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馬鹿な、恋をした。
形容しがたい、馬鹿な恋だ。
自分でも呆れてしまう。
ボクはこんなにも愚かだったのか…と。
その感情は、憎しみから生まれるべき感情ではなかったのに。
その感情は負のものであったというのに。
それでもボクはありえない感情を、憎むべき相手に抱いてしまった。
憎んでいた人間を、僕は、いつしか心許してしまった。
愛して、しまったのだ…
人を愛する資格など、ボクにはないというのに…
ボクなんかが、幸せになってはいけないのに。
ボクは…恋してはいけない相手に心奪われてしまった。
*
『兄さま…、さようなら…ごめんなさい…、』
ボクが愛していた人魚姫アリー様が死んだ。
跡形もなく、ボクの前から消えてしまった。
いや、死んだというのは誤りである。
正確にはアリー様は泡となって消えたのだ。
ボクがかけた魔法のせいで。
ボクのせいで…。
ボクの醜い嫉妬のせいで。
ボクの汚い心のせいで、たった一人の愛しい人は消えてしまった。
ボクが初めて愛した唯一のアリー様は泡となって死んでしまわれた。
綺麗で儚い健気な人魚姫。
初めて恋をして、ボクに頼った人魚姫。
人魚姫であるアリー様は、ある人間に恋をした。
カサル・マグアイア。
その人間は人間の王であり、大変美丈夫な男であった。
黄金の髪の毛に、青い瞳は、まるで幻想の中の人物の様で。
なんでも、賢王で有名だった王のようだ。
嵐の日、船からほうり出された王を助けている時に王の美貌に惚れ、恋をしたらしい。
アリー様は顔を赤らめて、初めての初恋に気恥ずかしげにボクに戸惑いの気持ちを告げた。
『あの方を見ているとドキドキするんです』
『私…あの方が好きなのかも知れません』
好き…?
ずっとアリー様を見ていたのはボクだったのに…
なんで…なんでアリー様は…!
どうして王なんかに…
王が好きだと可愛らしく告げるアリー様を、壊したくて仕方がなかった。
ボクじゃない人間を欲するアリー様を壊したくて仕方がなかった。
醜い嫉妬。アリー様にボクの気持ちを伝えられない弱いボク。
ドロドロとした汚い感情が、ボクの中で疼く。
寝ても覚めても壊せぬ程に。
疼いて、疼いていく。