20
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あれから銀弥としての任務が相次いで入り、暫く里を空ける日々が続いた。
ひさびさに帰ってきた我が家には紫鏡も烈火も留守のようで、大好きな梅昆布茶を淹れて縁側に転がり、うーんと思い切り伸びをした。
先日のナルトと死闘の罰として与えられた膨大な書類雑務でこの貴重な休日が潰れる予定だったのだが、昨夜カカシのところに預けたままになっていた書類を取りにあいつの家まで行ったとき…
「それね、あれからオレとライドウとアンコと、それからアオバって奴とやったのよ」返ってきたのは、きっちり解読された書類たち。
あいつら解読得意だからその日のうちに終わったよ、なんて笑ったカカシにどう返していいか戸惑ったりした。
おもむろに束の中から一枚を手に取り目を通す。
「…すげ、ぜんぶ正確だ…」
頭に浮かぶのは優しく微笑むライドウさんと胸糞悪いみたらしアンコの顔。
アオバってのは知らないけど。
「結構イイ奴らでしょ」手元の紙を束の中に戻してごろりと横になる。
預かっててくれとは言ったが、誰も解読してくれなんて頼んでないのに。
「お節介なんだよなあ…」
空を見上げて腕を空高く伸ばせば、小鳥がチュンと舞い降りてそこに乗った。
俺を上忍の世界へ引きずり込んだカカシが(それも紫鏡と手を組んでまで…)、俺を取り巻く上忍達へ誰よりも気を配ってくれていることなんて火を見るより明らかだった。
アカデミーも出ていないうえ、性別も実力も化かして下忍に扮してた、いわば得体の知れない俺に対し、周囲が警戒を向けてくるのは当然のこと。
上忍苗字名前として里を歩けば疑心暗鬼な眼差しは毎日のように注がれた。それにも慣れっこで、別に気にはしていなかったけど、…カカシは気にしていたのかもしれない。
解読された書類を返してもらったとき思わず「余計な気遣いだ」とかなんとか吐き捨ててしまったが、少しの礼くらい言っておくべきだったかなと僅かに後悔しないこともない。
「…?」
俺の指でくつろぐ小鳥を押しのけて、あらたにもう一羽の小鳥が舞い降りた。
文なんて開かなくとも差出人は安易に察しがつき、俺は今までの思考をとめて暫くぼけーっと空を見つめた。
修行つけてくれ修行つけてくれって、駄々っ子のように口を開けば修行修行のこいつの所為で最近の俺には休日なんてほとんど無いようなもんだ。
「サスケ、か…」
サスケの暗部入隊試験が近日に迫っていた。
階級的にはまだ中忍だが、大蛇丸をも凌いだサスケの実力はもはや上忍をも凌駕するほどであり、入隊許可が降りるのは確実だった。
そもそも入隊許可を出すのはナルトだから、あいつの機嫌を損ねない限りほぼ間違いなく大丈夫だろうと言えた。
ただ…名前には一つ気がかりがあった。
サスケの復讐心
強くなりたいと望む理由がイタチを殺すためならば、サスケを強くすることに抵抗があった。
ナルトからイタチの真実を聞いてから、どうしてもサスケにイタチを殺させるという末路に納得できない自分がいた。
サスケにも真実を打ち明けてやればいいと前にも一度ナルトに提案したのだが、あいつはそれを許してくれなかった。
サスケを強くすることが、イタチを殺すことに繋がる…
この連鎖が何よりの名前の心の辛苦となっていた。
***
「流石だな…。写輪眼でよく見切れてる」
「―――…まだお前に一発も入れてねぇ…」
「俺の攻撃を全部避けただけで十分だよ」
入隊試験が近いとあって、毎日のように修行をみてくれと駄々をこねるサスケに付き合ってやりながらも、その心境は複雑だった。
強くなろうと必死に汗を流すサスケの行く末には“イタチの死”という悲劇が待っているなんて想像するだけで心が痛む。
イタチがうちはを抹殺したのは実は木ノ葉の指令だったなんて知れば、サスケはきっとイタチを手に掛けたことを悔やむだろう。そして俺を、木ノ葉を、恨むに違いない。
あろうことか俺は都合のいいように、ずっとこのまま…今のままが続けばいいなんて、思っているのだ。自嘲が込み上げた。
「なあ、サスケ」
疲労しきって地面にへたり込むサスケに呼びかけた。
「そういえば最近、“復讐”って口にしなくなったな」
遠回しに話題を振ってみて、サスケの反応を見た。
里を抜ける前よりも遥かに強くなって、今まさにイタチに届くまであと一歩という境地に立って、サスケの心はどう変化したのか。あるいは、何も変わっていないのか。
肩で息をつづけるサスケは、俺を一瞬横目で捉えて、しばらくの間をおいてフッと笑った。
「口にしないだけで、忘れたわけじゃねぇよ。オレが強くなるのはいつだってイタチを殺すためだ」
予想通りの返答だった、けど期待を裏切る返答でもあった。
そりゃそうだよな、と思いつつも内心でがっくり肩を落とす。
サスケが復讐を諦めてくれればいいなんて、そんな理想話が現実に起こるわけがないんだ。
(だけど…)
名前はサスケの横顔をじっと見る。
―――サスケは変わった、と思う。
どこがと言われれば漠然としていて上手く説明できないけど
例えば、復讐のことを語るとき
以前なら殺気を帯びた目で、全身に怒りを帯びて語った。
今みたいに笑って語るようなことはしなかった。
「お前、変わったよな」
自覚があるのかどうか、わからないが
そう言ってやればサスケは笑みを崩さないまま「…ああ、変わったのかもな」と肯定した。
「復讐に憑りつかれていた昔と違って、今は復讐を一つの通過点として見れるようになった」
「…通過点…」
「今ならあの時お前が言ったことも理解できるぜ」
「俺も復讐を考えたことがあった。
刺し違えてでも殺したい奴がいた…。でも、大切な仲間もいた
復讐をとるか、仲間をとるか。…俺は、仲間を選んだ」「“憎しみを忘れさせてくれる仲間がいたら、少しでも長く生きていたいと思うもんだ”ってな…」
「!」
「あの時はただの生温い綺麗事だと思ったが…今なら少しわかる」
「…サスケ…」
こいつの口からまさか聞けるとは思っていなかった言葉に感極まって言葉も出ない。
“憎しみを忘れさせてくれる仲間”
俺にとっての黒海や烈火や銀鳥がそれだった。
そしてサスケにとっても、そんな仲間ができたと言うのだ。
サスケの心が復讐よりも木ノ葉の仲間を想う方に向いているのなら、こんなに嬉しいことはない。
「じ、じゃあさ…」
「どちらにせよ復讐は果たすけどな。大罪を犯したイタチを始末するのはオレの使命だ」
「―――……。」
一度持ち上げられておいてから底に突き落とされたような感覚だった。
やはりサスケとイタチの衝突は避けられない運命なのだと覚悟を決めざるを得ないのか。
(何とかならないのかよ…)
今度ナルトにもう一度相談してみよう。
俺一人じゃ考えたって埒が明かない。
―――ぐぅぎゅるぐぅ……
「「!」」
俺の思考を中断させたのはサスケの腹の虫だった。
「あ」みたいな表情で固まるサスケにぷっと笑って、そういえば丁度昼を過ぎた頃だなと太陽を見上げた。
「何か食いにいくか。奢ってやるよ」
「!」
こういうとき、キバやチョウジなら尻尾を振る勢いで頷くんだろうな、と想像してみる。
分かりやすいあいつ等と違って感情表現の苦手なサスケは喜んでんのか遠慮してんのか、はたまた嫌がってんのか察しづらい。
今まさに仏頂面を貼り付けたまま「いや」とか「別に…」とか言ってるサスケだが
まあ…きょとんと一瞬呆けた顔をしたサスケの目が嬉しそうだったので、行きたいけど素直にうんと言えずに見栄張ってるだけだろうと勝手に解釈する。
俺はサスケの返事も待たずに腕を引っ張った。
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