03 宝探し
 ――まさかこんな事になるなんて……
 降りしきる雨の中、がむしゃらに森を駆けるローブを着た人物がいた。
 ぬかるみに足を取られながらも、その人物は抱えたモノを落とさないよう、ただがむしゃらに走っている。
 雷鳴が轟き、灰色の空が一瞬白く染まる。どこか近くに落ちたのだろう。地響きに体を支えきれなくなった人物は、ぬかるんだ地面へと顔面から突っ込んだ。
 開いていた口に泥水が入り込んでくる。
 ――えらい事に巻き込まれた
 ローブを着た人物、セツは仰向けに転がりながら、事のいきさつを思い返し始めた。

 ───事の起こりは数日前に遡る。

 ・

「どういうこったー!」
 静かな村の宿屋から、とてつもなく大きな怒鳴り声が響いた。
 村人達はびくりと体を震わし宿の方を見たものの、何事も無かったかのように行動を再開し始める。初日こそあの珍妙な旅人の行動には驚かされたが、三日も経てばたいがい慣れてくるもの。
 しかし、あの爽やかで端正な顔立ちをしたあの青年に、どうしてあの娘は怒鳴りつけるのか……村人達にはそれが理解できなかった。
 場所は代わりまして宿屋の一室。ここでセツは最近日課となったクサカへの苦情をぼやいていた。
「だからっ! 何で私の寝る場所はいつも入り口なんだよ!」
 ドアのすぐ前にご丁寧に敷かれたクッションを指差し、セツは窓際で風に吹かれているクサカに向けて言った。というより怒鳴った。
「個室になってて良いじゃねえか」
「個室!? 部屋に入るドアとロビーに出るドアに挟まれただけのこの空間が?」
 クサカいわく個室を指差したセツは目を白黒させて尋ねた。
「文句あるなら自分で金出せ」
 クサカの言うとおり、宿代は無一文のセツに代わってクサカが立て替えている。いわばセツは"泊めさせてもらっている身分"なのだ。だがそれにしても寝る場所が靴置き場とは何とも悲しい。
「人さらいの賞金に私も関与したろ!」
「知らねえな」
「協力費!」
「無い」
「トロアノ……!」
「故郷の言葉出てんぞ」
 クサカの言葉にとうとう火がついたセツは立ち上がるとドアノブに手をかけた。
 ドアノブを捻る前にクサカの方を向いたセツは、眉間にしわを寄せたまま言い放つ。
「私だって稼げるんだぞ! 覚えとけ眼鏡!」
 そう言うとセツはドアを乱暴に開けて飛び出して行った。
 それを見届けたクサカは立ち上がって伸びをすると、セツと同じく外へと出て行った。

 ・

 稼げるといったもののどうすれば稼げるのか思い浮かばないセツは、クッキーを摘みながら歩いていた。しかし余り甘いものが好きでない為、すぐに飽きが来て塩辛いものが欲しくなる。
「おい、そこのお前」
 ふらふらとさ迷うセツに幼い声がかけられる。しかし自分が呼ばれた事に気が付いていないセツは、声に答える事なく歩き続けていた。
「おい! 聞こえないのか、変な服着た女!」
 うるさいなぁと思いつつ振り返ったセツの目に、ブロンドヘアーに青い目をした少年が映った。
 その容姿がクサカと被ったセツは顔をしかめて少年を見る。自分にようやく視線を向けたセツに気が付いた少年は、腰に手を当てて偉そうに喋り出す。
「やっと気付いたか、耳がついていないのかと思ったぞ! みすぼらしいお前に良いことを教えてやろう……っておい!」
 偉そうに喋り続ける少年を置いてセツは歩き出していた。
 呼び止められた事に気づいたセツは回れ右をして、少年の頭に手を置いた。
「まずは目上の人に対する話し方を身に付けましょう。ほれ、残念賞」
 そう言って少年にクッキーを一つ握らせると、セツはその場から去っていく。
「子ども扱いするな!」
 後ろから少年の怒鳴り声がしたが、セツは手をひらひら振ると、そのまま村の奥へと歩いて行った。

 ・

 あれから村人に仕事を求めていたセツは、唯一与えてもらった大根引きの料金を片手に用水路を見つめていた。
 もらった金額は500Ё。これっぽっちでは宿代はおろか、食事代さえままならない。
 現実の厳しさに打ちのめされたセツは、片手でお金を放り投げながら、どうするかを考えていた。
「止めろよ!」
 座り込んで俯いていたセツに後ろから小さな子どもがぶつかってきた。
 何とか川にははまらなかったものの、手で放り投げながら遊んでいた500Ёは水に落ちる。
「のっ……ノーウ!」
 やっと稼いだお金を用水路に沈めてしまったセツは、お金の後を追って水に飛び込む。腰まで水に浸かりながら、髪を振り乱して底を攫うその姿はまるで夜叉だ。
「わ、お姉ちゃん!」
「バカ、そんなやつほっとけよ!」
金を無事見つけることができたセツは、突き飛ばしたガキ大将チックな少年の姿を見るなり、用水路から飛び出した。
「そこの少年」
「ひいっ!」
 乱れた髪で濡れたまま、じりじりと近づくセツに恐れをなしたガキ大将君は、怯えながら尻餅をついた。
 そんなガキ大将の頭に手を乗せたセツは、打って変わって笑顔で言う。
「その焼き魚とこのお菓子、交換しないかい?」
 意外な申し出にガキ大将君は涙を浮かべたまま、何度も何度も頷いた。

 ・

「いや〜しょっぱい物が食べたくてね〜」
 クッキーを貪るガキ大将の横で焼き魚を食べながら、セツしみじみと言った。
 用水路の件の後、仲良くなった三人は村の子ども達が集まる場所で話しをしていた。さっきまでは怯えていた二人も、今ではクッキーを頬張りながら「分かる分かる」と相槌を打っている。
「姉ちゃん実は面白いんだね。母ちゃん達が"変わった人"って言うから怖い人だと思っていたよ」
 飛ばされた少年がにかっと笑いながら言った。生え揃っていない歯が幼さを強調させている。
「変人か……」
 村人に変人だと思われていた事が分かったセツは少しショックを受けた。
 どうりで話しかける度に目を反らされる訳だ。
「そういや、さっき何揉めていたの?」
 セツの問いかけに笑顔だった少年は顔を伏せて黙り込む。そんな少年の代わりにガキ大将が答えた。
「最近この村の屋敷に同い年位のやつが引っ越して来たんだよ。ただ、そいつが凄い生意気でさ。今度村奥の洞窟に誘い出そうって話していたら、こいつが騒ぎ出したんだよ」
「だって可哀想だよ! あの子は……」
 ガキ大将が説明すると、少年はいきなり否定をした。しかしそれから言葉が出てこない。
「なんだよ、あんな偉そうなやつ、洞窟に置き去りにして怯えさせたら良いんだよ!」
「見かけで判断しちゃダメだよ」
「じゃあお前はあいつの事知ってんのかよ!?」
「はいはい、止めな」
 言い合いから取っ組み合いを始めた二人を引き離し、二人の頭に手を置いたセツは指先についた塩を舐めながら口を開いた。
「自分の考えを押しつけちゃだめだよ。後、あんたもすぐ泣かないの。泣いたら喧嘩は負けだろ?」
 顔を真っ赤にして睨み合う二人にセツは言った。珍しくまともな事を言っている。
「僕なら洞窟に行っても良いぞ」
 無理やり仲直りの握手をさせていると、後ろから偉そうな声がした。振り向いて見ればいつぞやの生意気な少年が立っている。
 後ろで少年が「あの子だよ」と囁く。
「おい、洞窟に行けば良いんだろ? 行ってやるよ」
 余裕でそう告げた少年に、ガキ大将はセツの後ろで悔しそうに唸っている。
 子ども達の中では、洞窟まで行く事には何か深い理由があるらしい。
「ただ、付き添い人はつかせてもらうぞ」
「……お前、知り合いいるのかよ」
 いまいち事情が理解できないセツに、親切にも後ろの少年が説明してくれる。
 村奥の洞窟に行くことは、村の子どもたちの度胸試しでもあり、洞窟にから行った証拠となるものを取って来れば次期ガキ大将になれる。そして度胸試しには一人まで付き添いが許されるらしい。
 それはガキ大将君にとっては面白くない事だ、と感心するセツの腕が不意に引っ張られた。
「僕の付き添いはこいつだ」
「はい!?」
 勝手に付き添わされる事になったセツは、思わず驚きの声を上げる。無理もない。この生意気な少年とは何も関わりがないのだから。
「え、お姉ちゃん仲良いの?」
「んーん。全然」
 馬鹿正直に答えると、生意気な少年はセツの服を引っ張りこっそりと耳打ちをする。
「金に困っているんだろ? 了承するなら五万Ёやるよ」
「よろしく相棒」
 気が付けばセツは少年の肩に手を回し、さぞかし仲がよさそうにふるまって見せた。しかしその姿はどう見ても金に目が眩んだ汚い大人そのものである。
「交渉成立だな」
 少年がニヤリと笑ってセツの手を叩いた頃、後ろにいた二人の少年は大きくため息をついたのだった。

 ・

「五万の仕事?」
 夕方。宿へと帰ったセツは自室(靴置き場)からクサカに仕事を見つけた事を報告していた。
 単独で仲間の情報を聞いて回っていたクサカは、シャワーで濡れた髪を乾かしながらその話を聞いている。
「何するんだよ?」
「村奥の洞窟に行って何か取って来るみたい」
 セツの答えにクサカは顎に手を当て、何かを考える素振りをした。そんなクサカの行動を知らないセツは、寝転がりながら明日の事を考えていた。
「おい、お前何か昔の事を思い出したか?」
「特に。でも夢でならそれっぽいの見た」
「夢? 例えば?」
「なんか白っぽい髪の人と、オレンジアフロの人が出てきて名前について話したり……」
 不意に尋ねてきたクサカにセツは座り直して答えた。夢は二つ見ているが、二つ目の方は内容が内容な為、あえて伏せた。
「白とオレンジアフロか……ふーん、それ昔の記憶だな」
 セツの話を聞いたクサカは何か思い当たる節があったのか、何かを思い出すような素振りをした後に頷きながらそう言った。
 クサカの言葉を聞いたセツは複雑そうな表情を浮かべて床を見ていた。
 "夢"という曖昧な形だが、自分の過去を知れた事は少し嬉しかった。ただ、あれが昔の自分の記憶なら二つ目の夢、そこで自分はきっと──……。
「この村に滞在するのはあと2日だ」
 考えにふけっていたセツの意識はクサカの言葉で引き戻される。
 言葉の意味が分からずに目をしばたかせるセツに、クサカは面倒臭そうな声で告げた。
「稼ぐなら2日以内でしろよ。あと、人とは過度につき合うな」
 そう言うとクサカは寝室と靴置き場が繋がる戸を閉めた。小さな空間で、セツはクサカの言葉の意味が理解できず、小さくため息をついた。

 ・

 翌日、セツは昨日生意気な少年と約束した村の分かれ道で少年を待っていた。
 しかし、待てども待てども少年はやって来ない。オラ鳥が二回ほど鳴いた頃、分かれ道の坂からぴょこぴょこ揺れるブロンド色の髪が見えた。
「早いな、まず僕の家に来い」
 遅刻して来た少年は驚いたように言うと、謝罪の言葉も無しに元来た道を歩き始めた。
 ――シバいてやろうか?
 前を歩いて行く少年に、そんな思いが胸をよぎったセツだが、「これは仕事」と自分に暗示をかけてなんとか自分を静めると、握り拳を作ったまま少年の後をついて行った。

「ここが僕の家だ、どうだ? 大きいだろ」
 家についた少年は、ここぞとばかりに手を広げて家を見せつけた。立派な家にはこれまた立派な門があり、いかにも「名家です」という雰囲気をかもし出している。
「おー、変わった造り」
「変わったとは何だ?」
「こんなゴタゴタした装飾見たこと無いからさ」
 はは、と笑うセツに少年は不快そうな顔をしたものの、物珍しそうに辺りを見やるセツの手を引いて屋内へ入って行った。

 室内に通されたセツは応接室のような場所にいた。少年は「じっとしてろ」と言って部屋を出て行っている。何か面白いものは無いものか、と椅子から立ち上がったセツは、壁に掛かっている一枚の絵を見つけた。
「絵? 何だろ」
 興味を惹かれたセツは豪勢な額縁に飾られた絵に近付いた。
 飾られていた絵は、左に凶悪な顔をした獣達が描かれ、右側いる剣を手にした人物が向かってくる獣をなぎ払っているといった図だった。見たところ、神話をモチーフにしたといった感じだ。
 ――いっ……!
 絵を見ていたセツは頭に刺すような痛みを感じて頭を押さえた。しかし痛みは増す一方で目を開ける事さえままならない。

『ひっ……化け物』

 必死に痛みをこらえるセツの脳裏に騒がしい音と誰かの悲鳴が聞こえた。
 声の主は何かに怯えているようだ。
『来るな……!』
 怯える声の合間に、土を踏みしめる音が聞こえる。足音はゆっくりと、急ぐ事なく声の主に近付いている。
『俺はただ言われた通りに……、ぎゃぁあぁああ!』
 声の主のつんざくような悲鳴と何かを引き裂く鈍い音とが頭に響く。身の毛のよだつ断末魔の悲鳴が辺りに響き渡った。


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