20
「おい、お前大人しく捕まれ」
 先ほどとは一転して笑みを浮かべたルオーザは銃口をエセカラに向けて言った。
「今回の件はお前とあの高飛車女を売り飛ばす事でチャラにしてやろう」
 ルオーザは目を細めると喉の奥で小さく笑った。
 目の前にいる端正な顔立ちの青年は売ればかなりの大金になる。シッシの分の売り上げと合わせれば組織の復活など楽にできる。おまけにこの青年は腕っ節があまり強そうに見えない。断ることはまず無いだろう。
「嫌ですね」
 しかしルオーザの考えとは裏腹に、エセカラは涼しげな笑みを浮かべたままその命令を退いた。
 途端に只でさえ苛ついていたルオーザは頭に血が上り、エセカラに向けていた銃の引き金に手をかけた。
「どいつもこいつもっ……!」
「遅ぇよ」
 引き金を引こうとしたまさにその時、エセカラのいつもとは違う低い声を聞いたルオーザは、聞き手に焼けるような痛みを感じた。
「なっ……? 俺の指……?」
 銃を地面に落としたルオーザは聞き手をまじまじと見つめた。手は血にまみれ、さっきまであった筈の人差し指がどこにも見当たらない。
「これで町には戻れねぇな」
 反対の手で溢れる血を押さえながらルオーザはエセカラを見上げた。
 そこには普段の爽やかな青年では無く、自分の一部であった人差し指を、まるでごみのように摘んで冷ややかに笑う青年が立っていた。
「誰だテメェ……よくも俺の指をっ!」
 大量の脂汗をかきながらルオーザは痛みを堪えて目の前にいる青年に怒鳴った。しかし青年は目を細めると、彼の問いに答えずに去って行く。
「待て!!」
 ルオーザが怒鳴ると横の壁に突風が吹き、何かが突き刺さった。
 見てみれば直径五ミリ、刃渡り三十センチほどのアイスピック刃のような鋭利な棒が刺さっている。
「うるせぇな、テメェはあの女売らせる為に殺さねえんだよ。それ以上抜かすと知らねえぞ」
 青年の鈍く光る目を見たルオーザはその場にへたり込んだ。黙ったのを見届けた青年は面倒くさそうに息を一つ着くと、ルオーザの横の壁に深々と突き刺さっていた武器を抜き、止血の為の布を投げると廃屋の方へ歩き出した。
「覚えてろよ……」
 片手を上げて去って行く青年を、うずくまったままのルオーザは怨みのこもった眼差しで睨みつけていた。

 ・

 煙が充満していた廃屋から救出されたセツは、廃屋の外でいつの間にか集まってきた町人から治療を受けていた。
 ランタンの光に照らされながら包帯を巻かれているセツはどこか居心地が悪そうだ。
「どうしたの?」
 包帯を巻き終えた女性はセツの落ち着きの無い態度に疑問を抱き、率直に尋ねた。いきなり目の前に現れた女性の顔に驚いたセツは、立ち上がって荷物を背負い始める。
「いえ、何もないです。あ、お世話かけました」
「だーめ! あなたこの町の住人じゃないでしょ? そんな怪我のまま外に放り出せる訳無いじゃない」
 何か言いたそうなセツの顔を見下ろしながら、女性は指を突き付けて言った。
 クサカリもといアベニダが仲間で無い事実が発覚し、人さらい騒動が終わった今セツにとって気がかりなのは"クサカ"という名の仲間がどこにいるかということだった。
「それに、あなたを引き取り手が来るまで見張るように、って命じられているの」
「すみません」
 再度逃走を謀ろうとしたセツを押さえ込む女性の背後から、聞き慣れた声がした。
 声を聞いた女性は頬を赤らめてさっきとは反対にセツを押し出している。
「うげ」
 顔を上げたセツは目の前で爽やかな顔をして立っているエセカラを見た瞬間顔を青くした。言いつけを破って迷子になった上、こんな騒ぎを起こしたセツをエセカラは只では済まさないだろう。
 
治療してくれた女性と別れ、人通りが少なくなった頃にエセカラが口を開いた。
「お前……何やってたんだ?」
 その問いにセツはなぜか「さらわれて戦っていました」と答える。
 口を開くと殴られた箇所が痛み、顔を歪めたセツだが、シッシに殴られていた時以上に恐怖を感じ、途中で言葉を途切れさせるなんて事はできない。
「ボッコボコにやられて……そんな調子じゃ仲間が気の毒だな」
「うるさい、色々事情があったんだよ……仲間? あ! そうだ、仲間だ!」
 "仲間"その言葉を聞いたセツはこの町に来た理由を思い出し、さっそく探しに出かけようとした。走り出そうとしたセツの襟元をエセカラがすかさず掴んで引き戻す。
「がっ! ちょ……エセカラ」
「違う」
 セツが噎せながら名を呼ぶとエセカラは何故か否定をする。
「違うって、何が?」
 不思議そうに尋ねるとエセカラはククっと笑ってセツの首元に手を差し出した。
 エセカラが指を解くと同時にエセカラの手のひらとセツの首から、金色の光りと真珠色の光りが発された。
「これって……」
 見覚えのある現象にセツは驚きを隠せない様子でエセカラを見上げた。そこには勝ち誇った表情のエセカラだった青年が立っている。
「お前本当に何も覚えて無いんだな。"エセカラ"は俺の偽名だ。俺の本当の名前はクサカ、認めたく無いが、お前の仲間だよ」
 徐々に弱くなる光りの中心には、やはり金色の結晶があった。我に返ったセツは驚きを隠せない表情で呟く。
「えー……、チェンジ」
「はぁ!? ふざけんな! 誰と交換させる気だよ」
セツの呟きを聞いていた元エセカラ、現クサカはすかさずセツに聞き返す。尋ねられたセツは「アベニダ」と短く答える。
「あ? ああ、お前が勘違いしていたやつか」
 セツが間違えた人を探そうとしていたのがよっぽど愉快だったのか、クサカはニヤニヤしながらセツの事を見ている。
 「紛らわしい名前付けたのは誰だ」と苦い顔で言ったセツは、嫌な予感がして顔を引き吊らせながらクサカを見た。
「想像通り、俺があいつに偽名をやった。引っかからんだろうと思っていたんだが……ぶっ」
「あんた……私に恨みでもあるの?」
 セツの言葉に答えずにクサカは笑う事を止め、道を歩き始めた。急変したクサカの態度に戸惑うセツへとクサカは足を止めて言う。
「恨み? そんな生易しい物じゃねえ」
 珍しく言葉に詰まったクサカは下を向いた。
 ――このまま話せば憎しみが止まらなくなる。怒りが溢れ出してしまう。
 荒々しい感情が体中を駆け巡り、次々と「このままセツを殺してしまえ」と囁いてくる。
 しかしクサカはセツを初めの内は殺さないと約束していた。その約束がクサカの荒々しい感情を静めていく。
 ――まだ……まだだ
 ゆっくりと目を閉じたクサカの瞼にある人物の顔が浮かぶ。
「要するに、嫌いって事だ」
 それだけ言うとクサカは大通りの方へと歩いて行った。
 残されたセツは自分に向けられた刺すような殺気から、クサカが余程昔の自分に恨みを持っている事がわかり、気が重くなった。しかし、今落ち込んでも何の解決にもならないと考え直したセツは、両頬を叩いて気合いを入れ直した。
 腫れた顔を叩いたセツは痛みに顔を歪めたが、滲んだ血を手の甲で拭うとクサカを追いかけた。
「待って眼鏡!」
「殺すぞっ!!」

 ・

 翌日、包帯まみれのセツとクサカは各々荷物を背負い、町で一番大きな建物の前で立っていた。初めて見る巨大な建物に、セツは口を開けたまま目を丸くして建物を見ていた。
「おら、とっとと歩け」
 気が付けばクサカは建物の戸に手をかけていた。見上げすぎて痛くなった首をさすりながらセツはクサカの後に付いて行った。
 ――何だこの状況
「エセカラ君、昨日はご苦労だったね」
「いいえ、当然の事をしたまでです」
 建物に入るなり一番奥の部屋に通されたクサカとセツは、豪華な飾りがついた椅子に座らされ、ふっくらとした中年の男性と向かい合っていた。
 全く事態を把握できないセツは落ち着き無く視線を巡らせる。
「昨日君が町人を総動員してくれって言った時は本当に驚いたよ! まあ君のおかげで住民を脅かす一味を捕まえる事ができたのだがね。おお、ありがとう」
 男性は嬉しそうに笑うと、女性が運んで来てくれた紅茶を飲んだ。その様子を見ていたセツは目を輝かせてカップを取る。
「で、頭を捕まえる事は?」
「それが……」
 紅茶と一緒に出された同じく初めて見るクッキーを物珍しそうに見るセツの隣で、クサカが何かを取り出して男性に差し出した。必死にクッキーを貪りながらも、血の臭いを感じたセツは無意識に顔をしかめる。
「生憎指一本しか見つける事ができませんでした」
「ふーむ、それは本当にそやつの指なのか?」
「ええ、指輪が付いていました。間違いありません」
 クサカと男性が何やら物々しい会話をするなか、セツは呑気に紅茶とクッキーのお代わりを頼んでいた。
「まあ、体の一部があれば儀式はできるからね。ところでそちらのお嬢さんは?」
 自分に意識が向けられた事に気が付いたセツは、カップを持ったまま凍り付いた。食べる事に意識を集中させていたので何の事かさっぱり分かっていない。
「被害者です、奇跡的に助かったようで」
 クサカに紹介されたセツはとりあえずカップを置いて会釈をした。そんなセツの顔に残る傷跡を見た男性は顔を歪ませる。
「そうか、君がか……君たち町を出るのかね?」
「はい、今日のうちに」
 クサカの返事を聞いた男性は席を立ってセツの前まで来ると、セツの手を握った。
 びくりと反応するセツを見た男性は微笑みかけると良く分からない呪文を唱えてゆく。
 風も無いのにセツの髪浮かび上がり、セツの頭がぼんやりした頃、男性はセツの手を離してパンと手を叩いた。途端にセツを取り巻いていた風は止み、男性は机に置いてあった瓶に蓋をした。
「ありがとう、お疲れ様」
「こちらこそ」
 男性から何かを受け取ったクサカはセツを促し足早に部屋を後にした。
 一回部屋から出たものの、何かを思い出したのかセツは慌てて部屋に戻った。部屋にはまだ男性が残っている。
「あの、それ貰っていいですか?」
 セツの視線の先にはクサカが手を着けなかった皿に盛られたクッキーが置いてある。
「ああ、良いとも。袋に入れよう」
 男性はセツの再登場に少々面食らったものの、快く了承した。
 袋に大量に詰められたクッキーを持ったセツはほくほく顔で礼を言うと部屋を出ようとした。しかし、セツがドアノブに手をかけたのを見ると、男性はセツに遠慮がちに声をかける。
「君……」
 振り返ったセツは男性の顔を見つめた。男性は何か躊躇うかのように首を振ると、笑顔で口を開く。
「頑張りなさいよ」
 男性がそう言うとセツは笑顔で「ありがとう」と言い、部屋から出て行った。
「不思議な事もあるものだ」
 部屋に一人残された男性は、小さく呟くと後ろのソファーに倒れ込んだ。男性の脇の机では、蓋をされたビンの中で白い煙がふわふわと舞っていた。

 ・

「何してんだよ」
 先に建物を出たクサカが不機嫌そうに声をかけると、セツは嬉しそうにクッキーが詰まった袋を見せる。状況を把握したクサカは深々とため息をついて歩き出す。
「儀式って何?」
 胃に食べ物を詰め込む事に集中していたセツは、唯一聞き取った単語について尋ねた。
 その質問に顔は爽やか、声は素のクサカが面倒くさそうに答える。
「厄除けみたいなもんだ。町に被害を与えた奴の一部と被害者の念を呪術師が組み合わせ、町の入り口に埋める。そうしたら被害を与えた奴が再び入ろうとしても、町全体がそれを拒否して対象者は町に入れないようになるらしい。理屈は知らんけどな」
 クサカの意外に分かりやすい説明を聞いたセツは、なる程と頷いた。そういえばノシドでも、仕留められなかった魔物に対してそのような処置が成されていた。
「まずはここからしばらく行った先に村がある。まずはそこで他の仲間の情報収集だ」
 町外れまで来たセツは、クサカの指差した方を見た。なだらかな平野の先は何も見えない。
「お前といつまでも二人とかは勘弁だからな」
 嫌み混じりにクサカは平野を見つめるセツに言った。それに気が付いたセツは珍しく言い返さず、平野に向けて歩き出した。道端に転がっている岩を見つけたセツは、よじ登るとクサカに言った。
「あんたさ、私のこと殺したいんでしょ?」
 突拍子もない質問にクサカは呆気に取られる。その通りだが、セツに分かるようなボロは出していない。
「分かるよ、あれだけ殺気を向けられていたら」
 セツの言葉を聞いたクサカに昨夜の会話が甦る。セツが気付くとしたらあの時しかありえない。
「そこまで憎いのなら殺していいよ。それが昔の私が犯した罪の償いになるのならね。でも、それは私が全部思い出してからにしてほしい。分からないまま死ぬのは御免だ」
 岩の上で相変わらずのふやけた顔で自分を見つめるセツを見たクサカは、ハッと鼻で笑うとセツを無視して歩き出した。
 後ろから「コメントしろよー」という声がするが、あえて聞こえてない事にする。

「殺していいって言われちゃ、やりたく無くなるな……今は、の話しだけどな」
 晴天の中、セツが岩から落ちる音を聞きながらクサカは小さく呟いた。
 この日、ガファスの天候は快晴。真っ青な空の元、一人目の仲間と合流することができたセツは、クサカの性格に不安を抱きながらも新しい旅に出た。


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