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この地から姿を消すといっても、ボクはけして、死に急いだ訳じゃない。
死ぬなんて、まっぴらごめんだ。
一人になりたかったボクが向かったのは、海の中だった。
海ならば、ボクを知っている人間はおらず、戦いにも駆り出される事はないとふんだのだ。煩わしいことなど、なにもない、と。
ボク程度の魔力があれば、海の中だって呼吸が出来る。
陸から海への生活に移るのは思っていた以上に簡単だった。
ボクは、陸から海へ入り、その日にいい洞穴を見つけ、そこを寝床とした。
暗く、魚も滅多に通らない洞穴だ。なかなかよい穴場だった。
海の中は、思いの外、快適だった。
地上と違い、そこは音がほとんどない。時折波がサァサァと笑いたてるくらいだ。
魚は優雅に大海を泳ぎ、水面にうつる太陽はキラキラ、と輝き夜は幻想的な世界へと誘う。
弱肉強食の世界ではあるが、無用な殺生はしないし、人間のように魚たちは欲も深くない。
静かなその世界は美しく、地上とは違い煩わしさがなかった。
このままずっと、己が死すまでここにいようか…
わずらわしくもないし、毎日がだらだらとすぎていき、心地よい。
そう思っていた矢先の事だった。
貴方に、出逢ったのは。
「助けて…、」
その日、ボクがたまたま、海の中を散歩していた時だった。
小さな助けを求める声がした。
「怖い…いや…誰か…」
心細そうなか弱い綺麗な声。
恐怖にむせび泣く、声。
何故、海の中で声が…?
魚たちの声ではないはずだ。
近くに魚の姿はない。
不信に思い、辺りを見回す。
するとボクのいる場所から少しいったところに緑色の大きな網が見えた。
確か魚等を捕まえる為の網だ。
大方、魚の心の声がたまたま聞こえたのか…
途端興味をなくしたボクは、背を向け、立ち去ろうとする。
しかし…
「…ふ…ふぅ…ぅ…や…」
その、か弱く啜り泣く声に…
「たす…、けて…」
なぜだか、
胸が騒いだ。
急いでUターンをし、網に近づく。
覗いてみると、そこには、半分人間は人間もう半分は魚の身体をした、生物・人魚がいた。
人間であるボクとほとんど変わらない大きさをした、人魚が。
「人魚…どうして…」
初めてみる人魚をついまじまじと見つめてしまう。
人魚なんて、空想のものだと思っていた。
昔、人魚も悪魔と同じで、この世界にいた、とは聞いていた。
だが、人魚も人魚で、激しい生存争いから死滅した、と聞いていたのに。
ボクの目の前には、間違いなく、絶滅したとされる人魚がいた。
人魚は、カラスガイのように黒い長い髪をしており、大きく澄んだ双眸をしている。
胸は全くないようだが、胸元は貝殻で乳首を隠しており、頭には貝殻の髪飾りを刺していた。
顔は…はっとする美人ではないが、造りが小作りで、愛らしく、可愛らしい顔をしている。
上品な顔、とでもいおうか。
女の人魚なのだろうか…
波に絶え間無く揺れる長い美しい黒髪は、腰ほどもある。
絹のように白い肌はどこかなまめかしい。
下半身は、魚の尾ひれで、綺麗な青い鱗がついていた。
「…あ…、」
人魚はボクを見て、目を見開く。
澄んだ黒い瞳に、ボクが映る。
ボクが映っている。
胸が高揚する。
なんだろう…この気持ちは。
ただ視界に映っただけなのに…。
ボクは怖がらせないように笑みを浮かべ、人魚に近付く。
人魚はいまにも泣きそうな顔をし、びくびくと体を震わせて、ボクを警戒した眼差しで見つめた。
死ぬなんて、まっぴらごめんだ。
一人になりたかったボクが向かったのは、海の中だった。
海ならば、ボクを知っている人間はおらず、戦いにも駆り出される事はないとふんだのだ。煩わしいことなど、なにもない、と。
ボク程度の魔力があれば、海の中だって呼吸が出来る。
陸から海への生活に移るのは思っていた以上に簡単だった。
ボクは、陸から海へ入り、その日にいい洞穴を見つけ、そこを寝床とした。
暗く、魚も滅多に通らない洞穴だ。なかなかよい穴場だった。
海の中は、思いの外、快適だった。
地上と違い、そこは音がほとんどない。時折波がサァサァと笑いたてるくらいだ。
魚は優雅に大海を泳ぎ、水面にうつる太陽はキラキラ、と輝き夜は幻想的な世界へと誘う。
弱肉強食の世界ではあるが、無用な殺生はしないし、人間のように魚たちは欲も深くない。
静かなその世界は美しく、地上とは違い煩わしさがなかった。
このままずっと、己が死すまでここにいようか…
わずらわしくもないし、毎日がだらだらとすぎていき、心地よい。
そう思っていた矢先の事だった。
貴方に、出逢ったのは。
「助けて…、」
その日、ボクがたまたま、海の中を散歩していた時だった。
小さな助けを求める声がした。
「怖い…いや…誰か…」
心細そうなか弱い綺麗な声。
恐怖にむせび泣く、声。
何故、海の中で声が…?
魚たちの声ではないはずだ。
近くに魚の姿はない。
不信に思い、辺りを見回す。
するとボクのいる場所から少しいったところに緑色の大きな網が見えた。
確か魚等を捕まえる為の網だ。
大方、魚の心の声がたまたま聞こえたのか…
途端興味をなくしたボクは、背を向け、立ち去ろうとする。
しかし…
「…ふ…ふぅ…ぅ…や…」
その、か弱く啜り泣く声に…
「たす…、けて…」
なぜだか、
胸が騒いだ。
急いでUターンをし、網に近づく。
覗いてみると、そこには、半分人間は人間もう半分は魚の身体をした、生物・人魚がいた。
人間であるボクとほとんど変わらない大きさをした、人魚が。
「人魚…どうして…」
初めてみる人魚をついまじまじと見つめてしまう。
人魚なんて、空想のものだと思っていた。
昔、人魚も悪魔と同じで、この世界にいた、とは聞いていた。
だが、人魚も人魚で、激しい生存争いから死滅した、と聞いていたのに。
ボクの目の前には、間違いなく、絶滅したとされる人魚がいた。
人魚は、カラスガイのように黒い長い髪をしており、大きく澄んだ双眸をしている。
胸は全くないようだが、胸元は貝殻で乳首を隠しており、頭には貝殻の髪飾りを刺していた。
顔は…はっとする美人ではないが、造りが小作りで、愛らしく、可愛らしい顔をしている。
上品な顔、とでもいおうか。
女の人魚なのだろうか…
波に絶え間無く揺れる長い美しい黒髪は、腰ほどもある。
絹のように白い肌はどこかなまめかしい。
下半身は、魚の尾ひれで、綺麗な青い鱗がついていた。
「…あ…、」
人魚はボクを見て、目を見開く。
澄んだ黒い瞳に、ボクが映る。
ボクが映っている。
胸が高揚する。
なんだろう…この気持ちは。
ただ視界に映っただけなのに…。
ボクは怖がらせないように笑みを浮かべ、人魚に近付く。
人魚はいまにも泣きそうな顔をし、びくびくと体を震わせて、ボクを警戒した眼差しで見つめた。