キラズとミズチ
 強さこそ全て。
 それがキラズの、否、戦闘民族であるキラズの種族の方針であった。
 亜熱帯の森林。食物が豊富なその地では、数多の生物が生まれ、そして生き延びるために、知恵、能力、力を磨いていた。
 キラズの兄弟は8人いた。
 何故「いた」なのか。それは単純に、彼らが死んだからだ。
 キラズが12歳になる頃、兄弟はキラズを含んでたったの3人となっていた。
 そして彼女が13歳になる頃、唯一残っていた上の兄弟は、キラズの目の前で虎に食われて死んだ。
 目の前で兄が肉塊と化す様を見ても、キラズは取り乱さなった。ただ、怒りが湧いた。
 しかし、その感情の向かう先は肉親を殺めた虎ではなく、呆気なく殺された兄弟に対してであった。
 強さこそ全て。
 ことある事にそう言われて育ち、女であるが故に軽率に扱われていた彼女は、人一倍強さを求めていた。だから、虎より弱い兄が許せなかったのだ。
 その後、彼女は虎を殺した。物言わぬ肉塊と化した兄の身体を囮に、武器に使い。
 これを期に、彼女の戦闘能力は開花した。
 元々強さを求めていた彼女は、それなりの能力が備わっていた。そこに加えて、兄の死体すら武器に使うという思い切りが彼女の才能を開花させたのだ。
 15になる頃には、集落では彼女に勝てる同性はおらず、男でも五分の戦いを繰り広げるまでになった。
 それが益々彼女を調子に乗らせ、17になる頃には男女問わずキラズに勝てる者はごく少数となっていた。
「お姉ちゃん、いい加減そんな男の人みたいなこと止めなよ」
 今日も今日とて態度が生意気だと因縁を付けて来た他部族の男を血の海に沈め、湖で血を流していると、2つ年の離れた妹がうんざりしたように話しかけてきた。
「ミズチ、今日のご飯は?」
「質問に先に答えて」
 ミズチという名の唯一残った妹は姉であるキラズとは正反対の、心身共に女らしい少女であった。
 ハァと面倒そうにため息を吐き、ざぶざぶと湖から上がる。恥じらいもなく、一糸まとわぬ姿で歩み寄ってくる姉を見たミズチは姉同様ため息を吐いた。
「綿」
 体を拭く綿を求められ、ミズチは顔面にぶん投げてやりたい気持ちを押さえ、やや乱暴に綿を手渡す。
 ありがとうと短く礼を言う姉を眺めながら、ミズシはまた深々とため息を吐いた。
「何ため息ばっか吐いてんの? 禿げるよ」
「誰が吐かせてると思ってるの」
「知らない。あんたが勝手に怒ってるだけでしょ。カルシウム取ったら? ほら、骨あげる」
「本当、有り得ない。あといい加減に服着てよ! 頭拭くのなんて、服着てからで良いじゃない!!」
「煩いな。小姑」
 口を尖らせながら服を着始める姉を見て、ミズチは既に何度目か分からないため息を吐く。
 姉は造形は悪くない。サラサラと流れるような赤い髪と、色っぽいたれ目、鼻筋の通った顔は、美人の部に入るだろう。
 猫毛で鼻が小さく、どんぐり目のミズチからしては、羨ましい限りであった。
 がしかし、何の神のいたずらか、姉は中身が女としては使い物にならない程、木っ端微塵に砕けている。
 素手で敵をちぎっては投げ、毎日飯の獣を仕留めて来て、強大な敵や多勢にも臆せず立ち向かう。
 男としては完璧だ。
 しかし、キラズは女である。
 キラズとミズチの部族は早くに結婚し、子を沢山もうけるのが女の幸せと考えられている。
 しかし、腕も立つ上に、口も立つ。二物を与えられた彼女に、言い寄る男はいなかった。
 更に、キラズは自分より弱いものには興味を示さない。それが故に、キラズの婚期はあの世程遠いものとなっていた。
「で、今日のご飯は?」
「お姉ちゃん!」
「良いから、答えな」
「……ワニと野菜の蒸しご飯」
「それは誰が用意した?」
「……お姉ちゃん」
「私が行かなかったらご飯は無かったんでしょ? じゃあ、止められない。分かりきっていること、何度も聞くな。ほら、行くよ」
 綿を肩にかけて歩く姉を見ながら、ミズチは悔しさから唇を噛み締めた。
 自分はただ、姉に人並みに幸せになってもらいたいだけなのに。なのに、どうして姉はその思いを理解してくれないのか。
 悶々と考えていたら、知らず知らずの内に涙が溢れていた。こんなところ、見られてたまるものか。そう思い、涙を手のひらで拭う。
「何で泣くかな」
 しかしそういう時に限って、この姉は此方の異変に気付く。
 普段は頭に蜘蛛が乗っていようと、こちらが怒っていようと、目の前で子どもが泣いていても全く気にかけない癖に、こういう時だけ気が付く。それがまたミズチの感情を荒立てた。
 ガシガシと乱暴に頭を撫でてくる手を振り払うも、また即座に手が戻ってくる。
 乱暴で、後先考えず行動する。その行動の対価が、今までどれほどミズチの身に降り注いでいたか、この大雑把な姉は知らないだろう。
 けれど、たった二人の姉妹だ。嫌いになれる訳がない。
 それにキラズはミズチにかけた迷惑の数だけ、彼女を助けてくれた。
 可憐な花のような外見で、尚且つ姉以外には気立てのいいミズチは、それはそれは大層な数の異性の気を惹き、同時に同性から妬まれた。
 それでも彼女が貞操を守り続け、目立った外傷が無いのは、最狂の姉と名高いキラズがいるからだ。
 同時にミズチの婚期も伸びつつあるが、攻撃的な輩を文字通り八つ裂きにしてくれた姉には、少しの尊敬の念がある。
「……お姉ちゃんの、馬鹿」
「馬鹿って言ったほうが馬鹿。このばーか」
「お姉ちゃん、そんなこと言っているから行き遅れるんだよ」
「行き遅れるも何も、私より強い男が出て来ないだけ」
「じゃあさ、未来の旦那様に会えるように、少しでも女らしくしようよ。いくら強い人に出会ったって、お姉ちゃんに魅力が無きゃ、ただのストーカーだよ」
「それは嫌だな……。どうしたらいい? なるべく簡単なので」
「戦い止めるの嫌なら、言葉遣い変えたら?」
「……腹が減りましてよ。こんな感じ?」
「酷いね」
 まるで幼子のような言い合いをしながら、二人は家路に着く。
 くだらない平和な日常。
 この時の二人は、この日々が命ある限り続くと思っていた。
 しかし、この七年後、ミズチが結婚してしばらくして、彼女達はアルティフ率いるシキの軍勢に攫われることとなる。
 そしてキラズはケミと名を変え、シキに。
 ミズチは失敗作として、姉の手でその命を散らすこととなるのであった。


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