お酒をいっぱい飲んで夢を見ないほど深く深く眠る。
そうやっていると夢でぼくを脅せなくなってあせったのか、刑部さんが昼日中にも化けてでてくるようになった。とはいっても夢の中ほど力がないのか日のあたらないうす暗がりにちらりと姿を見せるだけだ。
でもそんなのぼくはもう怖くないよ。
ほら今もそこに、戸のすき間からすこし覗いて消えていった。
なにもできない刑部さんにぼくは気分がよくなって、ひさしぶりに遠乗りでもしようかという気になる。ぼくは口をつけていた杯をほうりだした。美味しい鍋のために食材を探しにいくのもいいかな。
そうと決まれば厩にいこう。
きしきしと鳴る廊下を歩いていると、ごとり。うしろから音がした。
なんだろうと目を向ければそこに鞠ほどの大きさの玉が落ちている。それを手に取ろうと……伸ばした手をあわてて引っこめた。
にぶくにごった水晶の数珠は残念がるようにほのかに光ったりまた消えたりを繰りかえす。
あぶないあぶない、刑部さんの罠にはまるところだった。
さてこれをどうしよう。
水晶玉をとっくり眺めてぼくは考える。
このままにしておくのはなんだか嫌な感じがするし、かといって触るとそれこそどんな呪いがあるかも分からないし。
そうだ。
ぼくは急いで自室に行き、刀掛けの波游ぎ兼光を手に取ってまた戻る。
玉は転がったままあった。
ようし、こんなもの叩き切ってしまおう。
前にも曲者をすっぱりと斬ってみせた波游ぎなら、きっと障子紙をやぶるよりかんたんに断ち切ってみせるよね。
またひとつ刑部さんを出しぬけるのがうれしくてたまらない。
えいっと振りおろせばあたったような感触すらなくまっぷたつだ。ふふふ。
「金吾、貴様そこで何をしている」
せっかくのいい気分に水を差すように声がかけられた。
きみには関係ないよ。
そう言おうとして

え。
「なんで……きみがいるの」
「貴様私が居ては何か不都合があるのか」
うすい色の目を細めて、ぼくを見おろす三成くんがそこにはいた。
処刑されたときの襤褸ではなく藤紫の陣羽織を身につけ、まさにこれから戦をするとばかりの姿だった。
手がふるえる。でもそれは怖いからじゃない、だってぼくに負けた三成くんを怖がる道理はないんだから。
じゃあなんでだろうって考えると……うん、そうだ、ぼく怒ってるんだ。
ぼくの怒りにあわせて波游ぎも怒りにふるえた。
「三成くんっきみは負けたんださんざん見くだしてたぼくに負けたんだっわかったらどっかいってっ」
刀を叩きつけてやったら三成くんはぎゃあと叫んで倒れた。
うん、やっぱりいい刀だね。ぼくのものだって名前を刻んだ甲斐があるよ。
いい気味だと見おろしたら、不思議なことにそこにいたのは三成くんとは似たところのない男だった。
ええとこれは誰だったかなあ。
見たことあるような気はするけれど、うーん思いだせないや。
思いだせないってことはきっと大したことない人なんだね。
そんなことより、ええと……そうだ、鷹狩りをしようと思ったんだっけ。そう踏みだしたぼくの足もとを赤い水がぬらしている。
まったく、だれがやったか知らないけど汚したならちゃんときれいにしてよね。
叫び声を聞きつけたのかばたばたと騒がしい足音。
それから、ひいと悲鳴をあげておびえる女中とほくそ笑む刑部さんがそこにはいた。

慶 七年   日

ぼくは罰を受けているけれどぼくに罪はひとつもないんだからあれはミつ成くんのじごうじとくでしょうがないことだからぼくはばつをうけている 。

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