・
「木下飛鳥先輩?」
一つ年上の僕と、後輩の彼。接点のない毎日。
高校一年生首席で剣道部エースの彼と、2年生で図書委員の僕。
放課後。
いつも見つめていただけの彼から声をかけられたのは、本当に偶然、というか、僕にとっては奇跡的なことでした。
僕が図書委員で図書室にいるとき、彼に声をかけられたのです。
初めて間近で彼をみた僕の心臓は、どくどくと、まるで独楽鼠のように走りました。
近くでみると、余計その美貌にくらくらとしてしまいます。
―この心臓の音が聞かれてしまったらどうしよう…、この気持ちがばれたらどうしよう。
そんなことはありえないのに、僕は彼に声をかけられて、頭の中では物凄くパニックに陥ってしまいました。
「あの…」
「…ああ、すいません、木下先輩ですよね?名札にそうかかれていたので、」
彼は僕の胸元についている名札を指さしながら、違いますか?と問いました。
ただ問われただけなのに、僕の胸は嫌になるくらい大きく跳ね、顔はじわじわと熱を帯びていきます。
僕にとって、咲夜くんは、テレビの中の有名人よりも遠い存在の人でしたから。
あまりの緊張に、頭が回らなくなり、口も自由に動かなくなりました。
やっとの事で
「あの、確かに木下は僕ですけど、」
僕が答えると、咲夜くんは柔らかく目を細める。
「木下、飛鳥さん、ですか」
「あ、はい…、あの、でもなぜ…」
何故、彼が僕の名前を知っているんだろう。
彼と違って僕は有名人でもないのに?
僕の考えが顔に出ていたのか、彼は、くすりとわらい
「これです…」
そういって、本につけられた図書カードを見せました。
どこにでもある図書カード。
そこには、僕の名前。2年B組木下飛鳥。
ちなみに、2年には木下は僕しかいないし、名札は学年ごとに色が違う。
僕の名札は青色で、彼の名札は黄色、だ。2年が青で一年が赤だから。
だから、この図書カードに書かれた2年の木下が僕だとわかったんだろう。
「あ…」
「俺が読む本、大体貴方の名前が入っていたから…気になっていたんです。どんな人が、こんな本読むのかなって。
マイナーな本も読んでいたから…。余計。っといっても、ホラーはよんでなかったみたいですけどね…。
2年B組、木下飛鳥先輩」
そういって、彼は僕に笑いかけました。
ふんわり。まさにそう表現するしかないような、笑顔で。
柔らかなその表情に、ついつい顔が赤らんでしまいます。
どうして、朔夜くんは芸能人でもないのにこんな笑みが自然にできるんでしょう。
販促、です。
「俺、富山朔夜(とみやまさくや)っていいます。いきなり不躾ですいません。
ずっと、このカードに書かれた名前の人が気になっていたんです、ずっと探していて、見つけたいな…なんて思っていたんですよ」
ニコリ、と微笑む彼。
初めて近くで見た彼の笑顔はとても眩しくて。
僕は、ぽぉっと彼のその顔に見惚れてしまいました。
「…先輩?」
「…すいません、あの…君の笑顔が素敵で、凄く好きで…、って僕はなにを…」
初対面で好きだなんて…!こんな平凡顔な僕が恐れ多い!
いきなりこんな僕に好きだなんて言われても、困ってしまうだけなのに。
一人あわあわと挙動不審な僕。先輩なのに…威厳なんかちっともありません。
そんなパニックに陥り挙動不審に、あのね…と弁明を繰り返す僕を、彼はふふと笑い、
「先輩って可愛いですね、」
そう微笑んでくれました。
当然、僕はその言葉に赤面。
まともに彼の顔を見れずに俯くだけになってしまいました。
それが、僕と彼の出会い。僕と朔夜君との始まりでした。
こんなちょっと少女漫画ちっくな出会いが、僕と朔夜君との始まりだったのです。
ほんと、偶然の出来事ってあるものだと、僕は普段信じもしない神様に感謝しました。