11.手紙

すでに夜は深く、しかし私はある予感があって起きていた。
まあ、ただ単に眠くないってのもあるが。
ひたひたと押し殺した気配が近づいてくる。
天井裏から降り立った影は、
「石田三成」
「…家康の忍か」
不機嫌そうに私の名前を吐き捨てた。


その者は暗夜に溶け込めるようにか漆黒の衣装を纏い…と言いたいところだがそうはいかない。
ノースリーブの黒い着物に紺の袴、そして黒鉄に金の縁飾りが施されたブーツ状の履物(おいコラ土足厳禁だぞ)…それはまあいい、何より目立つのはマフラーのように首に巻いた黄色の鮮やかな口布。徳川軍カラーですかそうですか。
よくそれで忍べるものだ。それとも某忍べない忍のように忍べていないのか。
「家康様からの文だ」
嫌そうに、正しくは悔しそうに手紙を差し出してくる忍。この忍非常に表情豊かである。
別に私は「忍は道具だ、感情を捨てろ」とかゆーワケじゃないが、これはちょっと職務上問題があるのではなかろうか。うん…ま、私には関係ないからいいけど。
「受け取ったな、なら私は、」
「あ、ちょっと待て」
「〜っ!!何なんだ石田三成っ私は今すぐ愛しい愛しい家康様のもとへと帰るんだくだらない用で呼び止めたのだったら承知しないぞ!」
相変わらずの調子だな。
面識はまあそこそこ、家康から紹介された時以来睨まれていたが私が家康と交際するようになりいよいよもって敵視されている(とは言ってもこの程度権現モードに比べれば可愛いものだ)。
ちなみに見たまま、分かりやすく…家康にゾッコンである。
「返事を書く。家康に届けろ」
「何故私が貴様の小間使いのような真似を…!」
ヤツはぎりりと睨みつけてくる。だろうと思った。
でもなんとなーくコイツの動かし方は分かるんだよなー。
「私の手紙を持ち帰れば家康は喜ぶと思うぞもしかしたら余計に労ってくれるかもしれないなだが貴様が嫌と言うならば、」
「待つ……早くしろ」
「ああ」
忍は偉そうに胸を張って(あまりふくよかでない胸を突き出して)言った。
…扱いやすいヤツ。


『一ヶ月会わない事だって今まであったのに何故だろうな もう五日も三成の顔を見ていなくてとても寂しく思う』
手紙はそんな書き出しで始まっていた。
政務の話、三河での事、私の体調を気遣う言葉…。
出来るだけ丁寧に書こうとして、でもたまに黒く潰れそうになっている文字。
それを見ていると胸の奥がほっこりと温かくなるような、それでいてそわそわと落ち着かなくなるような、そんな気持ちになる。
そして結びの言葉は…
「『世界中で誰よりもお前を愛している』……か。フンッ恥ずかしいヤツめ」
あーあーあー!顔が熱い!
きっと今夜は熱帯夜なんだな、うん。
「いつか…いつか下克上してやるからなっ!」
「そうか頑張れ」
何を怒鳴っているのやら。適当に返事をしつつ、私は筆を取ったのであった。

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