嗅ぐ(シン)




 あいつの匂いが濃い。
 匂いにつられて夢から覚めると、草原の上で心地良い風に吹かれていた。

 隣で横たわる彼女から、異常に濃い彼女の香り。
 ……つーか、こいつに生えてる白い耳と尻尾はなんだ?
 本物な訳がない。なのに妙にリアルで、確かめたくなったのと同時に、確かめてはいけないと頭の中で理性が警鐘を鳴らしていた。
 どうダメなのか、分かっているはずなのに、それよりも手が先に伸びる。

「んん」

 耳に触れると眉をひそめて寝返りを打つ。

「ふあ……」

「!!」

 寝返りを打ったせいで目の前に現れた尻尾を掴んでみると、色気を含んだ声を上げるものだからやっちまったと思った。
 匂いだけでやばいってのに、自ら踏み込んでしまった。一度魔が差したら止まらない。

 薄く開かれた桃色の唇に、吸い込まれるようにして近付いた時、まるで眠り姫のように彼女は瞼を持ち上げた。



「近付いたら、私もどうなるか分からないよ」

 視線をオレから逸らせて彼女はそう口にする。
 彼女に触れるようになってから、大胆な発言も増えたとは思ったけど……いや、前から突拍子ないな。それが増えたから、いつ来るか構えてなきゃいけないのはオレの方だ。

「じゃあ、どうなるか見せてよ」

「えっ、シン、ちょっと」

 すぐに距離を詰めると彼女は発言の割に動揺していて、オレの身体を押し返すような仕草をする。
 隅々まで嗅いでやろうか。
 脇に近付けばそこは臭いかもしれないって、足を開こうとすればそこもダメって。
 拒否ばかりだ。自分からしっかり煽っておきながらその態度、納得行かない。

 彼女の腕を持ち上げた時だった。
 さっきまで彼女の甘い香りだけだったのに、ここから微かに違う匂いがする。女の匂いじゃない。

「……おまえ、誰かに触られた?」

「え? それは、夢だし、分からないよ」

「男の匂いがする。臭い」

 まじで不快だ。
 一度その匂いを掴んだら他の場所からもする。こんなに気安くベタベタ触るやつ、二人くらいしか思い付かないんだけど。

「この夢の中のおまえ、オレのもんになってんの? 触られすぎ」

「そんなの分からないよ。でも、決まってないなら、シンがいい」

 ……爆撃だろ。なんか頭ん中で爆発した。
 オレが嫌とか言われたら、正直冷静でいられる自信もないけど、目の前の彼女がそう言うなら、元この夢ではどうなのかは関係ない。
 こいつが頷くなら、こいつはオレのものだ。

「なあ、もしかして、この夢のおまえ……」

 まだ誰にも汚されてないんじゃないか。
 考えてから、口にするのはやめた。


 2014/07/04




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