09.情愛

「家…康ッ!」
「みつ、なり…」
怒鳴り声で名前を呼ばれて悪い意味で心拍数が上がった。


片や睨み、片や呆然と互いを見るワシと三成。
一体どうすりゃいいの。
「ではナ…後は若い二人に任せて我は失礼しよ」
「どこの仲人だお前は。…じゃなくって!ちょっ…!待て待て待て!」
「待たぬ」
くるりと方向転換、伸ばした手をするりすり抜け刑部の輿は遠ざかっていく。
放置いくない。どうにかしてくれ。そんなワシの切実な気持ちが分かっているのかいないのか(多分刑部の事だから分かっているんだろうな)輿は止まる気配無し。
「刑部っ刑部ぅぅっ!カァァムバァァアック」
「我にはぬしの言葉が分からぬナァ」
ヒヒヒ、といつもの笑い声を立てる彼はワシの制止をまるっと無視。
完全に立ち去ってしまった。
そんな訳でここにはワシと三成の二人きり、ああなんて気まずいんだろう。
「家康」
「や…やあ三成、こうして顔を合わすのは久し、」
「家康ゥゥッ!」
「は、はいっ」
三成の怒号に思わず直立不動の姿勢をとる。何だこの剣幕、後一歩で恐惶じゃないか。
ワシ何かしたっけ、三成を怒らせるような事何かしたっけ…と思考を巡らせれば思い当たる節は…あった。
やっぱり例の?…はは、怒るほど嫌だったのか。そうだ樹海に行こう。
「言っておくがな家康!私そこまで鈍くないからなッ!」
「あ、うん」
「……」
「……」
「…、それだけかッなんか言えよッ」
ええー…何かと言われても。
思ったよりもいつも通りの三成で、安心したといえばしたが…無茶振りが激しいなあ。
「三成、この間はいきなりあんな事言って済まなかったな…忘れてくれ」
「謝るなッ」
「ワシは今何で殴られたんだ。訳が分からないよ」
とりあえず謝っておくってのはもしかしたらワシの悪い癖かもしれないな(だからって殴られた事に納得がいく訳じゃない)。
よく三成に心にもない謝罪をするなと怒られていたっけ(だからって殴られた事に以下略)。
でも今三成が怒っているのはこれが理由じゃないような…。
「貴ィ様ァァ……謝ってアレをなかったことにする気かァッ!私はそれを認可しないッ私の気持ちはどうしてくれるつもりだ家康ゥゥウウッ」
ゥゥゥ…と後を引く大絶叫を至近距離で食らってしまい思わずたたらを踏んだ。
耳鳴りがひどい、頭がくらくらする。
何て恐ろしい音波兵器なんだろう。ああ違う考えるべきはそこじゃない。
「は……えーと、それはどういう…」
「察しろ!!」
そう叫ぶ三成の白い頬が気のせいでもなく赤らんでいるのは、
「あ…………うん、」
これはワシの都合のいいほうに考えてもいいんだろうか。
違うんだったら誰か止めてくれ。そうじゃないとワシ痛い勘違い野郎になっちまう。
本当の本当に?そう三成の様子を窺えば、彼は赤い顔してそれでも真っ直ぐにワシを見ていた。
嘘も誤魔化しもないその目から気持ちが流れ込んでくる。
「何だ、そっか…」
「…貴様、私に何か言うことがあるんじゃないのか」
不貞腐れたような声に促され、ようやくワシはこの言葉を言えそうだ。
「ああ。……三成!ワシはお前が好きだっ」
「…私も、だ」
その言葉に、嬉しさに、どうしようもなくなってワシは三成に抱きついた。
首筋に顔を埋め胸いっぱいに三成の匂いを吸い込む。
しばらく三成は腕の中で抵抗していたが、すぐに大人しくなってワシの腰に腕を回してきた。小さな、小さな声で名を呼んでくる三成。
ああ…愛しいなあ。
これ以上ないほど好きでいたつもりだったが、もっともっと好きが溢れる。
「好き、大好き、愛してる」
「…私もだ」
魔王も覇王も関ヶ原も怖くない。
三成がいるだけでワシは何でも出来るような気がした。…なんちゃって。


「……、いい加減離さないか」
「えー」
「私こそ『えー』だ」
そんな事言われたもので名残惜しいが三成を離…すわけもなく逆に腕に力を込めてみた。
だって今喜びを噛み締めてるところだし。絶対嫌。
「ぐえ、潰す気か!ってか殺す気かッ!」
「あははっそれもいいかもしれないなあ」
「ひぃっ…!ヤンデレ!?ヤンデレなのかもしかして!」
「冗談だよ」
からかい過ぎたのか、その後三日間口を利いてもらえなかった。泣いていいか?

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