シャボンディ諸島 63

捕食者

「前からハイスペックな奴だとは思ってたけど…」
「キアーラって剣も使えたのか!?」
「あの子、どんだけ強いのよ…!」

 空を飛び回るトビウオ達を流れるような動きで双剣や錬金術を駆使し、海へ叩き斬り落としていくキアーラ。新しい武器のお披露目だからなのか、それとも待ちに待った戦闘であるからなのか、心持ちイキイキと悪人面をしているようにも見える。
 上空から落下する勢いで襲いかかって来るトビウオを前に、キアーラはサニー号の柵を大きく飛び越えると片方の双剣を逆手に持ち、遠心力を利用して乗組員諸共切り刻んだ。

「ギャーー!!キアーラが海に落ちるゥゥ!!」

 柵を乗り越えた先は一面の海。心配して叫んだウソップの声が耳に届いたキアーラは、心配無用とでも言いたそうにニヤリと笑った。
 そして、足が海につきそうなその一瞬、キアーラを掻っ攫うように伸びる影が一つ。

「ははっ!ナイスキャーッチ!!」
「しっしっしっ!!セーフだなキアーラ!!」

 キアーラの腰にぐるぐると巻きついたルフィの長く伸びた腕は、いつかの空中飛行を思い出させる。それからサニー号に戻ったキアーラを待っていたのは「心配させるな!」「キアーラすげェな〜!」「お前泳げないだろ!」という、十人十色な反応。
 前者二つは適当にあしらったものの、後者のものは聞き捨てならなかった。確かに腕に鉄の塊をぶら下げて一見すると浮遊でしなさそうに見えるが、機械鎧の内部は僅かに空洞があるため浮力はある。それにアメストリス国の亜熱帯地方で生まれ育ったキアーラは、幼い頃はよく川や湖で泳ぎ遊んだ事がある。だから決して泳げないわけではないのだ。だが、あの高さから落下した場合を考えれば、間違いなく重力の法則に従って海中へ沈んでいただろう。
 しかしそこまで考えられないキアーラではない。仲間達の配置場所、特に腕の伸びるルフィやフランキーの位置は確認していた。仲間への信頼があったからこそ出来た攻撃なのだ。

「あ、そうそう。ねェナミさん」
「なに?」
「さっきウソップくんから聞いたんだけど、あのタコの魚人、敵だったんだね」
「…そうだけど、今は関係な」
「なんなら、私が始末しようか」
「っ!!?」

 ナミの言葉を遮り、小さくナミだけが聞こえるように言い放たれた最後の一言にナミは全身の身の毛がよだつようだった。「ハチは無害なやつだから助けてもいい。ケイミーとの約束があるから」今回のこれはナミがそう判断して始まった戦闘だ。だからゾロさえもが、ルフィの命令でハチを救出し、ハチを気にしつつ戦っている。それなのに、何を考えて今さらこんな事を言うのだと、ナミは普段と何も変わらない声色で言ったキアーラが不気味だった。

「っ、バカ言ってないであんたは早くトビウオを倒してきなさい!!」
「…了解!じゃあ行って来るね」

 あの不気味さはどこへ行ったのやら。今までの空気を吹き飛ばすような笑顔を撒き散らしながら、再び戦いの真ん中に走って行ったキアーラを、ナミはただ呆然と見送った。




「酷な事を言うのね。」
「…確認しようとしただけなんだけど」

 大砲を撃つウソップやフランキーの援護をしていたロビンが世間話をするように、サニー号の上を駆け回るキアーラのもとへ来てそう問いかけた。
 キアーラ自身も、ロビンが言うように今のナミにとっては酷な事を言ってしまったと少し反省していた。その証拠に、何十人目かになるトビウオライダーズを斬り落した時のキアーラは、はぁ、と息を溢して気を落とすように肩を窄めている。

 表面ではああ言っていたものの、深層心理では故郷を虐げ続けた一味の幹部をナミがまだ恨んでいるとしたら。今後のナミや麦わらの一味という"組織"を思えば、キアーラはハチをそのまま放っておく事ができなかった。始末するという事はどういう事を意味するのか、理解出来ていないわけではない。もし仲間や一味の行く末に、『そういう事』に遭遇した時にはキアーラは率先してその役目を請け負おうと心に決めていた。自分が強制的に終わらせた人の命を背負う事は、初めてではないから。
 しかし、もしナミがハチを許そうと努力している真っ只中だったのなら、自分の一言は余計なお世話どころではなかったのだろうとひどく気落ちしてしまう。

「お節介すぎたかなァ…」
「私は大丈夫だと思うけど。ナミを思っての提案でしょう?きっと分かってくれるわ。度が過ぎた残酷さだったけどね」
「ぐはっ!最後の一言が心に滲みる…」
「ふふ、見たことない一面にナミはびっくりしたでしょうね」
「まぁ、呆気に取られてた表情はしてた。…これからは気をつけるよ」
「それがいいわ」

 器用にも敵を捌きながら言葉を交わす二人だった。ナミには後で一言謝ろうと決めたキアーラが双剣に付着した血を振り払い次の攻撃に備えた時、アジトの方向から低く鈍い鳴き声が聞こえ動きを止めた。敵もその方向へ気を移しており、キアーラも鳴き声のもとへ視線を向ける。

「"モトバロ"の声だ!!」
「ヘッドだ!!」

 どうやら、やっと敵の大将のお出ましらしい。大型の黒いバイソンに乗ったこれまた大柄な男がキアーラ達がいるサニー号に向けて喋っている様子を、一時停戦してリラックスした状態で伺った。

「…おれは今日ここで…!!たとえ刺し違え様とも…必ずお前を殺す!!!」

 キアーラは敵に見覚えなんて欠片もない。仲間達を見渡してもそれは同じらしい。

「海賊、"黒足のサンジ"!!」
「!?」
「会いたがったぬらべっちゃ…」

 何やら一方的な恨み辛みをサンジに抱いているらしい。
 自分には関係ない事かと、キアーラはおとなしく見守る事にした。



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