書斎、じゃなくてプライベートルームということはそういうことなんだろうと思う。込み入った話や邪魔を寄せ付けない、身内だろうとそれを許さない時は大抵此処を選ぶこともなんとなく分かっていた。部屋に着いてすぐ離れるように平門から距離をとるものの平門の目は色一つ変えない。

「そう警戒するな」
『…してない』
「ならこっちへ来い」

そう言いながら中央のソファが並ぶテーブルへ促した。向き合いたくはないけど隣に居られるよりはまだいい。


「久しぶりだな」
『……』

久しぶりといえる期間なのかも分からない、だけど平門が言うからきっとそれだけの日は経ってるんだと思う。あんなに悪態吐いていたのにいざこうして向き合うとなかなか言葉が出てこない。


「…随分痩せたな」
『……』
「蒼、顔を上げろ」

そこでやっとまともに目が合う。だけどすぐ目を逸らしてしまう自分もよく分からない。多分久しぶりのこういう状況に慣れというものを忘れてしまってるんだと思う。


「確かめたいことがあると言ったことだが」
『…?』
「…見せてみろ」
『…え?』

見せるって…一瞬何のことか分からなかった、だけど平門の視線は私の体、所謂痣を見せろと言いたいんだ。

(…っ)


前までは躊躇うことなんてそうなかった。なのに今はすごく躊躇うし、すごく嫌だ。最近自分でもまともに見てなかったそれを改めて見るのも億劫で…今一体どんな形をしているのかはっきり言ってわからない。


「蒼、聞こえなかったか?」
『…やだ』
「……」

そこでハッとした。隙間から見える胸元には前までなかった蔦のようなものが首に向かって伸びていた。前まではそんなものなかった、なのにまるで私自身を覆い始めているような伸び方にゾッとした。そんな私のちょっとした表情を平門が見過ごすわけがなかった。


『何も、変わってないから』
「見せる必要がないと言いたいんだな」
『分かってるなら「なら尚更だな」…!』

私の言葉を塞ぐ言葉と同時にこっちへ来ようとする平門に思わず立ち上がって更に距離をとった。ゆっくりと顔を向ける平門の目は…今まで見たことがないくらい冷めているように見えてゾクっとした。

でも、見せられない。見せたくない、こんな気持ち悪いもの。


「そうやって逃げる、ということは何か隠しているということになるが」
『見せたくないって言ってるでしょ…!』

語気が荒くなりそうになるけどぐっと飲み込んだ。今の平門ははっきり言って怖い、だけど…見せたところでどうしようもない。なら見せたくない。


「悪いとは思わない」
『…!』

その言葉より先に一瞬で鼻先が触れる距離に詰められたことに声も出なかった。至近距離の平門の目に囚われて身動きが取れないその一瞬で着ていた服に切れ目が入って大きく肌蹴られていることに気付いた。
咄嗟に隠そうとしても両手首を掴まれてもう成す術がない。


『何、すんの…!』
「……」
『離して…平門…っ』

どうして涙が出るのか分からない。でもこんな手荒なことをされたことが原因じゃなくて、平門に見られてしまったことがやるせなかった。
どうにか平門の胸を押して距離をとるものの涙は全然止まってくれない。

平門の顔も、怖くて見れない。


「…蒼」
『…っ』
「蒼」
『来ないで…っ』

こんな幼稚染みた言葉しか出せない自分にも腹が立つ。平門はまた私に近寄ろうとしてるけどまたいつもみたいに抱きしめるつもり?そうやって丸め込むつもりなら舌噛んで死んだ方がマシだ。


蒼?


「…った、」

え、嘉禄…?どうして、


「蒼?」
『や、来ない、で…!』


そっちは楽しい?


やめて、もう私のことは放っといてほしいのに、


『!』
「聞くな」

霞んでいた視界が開けたのは両頬を包まれて顔を上げられたせいだった。抱きしめてほしくないのにそのまま平門の胸に包まれたことでまた涙が視界を邪魔する中私の脳内に呼びかけてくるのは全く別の人物。

「蒼、お前の在るべき場所は此処だ」

その言葉に違和感を感じたのはきっと刹那的なものだと思いたい。

平門の言う此処は貳號艇であって、平門の腕の中なんかじゃない、当たり前のことなのにその二つが浮かぶ私は多分思考が安定していないせい。


そうに決まってる。


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