かみさまとわたし.中編
【今日、廊下で及川と話してたよね?仲良いの?】
そんなメッセージが他クラスの男子から届いたのはあれからまた数ヶ月たった、夏休み明けのことだった。
夏期講習を受けるために学校へ足を運び、他クラスとの合同で選択科目の教室を移動した際、隣の席になって少し話をするようになった相手だった。
なんとなく話の流れで連絡先を聞かれ、なんとなく遣り取りをした。
明るくて面白い人だけれど、またしても私はピンと来ていなくて首を傾げた。
【前に偶然知り合っただけだよ〜さすがに仲良くなんてなれないよ】
苦笑いしている絵文字を語尾につけて送るとすぐ既読がつき
【だよな。あいつって周りの奴らもみんなチャラチャラしてるし、名前ちゃんの友達って感じじゃねーもん】
なんて返ってきたからちょっとカチンと来た。
あぁ、分かった。彼がピンと来ないのはこの不躾な態度だ。
及川くんと大して親しくもないくせに、よくそんなこと言えるよね、なんて送ろうとしてやめておいた。
そんなこと私に言われなくてもきっと本人が一番わかってる。
でも、あのルックスに加えて強豪バレー部の主将とくれば羨ましさとやっかみで、こういう物言いなんだろうと思うと少し同情もしてしまう。
ということで面倒くさくなり、返信するのをやめて布団に潜り込んだ。
そろそろ席替えだろうなぁ…と、登校してすぐ、まだ持ち主が到着していない前席を眺めながら思う。
プリントを前から順に回していくときにちらりと覗く前腕だとか、手の甲の血管だとか、もう見納めなのかぁ。
「はよ」
「あ、おはよう」
朝練終わりかな、汗を少し滲ませながら着崩した制服をパタパタと煽りながら岩泉くんが席につく。
今のはちょっとセクシーだったなぁなんて、私はさっきから変態か!と赤くなってしまった両頬を手で包んで机に突っ伏した。
すると机に振動を感じて、サイドにかけられたバッグを漁る。
案の定、ポップアップによって画面が明るくなっていて、そっと手元に手繰り寄せて覗き込んだ。
【おはよ。急で悪いんだけど昼休み空いてる?ちょっと話したいことあるから中庭に来てくれないかな?】
あ、返信忘れてた。
昨日カチンときたことを思い出し、断ろうかなと思案する。
でもさすがにいきなり既読スルーは大人気なかったし、とりあえず話だけでも聞きに行こうかな…。
友達とお弁当を食べるから昼休みの最初少しの間だけなら大丈夫だと答え、じゃあ中庭で待ってると返事をされたのでそのままスマホをバッグの奥に仕舞い込んだ。
指定された中庭はこの1ヶ月間手入れがほとんどされなかったことが窺える姿だった。
夏休みの間に伸びたであろう草が茂っているここに呼び出されてなんとなく虚しい気持ちになる。
しかも、待ってると言いつつ私の方が先に到着しているとは何事だ。
近くの渡り廊下の横にぽつんと佇む自販機になぜか共感を抱いていると、砂利を踏む音がして私を呼び出した張本人が現れた。
「わりー!遅くなって」
「ううん」
夏期講習の時と変わらない調子で歩いてきた彼は、まだ暑いからだろう、スラックスの裾を何回か折り曲げていて、草に触れたらチクチクしないのかな…と見当違いのことを考える。
チャリ…と小銭の擦れるような音がしてすぐ、紙パックのジュースが落ちる音に私たちが振り返れば、少し気まずそうにこちらを見ながらジュースを購入する女の子たちの姿があった。
「あー、なんか今日購買近くの自販機故障してるらしいわ」
さっき前通ったらみんな他の自販機探してた、と少し恥ずかしそうに鼻を擦った彼は、自販機から死角になるブロックで作られた腰丈の花壇を指さす。
「あそこ座ろーぜ」
「あ、うん」
周りの雑草のわりに、きちんと花が咲いている花壇のブロックが汚れていないことを確かめてから腰を下ろすと、肩が触れるかどうかのところに彼も座った。
「昨日さ、俺なんか怒らせたかな?」
「えっ?」
「返事…来なかったから」
「あ、えっと、ごめん」
なんとなく予想はしていたけど、昨日の既読スルーをいきなり突っ込まれて少し動揺する。
「朝になっても返ってこねーから、なんかヤバイこと言ったかなって気になってさ」
「ううん、ちょっと返し忘れちゃってて…あ、えと」
咄嗟についた嘘も、なんとなく失礼だったかと今更気付いて慌てるが、そこはあまり気に留められなかったらしく、安心したように彼は息をついた。
「よかった。俺さ、正直名前ちゃんのこと結構いいなーって思ってて」
「え、」
「だから嫌われたらどーしよってずっと考えててさ」
急にそんなこと言われて、私はどうしたらいいんだ…と言葉に詰まる。
「見た目もフツーに可愛いし?話してると楽しいし」
「うぁ、ありがとう」
「んで、清楚な感じで男を立ててくれるタイプじゃん?俺そういう子が好きなんだよね」
「うん…ん?」
いや待て、いつから私はそんな良妻賢母の大和撫子になったのだ。
そんな風な一面を見せた覚えはないけれど、彼にそう判断される何かがあったのかもしれない。
「や、私そんな清楚とか言われるタイプでは…」
「だからさ!もうちょいスカート丈長くして、髪も伸ばしてくれたらマジでドンピシャ!」
イラッ。
「なんかさー、顔だけのイケメンに擦り寄る女子たちってみんな同じ感じじゃん?量産型っつーの?俺あれ無理でさー。可愛く見せようと必死すぎて」
イラッ。
怒りのゲージが溜まっていく。
可愛く見せようとすることの何がいけないのだ。
私だって濃くはないけどメイクはするし、髪のケアだってしてる。
それは特定の人じゃなくても、可愛いと思われたいって気持ちが少なからずあるわけで。
まして好きな人に可愛く見られたいから努力するのは決してイタイことではないと思っているから、彼のこのバカにしたような言い方や、他人を下げて自分をアピールする手段は私とは合わないと思った。
あぁ、私は男運が悪い…いや、自分と価値観の合わない男を直感で見抜く力が無いのか?
いずれにせよ、ここでウダウダとこの人の話を聞いていても仕方ない。早く友達とキャッキャしながらお弁当食べたい。お腹も空いたし。
と、いうことで曖昧に返事をして腰を上げる。
すると彼が変な声と共に跳び上がったので私も一緒にびっくりしてしまった。
「え、何?」
「せ、背中!肩のところ!虫!」
「えぇ!?」
驚いて首を後方に捻るけど何も見えない。待って、虫って!?どんなの!?
「やべー!」
「ごめん、取れる?払ってくれる?」
「え!無理だし!デケーもん!」
「えぇえ!?」
やだやだやだ!デカいってどういうこと!?
というか払うくらいしてよ!デカいとか脅かすだけ脅かして、後退りってなんなんだ!
「うっわ!肩の方登ってる!」
「ちょっ嫌だ!どこ…」
首を捻ると、肩の後ろあたりに何やら触覚のようなものが見えて気を失いそうになる。
もう、このシャツ脱ぎ捨ててやろうか。中にはキャミソール着てるし別にこの人に見られたところで…!
と胸元のボタンをふたつほど震える指で外したとき
「おい、どうした?」
神の声が聞こえた気がした。
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