インヨウ島 88

情熱を

 全世界の名立たる強豪達が集まった戦争にルーキーであるルフィが加わっていたとは、はじめは驚いたという言葉じゃ言い表せなかった。
 しかし納得はできた。兄を助ける為に脱獄不可能と謳われていたインペルダウンに侵入、同時に脱獄し、その儘脱獄囚達を率いて戦争へ。そして目の前で兄が死に、きっと精神的にも身体的にも無事ではないはず。
 戦争翌日の記事を読んだキアーラは、ソウウンとの契約を破り即刻船を出すように求めた。こんな時だから仲間のところへ行きたい、いや、行かなければならないのだと訴えた。しかし頑固なソウウンがそれを許すはずがなくキアーラの訴えは棄却され、これ以上の抗議は島民の安全を脅かす行為として、最悪の場合処刑するとまで警告された。
 こんなところで死ぬわけにはいかず、だがこの儘島に滞在し続けるつもりもなく、無謀にも船を奪おうとしたりそれが駄目だった時には船を自作して一目のつかない海岸から脱走しようともしたりしたけれど、見聞色の覇気使いであるソウウン達にそんな事は筒抜けだった。


 ある意味、生死瀬戸際の攻防を一日中繰り返した次の日の早朝。監視の意味を込めて、寝食する事になったソウウン宅で朝餉の準備を手伝っていた時だった。

「…うん?」

 外から何かが落ちる小さな音が聞こえた。共に手伝いをしていたサイウンの顔を窺うと、彼女が音に気付いた様子はなく、変わらず汁物を温めていた。

「…サイウン。今の聞こえた?」
「え?何かあったの?」

 捌いた鶏の後処理をしていたキアーラは、専用の包丁を拭き終え引き出しに片付けると、サイウンの隣に立ち静かに呟いた。二人は顔を見合わせ、キアーラは手を止めたサイウンへ「私が様子を視るよ」と告げ、意識を外に集中する。
 この時間帯は警備に就いている武官かキアーラ達のように朝餉の準備をしている女くらいしか起きていないはず。まだ拙い見聞色の覇気を駆使して様子を窺えば、勝手口の外には誰もおらず、あるのは一つに束ねれらた紙のみ。そして遠くには飛び去る一羽の鳥の気配があった。
 状況を理解したキアーラは急いで勝手口を開けた。差異はあったが覇気で感じ取った様子と同じ光景が視界に広がる。

「ニュース・クーだ。新聞が来てる」

 先に外に出て新聞を拾い上げたキアーラが安心させるように笑うと、サイウンを息を付いて肩の力を抜いていた。
 今回ニュース・クーは如何やらここに新聞を落としたらしい。先日来た時は町の市場に落としていたから、彼らはこの島のどこかに落としたらいいと認識しているとキアーラは見解していた。
 それにしても今回は運が良いように思う。確かな決まり事ではないが、最初に拾った者は首長であるソウウンに届けるまで新聞を読む権利がある。昨日の事があり、今後は簡単に新聞を読ませて貰えないのかもしれないと予感していたキアーラは、思いもよらず舞い込んだ僥倖に感謝しつつ、早速新聞を広げた。

「!?」
「何が書いてある?」

 後ろから覗き込むサイウンと共に今回の特大記事に目を移すと、そこには先日行方不明を報じられた筈のルフィが"冥王"シルバーズ・レイリーと元七武海"海峡"のジンベエと共に復興中のマリンフォードに現れたという記事があった。
 胸に麦わら帽子を当て祈るように目を伏せている写真が大々的に載せられており、その横には、奪った軍艦でマリンフォードを一周しその後ルフィは単身で広場西端のオックス・ベルを16点鐘したと。そして広場に残る戦争の大きな傷跡に花束を投げ込み、記者や海兵に囲まれる中堂々と黙祷を捧げたという文字が羅列していた。
 突然やってきたスクープだったせいか、記者が興奮気味に書いたらしい記事には数名の著名人による不可解な"麦わら"の行動についての推察が紹介されている。

 軍艦で島を一周する行為は"水葬の礼"。花束と黙祷は兄のエースや"白ひげ"などのこの戦争で命を落とした人々への追悼を意味するものとして、記事にある著名人達は一同に書き連ねている。そして問題はオックス・ベルの16点鐘。海軍や一部の海賊はオックス・ベルが年終わりに8回、年始まりに8回占めて16回鳴らすのが海軍の習わしだと認知されている
 これらの"麦わら"達の行動から、『時代の終わりと始まり』の宣言、つまり新時代のリーダーとしての挑戦状という意図が読み取ったはずだ。

 普通ならば。

「……ふふ、成程。レイリーさんの入れ知恵かな」
「何の事よ」

 いきなり笑い出すキアーラへ肘で突くサイウンは、どんな面白い記事が書かれているのかと再度記事に目を通す。だが書かれているのは得体の知れない外海の出来事で、何がどう重大なのかどこが面白いのか理解が難しい。ただ一つだけ言えるとしたら、キアーラが所属する船の船長が何やら大事を仕出かして大変だという事のみ。外海について無知であるせいで何度読み返してもキアーラの真意は分からない儘だった。
 新聞を折り畳んだキアーラはやんわりとサイウンの背を押して中に入ろうと促す。キアーラは、勝手口の奥から先程まで一緒に朝餉の準備をしていたキカが、無表情でこちらをじっと見ている事に気付いていた。そんなキカと目が合った瞬間、サイウンとキアーラの背筋に悪寒が走った。
 彼女は淑やかそうに見えて、実は強引で最強な医師であり母である。年頃の娘二人が仲好さげにしていてもやって貰わなければならない事はキチンとやって貰う。無表情という仮面に隠された感情の片鱗に恐れ戦き、やんわりと笑顔を浮かべていたはずのキアーラの顔は、よく見ると盛大に引き攣っていた。母の、キカの報復が如何に恐ろしいかをサイウンとキアーラは知っている。



* * *



「お願いがあります」

 手を組み、正面からこちらを刺す鋭い眼光を受け止める。昨日散々脱走を試みた身で何を言うかという言葉が正面の男から声のない言葉が聞こえるようだった。
 この件を家で話す事ではないと判断したキアーラは詰所へ赴くソウウンに付いて行き、団長室で二人になった途端口を開いた。現在独裁制のインヨウ島で全ての権力を持つこの人さえ頷いてくれさえすれば万事解決だと身を以て体験しているからだ。

「下らん話なら聞かんぞ」
「そうですね、昨日の事については生き急いだと反省しています。皆さんにもご迷惑をお掛けしました。申し訳ありません」
「それは他の者にも言え。気が気じゃなかった者もいる」
「はい」

 気が気じゃなかった者はこの場合数名に限られている。彼らには本当に心配をかけたと言葉の通り反省はしていた。だがこれからお願いする事も彼らに迷惑を掛けてしまう事だろうからと内包していた気持ちを一度押し込めて、再度ソウウンに手を組み直し頭を深々と下げた。

「2年、この島で私を鍛えてください」
「……何かと思えば、」
「改めてとなりますが、その代わりに私が持つ機械鎧の知識と技術を全て公表します。賊が襲来した時には武官として島を守ります」

 ルフィはメディアに不可解な行動を報じさせてる事で、仲間に自身の決断を伝えた。不可解な行動の真意は、仲間達に何か意味があると思わせ疑心を抱かせる事。そして、『3D2Y』と右腕に刺青を入れ、新たな集合日を仲間以外の人間に悟られる事なく確実に知らせる。
 これはルフィが抱える現状を察すれば酷にも思える行動だが、この行動は惑うキアーラを落ち着かせた。さらに、一つの目的を目指すように定めさせ、今一番辛い状況である筈のルフィを助ける為に、これから先の海を渡る為に今以上に強くならなければいけないと思わせた。おそらく他の仲間達も同じ気持ちなのだろうと憶測する。
 おかげで戸惑いはなくなった。ならば自分には何ができ、どの様な行動をすべきか。考えれば答えはすぐに出る。

 ルフィは無知だ。得体の知れない物を"不思議"の一言で終わらせてしまう。だから、その"不思議"を解明し、自分達の力として引き込む為にキアーラは知恵を絞り、時には影でサポートしようと思った。

「お願いします。力を得る機会をください」



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