太郎とすねこすり
 波瀾万丈のお盆も何とか無事に終わり、山田一家+岡田+千代は町に帰ってきた。
 車を降りた直後、恐れていた事態が起きた。姉ちゃんが岡田に猛烈にアタックを仕掛けてきたのだ。見かけは雌豹、しかし実際は雌ゴリラかつ生コンのような粘着質の姉ちゃんのアタックは、それはそれは凄まじいもので、俺と兄ちゃんはただただどん引きするしかなかった。
 しばらく姉ちゃんと岡田の攻防を見ていたが、はっと我に返る。このままでは下手すると、岡田のことをお義兄さんと呼ばねばならない。それは辛い。あまりに辛い。
 どうやって連れ出そう。考えあぐねていると、携帯の着信音が鳴った。よし、これだ!
「岡田ー、森山が集まろうってさ。早く行こうぜー」
「あ、おっけー。じゃあ、お姉さん、俺帰ります。本当に楽しかったです。色々とありがとうございました」
 鬼の形相でこっちを睨みつけてくる姉ちゃんを極力見ないようにして、岡田が安全圏に来たことを確認して歩き出す。
 あー、これ、家帰ったら怖いパターンだなー。
「太郎!」
「千代ちゃんすっかり太郎の肩がお気に入りだね。で、森山どうしたの?」
「嘘だよ。姉ちゃん、お前にガンガン行っていたから、嘘ついて連れ出したの。バイトまで時間あるし、家まで送るわ」
「あ、そうなの? 別に迷惑はしてないんだけどねー」
 え、これ岡田お義兄ちゃんフラグ!? 
 良かれと思ってしたけど、実は迷惑だったパターン!? 小さな親切大きなお世話ってやつ!?
「お前、それはもしかして……」
「だって、太郎のお姉さんの話面白いし、優しいじゃん。今度海に連れて行ってくれるって言ってくれたし」
「お前は夢見る夢子ちゃんか。悪いことは言わん。止めておけ」
「何で?」
「誠也も鈍いのう。太郎の姉上がお主を慕っておるからに決まっておろうが」
 ちょ、やだ。千代ったら。どストレートに言っちゃって。
 しかし、良いぞもっとやれ。
「ああ、その事か。大丈夫大丈夫」
「は?」
「太郎のお姉さん、本気じゃないから」
 結構。いや、ガチで本気だと思うんだけど。
 てか岡田、姉ちゃんの邪な気持ちに気づいていたのね。
「お姉さんさ、他に好きな人いるよ」
「姉ちゃんの恋愛事情なんざ、想像しただけで腹一杯だわ。オエッ」
 嘔吐する真似をすると、岡田は爽やかに笑う。お前本当に危機感感じていないのか?
 適当に話をしながら歩いていると、前方に見慣れたコンビニが見えてきた。
「あ、岡田。ちょっと寄って良い?」
 一応断りを入れてコンビニに入る。
 自動ドアをくぐると共に体を覆う冷気を肌で感じながら、真夏のコンビニは楽園だと改めて思う。
 それだけでも日本に生まれて良かったと常々思う。蛾に占拠された夜のコンビニはあれだけど。
 肩から降りた千代がドリンクコーナーに移動するのを目の端で見届け、目的であるATMへ向かう。今日は待ちに待ったバイトの給料日なのだ!
 給料日付近は金銭面で俺が強気でいられる数少ない日だ。
 まず最初に有り高照会を行い、前もって渡されていた給料明細と照らし合わせる。よし、間違いなし。
 とりあえず今日は一万だけ卸すことにしよう。
「岡田ー。何かいる物あるか? ついでに買っておくけど」
「え、いいの? 節約は?」
「今日は強気なの。姉ちゃん迷惑かけたし、ほら、持ってこい。……五百円以内な!」
 さすがにワンコイン以上は抵抗があるので釘を刺しておく。岡田はまず無いと思うが、同じクラスの垣内が、一番くじ引くためと称してカゴ一杯の菓子を持ってきて以来、必ず言うようにしている。
 結局岡田はパックの紅茶を持ってきた。それを受け取り、千代が物欲しげに見ているコーラを取り、適当に菓子を見繕ってレジへと向かう。いきなり足がむずむずしてきたのは何故だろう。
 コーラを手に取った瞬間、千代の目が輝いた。どうやら、千代は俺がコーラを供えて以来、コーラが大好物になっているらしい。
「太郎、何か躓いてない?」
「何か歩きづらいんだよ」
 涼しい店内を後にし、適当にダベられる場所を探す。しかし、クーラーが付いていて、飲食物持ち込み可の場所なんてそう無い。
 消去法で候補を探した結果、皆が平等に使用できるオアシス、公園に行き着く。暑さは免れられないが、まあ、それも青春だ。きっと、何年か後には「あんな事もあったよなー」と笑い話に出来るはず。
「公園かー。俺しばらく来ていないな」
 幸いにも岡田は暑いとこぼすこともなく、木陰に腰を下ろしてくつろいでいる。本当、岡田がちょっと変わっていてくれて助かった。
 袋から菓子とジュースを出して二人に手渡す。が、千代はコーラを手に持ったまま口を付けようとしない。
 ああ。そうだっけか。
「はい、どうぞ」
 キャップを空け、改めて声をかけると、今度こそ千代はコーラに口を付けて飲み始める。
「千代ちゃん、渡しただけじゃ飲めないの?」
「何かどうぞお上がりくださいって気持ちがいるらしいぞ。よく分からんけどさ」
「へえ、不思議だね」
 確かに、言われてみれば、勝手に人の菓子を食った土蜘蛛とは違い、千代は供えなければ食べることが出来ない。
 俺にとっては両方同じような存在だけど、何か優劣とかあるのかな。
「あとさ、さっきから気になっていたんだけど、その足下にいるの何?」
 暑い暑いとTシャツの襟元で汗を拭っていると、岡田が俺の膝あたりを指してきた。
 何か虫でもいるのかと、芝生に投げ出していた足を見て驚愕する。
 何故ならば、毛むくじゃらの何かが俺の足にまとわり付いていたからだ。
「ぬぁんじゃこりゃ!?」
 何これでっかい毛虫!? 毛虫なの!?
 もしかしたら毒があるかも知れないから下手に触れない。でも離れたい。二つの思いに板挟みになっていると、岡田がそろりそろりと近寄ってきた。
「岡田、取って、これ取って!」
「いやー。そんなこと言われてもなあ。未知の生物だと怖いじゃん」
「全っ然怖がって無いだろ! お前これで俺が死んだらどうすんのさ!」
「助けたいのは山々だけどさ〜」
「山々してねえよ! 小山ですらねえよ! むしろ丘! このヒル田!」
「それだけ喋れたら余裕じゃん」
「馬っ鹿、俺は焦ったら口数多くなるの!!」
 ぎゃあぎゃあと騒いでいると、木の上でコーラを飲んでいた千代がやって来た。
 藁にもすがる思いで千代に助けを求めると、千代は俺の足下のでっかい毛虫らしきものを見るなり、ほうと呟いて、それを抱き上げた。
「ちょ、千代危ないって。虫さされの薬持ってないぞ!」
「すねこすりではないか。おぬし、雨でもないのに何故このような場所に?」
「へ? お知り合い?」
「あー、すねこすりねー」
 納得する岡田の隣で、一人ぽかんと千代が抱いている毛虫ーーもといすねこすりとやらを見る。
 よくよく見ればそれは小型の犬ほどの大きさで、毛に埋もれたつぶらな瞳は、まあそこそこ可愛い。岡田の説明によると、どうやらこんな小さい形でも、立派な妖怪らしい。
「で、こいつ何する妖怪なの?」
「人の足にまとわり付いて歩きにくくする」
「ああ、それでさっきから歩きにくかったのか。他には?」
「無い」
「え? それだけ? ただの構ってちゃんじゃん」
「そう言うなって。妖怪はよく分からないのが多いんだからさー」
 そういうものなのか。
 まあ、千代に抱かれているすねこすりを見れば、害のない奴だというのは何となく分かる。
 今まで妖怪となると、置いてけ野郎やら土蜘蛛やら河童やら、ビジュアル的にいまいちな奴しか見ていなかったので、こんなちまっこいのなら、非現実体験も悪くないなと思える。
「のう、太郎」
「何?」
 すねこすりの体毛を思う存分もふっていると、千代が何やら神妙な声で話しかけてきた。嫌な予感はするが、想像以上に毛並みが気持ちよく、延々ともふってしまう。
「すねこすりなんじゃが、こやつ、本来は雨の夜しか動かんのだ。しかしここ最近雨が降らんだろう? 夕立に紛れて動いたはいいが、それ以来雨が降らん為、動けんだそうだ。だから、その、雨が降るまで太郎の家に置いてはくれぬか?」
 気まずそうに頭を下げて頼み込む千代を前に、うーんと唸る。
 確かにこいつは可愛いし、ちょっと足にまとわり付くだけで、目立った害もない。
 しかしだ、山田家の家訓は働かざる者食うべからず。
 可愛いと言うだけで家に置いておくことは出来ない。
「まあ考えておくわ。そろそろバイトだし、そいつのことはバイト終わってから考える」
 心を鬼にして千代の願いを保留にし、立ち上がる。
「何故じゃ? 良いではないか、小さいし、あまり食うこともないぞ」
「家の家訓に反するからだよ」
「散々すねこすりの毛並みを堪能しておいて、それは酷いではないか!」
「それとこれとは話が別!」
 じゃあ、またな。と言いかけて足に違和感を感じ、下を見る。いつの間にかすねこすりは千代から離れ、俺の足にまとわり付いていた。
 かまわず歩くが、まるでドッグランの出場犬のように足の間をすり抜けるため、非常に歩きづらい。
 千代に何とかするように言うも、千代は抗議しておるのだ。と言ってはばからない。最後の頼みと岡田にアイコンタクトを取るも、泊めてやれよと返される。いつの間にか、俺の味方はいなくなっていた。
「こいつ、可愛い外見のくせに図々しいな!」
「太郎より遙かに永い時を生きておるのだ。一筋縄にはいかんぞ」
 何か泊めたくない方に気持ちが傾いてきた。
 こんちくしょうと、何とか足を踏み出すが、すねこすりの本気の足止めにより足を取られ、見事に転倒してしまう。
「あーあ、太郎。素直に泊めてやらないから」
 幸いまだ芝生の上だったから良いものの、これがアスファルトの上だと考えるとゾッとする。間違いなく擦り傷だらけの、下手したら鼻血ものだ。
「太郎、今晩だけでも泊めてくれるのならば、ひとまず目的地までの足止めはやめると申しておるぞ」
 どうする?
 不平等条約に等しい交渉をしてくる千代、笑って見ているだけの岡田。そして目の前でどうだとばかりに反り返っている毛玉、すねこすり。
 この夏、俺は女だけでなく、妖怪も外見だけで判断してはいけないと、理解せざるを得なかった。


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