主夫になりました1

注意!
・R18
・キャラの精神が不安定な描写
・精神的には旦那×主夫。肉体的には主夫×旦那(3ページ目のみ)
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 「うわぁ!!は…はぁ…は…!」

 深夜3時。眠りについて早くも2時間で唐突に目が覚める。暗闇の中上体を起こして何度か深呼吸する。寝巻きはじっとりと汗に濡れ、さっきまで見ていたらしい恐ろしい夢の名残を感じた。

 「…どした?」

隣で寝ていた彼が目を覚まして、若干不機嫌な音を混ぜながら心配そうに声をかけてきた。俺はまだ呼吸が整わず、ベッドから下りた。

 「あ、ごめん…ごめん、なんでもない。なんか、…怖い夢見た…ふぅ、テレビリビングで見て落ち着いてくる。起こしてごめん。」
 「…」

彼は変わらず心配そうに見てきたが、この寝室の暗闇がどうにも恐ろしくて、夢が続いているようで耐えられなかった。

 リビングに明かりをつけ、テレビもつける。飲み物も出した。やっと少し気が紛れる。
テレビは3時ということもあって砂嵐を交えつつ、通販しかやっていなかった。適当な通販番組を見るともなしに眺める。ダイエット器具の説明が延々ループし、何故かじんわりと、涙が滲む。明日も仕事なのに、俺は何をしているんだ。

 俺は夢の中でも仕事していた。仕事中にも関わらず、半ば震えながらキーボードを打っていた。
今まで仕事はそれは辛いこともたくさんあったが、どうしても耐えられないことはなかった。俺がいる部署に一年半前から来た上司、それは俺の中で耐えられる側のものではなかった。あまりにも理不尽な人だからだ。
俺は夢の中で叱られている。夢の中でも叱られている。その理由は「歩く音が気に食わない」だった。些細なこと一つつけても、何十分何時間と毎日糾弾される。俺はそれに対してループする番組のように同じ謝罪を繰り返した。
申し訳ありません。
反省しています。
もうしません。
ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。
ここにいて、ごめんなさい。

 「…」
 「欲しいの?」

 ふと気づくと、隣に彼が座っていた。どうやら夢の話に没入しすぎていたみたいだ。彼は俺が一心不乱にダイエット器具の説明を見ているから、楽しそうにあれが欲しいのかと繰返し尋ねてきた。じわり、硬化した心に彼の優しさが一滴染みる。

 「明日仕事じゃないの?」
 「ん?平気平気。いつものこと。どうせ起きたなら映画見よう。な?」

俺より早く出勤している彼は、多忙でいつも終電で帰ってくる。それなのに、心配をかけてしまった。胸が詰まって鼻の奥が痛む。まだ残っている心の部分が息を吹き返す。

 「…」

彼は適当に映画をデッキに入れ、俺の隣に戻ってきた。その肩に頭を乗せる。二人寄り添うと暖かい。それから俺と同じシャンプーの匂いがする、それに交ざる匂いは俺とは違っていて、彼の生活臭を感じて凄く落ち着く。

 「何か、あった?」

俺の頭に彼の手がぽんと乗せられ、抱き寄せられる。その声音は優しい母を思わせるトーンと、心中を察しかねる慎重なトーンと交ざり、俺の心臓はそれにどきりと跳ねた。
人一倍かっこよく、働き者の彼。彼にこんなみっともないことを話すのは、どうしようもなく情けなくて、そんなことは俺が悪いのだと止めさされることが、ちっぽけな残りのプライドが崩されることがどうしようもなく恐ろしかった。

 「な、んでも、ない…」

彼はそれ以上追及せず、朝のニュース番組が始まる時間まで一緒に映画を見てくれた。俺はどうしてこうも、クズな駄目人間なのだろうか。





 「一緒に駅まで行こう。」
 「うん…。」

 混んでる電車が嫌だと時間を早くずらしている彼は、今日は俺に合わせて一緒に出勤することにしてくれた。

 「それで、その時な、」
 「そうなんだ…」

駅までの道は足が重い。一歩、一歩と駅に近付く度、怒りでも焦りでもなく、ただただ悲しみが増してくる。彼に相槌を打ちながら、心の中は他のノイズで一杯だった。
ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。「へーすごい。」ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。「え?知らなかった。」ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。こんな、クズな人間でごめんなさい。ごめんなさい。「あはは、変わらないなー。」

 「じゃあ俺各駅だから。」
 「うん、またね。」

どうもノイズだらけで話が上手く聞き取れない、いつの間にか駅に着いていた。そして、駅の改札を通った。影になるところで、彼は俺の顔をじっと見つめて、俺の手を取った。

 「…例え何があっても俺は文則の味方だ。頼ってくれたら、言ってくれたら、俺が絶対に助けるから。お前は無理するから…だから、それだけは覚えていてくれ。」

そんな優しい言葉に、ざぁっと冷や汗が出る。
ごめんなさい。
ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。
何か俺がおかしいのを感づかれた。昨日から壊れたような鼻がつーんとよりいっそう痛む。自分の心がパニックを起こしているのは理解出来た。それでも何か返事を返事を返事を返事を。

ごめんなさい。ごめんなさい。こんなみっともないことを「ありが」俺は駄目な人間なんだクズなんだ「と」どうしようもなく駄目なくせにグズだと分かりたくない「」からこんな優しさが胸がえぐる「ぉ」ごめんなさい。ごめんなさい。「す」どうして彼が難なくこなせることを「ごく」俺は彼より激務じゃないのにこなせず「うれし」ごめんなさい。ごめんなさい。俺がクズなばっかりにばっかりにばっかりにばっかりにばっかりに「い」ごめんなさい。「い」もういやだ「い」ごめんなさい。「」いやだ「いや」「感動」いやだ「し」おね「た」がい「よ」
 助けて。
気付いたら、いつもの電車に乗っていた。その時確かに、一つ壊れた。





 「あれ。」
 「ん?いま帰り?」

 仕事を終えて無心に家まで歩く途中、偶然彼と鉢合わせた。
ザザ…ザ…
途端、心のノイズがひどくなりだす。自分の押し込めていたノイズが荒れて、いつものキャラクターにチューニング出来ない。ザザ…ザザーー

 「う、うん。そう。」
 「飯これからだろ?家なんかあったっけ?」
 「昨日の焼豚の残り…は。」
 「文則の作ったやつ?それで炒飯作るか。あと他になんか買って帰るか?」
 「…いい。」

食欲がない。食べるとどうしても戻すから、今日は何も入れてない。それでも胃液は吐いていたけど。

 「なぁ。ーーーーー」
 「………………え、あ、なに?ごめん、もっかい」

さっきまで駅のトイレで胃液を吐いたことを思い出していたら、彼が呟いた言葉を聞き逃した。最近どうも耳が遠い。

 「そんな頼りにならないか?」

もう一回呟かれた言葉がまたザワザワと心を掻き乱す。やめてくれ、お願いだよ、考えないようにしてたのに、また頭の中に中に。いろんな言葉が。また頭がいっぱいになる。でも違う君が頼りで大切だから俺は言えない。そう、そうなのか?

 「っ、か、」

まず男同士、子供は出来ない。老後を考えて二人きりで生きてけるお金を貯めなければいけない。その前にこんなことを言って嫌われたくない失望されたくない。心配してくれてる人にそんな事を考える臆病者で惨めで卑屈な人間だと、悟られたくない。行きたくないいきたくない、回線を越えた異常なノイズの情報量に、ついに感覚器官が壊れ始めた。

 「文則?ーーーでー?」

ざざ、ザザ…ザザ…
突然耳が完全にショートし、声がただの音にしか聞こえなくなった。声が声だと、理解出来ない。声の意味が掴めず、あんなに愛を囁きあった彼の声も歪な雑音になった。それでも俺は音は俺は俺は、彼が。

 「ー〇ーーー☆ー」

ザーーーーーー
そして目も上手く見えず、ああ、一瞬ブラックアウトしたと思ったら、白い閃光が何度も何度も網膜を焼いた。嘘だろう、何が、どうして。彼は、彼が、彼の、いやだ、怖い、逃げなきゃ。どこに?何から?彼は、どう、する

 「☆$£↑☆〇…◇@〒〓◇」

ぐにゃん

 「え?」

ピーーーーーーーー!
警告音が鳴る。パソコンのブルースクリーンが網膜に映る。そして逃げなきゃと踏み出した足は、地面のコンクリートにのめりこんでいった。ぐにゃん、ぐにゃん。コンクリートはまるで蟻地獄のように俺の足を捕らえた。踏み出した足が止まったことで俺の体が倒れる。他人事のようにゆっくりと地面に沈む。

 「文則!?おい文則!!?」

ピーーーーーーーー!
けたたましい警告音を聞きながら、俺はコンクリートの蟻地獄にじわりじわりと飲み込まれていった。浮遊感というより湿り気を帯びている。落ちる沈む、じわりと迫り来る、彼がおれをゆさぶる動けない雨後気ないコンクリートに鼻も口も埋まって息ができない、…ああ、おれ
 やっとしねるか
ブツンッッッ!!


つづく→next



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