凸凹ダブルス


3年3組と3年5組は体育の授業が合同である。
3年になって最初の種目はバドミントンで、2クラスの生徒たちが体育館に集められると男女でコートを分け、それぞれシングルスの試合が始まった。

「順位が成績になるからなー!真剣にやるように」

言われなくてもどんな種目だって全力だ、と岩泉は持ち前の運動能力を生かしてどんどんと他の男子を蹴散らしていく。バドミントン部の生徒が少ないのもあるが、彼等すら凌駕する強さに一部の男子からはチートかよとクレームが寄せられた。

そして2ヶ月が過ぎた頃、やっと全部の試合が終わって順位が出揃った。集計の結果、岩泉は男子の中でトップになりガッツポーズ。悔しがるバドミントン部所属の友人からジュースを奢ってもらうことが確定した。

その日、部活が終わり着替えをしているときのこと。
3組の花巻が、思い出したかのようにニヤニヤとしながら岩泉の脇を小突いた。

「おーーーい、岩泉くんよぉ?」
「なんだよその顔」
「お前、バドミントン1位だっただろ?」
「だからなんだ」

そのやりとりを聞いていた及川が「ゲッ本当に?岩ちゃん…うわぁ」と気の毒そうな顔で振り返った。
そんな及川に、松川や下級生たちは「なんでそんな反応なのだ」と首を傾げる。岩泉も同じだった。

「うーわ!岩泉知らねーのか!あーあ」
「残念だね岩ちゃんって」
「何がだよ!1位で何が悪いんだ」
「先輩から聞いてたんだけどさぁ、バドミントンは順位決めたあとどうなると思う?」

花巻が意地の悪い笑顔を作るので、イライラしながら「知らねーよ」と答える岩泉。

「来週からは男女混合になるんだぜ?」
「…へぇ。で?なにが残念なんだ」
「もー、岩ちゃんにはちゃんと説明してあげないと分からないよマッキー!」

察する力がないんだからと言いたげな及川は蹴りを食らって動けなくなったので、花巻が続きを話し始める。

「男女のペアは、それぞれの順位から決められるんだけど、男子の1位と女子の最下位・男子の2位と女子のドベ2…ってやってくんだよ」
「じゃあ岩泉のペアは最下位の女子ってことか…あぁなるほど」

松川も理解したようだ。しかし岩泉と下級生たちはそれでも首を傾げる。

「何が問題なんだよ?」
「バッカ!最下位っていったら、どうせ運動音痴のぽっちゃりさんだぜ?せっかくなら可愛い子と組みたいべ!?」
「マッキー正直すぎ〜」
「クズ発言だな。女子が聞いたら即村八分」

及川と松川も大体同じことを考えていたくせに、花巻のストレートすぎる表現に非難めいた声を上げる。矢巾は密かに、来年気をつけようと考えていた。

「別にどんな相手がペアでも関係ねーよ。勝てばいいんだろ」
「うん、岩ちゃんならそう言うと思ってたよ」
「さすがだねぇ…」
「ちなみに俺はわざと真ん中あたりの順位にしたぞ。そうすれば可愛い子と当たる可能性が高い!」
「それもそれでどうなの」






翌週、体育館へ向かう岩泉は先週の花巻の話などすっかり忘れていて、いざ授業が始まりペアが貼り出されてからやっと思い出した。
男女混合ダブルスになるとは知らなかった生徒がほとんどで一気に色めき立つ雰囲気の中、花巻がニヤリと笑いながら岩泉に近寄ってきたので一緒に体育館舞台までペアを確認しに行く。

「さーて岩泉のお相手はどのぽっちゃりさんかな?」
「お前マジでクソだな」
「あれ!?」

岩泉の名前の隣には、3組の女子の名前が書かれていた。知らない名だった。しかし同じクラスの花巻はもちろん分かるようで、何故だか「マジ?」「なんで」と混乱している。岩泉が「なんだよ」と声をかけようとしていると

「あの…岩泉くん…?」
「あ?そうだけど」
「私、ペアの名字です。よろしくお願いします」

ふいに後ろから現れた女子は、花巻の言うぽっちゃりさんとは違い、パッと見ただけでは最下位だったとは思えない普通の容姿…いやむしろ少し可愛い方かもしれない。
隣で呆然としている花巻は放っておくことにして、岩泉は丁寧に挨拶を寄越した女子生徒に一歩近づきこちらも頭を下げた。

「あーっと、名字 名前…さん?よろしく」
「ああああの、私…運動ぜんっぜんダメで…」
「…そうみたいだな」
「ご迷惑おかけしますが…」
「おー。勝とうぜ」
「うっ…うん!」

おずおずと話しかけてきた名字と名乗る人物が思いの外、腰が低く柔らかな話し方をするので岩泉は好印象だった。
そしてその日は各ペアでラリーをするだけに留まったが、確かに彼女は壊滅的な運動神経をしており岩泉は若干の不安を覚えた。パワーも反射もスピードもない。自分がカバーできればいいが…。






「しんじらんねぇ!」
「お前今日ずっとそれ言ってんのな」
「花巻さんどうしたんすか?」
「この前の体育の話、岩泉さんのペアの人が普通に可愛かったから荒れてるらしい」
「しかも自分のペアはなぜかぽっちゃりさんだったらしいよ」
「ブフッ…」
「矢巾笑うな!!動けるタイプのぽっちゃりさんだったんだよ!」
「本当、女子に聞かれたら殺されるぞ」

先週同様に、下級生を巻き込んで騒ぎ立てる男子バレー部の部室。及川は「つまんないのー」と早速興味を無くしていた。

「それにしても名字さん、見たことあるけどそんな運動できないなんて意外だな」
「そうなんだよ!確かに活発とかじゃないけど割と明るいし可愛いし、あぁーくそー!」
「夏休みまでのことだろ?諦めろ」

荒れる花巻を松川が治めて、一行は解散した。







雨の日の体育館はジメジメとしていて動きにくい。いつもよりスピードが鈍るなと岩泉は思う一方で、名前は雨だろうと晴れていようと変わらない鈍さだった。

いざ始まった男女混合ダブルスは、やはり名前が集中的に狙われるものの岩泉のカバーによりなんとか均衡が保たれている状態だった。

「ごめんなさあああい!」と喚きながらコートの中をバタバタ走り回る名前と、それを華麗に避けながらシャトルを打ち返していく岩泉のあまりに歪なペアに、休憩中の生徒たちはもちろん、指導教諭まで笑って見ている。

「岩泉、お前の体力がどこまで保つかだな!」
「うるせぇボゲ!」
「名前〜、動きが一周回って可愛いよ!」
「ハァッ…ほ、褒めてない…!」

相手チームの煽りもあって余計に注目を集める2人は、それぞれ別の意味の汗が光る。

「名字っ、邪魔だから退いてろ!」
「え?!」

ぜってー負けねーとムキになっている岩泉は、いつのまにか名前をコートから追い出して1人でシャトルを打ち返しており、ギャラリーからは野次が飛んでくる。

「おいー!名字さんが可哀想だろー!」
「見て名前ちゃん、ラケット持って立ってるだけな人になってる」
「シュールすぎっ…」
「コラ岩泉!邪魔でもせめて名字もコートに置いとけ!」
「先生の言い方が一番きついっす」







古典の教科書を忘れた岩泉は、6組の及川が持っていないと言うので仕方なく3組まで足を運ぶ。
昼休みの賑やかな教室の後ろ扉から中を覗くと、目の前には名前がいてお互いに驚いた。

「岩泉くん…」
「あー、花巻いるか?」
「…知らないデス」
「まだ拗ねてんのかよ」
「さすがに追い出すのはなくない?」
「…でもお前下手すぎ」
「ひど!岩泉くんみたいになんでもできる人には運痴の気持ちなんか分かんないんだっ」
「女がウンチ言うな!」
「運動音痴のことだもん!」
「知ってるわ!」

おとなしいと思っていた名前は意外とよく喋るタイプだった。試合中に除け者にされたことを未だに根に持っていたらしい。岩泉はこれ以上ここで騒いでも仕方ないと深呼吸をしてここは自分が謝ることにした。

「あー、悪かったよ。次から気をつける」
「ん、私も頑張る…。あと花巻くんならなんか呼び出されてていないよ?」
「マジかよ…」
「どうしたの?」
「古典の教科書借りよーと思って。1組行くわ」
「えっそれなら私貸すよ」
「い、いいのかよ?」
「もう3限で使ったもん。大丈夫だよ〜」
「や、そういうことじゃ…」
「ちょっと待ってて」

さっきまで怒っていたと思ったら今度は親切に救いの手を差し伸べてくれるとは…女子は本当によく分からんと困惑する岩泉のもとへ、名前は教科書片手にすぐに戻ってきた。

「どーぞ。明日は使わないしいつでもいいから」
「あぁ。ありがとな」
「ううん、じゃあまたね」
「おー」






古典の授業が始まり教科書を開くと、本文には細かくメモが取られていた。綺麗な字で、それぞれの単語の関係性などが記されているので分かりやすくなっていて感心する。
こんなに丁寧な字が書けるのに、コートの中ではちぐはぐな手足の動きをするのだなと思い出しては笑いを堪えるのに必死になっていた。


翌日、昼休みに適当に紙パックのジュースを買って名前の教室へ行って教科書を返却し、その後ジュースを差し出した。

「教科書ありがとな。これお礼」
「えぇー!わざわざ良かったのに…ありがとう」
「いやこちらこそ」
「あっこれ私好き!ラッキー!またいつでも貸すね」
「ジュース目当てかよ」
「んふふ」

ジュースで口元を隠し、いたずらっ子のように笑う名前は、最初に見せたおどおどした姿とも、コート内で下手くそに走り回る姿とも異なって、普通の女子高生で可愛かった。きっとペアにならなかったら、話すこともなく、知ることもなく卒業していたのだろうと思うと、岩泉はなんだか不思議な気持ちになる。






ついに岩泉ペアは、花巻ペアとの試合を迎えた。
岩泉の方を恨みがましい目で睨む花巻から視線を逸らし名前と向き合う。

「名字気を付けろ、相手は動けるタイプだ」
「へ?なにそれ?」

凸凹ペアがバレー部対決だってよ〜とまたギャラリーが集まってきた。

「岩泉!今こそスポーツでお前を倒す唯一のチャンス!」
「これくらいのハンデじゃ負けねーよ!」
「名前ちゃん、私、動けるタイプだから!」
「待ってさっきからそれ何!?」

自コート内の少なくとも4分の3は岩泉が守りながら、なんとか試合が続く。花巻も容赦なく名前を狙った。

「名字目ェ閉じんな!」
「ぅあ!入った!岩泉くん!入った!」
「バカヤロー向こう拾ってんだろ!こっち来んな!」
「花巻くんチャンス!」
「いよっしゃ!!」
「ひゃああああ怖いいい」
「名字テメー避けんな!!そんなんでエースになれると思ってんのか!」
「エースならないもんーーー!」

結果は僅差だったが花巻ペアの勝利だった。
死ぬほど悔しがる岩泉に、名前は何と声をかけたらいいのか分からずオロオロしている。

「い、岩泉くんごめんね…?」
「いや…俺がもっと強ければ勝てた」
「あいつストイックすぎだよな」
「良く言えば漢気があるわね」







月曜日。
及川が岩ちゃん帰ろーと誘ってきたくせに、すぐに後輩女子に捕まったので置いて帰ることにして廊下を進む。そこでプリントを出し忘れたことに気付き、職員室へ方向転換した。
無事に出し終えて退室しようとすると、同じように出て行く名前がいて、岩泉は扉を開けて彼女を先に出してやった。
名前も帰るところだったらしく、同じ方へ歩くのでなんとなく並んで話し始める。

「今日バレー部ないの?」
「あぁオフだから」
「ふぅん。岩泉くんて上手なんでしょ?花巻くんが言ってたよ」
「上手っつーか…まぁそれくらいしかねーし」
「うそ!何でもできるじゃん!」
「お前こそ、古典の教科書すげーよ」
「えっ、な…なにが」
「あんな細かくまとめられるとか。字も綺麗だし」
「あ、ありがと」

急に褒められて照れてしまった名前は挙動不審になりながら下を向いて言葉を続けた。

「あの、私今の体育…結構好き」
「あ?体育?」
「うん。いつも笑われるか慰められるかだから、岩泉くんにビシビシ言われながらやるの…新鮮で」
「ふーん」
「岩泉くんとペアになれてよかったなぁって…」
「…!」

顔を赤くする名前につられてしまう。
それに気付かれないように、岩泉は彼女と反対の方を向いて話を逸らした。

「お前、スポーツ全部ダメなわけ?」
「うん…足遅いし、力無いし。あ、でも見るのは好きだよ!いいなぁって思って見てるの」
「へー。じゃあ今度バレー見に来いよ」
「え!?いいの?」
「練習試合とか結構あるし。次の休みは仙台市体育館でやるから来やすいだろ」
「うんっ行きたい!」

ぱぁっと輝いた表情を見せる名前が本当に嬉しそうで、岩泉は自分で誘っておいて少し焦った。

「あー、花巻にでも時間とか聞いとけ」
「そうする!あ、でもそういうときって何着て行けばいいの?」
「はぁー?知らねーよそんなの」
「私服でいいの?制服着るべき?」
「どっちでもいいだろ」
「やだよ!だってみんな私服なのに1人だけ制服とかになったらダサいもん!」

そんなこと考えたこともなかった彼にとっては意味のない質問だが、必死になっている名前に、岩泉は特に何も考えずに返事をしてしまう。

「別にいいだろ、制服でも可愛いし」
「…へ!?」
「あ。」
「…ん?あれ、今」
「忘れろ。俺は何も言ってねぇ」
「ウソ!ねぇ、岩泉くんそういうこと言うキャラなの!?」
「はぁ!?んなわけ」
「ヤダー!イメージ台無しになるから及川くんみたいなこと言わないでっ」
「イメージってなんだよ!」
「だって岩泉くんは硬派なところが格好いいんだもん!」
「は?」
「あ。」

その後2人とも歩くのをやめて、時が止まったように沈黙が続くが、じわじわと頬に熱が集まってくるのは止められない。

「や、やっぱ試合の時間、俺が教えるから花巻に聞くんじゃねぇ!」
「じじじじゃあ!連絡先教えてよ!」
「おぉ任せろ!」

校門の真前、覚束ない手つきでスマホを突き合わす凸凹ペアの様子は、3年3組と5組の生徒たちによってあっという間に学年中に広まっていった。


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201001

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