僕と君との師弟関係


最近、名字からよく見られている。

同じクラスの名字名前は、控えめだが友達とよく笑っていて、わりと勉強ができるらしい…ということくらいしか知らない。

男子とはあまり関わらないのもあって俺とは接点もないし話したことも数えるくらいだ。

そんな名字がなぜ、ここ数日ずっと俺を見ているのか。他の奴らは気付かない程度だが毎日どこかしらで視線を感じるのは落ち着かない。

「え〜岩ちゃんに惚れちゃったとかぁ?」
「なんでお前はそういう考えしかできねーんだよ」
「うーん、でも相手が岩ちゃんじゃあねぇ。名字さんってよく見たら結構可愛いし、岩ちゃんじゃ勿体ないよねー…痛い!」

部室でジャージに着替えながら及川と話したがピンとこなかった。ケツを摩りながらひどいよぉと泣き言をいう及川を無視してコートへ向かい、軽くボールを壁に打ち付けて部活前に身体を温めていると、またあの視線を感じてハッと振り返る。

及川目当てのギャラリーが2階にぽつぽつと集まってきている中で、名字が少し居心地が悪そうにしながら隅の方で立っていた。

「ふぅん。確かに熱っぽい視線じゃないねー」
「…なんなんだアイツ」
「かと言って睨んでるわけでもないし、なんだろね」






部活が偶然休みになった日、名字に話しかけようと放課後まで待って教室を出て行く姿を追った。すると昇降口でなく体育館へ向かう。誰も使っていないのに?

体育館に着くともちろん開いていないが、それは知っていたようで、体育館の周りをキョロキョロと何かを探すように彷徨いている。何がしたいんだ。気になって仕方ねぇ。

「おい」
「ひゃあ!」

急に後ろから呼びかけたせいでものすごく驚かせてしまった。振り返って俺の顔見ると「岩泉くん…」とさらに怯えた表情をする。

「最近俺のこと見てるだろ」
「えっ…」
「なんか文句でもあんのか?気になるからなんかあるなら直接言えよ」
「も、文句!?そんなのないよっ」
「じゃあなんだ?」
「えっと…あのね」

逃げられないと観念したのか、名字はもじもじと制服の裾を弄りながら俺の顔を見つめてきた。

「岩泉くん、バレーボールってどこに売ってる?」
「はあ?」







突拍子もない質問に戸惑っていると、名字は恥ずかしそうにしながら話し始めた。

「今度の球技大会で、私バレーに出ることになっちゃったんだけど…その、バレーほとんどやったことなくて。チームの子たちみんなはりきってるから練習しなきゃと思うんだけど…ボールがないから」

「…もしかして今ボール探してたのか?」
「うん、ちゃんと返そうと思ってたけど…さすがに落ちてないよね」
「じゃあ俺のこと見てたのは?」
「ごめんなさい…岩泉くん見てたら上手になる秘訣とか分かるかなって思って…岩泉くん、どんな運動も上手だから」
「秘訣って…」

気持ち悪かったよね?ごめんねと謝る名字を他所に、我慢しきれなくなって吹き出してしまった。驚く名字に謝りながら、言い訳をする。

「俺のこと見たところで、上手くはなんねぇだろっ…それにボール…いやもうどこからつっこんでいいか分かんねーわ」
「う…」

顔を真っ赤にして俯く名字を見て、コイツって結構抜けてんだなと知った。しっかり者のイメージだったから意外だけど、その真面目さは正直いいなと思い、俺は自分のバッグのポケットを漁る。

「ほら」
「え?」
「体育館と器具庫の鍵。今日は俺が持ってんだ」
「あ、副主将だもんね…?でも、鍵が何…」

戸惑う名字は放っておき、さっさと体育館を開けてしまう。そして靴を脱いで中に入って名字を呼んだ。

「おら、バレー教えてやるから入ってこい」
「へ……えぇ!?いいのっ?」
「俺の日常生活盗み見てるより断然上達するぞ」
「おおおおお願いします!」

少し紅潮した顔で名字も俺に倣って体育館に入ってきたのでゆっくり扉を閉める。見つかったら怒られんのかな。まぁいいか。

軽く準備運動して、器具庫からボールを出してくると緊張した顔でボールを見つめている名字に差し出した。

「じゃ、まずはレシーブな」
「う、うん!お願いします」

軽くボールを打ってやると、ちゃんと両手を合わせて受けようと姿勢を取るので、一応フォームは分かるんだなと安心する。しかし、腕にぶつかったはずのボールはあらぬ方へ飛んでいったので、2人揃ってコロコロと虚しく転がるボールを見つめた。

「あーっと、とりあえず一回サーブもやってもらっていいか?」
「はいぃ」

一度すべての動作を見てから考えよう、と気持ちを切り替えてネットは張っていないコートの端に立たせて、軽く手本を見せてやる。ふんふんと俺の動きを凝視してから名字は動きを真似るようにボールを放って手首で打とうとした。

「あれ?」
「…」

ボールとのタイミングが全く合わず、床にぽとりと落とされたそれをまた2人で黙って見た。
アタックとブロックはおそらく難しい…が、とりあえずどのくらい跳べるのか試しにその場でジャンプさせてみた。

「えいっ!こんな感じ?」
「あっ…やべ」

見様見真似で腕を振り下ろす仕草をする名字から急いで視線を逸らした。こいつ制服だからスカートだった。短けーんだよ。ひらりと舞うスカートに本人は気付いてなかったようだから、とりあえず着ていたカーディガンを脱いで渡す。

「腰に巻いとけ。見えそう」
「え…あっ!うそ、ごめんね」

恥ずかしそうにカーディガンを受け取った名字は丁寧な手つきで下っ腹のあたりで袖を結ぶ。それを確認してから練習の流れを考えることにした。

「とりあえずはレシーブだな。サーブは最悪捨ててもなんとかなる」
「う、うん…」
「フォームと受け方教えるから、練習あるのみだ」
「家でもやる!」

ぐっと両手を握って前のめりになった名字は、結構根性がありそうで感心した。こんなど素人に教えるなんてなかなか経験がないから難しいが、少しでも手伝ってやりたいと思わされる。

腰の落とし方や、ボールを受ける腕の位置、形などを隣に並んで伝えると、一生懸命に真似をしていて気付けば1時間は軽く過ぎていた。さすがに疲れてそうだな。体力は俺たちの10分の1くらいしかなさそうだ。

「今日はこれで終わりにするか」
「はい…岩泉くん、ありがとう!」
「明日、どーする?」
「えっ!?」
「まだ練習したければ付き合うぜ」
「え、え…いいの?」
「ただ、俺も部活あるからその後の自主練の時間になって遅くなっちまうけど」
「大丈夫!待ってるから!!」
「じゃあ、連絡するわ…あ、連絡先知らねーや」
「ちょっと待ってね、スマホ!」

わたわたと自分のバッグを探りスマホを持って俺の元へかけてくる名字が無性に可愛く見えてしまってこっそりと顔を顰めた。







翌日、自主練することなく帰っていく部員たちを見送って(何か怪しむ及川は蹴り出した)名字に連絡を入れるとすぐに体育館までやってきた。

「お待たせっ…」
「走ってきたのか」
「うん、図書室にいたの」

昨日と違って髪をひとつにまとめている名字は、サブバッグから長いジャージの下を取り出すとその場で足を通そうとしたので思わず声を荒げた。

「おい、見えないところで着替えろっ」
「え、スカートの中で着替えようと思ったんだけど」
「それでもだ!」
「は、はい…えっと」
「あっち」

開けてある器具庫を指差すと、ごめんねとそっちへ入って行ったのでため息をついた。どこがしっかり者だ、すげー抜けてるぞ。

昨日の復習も兼ねて、まずレシーブの練習をさせた。本当に家でやってきたらしく、だいぶ形が様になっていて驚いた。後はそれをどこに向かって飛ばすか…また、相手コートへ送る方法などを教えることにした。

「悪いけど、ちょっと腕触るぞ」
「うんっ」
「例えばこっちに飛ばすなら…」
「なるほど」

後ろから名字を抱えるようにして腕の角度を覚えさせる。思いの外密着してしまうが、こいつは気にしてないのだろうか。束ねられた髪がふわふわと鼻をくすぐるので、俺の胸にひっつく名字の背中に心臓の音が伝わらないことを祈るしかなかった。

「今日もありがとう!」
「おー。お疲れ」
「あの…もしよかったら明日もいいかな?」
「明日って土曜だけど、来れんのか?」
「うん。私、家近いから」
「分かった。待ってるわ」
「ありがとう!!お願いします」

帰り道、遅くなったから送ればよかったかなと少し後悔した。そして翌日も部活が終わった夕方ごろにジャージ姿の名字がひょこっと体育館に顔を出して、なんだか嬉しいような恥ずかしいような気持ちになる。
そして帰りは昨日のこともあったので、送ってくと言うとものすごく恐縮しながらも最終的に頬を染めてありがとうなんて言うから、こっちまで顔が熱くなった。

「岩泉くん…私、アタックとかやってみたいなぁ」
「んんー…やるか?」
「いいかな!?私にもできる?」
「本番まであと少ししかねーけど、攻撃できた方がいいよな」
「うんうん!ありがとう!」

戦力になれるかなぁーと張り切る名字を見ていると、バレーを始めた頃の自分を思い出して微笑ましくなった。本番まであと少し…か。それを思うとなんとなく残念な気がして、俺は名字に惹かれ始めているんだと実感して少し怖くなる。

そうして秘密の特訓は球技大会の前日まで続いた。バレー部の奴らに気づかれなかったのは奇跡だと思う。時々触れ合う度に名字への想いが強くなっていった俺は、もう逃げられないところまで来てしまっていると諦めるしかなかった。球技大会が終わっても、こうして2人で帰り道を過ごしたりできないか…そんなことばかり考えていた。

「師匠、ありがとうございました!」
「おぅ。頑張れよ弟子」
「明日、絶対活躍するからね!」

少しふざけあった後に大袈裟なほど深々と頭を下げた名字が、また明日ねと家に入ろうとする手首を握っていたことに気づいたのは、名字に声をかけられたときだった。

「ど、どうしたの?」
「あ?あ、すまん。間違えた」
「えぇ?何を間違えたらそうなるの?」

くすくす笑う名字が綺麗で、可愛くて、その笑顔をこれからも俺に向け続けてほしいなんて…言っていいのか?単純に球技大会を頑張りたいってだけで俺のそばに来ていたこいつに、そんなことを言ったら嫌われるのだろうか。

「あー、明日、応援行くから」
「本当!?じゃあ尚更頑張るね」

握った手首を解放しながらそう言うと、名字はとても嬉しそうにしてくれたので、これで満足だと半ば自分を納得させるようにして別れた。







女子のバレーを見に行くと、ちょうど開始するところだったらしく緊張の面持ちで整列している名字と目が合った。グッと拳を作って名字に向けると、ふわりと笑って同じように拳を返してくれて、それだけでとてつもない幸福感を得た。

最初の頃よりだいぶ上手になったレシーブや、相変わらず入らないサーブ、そしてギリギリで決まったスパイクを見ながら、応援するクラスの連中に「あそこまで仕上げたのは俺だぞ」と自慢したくて仕方がない。
1クラス目には敗北したが、総当たり戦の次の相手には見事勝利し(もちろん名字以外もかなり頑張っていた)観戦していたクラスメイトたちが喜んで選手たちを迎え入れると、名字は真っ先に俺の元へ走ってきた。他の選手や、クラスの奴らがポカンとしている顔が一瞬目に入ったところで、胸板に衝撃を受ける。

「岩泉くん!見た!?見てた!?」
「…お、おい名字っ」

きゃあとはしゃぐ女子たちの声が聞こえないのか、名字は俺の体操着の横腹辺りを掴みながらぴょんぴょん跳ねながらアレができたコレがうまくいったと事細かに説明してくる。
え、どういう関係?と目を丸くしていた男子たちが、若干羨ましそうな表情になっていくのを感じて、優越感を覚えながら名字の頭を軽く2回叩いて祝福した。







大会後、部活はいつも通り行われたが少し短めに終わった。打ち上げは後日だけれどやはり少し体力を持っていかれた部員たちがぞろぞろと体育館を出て行くのに合わせて、及川と今後の予定などを話しながら俺たちもその後に続く。

「い、岩泉くん!」

俺たちの背中に届いた声が少し恥ずかしそうだったのは、隣に及川や花巻たちがいたからだろう。

「名字!帰ってなかったのか?」
「う、うん。待ってた…」

チラッと他の奴らを見てから俯き加減で名字が話すのは、多分さっき俺に飛びついたことを散々クラスメイトたちにからかわれたからだろう。他のクラスやバレー部員たちも見ていたから余計にだ。

「もー、及川さんほんっとうに岩ちゃん不信になりそう!」
「ハイハイ、話してもらえなくて寂しかったネー」
「分かるよー。だからさっさと部室行こうネー」

岩ちゃんずるいよと立腹している及川を、花巻と松川が呆気なく運んで行ってくれて名字と2人きりになった。
何か声をかけようとするより前に、名字が勢いよく頭を下げるのでたじろぐ。

「ごめんなさい!さっき…恥ずかしい思いさせちゃって」
「あ、あー。別にいいよ、勝てて良かったし」
「うぅ…嬉しすぎて周りが見えなくなっちゃったの」
「はは」

あまりに申し訳なさそうにするので、つい笑ってしまうと名字はそんな俺の方をそっと上目遣いで観察してきた。そして、あたりをキョロキョロと見渡してから俺に近づいてくる。
その距離がかなり近くなって内心緊張していると、名字は声のトーンを落として話し始めた。人に聞かれないようにとの配慮のようだ。

「あの、いっぱい教えてくれて本当にありがとう。今度お礼させてね」
「別にお礼なんていらねーよ。お前が頑張っただけだろ」
「ううん。岩泉くんが練習つきあってくれたからだよ。最初はずっと観察しすぎて気持ち悪かったでしょ?ごめんね」
「あー。アレな」

教室でも廊下でも部活でも、誰といても何をしていても名字の視線が身体に突き刺さっていたのが、もうかなり昔のように思えた。そして必死な名字が可愛かったなと思い出してニヤニヤと笑ってしまうと、名字はそれでねと話を続ける。

「私、しばらく見てるうちに、岩泉くんの色々な顔とか声とか知ったんだけど」
「おう」
「その、見てたら、好きになっちゃいました」
「……は?」
「しかもその後すごく親切に教えてくれるし、帰りも送ってくれたりして、もう完全に岩泉くんのこと大好きになっちゃって…」
「いや、ちょ…ま」
「ごめんね!純粋に教えてくれてたのにこんな下心丸出しになっちゃって!でももうこれでお話とかできなくなるし、どうしても伝えたくて!!だ、だから…ごめんなさい!いやでも本当に感謝はしてるからありがとう!?だけど…ダメな弟子でごめんなさあああい」
「名字!?」

勢いよく訳のわからないことを捲し立てた後、くるりと方向を変えて逃げ出して行ったので一瞬その場に硬直して、慌てて追いかけた。
なんだよあいつ、バレー下手くそだったのに逃げ足はなんでこんな速いんだっ。

部活を終えて帰宅する生徒たちの間を縫って名字を追いかけて、なんとか捉えたのは学校を出た後だった。

「おい、言い逃げすんなっ…」
「ひえぇ、ごめんなさい〜!もう見たりしないからっ」

半泣きの名字がまた逃げ出しそうな素振りを見せたので急いで自分の胸に閉じ込めると、わーわー言いながら暴れて、その様子すら可愛く思えてしまう。

「落ち着け。なんかまたどこからつっこんでいいか分からなくなってるけど…とりあえず」
「ううう」
「俺も好きだ」
「…」

一番重要だと思ったことを伝えると、動きも言葉もぴたりと止まってしまったので、そっと身体を離して顔を覗き込む。
そこには目を点にして半開きになった口をそのままに思考停止している名字がいた。なんつー顔だ。

「おい、大丈夫か」
「…え?」
「俺も好きだっつったんだけど」
「え、あの…本当?あれ?夢?」
「しっかりしてくれ。お前本当にキャラが意外すぎて」
「だだだって…あんなにすごい岩泉くんが私なんかを好きって信じられない…醜態しか晒してないのに」
「球技大会に一生懸命になってんのが良かったんだよ。いい加減信じろ」
「…うあ、ありがとう。幸せすぎる」
「んじゃ、これからも話したり出来るよな?」
「…へ?」
「名字の彼氏になっていいってことだよな?」
「カレシ!?えぇー!?」
「なんか文句あんのかよ」
「ないです!嬉しい!」
「よし」
「はぁ〜、夢みたい」

両頬を手で包んで肩から力を抜く名字の目は、うるうると輝いていた。
これからこいつの色々な表情を間近で見ていられるのだと思うと、とてつもない幸福感と、やっぱり優越感が得られたのだった。


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