スリラーバーク 37

ゾンビの腐臭

「おーい!!おーーい!!…あれ?」

 薄暗い廊下を進む中、横を歩くルフィの声が壁に反響する。同時に、キアーラは自分の後ろには確かに誰もいない事を確認した。

 結論から言えば、サンジとゾロが消えた。玄関口の広場で初めに姿を消したサンジに続き、今度はゾロが突如としていなくなってしまったのだ。あの二人は単独で動いても死ぬような質ではないし、聞けばゾロの迷子は上陸時にはお約束となっているらしい。だからそれ程気にする必要はない、とロビンはキアーラに言った。しかし、ブタゾンビの仲間か何かが手を回したのは、ブヒブヒと白々しく笑う事で「何かしました」と言っているようなものある。
 ルフィが無理やり聞き出そうと躍起になっているが何をしても無駄だったようだ。これまでの観察の結果からして、この島のゾンビ達は"死なない"、"疲れない"の原則があっていくら拷問のプロが拷問しても恐らく口を割る事はないだろう。キアーラがフランキーが持つブタゾンビを鋭い眼光で見下ろしてみると、ブタゾンビは「ブヒッ!!?」と鼻を鳴らして引き攣った顔がさらに引き攣っていた。

「……感情にも個体差がある、と」
「何書いてんだ?」
「ゾンビの観察記録」

 コートのポケットから手帳を取り出しメモを取る。ゾンビ達に同情はしているが、少なからずキアーラにとって未知な生物は研究材料の一つであるのだ。そう言えばここのゾンビ達はへたな人間より表情豊かだったなぁと思い巡らしてみた。
 そして、いつの間にかルフィは甲冑を身に纏っていて、歩くたびにガシャガシャ甲冑を鳴らせていた。ルフィがどんな格好をしていても自由だとキアーラは思うが、いざという時、彼はゴムの体をどう活かすのだろうかと少し気になった。
 確かに鎧・甲冑は男じゃなくてもロマンだとキアーラは激しく同意する。しかし麦わらの一味の主力二人が行方不明、または攫われた今、あのような隙だらけな格好では、次の標的は自分にして下さいと言っているようなものである。

「キアーラ、あの人達に構わないで行きましょう」
「あ…、はい」

 少々羨ましそうに流し目で、コントを繰り広げる二人を見ながらキアーラはロビンの後に続いた。結局、キアーラも鎧・甲冑が大好きという事であった。

「広間に出たわよ…」
「広間っていうか、外に出ちゃってるんですけど…」

 淡々と進んでいくと、いくつかのボロけたテントが置かれている闘技場のような場所に行き着いた。キアーラはぐるりと闘技場内を注意深く見渡す。これまでの道のりを考えて、このような広間や景観が変わる場所には必ずと言っていいほど何かが起こるのだ。注意を怠らないわけがない。
 そんな中でもブヒブヒと笑うブタゾンビ。集団の先頭に立っていたキアーラが最後尾にいるはずのブタゾンビの方を振り返り、煩わしそうに見れば視界の端に何かキラリと光るものを捉えた。

「フランキーさん上!!」
「ッ!?うお!!?」
「フランキー!!」
「……誰!?」

 光る何かは刃物と鎧だった。刃物を持った鎧は丁度入口の直下にいたフランキーに向けて重力のままに振り下ろした。体中に刺された槍が刺さったままであるのに動く鎧、鉄の体を持つフランキーの攻撃に怯まない鎧。それは間違いなくゾンビであった。それに加え、これまでのゾンビと強さが比ではない。
 "一国の騎士団長"、"凶悪な犯罪者"、"伝説の侍"、"海賊"、"拳銃使い"。そんな奴らが不死身になったのがこの鎧のゾンビだという。そしてこの先の道にはそういったゾンビがわんさか出てくるのだと、ブタのゾンビは言った。

「塞がれたのは…、後ろだけじゃないわよ」

 強気な発言とは相反して、逃げ腰のブタゾンビを引っ捕えようとして時、ブタゾンビと一味の間にはカベゾンビが立ち塞がった。逃げ道を絶たれ、次第に大きくなる無数の足音の方へ目を向ければ…、

「…おれの経験から物を言わせて貰うと…コリャさすがに……、手強すぎるぞ…!!」
「ヨロイだらけだー!!!」

 幾多に群がるゾンビが立ちふさがっていた。

「ありゃ〜…」

 眼前に広がる壮観な景色を前に、キアーラの表情は見事に引き攣った。
 
 これは参ったわ。



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