スリラーバーク 29

生きる事は難しい

「戻ってくるかな。特にあの二人」
「縁起でもねェこと言うんじゃねェよ。…多分戻ってくるだろ」
「多分じゃん」

 結果から言えば、誰にもルフィの勢いを止める事は出来なかった。ゴースト船に乗り込もうとしたルフィを必死に(主にウソップとチョッパーとナミが)止めたのだが、それを聞こうともしなかったため2人の監視役をつける事で妥協する羽目になってしまった。
 そして運悪くクジで選ばれたのが、ナミとサンジの2人。ゴースト船に乗り込む直前、縋るような目で振り返る2人は見送る側も心苦しくなるほどに痛々しく、乗船後、悲鳴が聞こえる度に居残り組全員がそっと心の内で謝るのだった。

「悪霊退散悪霊退散!!ルフィ安らかに眠れ〜!!」

 即席で作った十字架をゴースト船に向けるウソップとチョッパーは相変わらずだが、他のクルーたちは大概落ち着いてきたようだ。
 その中でも一番年上になるフランキーはそっと周りを見渡した。そして特に意外だと思ったのは、物音一つ立てないほど静かにゴースト船を見上げるキアーラの事だ。
 フランキーが考える科学者像は、自らが見たもの感じたものや信頼性の高い文献に書いてあるものを真理であるとし、ましてや今回の幽霊騒動など目にも止めないような印象がある。
 しかし、目の前にいるこの科学者はどうだ。幽霊だ化物だと騒ぐウソップたちに、非現実的なものに対して何で騒ぐ必要があるのかと鼻で笑う様子もなく、ガイコツが動いていたという事実に混乱している様子もない。
 その逆で、フランキーの目には幽霊という存在を信じているように見えた。いや、信じているというより、容認していると表現した方が確かだろう。

 事実、キアーラは魂という概念は理解しているし、それの存在を確認している。
 "大エリクシル"、"赤きティンクトゥラ"、"伝説の中だけの代物"、"賢者の石"

 様々な呼び名があるその石の材料は、人間の魂である。
 その存在を自らが目視し、一人の人造人間を成り立たせている事を知っているのに、どうして魂の存在を否定できるだろうか。まして、弟の魂を鎧に定着させた兄がいるというのに。
 そもそもキアーラたちがいるのは偉大なる航路という、何が起きても不思議ではない海。キアーラがこうも冷静でいられてるのは、『あり得ない事に遭遇する』という場面において、人並み以上に場数を踏んでいたからだった。
 しかしこの冷静さは、実際にルフィが例の奴を連れて来た事で終止符を打たれる事になる。



* * *



「ヨホホホホ!!ハイどうもみなさん!ごきげんよう!!私、この度この船でご厄介になる事になりました、"死んで骨だけ"ブルックです!!どうぞよろしく!!」
「「「「ふざけんな!!何だコイツは!!」」」」
「ヨホホホ、おやおや手厳シィー!」
「………マジか…」

 異様にテンションが高い長身なガイコツを前に、キアーラはポッカーンと開いた口をしばらく閉じる事が出来なかった。
 勢いとは恐ろしいもので、あろう事か例のガイコツ――ブルックに先導され麦わらの一味はやや早い夕食を取る事になった。
 キアーラはカウンター席に座り、ルフィの頭越しにブルックを観察する。
 何十年もろくに食事をしていないというブルックは、容姿は全く似ていないというのに同じ錬金術師として共に戦った事がある同い年だった少年を彷彿させた。
 彼は鎧の内側に兄の血で書かれた血印で魂を鎧に定着させていた。すると、ブルックにも同じように魂と骨を媒介するものがあるかもしれない。
 見れば見るほどブルックの身体はキアーラの好奇心をそそるものだった。

「で、そろそろ教えてもらえませんかね。その身体の事」

 食事が一通り終わったのを見計らって、キアーラは誰もが思っていた疑問を投げかける。
紳士というわりに食事のマナーがなっていないというのに、一丁前に「美しいお嬢さんのためなら」と似非紳士ぶりを発揮するブルックに、キアーラは大仰に眉間に皺を寄せた。

「単刀直入に言いますと、これは"ヨミヨミの実"の能力なのです!!」
「"ヨミヨミの実"…!?」
「やっぱり"悪魔の実"か…」

 誰もが予想していた可能性の一つに納得は出来たものの、キアーラはその"ヨミヨミの実"の能力やガイコツになるまでの経緯を聞いて、全身が総毛立つようだった。それを鎮めるように、右手で首をさすってみたがなかなか鎮まらない。
 あの時、あんなにも懇願していた人間の甦りがこんなにも苦しい事なのだと、再認識させられた。
 ガイコツの身体とは別問題だとしても、影を取られる、日光の下を歩けないという散々な人生を歩んで来たはずなのに明るいブルックには潔さと孤独を感じた。

「今日はなんて素敵な日でしょう!!人に逢えた!!」
「!!」

 数十年もの間、たった一人で濃霧の海を彷徨う辛さはそれは壮絶なものだったのだろう。
 搾り出しだようなその声は、全員を黙らせるほどに威力があった。



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