19
「エセカラだって私に気があるのよ、絶対に。だって私のものにならない物なんてこの世に存在しないもの。ねぇ、あなたどんな卑怯な手を使ったの?」
 ――ここまで自意識過剰ともなると、呆れを通り越して尊敬するなぁ。どんな環境で育ったんだろう。
今まで出会ったことのない強烈な個性に、セツは半ば尊敬しながらシッシを眺める。それにより意図なくして問いかけを無視してしまい、シッシの自尊心を傷つけてしまう。
「どんな卑怯な手を使ったの、って言ったの」
「使ってないよ」
「嘘おっしゃい!」
 明らかに苛立ってきたシッシへ正直に答えると、彼女は怒りを露わにして半ばヒステリックに叫んだ。思いもよらぬ反撃にセツは度肝を抜かれた。
「そうでもしなきゃ私に付いて来ないモノなど居る訳ないもの。ノチェ、あなたも何をしたの? そうよね、でなきゃ、あなたみたいな小娘が私の成績を越える訳無いじゃない! 黙って無いで何とか言いなさいよ、ノチェ!」
 シッシはそう怒鳴ると灰皿の中身を檻目掛けてぶちまけた 。灰が檻の中に充満する中、セツは今にも暴れ出しそうな自分を必死に抑えていた。
「……ノチェは気を失ってるから答えられない」
 あれだけの事があっても全く目覚める気配の無い"なんちゃってノチェ"に、「こいつ死んでいるんじゃないだろうか」と思いながら、セツは声を絞り出すようにして答えた。そして少し気掛かりだった事をシッシに尋ねる。
「ねぇ、ノチェの事どう思ってた?」
 ノチェはシッシの事を姉のように慕っていた。そしてシッシもまた妹のようにノチェを可愛がっていた。らしい。その事についてセツは直接シッシの口から聞きたかった。
「はあ? ノチェの事? そうねノチェは確かに可愛かったわ」
 シッシの答えにセツの表情が少し柔らかいものになる。しかしシッシが次に笑いながら言った事により、セツの表情は豹変する。
「でもそれは昔の話。あの子は仕事ができるようになると、今までの恩を忘れて私の地位を奪おうとしてきた。それでも図々しく私に寄り付いて来て……目障りだったから売るように頼んだの。調子にのった小娘にはうってつけの罰ね。……私にとってノチェは邪魔で仕方ない、この世で鬱陶しい存在、これで良いかしら?」
 ノチェはシッシに近づきたい一心で這い上がってきた。憧れの存在であるシッシが見ている景色を、感情を、少しでも共有出来たらと。しかしそれはシッシから見れば、自分を蹴落とそうと躍起になっているようにしか見えなかったらしい。
 ――下衆が……。
 目の前で楽しそうに笑うシッシに、セツの胸に感じた事のない気持ちが込み上げてきて、同時に頭に血が昇る。
 そのよく分からない感情はセツの意志を無視し、勝手に口から出ていく。

「あんた、醜いね」
 セツの言葉に反応したシッシは笑う事を止めてセツを見た。不愉快そうにセツを見たシッシが「私は綺麗よ」と言うと、セツはシッシの目を見ながら言った。
「いいや、あんたは私が今まで見てきた何よりも汚く醜い。あんたなんかノチェの足下にも及ばない」
「はぁ、自分の顔を見てから言いなさいよ」
 セツの言葉を聞いたシッシの顔が怒りに染まる。自分が美しい事に絶対の自信があるシッシにとって、「醜い」と言われる事は何よりも許し難い言葉だった。しかし、一度火が付いたセツはシッシの反論に怯むことなく、むしろ加速して、弾けた。
「あんたみたいな自意識過剰女に誰が魅力を感じるんだよ! いくら外面綺麗にしても、中身はドブより汚いじゃないか。そんな奴は若い内は頂点にいても、最終的には孤独な老後が予期されるんだよ! 因果応報、世の中は自分がしたことは良かれ悪かれ全部自分に返って来るんだ。それに年取るにつれ内面は外見に出てくるからな。数年後覚悟しとけよ、こんの、性格ブス!!」
 耐え難い侮辱を受けたシッシは怒りに顔を真っ赤に染めて男達にセツを檻の外に引きずり出すよう命じた。
 檻から出されたセツはシッシが座るソファーの前に押さえつけられると、ソファーに座るシッシを見上げた。
「あなた……私に楯突いたわね、せっかく綺麗なままで売ってあげようと思ったのに……」
 不気味に笑いながらシッシはソファーに置いてあった短い鞭を手に取った。鞭を手にしたシッシはセツを押さえている男に離れるよう命じると、初めのような笑みを浮かべた。
「今までの無礼を謝るのなら許してあげる事もないわ」
 謝罪を求めるシッシにセツは迷うことなく答えた。
「冗談、訂正なんかするか」
 セツが言うか言い終わらない内にシッシは鞭をセツの頬に叩きつけた。衝撃でセツの頬から血が滲む。
 痛みに顔を歪めるセツの体を蹴りつけながらシッシは言う。その姿は女王様そのものだ。
「私が醜いですって? だったらあなたなんか見ることすらできないじゃない!」
 ヒステリックに金切り声を上げてシッシはセツを蹴り続ける。
 髪を振り乱しながら罵声を浴びせ、暴力をふる様子を、男達は半ば引きながら見ていた。
「ふふ、エセカラも見る目ないわね、こんな地面に這いつくばっているような女を側に置くなんて。まあ良いわ、この女が居なくなればエセカラは私のもの。ノチェも居なくなって平和な日々がまた戻るわ」
 蹴る事を中断し、シッシは足の下にあるセツの顔を見ながら勝ち誇った笑みを浮かべた。
「もう……良い」
「はぁ? そんな小さな声じゃ聞こえないわよ」
 セツの唇から小さな声が洩れた。足をどかし、茶化したように聞き返すシッシの言葉を遮ってセツはもう一度言った。
「あんたの下らない茶番を聞くのはもう良いって言ったんだよ。悪いこと言ったなと思って大人しくしてりゃ好き放題やりやがって……」
 頭を上げたセツは首を左右に捻ると、シッシの顔を見据えた。その瞳は怒りでかあかあと燃えている。
「あんたは欲しいものを手に入れられないで、だだをこねる子どもと変わらないね。体だけ立派に成長しやがって、道徳知識はからっきしじゃないか。下らねえ」
「うるさい!」
 先ほどとは違い荒っぽい言い方で話すセツに、下唇を噛んだシッシは鞭を振り上げた。
 しかしシッシが鞭を振り上げると同時にセツは緩んでいる縄を振り解いて立ち上り、振り上げている腕を掴んだ。ハッと視線を上げれば、そこには頬から血を流して見下ろすセツがいて、シッシは初めて彼女に恐怖を覚えた。
「図星を指されたら暴力? はっ、あんた本当に子どもだね」
「下衆が私に触らないで! アンタたちも助けなさいよ!」
「下衆? はははは、もう限界だこの馬鹿野郎!!」
 我慢の限界にまで達したセツは迷うことなくシッシに拳でも平手打ちでもなく、拳骨を叩き込んだ。
 ソウカ直伝の拳骨を食らったシッシはよろめいた後に、ゆっくりと背中からソファーに倒れ込む。辺りから「女に手を上げるな」と声が湧くが、セツはそれを聞いた途端に声を荒げて言った。
「そんなもん知るか! 私が住んでいた所じゃ悪いことした奴にゃあ誰彼構わず鉄拳制裁って決まってんだよ! だいたいあんたら私捕まえた時に殴ってきただろ」
 セツの返答に口を挟んだ男は口を噤んだ。確かにセツが捕まった時、暴れるセツに向けて男達は拳を振るっていた。
「もう良い、好きにやってしまって」
 激痛に頭を押さえながらシッシがそう命じると、室内にいた人さらい達は各々武器を手にしてセツに襲いかかった。

 ・

「このアマ!」
「うっさい、こちとらあんたらにゃあ色々ムカついてんだよ!」
「死ね!」
「だが断る!」
 非常に騒がしい廃屋を見たエセカラの口から、疲れたようなため息がもれた。
 中から聞こえて来る「かかて来いやー!」と言う声の主は間違いなく、スイッチが入ってしまったセツだろう。そうこうしている内に廃屋の窓から一人の男がガラスを突き破って転がり出た。室内は敵味方を問わない乱闘状態になっている。
「面倒くせぇな」
 エセカラは言葉に反して笑みを浮かべると、ゆっくり廃屋に向けて歩き始めた。


「食らえ! 飴玉キーック」
 妙な技名と共にセツが繰り出した跳び蹴りを食らった一人が「それ、ドロップキック……」と呟きながら廃屋の壁に叩きつけられた。
 十数人いたはずの人さらい軍団はセツによる攻撃や自滅で三人にまで減っていた。しかしそのほとんどは狭い室内で起こった乱闘による味方同士の自滅攻撃なのだが。
「どどうする? みんなやられちゃった」
「あの女なんなんダ!? 意味が分からなすぎて怖いゾ」
「に逃げたい……」
「そーっと出るゾ、そーっと……」
 気絶したふりをした例のでこぼこコンビはバレないよう小声で会話をしている。
 そんな二人に気付く事なくセツは目の前にいる敵をなぎ倒していた。一人を投げ飛ばし、次にどう出るかを考える。室内にはシッシを含めて後三人敵が残っている。
 しかしいきなり後頭部に強い衝撃が加わり、セツは頭から床に倒れた。後頭部の痛みから何か堅いもので殴られた事が分かったセツは、油断した事を悔いながらふらつく頭を押さえて立ち上がろうとした。
「ずいぶん暴れてくれたな……動くなよ? 頭が吹っ飛びたくなかったらな」
 立ち上がろうとするセツの頭に堅いもの――銃を突きつけたボスは、タバコをふかしながらセツに命じた。
 銃の存在を知らないセツだが、危険という事だけは分かったらしくピクリとも動かない。
「ゲーム終了みたいね」
 立場が逆転したと分かったシッシは威圧的な態度で頭を氷で冷やしながらセツに近づいた。少し前にはだらしなくソファーで倒れていたクセに格好を付けようとしているシッシにセツは呆れたように言った。
「ゲーム終了も何もあんた参加してないじゃん」
「ねえ、ルオーザ、さっさと片付けてちょうだい。早く帰って寝ましょう?」
 セツの言葉には答えずにシッシは人さらいのボス、ルオーザの肩に腕を乗せて囁いた。ちゃっかり胸を背中に押し付けている。
 羨ましそうに見つめる部下の前でルオーザはシッシに向き直った。そして艶やかに笑うシッシを一瞥してニヤリと笑うと、前触れも無しに銃を持っていない方の手でシッシの腹部を殴った。
 小さなうめき声を上げてシッシは床に崩れ落ちる。何が起こったか理解できないでいるセツは、見たいが見れない葛藤に悩まされながら耳に神経を集中させていた。
「……いつまでも調子に乗ってんなよ」
 セツの耳にルオーザの忌々し気な声が聞こえてくる。ようやくセツはシッシがルオーザに殴られた事に気が付いた。
「今まで良い娘を紹介するから付き合ってやったのに、テメェの勝手な私怨のおかげで組織は半壊だ。まあ良い、お前で稼がせてもらおう」
 気を失っているシッシにその言葉が届く訳でも無いのにルオーザはそう言い捨てると、一人残った部下にシッシを運ぶよう命じた。どうやら、ルオーザとシッシの関係はあくまでギブアンドテイク上のものらしく、組織に甚大な被害を与えた今となってはルオーザにとってシッシの価値は無くなっていた。
「ちょっ! まだ一発残って……」
 まだ自分の分のお返しをしていない事に気付いたセツは、シッシを抱えて廃屋を出ていくルオーザに言った。しかし、返事の変わりに爆音が響く。
「動くなつったろ?」
 セツのすぐ隣の床を打ち抜いたルオーザは再び銃口をセツの頭に押し当てた。
 玉を出したばかりの熱い銃口を頭に当てられたセツはピクリと体を揺らした。
「あんたが全ての原因だ。せめて命位貰わないと採算取れないだろ?」
 ルオーザが嫌らしく笑い引き金に手をかけた時、外からガヤガヤと騒ぐ声が聞こえてきた。何事かと男が外に視線をやると、そこにはランタンを片手に廃屋に向かう大勢の人々が見えた。
「何っ!?」
 ルオーザが怯んだ隙を見逃さなかったセツは懐から短刀を取り出し、柄の部分で彼の脛を思い切り殴りつけた。
 よろめいたルオーザから距離を取ったセツはすかさず反撃に出ようと突っ込んだ。しかし、戦いの経験がセツより遥かに多いルオーザは、反撃ができないと分かるや否やポケットから煙玉を出して床に叩きつけた。
「げえ!? なんじゃこりゃ」
 突如として現れた煙に驚くセツを放置し、ボスは痛む足を庇いながら廃屋を後にした。
「まっ待て! あいたっ!」
 煙が充満している廃屋からはセツの声と物が破壊される音だけが響いていた。

 ・

「くそッ……! 誰だ、町の奴らにこの場所を教えたのは」
 裏口からまんまと脱出することに成功したルオーザは、痛む足を庇いながら手下が待つ場所へ向かっていた。セツによって痛められた足はズキズキと鈍く痛み、思考を鈍らせる。
 外で見張りをしていた筈の手下達は忽然と姿を消し、廃屋にいた手下達はセツによって打ちのめされている。おまけに廃屋で伸びている手下は十中八九押しかけて来た町人達に捕まり、呪いにかけられた後に処分、または追放をされるだろう。
「クソッ!!」
 苛立たしさにまかせて強く壁を殴ったルオーザの目に壊れかけた街灯に照らされた二足の靴が映った。
 靴から足、胴体と視線を上げていくと、今回の敗北と深く結び付く忌々しい顔が目に飛び込んでくる。
「よお……お前のせいで組織は壊滅よ」
「そんな事言われても知りませんよ」
 途切れ途切れに灯る街灯の光に輝く髪を左右に振りながら、エセカラは困ったように答えた。
 ――腹立たしい程整った顔してやがる……。
 エセカラの顔を見ながらルオーザは舌打ちをした。が、その憎らしげな顔はすぐに何かを企んでいるような表情に変わった。


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