スリラーバーク 30

行く気満々の人

「何言ってんだよ水くせェ!!だったらおれが取り返してやるよ!!そういや誰かに取られたつったな、誰だ!?」

 何を取り返すのかというと、それはブルックの影だ。ルフィはブルックに迫って言うが、行く当てもない、影を奪った相手と出会える確率は極めて低い、出会えたとしても勝算はもっと低い。そんな状況で出逢ったばかりのキアーラたちに、その負担を片鱗も背負わすわけにはいかないとブルックは言う。それどころか、話を誤魔化そうとして舟唄を歌おうとする始末だった。
 キアーラは話に流されるルフィを尻目に見ながらコップに口を付け、一息つく。
 これ以上、本人の意向を無視してブルックの懐に入る事はできないだろうと、キアーラは一種の諦めがついていた。本人が拒絶するのなら、何も言うつもりはない。

「ギャアァアアァアア!!」
「!?」
「おい、何だどうした!?」

 ブルックはヴァイオリンを手にしたのと同時に、けたたましい悲鳴を上げた。ブルックが腰を抜かして見上げる先を這えば、見た目は可愛らしいゴーストが壁をすり抜けてこちらを見下ろしていた。

――ズズン!!
「っ!?」
「何の振動だ!?」

 あのゴーストを確認した刹那、今度は大きな揺れが起こる。
 一目散に船外へ出たブルックの後に続き、示される方を見れば大きな口の形をした門が閉じられていた。

「…もしやあなた方、『流し樽』を海で拾ったなんて事は」
「…えぇ、拾いました」
「それが罠なのです、この船はその時から狙われていたのです!」
「狙うって!?どういう意味だ!?この船は今ずっとここに停まっていたのに」

 どういう意味も何も、数時間前にキアーラが言ったとおりの事が今ここに起こってしまった。
 あの時、自分たちが思っている以上に悪い状況に立たされているのだと、もっも強く言っておくべきだったと後悔した。けれど、それほど強い罪悪感は浮かばず、何故か未知な事物に対して沸き立つ好奇心がキアーラを少しずつ高揚させてゆく。

「これは海を彷徨う"ゴースト島"…!!『スリラーバーク』!!!」

 濃霧に覆われ、不気味な雰囲気を惜しみなく醸し出す"西の海"から流れて来た島。スリラーバーク、まさやスリルを存分に楽しめそうな島である。

「ヨホホホ!」
「うお!何て身の軽さ…!」

 ブルックは一息に笑うと、ひと蹴りで船首に飛び移った。
 絶対に海岸で錨を下ろしてはいけない事、そして自分たちとの出逢いがとても嬉しかった事をキアーラたちに伝えると、能力者であるはずなのにあろう事か、海に飛び下りてしまった。

「は…!?」
「海の上を走ってる!!」
「うおーすげェ!!」

 次第に小さくなる特徴的なアフロ。
 海上を走れるほどの脚力は、一体あの骨の身体のどこから発揮されているのだろうか。自分に対する憤りもすっぽ抜けるくらい疑問に思うそれは、今は全く関係の無い事。
このやばそうな島から一刻も早く脱出しようと提案するナミの背中を横目に見ながら、キアーラは船長の指示を待った。

「…ん?なんか言ったか?」
「「「行く気満々だぁー!!」」」

 …まぁ、そんな気もしていた。
 ショックを受けているナミ、ウソップ、チョッパーの傍らで、キアーラは少し嬉しそうな様子で肩をすくめるのだった。



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