浴衣の彼と




 一度もそんな恋人じゃなければしないこと、したことなんてない。そう考えると急激に恥ずかしくなって頭が沸騰しそうになる。
 大人しく見つめ返しているとシンはそっと顔を傾けて近付いてくる。
 鼻が触れるくらいに距離が詰まって、シンの息が掛かるのを肌で感じた瞬間に、咄嗟に目を瞑って顔を背けていた。

「…………」

「あ…………」

 どうしよう。沈黙が痛くてシンの方を向けない。
 どうして嫌じゃないのに背けてしまったのか。シンが急に色っぽく見えて、凄く焦って、心臓が早くて痛くなって、何も考えられなくなった時にはもう顔を背けていた。

 そう言えば、あれだけ強く顎を掴んでいた手は……?
 シンが本当に逃がさないつもりなら、私は今こっちを向けてないはず。
 後ろから長めの溜め息が聞こえてきた。

「……こっち、向けば。もうしないから」

「えっ、シ――」

「足、怪我する前に帰るぞ」

 林檎飴を持っていない方の手を引かれて立たされる。怒ってるはずだから速く歩くのかと思いきや、それでもシンは私に合わせてゆっくり歩いてくれた。

 シンは今日も私の為に林檎飴を買ってきてくれて、苦手だって言う手も繋いでくれて、今はこうしてゆっくり歩いてくれている。
 私は今日も、シンに恋人として何もしてあげられてない。


 お祭りの喧騒を抜けると夜の住宅街に入ってやけに周りが静かになったように思う。たくさんの提灯を見ていたからか、街灯が薄暗く感じる。そして、夜が深まるにつれて浴衣の薄い生地は風をよく通して肌寒い。

「っ」

 少し強くシンの手を握って、それから、以前にもあったように腕にもたれかかってみる。
 シンは男の子にしては体温が低い方だけど、やっぱりくっつくとあったかい。

「大丈夫か?」

「え?」

「足痛いんじゃないの」

「ううん、足は大丈夫。ちょっと寒くて」

 申告してしまえば少し今の行動を起こしている恥ずかしさも和らいだ。
 もう少しだけ。腕を抱え込むように身を寄せるとシンの喉が鳴る音が聞こえた。こうすれば自分とシンの距離はそんなに近いんだなって思うと、すごく不思議だ。

「……オレは何を試されてるわけ……」

「ん?」

「何でもない。つーかおまえ、やっぱり足痛いよな。もっとゆっくり歩く」

「え、う、うん?」

 言われた通り、指の股が擦れてきて少し痛い。傷って程でもないけど速く歩いたりしたらまた血が出るかもしれない。助かる。




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