潔子さん!!!」

真っ赤になって叫ぶローリングサンダー。

その声で全員がこっちを一斉に向いた。

鼻血を出さん勢いで田中と西谷が駆けてくる。

私はサッと潔子さんの前に立ちはだかった。



「なんだよ名字!」

「じろじろ見るな。見物料取るぞ」

「お前に言われる筋合いはねーんだよ!」

「そーだそーだ!一緒に着替えたくせに!」


実際は別の部屋で着替えたけど、そこは触れずに。


「汚い目で美しい潔子さんを見るな」

「…」

腕を組んで2人に威嚇する私と、無言の潔子さん。

バチバチと睨み合いが続く。




「いつまでやってんの?」

にっこりと笑顔でやってきた大地さんに止められ、やっと2人は私たち(正確に言うと潔子さん)から離れていった。



それまで空気になっていた他のメンバーも、海へと走り出す。

私と潔子さん、そして3年生の先輩方はビーチパラソルを立てたり、浮き輪やビニールのボートに空気を入れたりと忙しい。


「くっそあいつら手伝えよ」

「名字、言葉遣い」

「あ、すみません…」

スガさんに怒られてしょんぼりする私。

ほんと、ママみたいだ。



「おし、俺たちも遊びに行くか!」

「名字ー行くぞー」

「はーい!潔子さん、泳ぎに行かないんですか?」

「うん、ここで見てる」

「えー…行きましょうよー」

「焼けるとひりひりしちゃうの」

「それは大変!日陰にいてください!!」

潔子さんのきれいなお肌を傷めてはいけない!



残念だけど先輩たちと一緒に、海にいる部員たちの元へ向かう。

パーカーには潔子さんの膝を守る役割を与えた。

なんとなく恥ずかしいので、軽く腕を抱えるようにして身体を隠しながら歩く私。





「うおー!浮き輪きたー!」

「奪えー!!」

いつの間にか日向くんもハイになっていて、わあわあ騒ぎながら旭さんの持っている浮き輪に向かっていく。

旭さんは「ひいっ」と小さな悲鳴を上げていた。可愛い。




じー…

なんだか嫌な視線を感じる。

「な、なにさ」

「いや、名字さん、脱ぐとそんな感じなんですね」

「変態っ」

「ツッキー!」

後輩なのに全然敬ってくれない。

見下すような目で見てくるドSから逃れるため、影山くんの後ろに隠れた。




「おい!名字!」

「なによハゲ」

「ハゲじゃねぇ!ってそんなことより!」

「なに」

「なんで潔子さんは砂浜で待機してるんだ!!」

口を開けば潔子さん潔子さんて…うるさいハゲだな。



「日に焼けるとひりひりしちゃうんだって」

「それなら日陰にいないとな!!」

「物分りいいな!」

私と同じ考えか!なんかむかつく!




「だいたいねー、潔子さんが来てくれたの、私が頼んだおかげだって分かってる?」

「はっ!」

「感謝してほしいね」


フンッと鼻で息を吐きながらどや顔をして田中を見つめた。

田中はすぐに両手をあわせ、私を拝む。


「名字様ー神様ーありがとうございます!」

「よろしい」





「む!龍!潔子さん、退屈してるんじゃないか!?」

「そうだな!おれたちで砂のお城でも作ってあげよう!」

バカ共は海から上がり、ばたばたと潔子さんの元へ走っていった。



「…」

「あれ、名字寂しいの?」

「え、縁下!そんなわけないじゃん!」


くすりと笑うように問われ、私は動揺した。

だって、その通りだったから。

あのハゲ、私の水着(ビキニ)姿になんにも言わないし。

月島みたいにバカにされてもむかつくけどさ!

せっかく海に来たんだから、構ってくれたって…。



「縁下さーん!名前さーん!」

遠くから日向くんの声がする。

「なにー!」

「ボート乗りましょう!」

「旭が引っ張ってくれるってよ!」


笑顔で手を振る日向くんに、スガさん。

旭さんは少し落ち込んだ面持ちだ…。


私は縁下と顔を合わせる。



「「行く!!!」」



2人で砂を蹴り、みんなの元へ。

ハゲめ。勝手にしろ!





「もっともっと沖までー」

「うおー旭さんファイトー!」

日向くんときゃあきゃあ盛り上がる。

縁下とスガさんは大人しく乗っていて、残りのメンバーはそれぞれ遊んでいる。

「気持ちいいね!日向くん!」

「はいっ」

旭さんは苦笑いしながら沖のほうまでボートを引っ張ってくれた。




「随分遠くまで来たねー」

ちょっと大地さんたちとは離れてしまった。

「たぶん名字は足つかないよ、日向もかな?」

「「えっ」」

スガさんに言われ、少し怖くなる私たち。

「うーん、俺でもこの状態だからね」

旭さんは立っているみたいだけど、首ぎりぎりだ。

「俺たちでも危なそうだな」

縁下の言葉を聞き、絶対に落ちないようにしなければとごくりと唾を飲んだ。



「ひっ日向くん!あんまり揺らさないで!」

「名前さん泳げないんですか?」

「いや、ある程度は大丈夫だけど」

「ここで落ちて足つかないと大変だよね」

「そうなんです!腕の力だけじゃボート登れないし」


そっと海を覗き込む私。

すると



うおおおおおおおおおおおおお



なんか幻聴が聞こえる。


待〜てええええええええええい


あ、本当になんかいやだ。



見たくないけど、声のする方を見るとバカ達が猛烈なスピードで泳いできていた。


「なにあれ」

「知りません無視しましょう」

「突っ込んでくるぞ!」



2人は勢いそのままにボートに突進してきた。

強烈な揺れで、私は慌てて日向くんの腕にしがみつく。

「わ!名前さん!」

赤くなる日向くんを気遣う余裕はなく、私は2人に怒鳴った。



「危ない!落ちたらどうすんの!」

「なに自分たちだけ楽しそうなことしてんだよ!」

俺も乗せろおおおと西谷が上ろうとしてくる。

「む、無理だよ沈む!」

縁下が止めようとしてくれるが、奴が聴くはずも無い。


「ローリング!サンダアアアアアア!!」


意味不明な言葉を叫びながら西谷がボートに飛びついてきた。

もちろんぐらりと傾く。

「ひゃっ!」

私は必死にボートにしがみつこうとしたが、努力の甲斐なく海へどぼん。



「名前さんっ」

日向くんの声がするが、恐ろしくて返事をすることもできない。

やばいやばいやばい!足がつかない!

とにかく何かに掴まらないとと、すぐそばにあったものにしがみついた。



「うわあ何すんだ!!」

「え?」


藁をも掴む気持ちでしがみついたのは、どうやら田中だったらしい。

そっと目を開けると、田中の顔がドアップで見える。

どうやら私はそばに浮かんでいた田中の首に両腕を巻きつけているらしい。



「名字、離れろ…」

田中が真っ赤な顔をしている。

「なに?なんで?」

混乱しすぎてわけがわからない。



「田中ーこりゃラッキーだね」

ふとスガさんの声が上から聞こえて、私はそちらの方に首を向けた。

無事だったらしいスガさんは、ボートに胡坐をかいて座っている。

腕には日向くんがしがみついていて、縁下はなんとかボートにへばりついているようだった。

落ちたのは私だけ。

そして変わりに西谷が乗っている。


「西谷のばか!溺れるところだったよ!」

「ははっわりー」

笑顔であっけらかんと答えるトサカ野郎に殺意が沸くけど。



「で、名字はその体勢でいいの?」

スガさんの言葉で我に返り、やっと自分の状況を確認した。


「ぎゃああああ!!!」


私は田中の首に腕を回し、あろうことか身体を密着させていた。

それで田中はあんなに慌てていたのか!


薄い水着に覆われた胸を田中の胸に押し付けてしまっている。

なんだこの恥ずかしすぎるシチュエーション!

でも怖くて腕を外すことはできない。



「お似合いだよー」

「ほんとだ」

スガさんと縁下がにやにやと囃し立ててくる。

旭さんは空気。

原因の西谷は日向くんにクロールのフォームを空中で指導していた。




「とっとにかく名字離れろ!」

田中は足がぎりぎりついているのか安定した姿勢で、私の腕を外そうとしてくる。



「やっやめて離さないで!!」

「なっ」


離されたら溺れ死ぬ!

恐怖から泣きそうになりながらさらに腕に力を込めて田中にしがみついた。




「ひゅーひゅー」

なんか後ろから意地悪な声が聞こえるけど、それどころじゃない。

田中の首元に顔を埋めるようにして私は助けを請うた。



「た、田中、離さないでねお願い」

「ぐっ…」


田中は何も言わないけど、もう腕を外そうとはしてこなかった。



「田中、名字がかわいそうだからそのまま岸まで連れて行ってあげなよ」

縁下が提案してくれた。

「そうだね、足がつかないんだからしょうがない」

スガさんもうんうんと言っている。


「なっなんで俺が…!!」

「だって名字が落ちたのはお前の責任でもあるわけだしー」

「助けてやれよ田中ー」

「う…」



少しの沈黙の後、田中が私に声をかけた。

「おい、岸まで連れてってやるから、ちょっとだけ力緩めろ」

「ど、どうしたらいいの?」

怖くて顔を恐る恐る上げる。



「そのままお姫様抱っこでいいんじゃないかな?」

「スッスガさんは黙っててください!」


首まで真っ赤になっている田中は、私を器用にもくるりと自分の背に回した。

おんぶみたいになっている。

「そのまま掴まって浮いてろよ」

そう言うとずんずんと岸の方へ向かって歩き出した。






「…」

「…」

私たちにしては珍しい沈黙。


「まだ足つかないのかよ」

「うん」

「チビだなー」

「うるさいな」

軽口を叩きあいつつも、私は手を離さないし田中も振りほどかない。

なんだかんだでやっぱりいい奴なんだよね。

赤くなってたのも可愛かったし…。



「お前さ、」

「うん?」

「さっき日向にしてたようなこと、もうすんなよな」

「は?何したっけ」


「だ、抱きついてただろ」

「え…?あ、あぁ」

どうやら最初に西谷が突進してきたときの話らしい。

なにを今更いっているのかこいつは。


「別に、腕じゃん」

「腕でもだめだ」

「田中にも思いっきり抱きついちゃったよ」

「お、俺はいいんだよ」

「は?意味わかんないよ!」

何がダメで何がいいの!?

今日のってか今の田中本当に意味が分からない。

どうしちゃったの?



「俺以外には、くっつくなって言ってんだよ!」

「えっ」






それって。それって。

どういうこと?

田中以外ダメって、逆に田中ならいいの?

なにこれ期待していいのかな?





「わけが分からないぞーっ」

恥ずかしさと混乱から、田中の首を絞める。

「ぐえっ、や、やめ」

「もー速く歩いてよ!」

「はぁ!?」

照れくさくなって頭を片手でべちべち叩きながら文句を言った。

なんだか、よく分からないけど嬉しい。

特別をひとつ、もらったみたい。





「やー面白かったね」

みんな戻ってきてからも、ずっとにこにこなスガさんと縁下。

大地さんたちに何があったのか聞かれ、嬉しそうに報告を始めた。



「そーか、田中それはラッキーだったな!」

「べべべべつに全然ラッキーじゃないですよ!こいつ全然胸ないし!!!」

「は?」




私の渾身のグーパンを腹に喰らった田中は、蹲っている。

みんな無視して、またわいわいと楽しそうだ。

私は田中のそばにしゃがんだ。



「なに、すんだ、よ」

「乙女の敵」

「悪かったよ」

「…イチゴのカキ氷ミルクがけ」

「…了解」


半泣きで立ち上がる田中。

とぼとぼと売店へ向かう後姿に、私もついて行くことにした。




「ほらよ」

ずいっと差し出されたカキ氷。

笑顔で受け取り、まずは一口。

「んーおいし」



田中は仏頂面で遠くを見ている。

「ねぇ」

「ん?」

スプーンに一口掬って田中の口元めがけて差し出した。

「この赤、さっきの田中の顔の色みたい!」

「な!」

「ほーら溶けちゃうよ」

「…」



また顔を赤くした田中はがぶりとスプーンに噛み付いた。



シャクシャク。

音を立てながらカキ氷を食べ、みんなのところへ戻る。



うん、怖い思いをしたけど今日はいい日だ。

楽しいし、なにより私の隣に田中がいてくれてる。

まだ顔赤くて挙動不審だけど、なんだか幸せ。



そんな夏の一日。










★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
またまた田中氏。
季節感ぜろですすみません。
ジャンプのコラボ読んだら刺激されて海。

20130115

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